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閑話⑪

アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動③

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……へ!? なぜ、えっ、どうして、えええぇっ!? ええええええっ!?!?



思わず、さっきとほぼ同じ驚き方をしてしまった……! いやでも、そうもなるっ!!



あの宝箱が…社長がいつも入っていて、さっきまでも使用していたあの宝箱が、どこかに持っていかれた!? いやなんで!?!?







「あのね…。アストの部屋をたんけ…色々見てたら、このぬいぐるみの山を見つけて…。面白そうだから中に入ってたら眠くなっちゃって、ついうとうとしてたら……」


「その間にメイドの誰かが入って来て、社長が降りた宝箱を回収していった…―と?」


社長から釈明を聞き、状況はわかった。なんという……。



「それでアスト……。なんとかして取り戻したいんだけど……。ダメ…?」


ぬいぐるみの山に下半身を埋めたまま、おずおずと首を傾け手を合わせお願いをしてくる社長。これは中々に由々しき事態。


社長のあの箱は、ラティッカさん率いる箱工房のドワーフ達が手掛けた最高傑作品。即ち、一点もの。


性能や強度も折り紙付きで、だからこそ社長がお気に入りの服のように常日頃入っている大切な一品。それを無くした場合、悲しみもひとしおだろう。


私としても、あれを誰かにあげたくはない。もはや社長のトレードマークと化しているし、実は抱え心地も凄くいいのだ。他の箱ならまだしも……。



……というか、社長の箱は先程メイドにあげたような『魔法の箱』ではない。造りこそ他と一線を画すが、ミミックが入っていなければ只の宝箱なのである。


だから持っていっても、実用性には欠けるはず。そりゃ、ある程度の宝物や魔導書とかは入るだろうけども…。



……――ん…? あれ…? そういえば…なんで……?







「…アスト、疲れているところ悪いのだけど…。こっそり探しに行っていいかしら…?」


「え! いえ、ですが…!」


「心配しないで、絶対に見つからないように動くから! 自分の物は自分で見つけないと!」


少し考えこんでいた私にそう提案した社長は、任せてと言わんばかりに胸を叩く。確かに社長ならば出来るであろう。


物音を立てず、メイドに見つからず、違和感を感じさせず―。そういった移動ならばお手の物。それにミミックの特性的に、初めて来る場所でもある程度地形…もとい屋敷の構造は把握できるはず。


社長の実力をよく知っている私だから、その提案は信じていいものだとわかる。侵入しちゃいけない場所には不必要に侵入しない人だし、悪漢紛いの行動をすることも絶対にない。


だから……――。……うん、だから……。




……――













「じゃあアスト、ゆっくり休んでなさいな!すぐに戻ってくるから! あ、箱代わりにぬいぐるみひとつ借りるわね」


そう言い、ぬいぐるみの山から抜け出そうとする社長。だがそれを…。


「待ってください、社長――。」


――ピシリと呼び止める。すると社長はピクっと小さく身体を揺らし、停止した。


……この反応、恐らく間違いないだろう…。 私のは、当たっているはず。ならば…畳みかけるのみ!







「社長、妙ですねぇ……」


「お。……何が、かしら…?」


私の意味深な切り出しに、社長も声を思わず潜めるノッて来てくれた。場は静まり、まるで何かの推理シーンの如く。



「まず、改めてお聞きしたいのですが…。宝箱は本当にメイドの誰かが持っていったのですか?」


「―えぇ。うとうとしてたから顔まではよく見てなかったけど…。メイド服を着ていたわ」


しっかり頷く社長。そう、まずは……そこがおかしい。



「なぜ、メイドは部屋に入って来たのでしょう。 ここには私が帰って来たばかり。事前に準備をしていた彼女達が掃除を始める訳もなく、私がトランクの中身を片付けてと頼んだ訳でもありません」


「そう…かもね……」


「特に我が家の使用人達へは、『理由なくして、部屋の主の許可なしに勝手に入らぬように』と教育が施されています。私が久し振りに帰宅し、ドレスに着替え両親達に会いに行った数十分足らず―。その間を待てない者はいません」


「ぅ……」


じり……と、ぬいぐるみの山ごと後ろに下がる社長。狼狽えるような彼女に、一つ助け船を。



「そうですね…あり得るとすれば、『何か大きな異音が聞こえ、確認のために入ってきた』というのが…―」


「そ、そうよ!そうなのよ! 実はね…ちょっと移動する時に、箱の端をゴンってぶつけちゃって…」


私の言葉に被せるように、食い気味に説明を始める社長。…だがそれは、助け船ではなく…罠の泥船!



「おやぁ? あれれ、おっかしいですねぇ~…」


「な…何が…?」


「だって社長それだと……。大きな音を立てた直後にわざわざ箱から出て、ぬいぐるみの山に入って即座にうたた寝を始めた…―ということになりますよ?」







「…! そ、それは…その…!」


俄かに慌て出す社長。音を聞きつけ、不審に思ったメイドが入室するまでは、どう考えても一分もかからないであろう。


社長がどこぞの眼鏡で青い狸と友達の小学生ならともかく、そんな素早くうとつける訳が無いのだ…!! まあ社長、寝つきは良いほうではあるのだけど。


「っ……そう!メイドさんが来るのが結構遅かったのよ! きっと、遠くにいたのかも!」


「この部屋は防音がしっかりしてます。さっき私が社長に気づいた時みたいに大きな声で叫んじゃっても、その際に近くに誰かがいないと聞こえません」


「うぐ……。じゃ、じゃあ…! そのメイドはアストに用があって、私の出した物音で帰ってきたと思って……」


「その場合は、間違いなくノックをするでしょう。そして返事が無ければ、きっと他の使用人に私の居場所を確認します。その後に、部屋の扉を開けるはずです」


――社長の誤魔化しを、即座に叩く。……まあ正直これ、推理というほどの完璧なものじゃないんだけども…。


なんか気分的には、おどろおどろしくも、少しドキドキするような専用BGMがかかっている感じ。じゃあここで、更に追撃…!





「社長。細かいことが気になってしまうのが、私の悪い癖。 幾つか、宜しいでしょうか」


「…へぇ…。私の相棒は…どんなことが気になっているのかしら…?」


声を震わせながら、そう聞き返してくる社長。では、まず…。




「仮に、社長の言う通りだとしましょう。うたた寝していたところに、メイドが入ってきたと」


「そ、そうなのよ! それで、宝箱が持っていかれて…」


「そこです。『許可なしに部屋に入るな』と教育されているメイドが、いくら見慣れぬ物とはいえ、私の部屋に落ちている宝箱を許可なしに回収するでしょうか」


「うっ……」


「―いえ、寧ろ見慣れぬ物だからこそ。 屋敷の一人娘が帰って来てから突如として現れた宝箱。単純に考えれば、私が持ってきた物だと思うはずです」


トランクも開いてますし、と言いながら、私は社長が出てくるために開けたそれを指さす。そして肩を竦めた。


「箱に『自由に使って』とでも書いてあるならばいざ知らず…いえそれでも少し怪しいのですが…。そうでもない限り、持ち出しはしないでしょう」


「そ、そんなの出まかせ……」


何か言いたげな社長。私はその唇を軽く押さえ、更に続けた。



「もう一つ。 そもそも…何故社長は、宝箱から出たのですか?」











「あぅ…! あの……。……ぬいぐるみの柔らかさを…堪能するため?」


「そのぬいぐるみたちはメイドたちが綺麗にしてくれているとはいえ、流石にベッドのほうが柔らかいですよ? そもそも宝箱ごと潜り込んでも良いでしょうに」


「えっと……。実は、アストを驚かせるために!」


「…それは本当っぽいですけど…。 そうだとしても、やっぱり宝箱から出る意味がわかりません。だって、トランクの中に宝箱ごと潜伏してたじゃないですか」


「ぎくっ……」


…もう明らかに、ぎくって口にした…。そろそろトドメを。


「それに、社長のことです。本当にそういう場合でも、宝箱はしっかり隠してから入ると思います。違いますか?」


「そ…れ…は……」


「あぁ。最後に、もう一つだけ」


私は指を一本わざとらしく立てる。そして、ピッと社長犯人?を指さした。



「だいたい、社長…―。 音を一切出さずに移動できますよね?」








「社長のことはよく知っていますもの。普通ならば私の言う事を聞いてくれて、細心の注意を払い物音ひとつ立てず動いていたはずです。社長なら絶対そうしてくれますから。間違いありません!」


「――……!」


私の自信……社長に対する信頼に満ち溢れた台詞に、当の彼女は目と口を静かに閉じる。そんな社長へ…―。


「無論、これは全て私の憶測。社長が『うっかりしてた』とでも一言口にすれば、尻尾を巻いて退散です」


本当に自分の尻尾を丸めつつ、そう告げる。そして……。



「ですが、あえて聞きます。 社長、もしかして……に、適当な口実を作った訳ではありませんよね?」



最後の、問いかけ。それに対し、社長は…………――!






「―――――てへっ☆」





舌をペロリと出し、バレちゃった!と言うようなおとぼけポーズをとったのであった。









「やっぱりですか……はあもう…」


予想していた通りの陰謀に、思わず笑いつつ溜息。と、社長は私をおだててきた。


「中々真に迫っていたわよ! 悪魔族刑事デカアスト! いえ、悪魔族探偵かしら?」


「社長相手限定ですけどね~。 というか、気づかせる前提でしたよね?」


「ふふっ!ま、ねぇ。 けどアストがだいぶ疲労困憊みたいだったから、巻き込まずに1人だけで箱探し探検に行こうかなって」


ケラケラと笑う社長。…って、え?



「あ、宝箱は本当に持っていかれたんですか?」


「えぇ。まあほぼアストの推理通りだから、持って行かせたって感じだけど」


そう答える社長。確認のためにぬいぐるみの山を掻き分けると、中にはぺたん座りをしている社長の身体が。宝箱は確かに存在しない。


「……どこかに宝箱を仕舞っている、とかは…?」


「ううん! それはないわ!」


…目を見る限り、嘘は言ってない様子。 ということは…本当に『ご自由にお持ちください』みたいな張り紙でもして、何とかして使用人を呼んで持って行かせた…?


うーん…。仮にそうだとしても、私の許可無しに持っていくかな……?




「―で、アスト。 だいぶ顔色良くなっていたみたいだし、良かったら一緒に探してくれないかしら…?」


…と、首を捻る私の顔を、社長はおずおず覗き込んでくる。 もう…人の気も知らないで…。



―――でも…いつも通り感のある社長に、なんだか心が安らいだ気が。 この振り回される感じ、結構好き。


それに茶番をしたおかげで、なんだか楽しくなってしまった。気分も軽くなったことだし…!!


「えぇ! 我が家の案内がてら、探しに行きましょう!」


「やった! アスト大好き!」


歓喜の様子で、ぬいぐるみの山から飛び出し抱き着いてくる社長。あ、そういえば。



「ところで…。社長、何に入っていきます?」


ミミック的に、何かに入らなければ落ち着かないはず。コスメポーチやポシェットとかで手頃なのあったかな……。


……ん? 社長、私の胸元をじーーっと見てきて……。




「そのドレス、丁度いい穴が開いてるし…アストの胸の中で!」


「……………………。」


「前言撤回! ぬいぐるみの中にしまーす!」



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