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顧客リスト№62 『笑いの神の笑ってはいけないダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

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本日依頼を受けてやって来たのは、人里から少し離れたところにポツンと作られた、洞窟遺跡型のダンジョン。中々に古びた様子で如何にも『THE・ダンジョン』という雰囲気があるが……。


見る人が見ればわかる、これは新造ダンジョン。というか、つい先日作られたばかり。 かといって棲んでいる魔物がいるわけでもないのだ。



そんなダンジョンの入口には誘うような大松明と、何故か置かれているヘンテコな石像。それを横目に内部へと。明るめではあるがやっぱり雰囲気はあり、道幅はそこそこ広い。


ただ…少し進むだけでわかるが、迷路になっている様子はほとんどない。魔王軍が運営する『初心者向けダンジョン』よりもわかりやすく、魔物の棲み処というよりは誰かを招くタイプのダンジョン。


というか今目の前に、来訪している魔物や人間が結構な数いるのである。おかげで中々の賑わいぶり。


しかし…誰も棲んでいないのに、様々な人が訪れてきているというのはヘンテコな話。 しかも皆、観光客ではなく仕事人。手に書類を持って右へ左に大忙しな様子。傍から見たらかなり不可思議な状況であろう。




――さて。そんな人々に軽く挨拶を交えつつ、ここでひとつ明かそう。 今回の派遣依頼、いつもの『冒険者討伐』系の依頼ではない。


一風、いいや途轍もなく変わった『オファー』を今回受けたのだ。今までも色んな依頼はあったけど…多分それらを容易く上回ると思う。


なにせ……―――。




「お邪魔しまーす!」


ダンジョンのとある一角に辿り着くと、社長は元気よく挨拶。 すると、待っていてくれた依頼主の方がにこやかに出迎えを……。


「おーう! 邪魔すんなら帰ってー!」


「ほんなら帰りまーす! アスト、回れ右~!」



「えっっ!? ちょ、ちょっ!? 社長!?」










「ぶわっはっはっはっ! 二人とも、え~え反応するやないか! 満点大笑いや! ほれ、賞品の飴ちゃんや!」


「わーい! ありがとうございまーす! 甘ーい♪」


……あーびっくりした…。冗談だったみたい…。頂いた飴をコロコロと舐めだす社長を見てホッと胸を撫で下ろす。


すると依頼主の方、カンラカンラと笑いながら私にも飴を。


「ほれ、アストちゃんも飴食い! 大丈夫やって! さっきうてきたパイナップル味の飴や! ぶぶ漬け味やあらへんから、たぁんとおあがりやすー!」


「あ、え、あ、有難うございます『ガーキー』様…! あ、美味しい!」


「うっはっは! 気に入ったんならもっと持っていきぃ! 髪ん中にでも入れてな! ワシは神やけど!」


え。髪の中にって……? 飴を口に入れているのもあってどう返答すればいいか迷ってると…社長が急に髪の毛を弄り出して……。


「お言葉に甘えて幾つか頂きまーす! よっトット!」


わっ!? 社長の髪、モッと玉ねぎみたいな髪型に変化した!? そしてガーキー様から幾つか飴を頂いて、その髪の中にひょいひょいと!?


なにも本当に髪の中に入れなくても…! って、ガーキー様大爆笑していらっしゃるし…!!









……飴を急いで舐め終わったところで、改めて。彼こそが今回の依頼主にしてこのダンジョンの主、ガーキー様。えーと……禿頭とくとう気味の白髪と、長く蓄えられた白髭が特徴の御方。


その御姿は入口にあった石像に似て……というかそのモデルの方である。最も、石像はかなりひょうきんに作られているのだけど。


だがしかし、決して変なおじさんだと思ってはいけない。なにせガーキー様……さっきサラッとご自分で明かされていたけども……『神様』なのである。


正しくは、『笑いの神様』。因みに笑いを司る神様はかなり沢山いるらしく……ガーキー様の他にも『ド・リフ神様』『チャ=プリィン神様』『エンタ神様』とかとかとか……。


どうやら笑いの数だけ神様が存在する様子。つまりそれほどまでに人々に近しい存在と言えるだろう。皆様、どうかお好きな笑いの神様をお祀りを。





――さてでは何故、そんな、笑いの神様は突然に、私達へ依頼をしてくださったのか。 どうやらなんと、今まで私達がお世話になった神様方が関係している様子。


これまで我が社は、色々な神様が運営されておられるダンジョンへミミックを派遣してきたのだが…そのご縁でガーキー様にも名前を知って頂けていたらしい。


そして今回の企画に置いては、我が社のミミックが相応しいとまさしく白羽の矢を立てて頂いたようなのである。



『企画』? ――その通り、企画である。




実はガーキー様、とある企画で有名な方。数人の芸人達をあらかじめ用意した舞台に招き、そこで丸一日かけて笑わせまくるという代物。それだけ聞けばただの漫才ショーみたいだが…その中身こそがガーキー様の真骨頂。


企画側が数々の仕掛けやトラップ、イベントや有名人起用によるおふざけといった多段コンボを仕掛けるのに対し、芸人側は『笑ってはいけない』という制約を課されるのである。


なお…その制約を破りし者には、恐ろしい制裁が待ち受けている…! そう―。お尻を(柔らかいゴム製の)バットで引っぱたかれるという、痛そうなお仕置きが!



――――そして、それらの光景は撮影及び編集され、お茶の間に放送されるのが常。視聴者は企画側のやりたい放題と芸人側の爆笑&悲鳴を見て、笑って楽しむまでがセット。


笑う門には福来る―。つまりはそれを実現するための、ガーキー様プロデュースの(各方面が身体を張る生贄となる)人気企画なのである!




そんな企画の名物の一つが、毎度変わる舞台。学校だったり空港だったり警察だったり研究所だったりとかなり多彩。


そして今回選ばれたのは…このダンジョン。もっと言えば『ダンジョン』をテーマと決めた際に、ガーキー様が新造したのがここらしいのだ。


流石は神様、それぐらいなら容易くやってのける。撮影用の一時的なセットとはいえ、ここまで立派な物を即席で作り上げてしまうとは……!


まあ新造されたばかりなので、このダンジョンに明確な名称はない。普通は特徴や地名とかから名づけられるのだけど……。どうせここ、撮影後には解体されちゃうだろうし……。


うーんと、じゃあとりあえず企画名称に倣って。『笑ってはいけないダンジョン』と名付けることにしよう!



……いや実を言うと、ガーキー様がこの企画の度に用いている施設名みたいなのはあるのだけど……ちょっと私の口から言いにくくて……。今回はクライアントだし……。







さてさて。依頼と共に送られてきた簡易企画書を読む限り、今回芸人側は魔物に扮してダンジョンに来訪、新入りの住人として一日体験を行うと言う筋書きらしい。


そして企画側は魔物達、そしてこれまた魔物に扮した人間達が集まり、色々と笑わせていくという流れ。 つまり…今回は魔物が主役と言っても過言ではない。



―――なら、もう私たちが選ばれた理由はおわかりであろう。ダンジョン、そこに棲む魔物―。その通り、『ミミック』は外せないのである!




しかしミミックは能力的に気軽に変装できる魔物ではない。だから本人を呼ぶ必要があるのだが……なにせ基本的に臆病者が多い魔物。こういった企画に向いている子はあまりいないのだ。


けど、我が社のミミック達なら問題なし! 依頼主の言う事はしっかり聞くし、その上で良い感じに暴れ放題してくれる。まさにこの企画向けの人材と言うべきか。


なお、既にこの依頼についてミミック達に話したら…まあ今までで最大級の派遣枠争奪戦。私が私がの大盛り上がりであった。




――そうだ、その件で気になっていたことがあったのだ。派遣枠についてだが……結構な人数を依頼されたのである。


無論、ここが本当のダンジョンであればそれぐらいの人数で良いのだけど…。たった一日且つ、他のアシスタントや出演者が沢山いるというのを加味したらかなり大人数。


もしや大道具搬送等も仕事内容なのかなと推測しつつ、今日の打ち合わせに臨んでいるのだが……丁度いい、ガーキー様にもう聞いてみちゃおう。








「おぅそやそや! ミミックちゃん達にオモロい役をやってもらおと思ってな! ほな、ちょいとこっちこっち! ついでに色々見せたるわ!」


ふわりと浮き、手招きしながらどこかへと案内をしてくださるガーキー様。それに私達も続くことに。



っとその前に、社長の髪を元通りにと。なんか色々怒られそうな気がするし。もう今更遅い気がするけども。





「――ほれ、こういうとこが控室になっとるんやで。 実際撮影に使うとこは道と幾つかの部屋、そして外の広場やからな。それ以外はこうして隠れ場所にな」


「なるほど…! 行き止まりの有効活用ですね。 あっ…!ど、どうも…!!」

「ミミック派遣会社と申しまーす! よろしくお願いしまーす! 違いますよ~芸名じゃないですよ~!」


見せてもらったのは、本来のダンジョンでは行き止まり、又は誰かの寝床となっているような場所。それが控室や更衣室、練習室等に改良されている様子。


そこには沢山の機材や色んな衣装が置かれていたのだけど……あの有名人や、レギュラー出演陣まで居た……!! お笑いの軍団やデラックスな方、ジミーな方とかおにぃの方まで…! 会えるなんて!!



……実を言うと私、実家に居た頃はこの企画のことなんて碌に知らなかった。けど、社長秘書として過ごすようになってから始めて視聴して、結構ハマってしまったのだ。


そこから派生して、会ってみたいと思う相手も幾人か。…そりゃあ、家の権力使えば幾らでも会えるだろうけども、それだとなんか違うもの。


おっと…! 折角会えたのだから名刺を…!! あと、サインを…!!!








「ふふふっ…やったぁ…!!」


「アスト、ご満悦ねぇ~!」


「ギャグでワイのサインも書いてやろかと言うたのに、まさかホンマにせがまれるとは思わんかったで! 嬉しいもんやなぁ」


沢山の色紙を手に(正しくは社長の箱の中に)、思わず満面の笑みを浮かべてしまう…! ガーキー様のも頂けたし、最高…!!


「多分本来の立場なら逆よねぇ。アストが皆にサイン求められる立場よね~」


「いやそれ、何かしらの書類ぃ! 『署名欄にサインをお願いします』やんけ!」


そんな社長とガーキー様の掛け合いにも笑っていたら、いつの間にか目的の部屋に到着していた。どうやら、服飾用の部屋みたいだけど…。



「実はな、ミミックちゃん達にこの役をやってもらいたいんや!」


ガーキー様は私達を招き入れながらそんなことを。一体どんな……―っ! これって……!


「迷彩柄の服…! 赤い帽子…! そして…このバット……!」


「わーっ! 『ケツ叩き隊』やらせて貰えるんですか!?」






私も社長もびっくり仰天…! この衣装は、さっき説明した『お尻を引っぱたくお仕置き』を行う役のもの…! 芸人達の次に画面登場が多いこれを…!?


「そや! ミミック達は言ってしまえば『ダンジョンのお仕置き役』やろ? ピッタリやと思っとったんや!」


我ながらナイスアイデアやで! と笑うガーキー様。確かに…! 私が得心していると、社長は『はいはい是非やらせてくださーい!』と勇んで請け負った。


「いつも触手を鞭のようにしならせて、捕まえた相手を生かさず殺さずの力具合で抑えられる私達です! 丁度いい塩梅のケツバットを食らわせて見せちゃいます!」


「ぶはっは! え~え返事や! ごっつええ感じや! 因みにいつもは目出し帽を被って貰ってるんやが、今回はミミックとわかりやすくするようにドミノマスクの用意もあるで!」


「お! 良いですね~! 女王様みたいにベチンベチン打っちゃいます! 箱の模様には指定ございますか?」


「それもこっちで用意してあるからモーマンタイやで! ザ・宝箱な模様にさせてもろうとる。んで他にも色々と、な」


クックックと企む笑みを浮かべつつ、何かを取り出すガーキー様。あれは…真っ黒な宝箱?


それを開き、中から衣装を。それも真っ黒だけど……。―――ぇ!


「それも…ですか!? 宜しいのですか!?」

「わぁわぁわぁ~っ!! 楽しみになってきました!!」


また驚いてしまう私と、興奮しだす社長…! しかしガーキー様はチッチッチと指を振って……。


「まだまだやってもらいたいことは沢山あるで~! 『ダンジョンと言えばミミック』ってとこあるやろ! 知らんけど!」


「確かにあると思います! 知りませんけど!」


えぇ…どっち……? 困惑する私を余所に、ガーキー様と社長は何故かそこで意気投合のハイタッチしてるし……。









「……ガーキー様、本当に宜しいのですか…? これ、『笑ってはいけないダンジョン』ではなく『笑ってはいけないミミック』レベルなのでは……?」


「うっはっは! かまへんかまへん! 主役食いするぐらいの勢いでええんや!」


最初の部屋に戻り、全ての打ち合わせを済ませたのだが…ミミックの出番、かなりある…! 人数が必要なのもわかるぐらいに。


特になんて……おっと、これ以上は秘密にしておかないと…!



いやしかし、ここまで関わらせて頂けるなんて…! ……私もチョイ役で出られないかな、なーんて…――。あれ、誰かがこっちに…?



「すいませんガーキー様。あの、しゅつつぇん…出演者の例の方々がおしょ…お揃いになりました」






「あ…! あの方って……!」


「そや! ワイの使いの1人、『フジラワ』や。 いつも参加芸人達のガイド役をやってもろうとる。あいつのサインも要るか?」


「是非! ……いや嬉しいのですけど、その前に御用件があるようですから…!」


そう言いつつも、サインを頂いてちゃってと……! それで、フジラワさんはガーキー様を呼びに来たようなのだが…。


と、ガーキー様ふわっと浮き上がって――。


「アストちゃん、ミミンちゃん、行くで! 会わせたい連中がおるんや!」








どうやら『出演者の例の方々』というのは、私達のために呼んでくださった方々らしい。さっき会わせて頂いた皆さんのこともあるし、結構ワクワク……!!


「ここやここや! 邪魔すんで~!」


「「「邪魔するなら帰って~」」」


「ほな帰るわ~。 って待たんかーい!」


ガーキー様、またさっきのやり取りを。そして流石は出演する方々、当然のように返して……ぇ。



え、えええええっ!?  えええええええっっ!!?



何故…何故ここに……!!



「ドラルク公爵!? フロッシュ王!? サンタさん!? イナリ様!?」

「わー! ヘルメーヌ様! カグヤ姫様とイスタ姫様! イダテン神様! いつもお世話になっておりますー!」



揃っていたメンバーの名前を、驚愕と共に諳んじてしまう…! どうして、今まで私達がミミックを派遣してきたダンジョン主の方々がここに!?!?!?






ドラキュラのドラルク公爵、カエルの呪いのフロッシュ王、サンタクロースのサンタさん、天狐のイナリ様、泉の女神のヘルメーヌ様、バニーガールのカグヤ姫様とイスタ姫様、イダテン神様…!


揃いも揃って大物揃い…! 人魔両方の間で名の知れ渡っている有名人と有名神! 出演者としては文句ない知名度だけども…!!


「あらまあ、ほんまにミミン社長とアストちゃんやない♪」

「お久しぶりデース! プールの中から失礼しマース!」

「今回はオレらも出演することになってんだ! よろしく頼むぜ!」


私達の顔を見て、そう返してくれるイナリ様、ヘルメーヌ様、イダテン神様…!


「お餅とお団子、差し入れとして持って参りましたので」
「二人も食べてってぴょん!」

「私のダンジョンの薬草を提供させて貰ったんだが…このような草餅となるとは。身が竦むほど美味だ…!」

「ほっほっほっ。 プレゼントに欲しがる子が結構いるのもわかるのう」


そう差し入れを勧めてくれるカグヤ姫様&イスタ姫様、フロッシュ王、サンタさん…! ええ、えっと……!?!?





「皆さん…! あ、あの…! その……!?」


もはや混乱してしまって言葉がでなくなってしまう…! すると、イダテン神様が笑いを走らせた。


「いやな、折角お前達を紹介したんだからオレ達も出てみようってな! ちなみにオレはとある罰ゲームと車の提供だ!」


「私を含めた他の皆は仕掛け人デース! ミミック達に負けませんヨー?」


「ワシも今年の仕事が落ち着いたからのう。 ちょっとしたサプライズプレゼントじゃよ」


続けてヘルメーヌ様とサンタさんが共にピース。更にイスタ姫様が。


「私とお姉ちゃんとフロッシュさんはトリオで寸劇やるっぴょん!」


「ですが…本当に宜しいのでしょうか、フロッシュ王…? お身体が傷つくやも……」


「心配はいらないとも、カグヤ姫。私の体質…『呪い』を活かした芸なのだから。我が従者ハインリヒも説得済みだよ」


そうコッソリ話すカグヤ姫様とフロッシュ王。 フロッシュ王の呪いと言えばそのカエル姿そのものであり、『美しき者』の叩きつけで真の人間姿に戻るという……。


……カグヤ姫様もイスタ姫様も絶世の美女…。 ということは――!


「お二人ほど美しい女性であれば是非我が妃となって貰いたいところなんだが…。わかっているとも。 カグヤ姫は気になっているお相手がいて、イスタ姫は恋事に興味がないとね」


カエル姿のフロッシュ王は、そうカグヤ姫様達を宥める。そして、ぺトンと自らの胸を叩いた。


「だからこそ気にせず演技に集中し、映えるように蹴ってくれ!」


「わかりました…!」
「わかったぴょん!!」


やっぱり…! フロッシュ王、身体を張る気満々…!! 一体どんな寸劇を……!?






この面々がどのような仕掛け、そしてどのようなふざけっぷりを披露するのか今からドキドキが止まらない…! そう胸を躍らせていたら――。


「まさかまた昼間に会うとは。ミミン社長、アストくん。 ――いや、もう『レディ・アスタロト』とお呼びしたほうが?」


「ドラルク公爵! ――いいえ、私が襲爵を行うまでは、特に今こうしている間は、どうか今まで通りに」


公爵の一礼に貴族の礼で返し、そうお願いを。 ……今だから言える真実。ドラルク公爵は私達大公爵グリモワルス一族に次ぐ貴族なのである。


だから彼が我が社のお得意様と聞いた時は凄く驚いた。 そして公爵は私のことを察して『単なる社長秘書』と扱ってくれていたのだ…!




「では、そのように―。 ミミン社長、アストくん。あの時増員してくれたミミックは救世主にも等しかった。おかげで吾輩達はしっかりと休息を取ることができ、ダンジョンの修復も終えられたのだから。 感謝する」


再度礼を述べてくださるドラルク公爵。今度は改めて会社代表の社長が応対。


「いえいえ! お力になれてなによりですドラルクさん! その後、我が社の子達はどうですか?」


「どうもこうも、素晴らしいの一言に尽きる! これは吾輩だけの意ではない。この場に集った皆の総意だとも!」


彼はマントをバサリと翻し、その場全員を手で示す。そして、にこりと微笑んだ。


「何故、このような顔ぶれが…ダンジョン主である我らが揃うことができたのか。それはひとえに、君達が派遣してくれたミミック達が優秀であるからだ。 彼女達がいればダンジョンを空けても構わない、そう判断を下せたのだよ」


最も神格を持つ者は分霊を残してきてはいるだろうが、な。 そう話を落としつつ、私達を称賛してくれるドラルク公爵…! 多分、私が企画の参加者だったら今お仕置き受けていたかも……!


だって、顔が自然と綻んじゃって……! お尻叩かれたとしても止まらないぐらい……!






「――と、ところで! ドラルク公爵はどのようなご出演を?」


くすぐったくなりすぎて、ついタブーを聞いてしまう。しかしドラルク公爵は嫌な顔せず数秒だけ考える仕草。


「ふむ、秘密にしておくべきではあろうが……。二人になら明かしても構わぬだろう。耳を――」


そう言われ、私も社長も耳を向ける。ふんふん、そのタイミングで……へっ!?!?


「そ、そんな…!? フロッシュ王以上に身体を張っているのでは…!?」

「というか、とんでもなくキャラ崩壊ですね! 思い切りましたね~! ぷ…ふっ…!」


予想外のを担当することに、驚愕と困惑を禁じ得ない…! 社長は既に笑いを堪えきれない様子だけど…。


「何、安心してくれたまえ。あの時のように睡眠不足でもなければ、今こうしているように魔法で多少の日の光には耐えられる。ここはダンジョンでもあるのだしな」


ダンジョンの宣伝にもなり、勘違いした者達程度簡単に追い返せる―。 そう懸念を取り払ってくれるドラルク公爵…。 けど、私は声を潜め……。


「で、ですが……怒られませんか…? 同族の方や…下手すれば、魔王様から……」


ドラルク公爵も私の一族と同じく魔王様に仕える身。だから正直な話…その一発芸は種族の名誉を怪我したと罰の雷霆を振らされてもおかしくない気がするのだ…。


「それこそまさに完全なる杞憂だとも、アストくん。 既に白日の下に晒されている我らの弱点、寧ろ定番の自虐芸なのでな」


が、ドラルク公爵はハッハッハッと高笑いを。そして……―。


「また同じように、魔王様から叱責を受けることもないと断言できよう。 何故なら―――」


……え? ドラルク公爵、突然に華麗な所作で跪いた…!? 私に向けて行ったものでは…ないと思う。 なら、誰に……。



「――余も、出演する故だ。 アスト・グリモワルス・アスタロトよ」





――――――――――――――ッ!!!


「―――っっっ…!?!?!? ぁ……ぁ……!?」


先程まで気にも留めていなかった背後で、瞬間的に膨れ上がった暴圧…!! 全てを従えるようなその波動は、全ての事象を…時すらをも凍てつかせるかの如く!!


この御力……!身に覚えがある! この御声……!聞き覚えがある!!


「わっ! 嘘うそっ…!?」


私だけではない、社長もかなり取り乱している……! それも当然…! だって今……背後にいらっしゃる御方って…!!!



「「せ………先代……!  先代魔王様!!!!!!?」」




「如何にも。余は『オウマ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア84世』である」










「――不敬を…! 御身の眼前での不敬をお許しくださいませ!」


身を翻し、刹那の無駄もなく、私は先代魔王様の前に平伏を。その際に社長は私の横に並べるように…!


間違いなんて、あるわけがない…! 身を反転させ首を垂れる一瞬、その畏れ多き巨いなる御姿を拝見できた…!


当代魔王様の影姿と似る、巨躯の身…! そして幾度となく様々な媒体で目にした精悍なる御尊顔…! 比喩表現なんて無しに周囲の空間を歪ませる魔力……!


オウマ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア84世……! 今は御隠居の身であるはずの先代魔王様!!!



「首を上げよ、楽にせよ。アスト、ミミン、ドラルク。 余は全てを許す」


「「「ははっ……!」」」


その勿体なき御言葉を受け、私は恐る恐る顔を上げる……。っ……! 先代様……私を見下ろしになられて……!!


其方そちがアスト、だな。こうして会うのは初か。 噂は聞いている。グリモア殿、そして我が娘が世話になった」


「は、ははぁっ…! め、滅相もございません…!」


直々の、お褒めの言葉……! 再度平伏を……! ……へ? 社長…?


「もう、先代様ったらマオ当代魔王みたい! 親子で似てるのは良い事ですけど、こういった時はもっとフランクにお声掛けくださいよー!」


ひっ……! 






「フッ。すまぬな、ミミンよ。 だが許せ。次代アスタロトとの初の顔合わせだ。こちらも威厳を持って接さなければ、な」


社長の不敬極まりない台詞に、先代魔王様は笑みを。そして卒倒しそうな私を立たせてくださった。


「―ということだ、アストよ。余もこの企画の愛好者にして、出演を快諾した身である。 実に良い役を貰った。笑って見るが良い」


余のサインは必要か? と……まさかの…おどけた顔を見せてくださる……先代様……! 私は……私は……あ…ちょっと過呼吸で……眩暈が……――


「ちょっとアストー!? もう、先代様!」


「む……。 笑わせる前に驚かせすぎたか…」











「まんま書類にするヤツね、先代様のサイン」


……最初の打ち合わせ部屋に戻った後。結局頂いてしまった先代魔王様の直筆サインを眺めつつ、フッと笑う社長…。 先代様とも交流があるのはこの間知ったけども…それにしても気安すぎます……。


何故……先代様がこの企画に……。いや理由は仰っておられたのだけども……。大物中の大物過ぎて……! 当代魔王様が視聴なされたらひっくり返りそう……。


……先代様、言葉を交えて頂いて初めて分かったけど…。案外気さくな方だった……。最近放送のこの企画のお話で、盛り上がっちゃった……。




ま、まあそれは置いといて。……置いとく訳にもいかないのだけど……。 こんなに私達の顔見知りが出ているなんて思いもしなかった。


だから、ちょっとあの思いが再燃してしまった。『私も何らかの形で出演してみたい』という気持ちが…! 皆さんと共演してみたい……!!



――と、社長も同じ気持ちだったのであろう。フンスと鼻息荒く、はいはいはーい!とガーキー様へ手を挙げた。


「ガーキー様、私達もチョイ役で良いので出して頂けませんか? 、やってみせます!」







……へ? あのネタ、とは…? 首を捻る私を余所に、社長は宝箱をゴソゴソ。取り出したのは…って、お尻叩く用のバット!? 勝手に持ってきてた…!?


「じゃ、アスト!」


にんまり笑い、こっちを見てくる社長…! 嫌な予感…! 思わずお尻を押さえてしまうと、社長はケラケラと笑った。


「使うのはじゃないわよ! これ、バットとして使う訳じゃないし! とりあえず耳貸して~……で、そこでこの台詞を……勿論、服は脱がなくていいわ!」


「ふぇっ…!? い、いや…でも…!! は、恥ずかしいんですけど……!」


「じゃあ役割逆でも良いわよ! はい、代わりのバット! 思いっきりやってね!」


「えぇっ…! で、でも社長を叩くなんて……! それにそっちの方が絵面が危険な気が…!! ぅ…私がやられます!」


「あらそう? じゃ…べちんべちん!」


「ひゃっ…! なんで爪先……あ、もう始まって…!?」


こうなったら、とりあえずやり切るしか…! ご、ゴホン―――。






「社長、突然に爪先叩かないでください! 顎も止めてください! 脇もです! そこは…えと…毛細血管いっぱい詰まってるとこ、脇です!」


「?」


「いやだから…毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、脇!です!」


「??」


「毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、わ・き! ですって!」


「???」


「なんで聞こえないんですか!? この距離ですよ!?」


「毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、脇って言うのが聞き取れなくて……」


「いやそう言ってるんですって! 最初から最後まで全部聞き取れてるじゃないですか! おかしいんじゃないですか!?」


「よっと」


「ふぅっ…ぁん……! ち……ちく……! 乳首ドリル…すな…! ひぃんっ……っちく…び…どりるす…な……! っひゃんっ…♡」


「―――駄目だこりゃ。 はいカットカット! 一旦終わりよ!」







「もー駄目じゃないアスト、色っぽい声あげちゃ! まだネタの序盤中の序盤なのに!」


「いや……だってぇ……! 社長、服の上から的確過ぎるんですよ…! しかもなんか不必要にアレですし!!」


ネタはまあ見た通りの大失敗…。社長と私で互いに頬を膨らませてしまう。――が、その一方で……。



「ふぁ――っひゃっひゃっひゃっ! ええな、ええ! そのネタセレクトしたんも、恥ずかしがる様も、初々しさも! とっておきの飴ちゃんやるわ!」


ガーキー様には大好評……? ……いや多分温情で笑ってくださってるだけだと思うんだけども…。 ひとしきり笑ったガーキー様は、涙を拭いつつ首を横に。


「せやけど、色っぽ過ぎてお茶の間に流せんなぁ。堪忍やで」


ですよね…。というか多分だけど、この企画は有名人がふざけるのが見物。ほぼ無名()な私達がやってもそんなにウケは良くないと思う……。


……あ、社長わかりやすく肩を落としてる…。そしてなんか次のを考えてる感じの顔してる!?


このままじゃなんかもっと過激なことさせられそう…! 出演してみたいのは山々だけど、これ以上は……!


「まあまあミミンちゃん、んな身体張らんでもええ。 実はな…二人にもやってもらいたいことがあるんや! 勿論、出演という意味でやで!」





「「えっ!! 本当ですか!!」」


「嘘や! …いやいや嘘というのが嘘や! 怖い顔せんとって! まあ声だけの役なんやがな、この役を……―――」


私達をそう宥め、ガーキー様はコソコソと。どんな役を……っ!?


「――えええっ!? た、大役中の大役じゃないですか!」

「ホントのホントに宜しいんですか!? ホンマですか!?」


「ホンマやホンマ! 2人共ええ声しとっからなぁ! まあ出来ることならでやって貰いたいんやが、流石にキツイやろしスポット参加で……」


「いえ! 魔法を使えば丸一日程度なんてことありません! 良いですよね、社長!」

「モチのロンよ! 24時間戦えますし、喋くり倒せますとも! まあこの役、台詞決まってますけど!」


寧ろやらせてくださいと二人揃って頼み込む……! 対するガーキー様の返答は……!



「最高にえ~え返事やないかい! それじゃ、頼むで!」



――やった!!!


「はい!やらせていただきます! ……笑いを堪えるのが大変そうですが…!」


「デデーンと執行させていただきまーす!」


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