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閑話⑪

アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動②

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え、なぜ、ちょっ、えっ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?



なんで社長が、私の横にいるの…!? 私の実家の部屋のベッドの上に…私の真横にいるの!?!?


しっかりいつもの宝箱で、いつもの服で…! 何食わぬ笑顔でちょこんって……!!!




……あ、もしかして……。これ、夢か…! なら…えいっ! むにっ!


「むひゃ…! もーあひゅとアスト~! ひょれこれひふんのほおれ自分の頬でするもにょれしょするものでしょ?」


「あ、そうですよね…! すいません動転しちゃって…!」


社長の頬をムニムニしていた手を放し、今度は気を落ち着かせるための深呼吸。すぅ…はぁ…。


……よし! じゃあ改めて……!




「なんでここに居るんですか社長!!!」


「着いてきちゃった☆」








いや、着いてきちゃった☆ じゃないですが!? 一体、どうやって……。


「あれよ、あれ」


ふと、ちょいちょいと指さす社長。そっちにあるのは、トランク……。


……――ああっ!! トランクが開いてる!! まだ開けてないはずなのに、勝手に開いてる!!


そういうことか! なんでお見送りに居なかったのかと思ったら…既にあの時、トランクに潜んで…!!



「ここがアストのハウスね! さっすが公爵邸、とんでもなく立派! ベッドもふっかふか~!」


って、そんなこと考えてる間に社長がはしゃぎ出した…! ベッドの上で跳ねないでくださいって…!




「「お嬢様! 何かございましたか!?」」







―――しまった!! 外のメイドたちに気づかれてしまったみたい…! いや、私が叫んだからなんだけど…!


「もしや、私共に不手際でもありましたでしょうか…!」

「差し支えなければ、扉を開けさせて頂いても宜しいでしょうか…?」


わわ…しかも、ちょっと不味い状況に…! ここで変に断るわけには…!


「とりあえず社長…! ここに隠れててください!」


「は~い!」


慌てて社長を布団の中に突っ込む。すんなり入ってくれたが……当たり前ながら、こんもり。 宝箱という大きい物を入れたんだから、膨らんで当然である…!


どうしようどうしよう……! と、とりあえず扉から膨らみが見えないように座って…! あとは羽を広げて隠して…!!



「「お嬢様…??」」


「こほん…! どうぞ!」



私が合図をすると、メイド二名は丁重に部屋の中へ。…けど、若干目が訝しんでいる気が……。


「あの…お嬢様…? 先程、声を張られていたようですが…?」


「い、いえ! 何でもありませんよ!」


……ちょっと声が上ずっちゃった気が…! …っっ! まずっ…! その受け答えの間にもう一人のメイドが、ベッド周りの確認に…! 連係プレー…!


これは…絶体絶命…! う、動くわけにもいかないし…! ……最悪、魔法でメイドを昏倒&記憶飛ばしでもして……!


もはやそれしかないと、ひそかに術式を練り始める…。――と…。




「…? お嬢様、やはりお疲れなのでございましょうか。 宜しければ御仮睡くださいませ」

「それが良いかと! ご主人様方には、私共の方からお伝えさせて頂きますので」



……あれ? …私の心配はされているけど、布団の膨らみを気にしている様子は…ない?


それも、わざと避けているという感じではなく、まるで存在しないかのような…! …はっ!



き、消えてる…!? 布団のこんもりが、社長の姿が消えている! え、嘘!どこに!?


…ん! ベッドについた手に、布団の裏から軽くちょんちょんと突くような感覚が…! もしかして…布団を『箱』として、ミミック能力で隠れたということ?


――そういえば社長、似たことちょくちょくやっている…。それにオルエさんサキュバスのダンジョンではそういう潜み方してるとも報告受けてるし…。



まあこれなら、布団を捲られない限り気づかれないだろう。とりあえず、一安心…?





「―いえ、休むのは後にします。お父様方を待たせるわけにはいきませんから」


ほっと息つき、改めてメイドたちにそう告げる。彼女達は承知を示すお辞儀をし、代わりにこう続けた。



「では、僭越ながら私共がドレスをご用意いたしましょう」


「もしよろしければ、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」



「あー…。 そうですね、お願いします」


その提案に有難く乗っかることに。確かにあの装束、一人で着るのは結構手間だから…。


「かしこまりました! では失礼いたしまして…!」


「こちらへどうぞ、お嬢様!」


喜ぶようなメイド二人に連れられ、部屋角のドレッシングルームへ。そしてあれよあれよと服を脱がされて……。


「ふふっ、お嬢様、肌が一段ときめ細やかくなっておられますね。角も羽も尾も、素晴らしき輝きにございます」


「あら…! お胸も少々成長なされたようで…!」




…………これ以上は見せません。













―――さて。着替え終わり、と。 さっきの服から、今は伝統装束のドレスに。


…そういえばこの服、オルエさんは『露出が多い』と言ってたけど…。 そうでもない。


彼女の言う通り、そもそもが悪魔族の服だから、羽や尾を出すように穴が開いている。勿論それは動かす際に支障が無いように大きく、そしてお洒落に象られてもいるのだ。


まあ後は……胸元とか腰横とかがそこそこガバッと。他にも、ところどころに…。


まあこれは若者用のドレスだし、その露出も身体を駆け巡る魔力の通りを強化するためなのと、スタイルの維持を喚起するため、他諸々の理由で……。



……うん、多いですよね。 でも気に入っているから良いんです! これの簡易版とか、よく着ているし!


というか、サキュバスの服と露出を比べないでください! あんな全てが紐で構成されているのと!






……ゴホン。 失礼を。 少し感情的に…。


誰だって好きな服を貶され?たら怒……いや別に貶されたわけではないか…。ならいいや、うん。





―――話を戻して。今は両親達が集まっているリヴィングルームへ向かっている最中。さっきのメイド二人に前と後ろに従える形で。


一応、社長には隠れて『絶対に部屋から出ないでください、バレないでください』とは伝えておいた。


そしたら布団の端っこからメイドに気づかれないぐらいの触手が出て来て、okと言うように動いた。やっぱりベッドの中に居たらしい。




…っと! そんなことを話している間に到着した。じゃあ……一応深呼吸して……。すぅ…はぁ…。


――よし!!








「――遅くなってしまい申し訳ございません。 お父様、お母様、お祖父様、お祖母様―。不肖アスト、只今戻りました」


ドレスの裾を軽く持ち上げ、礼儀正しく挨拶を行う。リヴィングルームに座るは、4人の最上位悪魔族。



「よく帰ってきた。 元気そうで何よりだ」

「急に呼んでしまってごめんなさいね。 ささ、ママの横に座って座って」


――と、微笑む男性と手招く女性。 アスタロト家当代当主であり、魔王様に仕える現大主計。そして私の父と母。


名を『カウンテ・グリモワルス・アスタロト』、『アルテイア・グリモワルス・アスタロト』!




「ふぁっふぁっ。 少し見ない内にまた美人になったなぁ」

「えぇ本当に。 ついこの間までちいぃちゃかったのにねぇ」


――と、安楽椅子に腰かけ笑う老男女。 アスタロト家先代当主であり、先代魔王様以前の大主計役であった、私の祖父と祖母。


名を『ペイマス・グリモワルス・アスタロト』、『イーシタ・グリモワルス・アスタロト』!




そう―。彼らこそが名高きアスタロト一族のメンバーであり、私の大切な家族なのである。










「それで、お父様。 この度は何故このような手紙を?」


皆に顔を見せた後、母の近くに腰かけ手紙を取り出す。無論、呼び出しの旨が書かれたそれである。


「内容を記して頂ければ、相応の答えを先に送ることができましたのに…」


「まあまあ、そう固くなる必要もない。なに、色々と談笑の話題があって、選ぶに選べなかっただけだ」


「それと、ママ達も少し寂しくなったのよ。 だってアストったら、お仕事ばかりであんまり帰って来てくれないのだから」


私をそう宥めてくれる両親。…けど、当の私は母の口にした『仕事』の単語にピクリと反応してしまった…。





……私が今回、一番怖がっているのは何か…。それは他でもない、『ミミック派遣会社を辞め、家に戻ってこい』と言われること。


何しろ、我が家は代々魔王様に仕える存在。故に、いつまでも社長の秘書をやっていられるわけではないのだ……。



前に社長が酒の席でそのことに怯えた際、私は何とか和らげ落ち着かせた。両親がまだ現役である以上、私の代継ぎは当分……悪魔族の寿命的に、とんでもなく先だと。



……だがそれは、家族が私に何も言わなかった場合。もし『アスタロト家長の名に置いて辞めろ』と言われたら、すぐに従わなければいけないのだ。


――ただ、あの時社長に誓ったように、私としても容易く引く気はない。他のことならいざ知らず、社長と共に居られる愉快で楽しく心弾む仕事を辞めるなんて、絶対にしたくない。


本当に、全力を以て抵抗する。宣言通り、この城館宮殿が半壊するまで抗戦する。その覚悟はある……!



…………けど…勿論、そんなことは最後の最後の手段にしたい。お父様とお母様は悲しむだろうし、お祖父様お祖母様は既にお年を召しているから巻き込みたくない。


それに、沢山いる使用人たちにも迷惑はかけられない。だから……だから……――。





「どうしたのかしらぁアストちゃん…? 身体の調子、悪い?」


「―あ、いえ! 元気いっぱいです、お祖母様!」


心配そうに首を傾げる祖母に、慌ててそう返す。――すると、今度は祖父がゆっくりと口を開いた。


「ふむむ…。 なれば、先に最も伝えなければならぬことを伝えるとしよう」


「――ッ!!」


祖父の、しわがれながらも威厳のあるその声に、思わず背筋を伸ばす。どうか…どうか…仕事の…会社のことではありませんように……!


内心私が祈っていると……祖父は…………――満面の笑みを浮かべた。



「ふぁっふぁっふぁっ! お手柄中のお手柄だったなぁ! よくグリモア様を助けてくれた!」






―――ほっ……よかったぁ…。 そっちだったぁ……。


いや、軽く説明すると……。グリモア様という、初代魔王様の相棒であり、今は図書館ダンジョンにお住まいになられている長命の魔導書のお爺様がいるのだ。


私達の名の一部である『グリモワルス』はそのお爺様にあやかったものであり、魔王様に仕える最上位悪魔族一族全員がつける称号なのである。 とまあ、それはおいといて。




実はそのお爺様、最近記憶が無くなるほどボケてしまったのだ。それで魔王様や私達も不安にしていたのだけど…。


ついこの間私が社長と図書館ダンジョンを訪問した際、その原因を究明することができたのである! 更に対策を施すことで、なんと元通りに!


そのことを経過観察のお願いを兼ねて報告書とし、社長を介し魔王様へとお渡ししたのだ。ただ、魔王様は私がアスタロトの娘であることを知っていた。


だからか…他の最上位悪魔族一族、そして私の両親達には『アストが突き止めた』とお伝えになったらしい。あの後、沢山の感謝状が届いたのである。


そして魔王様から直々にお褒めの言葉を賜り…! 今はこうして、家族から…!!




つまりそれだけ、グリモアお爺様の存在が皆にとって大きいのである。かくいう私自身も、解決できて本当に嬉しくて……!!


「あの一件は、まさに青天の霹靂と言うべき出来事で…! でも、大恩あるグリモアお爺様の助力となれて何よりでした!」


「アストったら、時折屋敷を抜け出してはグリモア様に魔法を教わりに行っていたものね」


ちょっと興奮してしまう私の頭を、母が微笑みながら撫でてくれる。もう大人だとはいえ、母の温もりはいつになっても心地よい……!


「その時のお話、詳しく聞かせて頂戴な。 アストちゃんがどんな活躍をしたかをねぇ」


「はいお祖母様! あれは、魔王様より依頼を受けて社ちょ……―――」





――そこまで口にして、慌てて口を噤む。…このこと、迂闊に話して良いのだろうか……?



魔王様が他の方々にどう伝えたかは詳しくはわからないが…。少なくとも私の家族は、私の仕事先を知っている。だから、構わないはず…だけど…。


…チラリ、と周りに視線を動かす。 そこには、粛然と控えている使用人たち。彼らにこのことを聞かれるわけには…―。



「…―あぁ。 おい、皆、外してくれ」


と、父が気を利かせてくれ、使用人は扉の外へ。ちょっとホッとしたのも束の間、今度は…―。


「丁度いい。アスト、お前の『勤め先』についてだが……」


「――ッッ!!」


父からそう切り出され、またも身体がビクッと。 今回は周りに分かるぐらいの反応になってしまったらしく、父は一旦話すのを止めてしまった。


けど…このままで済むはずがない…。この後どうなるのか、どうすればいいか必死で思考を巡らせていると…。


「まあ、アストも疲れているだろうしなぁ。食事時までゆっくりと休むがいい。 後の話は、その時か食後にでもゆっくり話すとしよう」



祖父がそう口を切り、私は一旦自室へと戻ることとなった――。












「ふぅ……」


部屋に戻り扉を閉め、息を吐く。メイドたちには少し寝るから1人にしてと伝え、離れて貰った。



……とりあえず切り抜けた……じゃ、ないよね…。後回しになっただけ…。気が、重い……。


ただ、寝るという気分ではない…。なんか緊張から心拍がおかしい感じ…。でも一応、ベッドに倒れて…。



――そうだ社長!! まだいるよね…!? 布団を捲って……



――え゛!? いない!?






そんなはずは…! 流石に蓋…もとい布団を開ければ姿が見えるはず…!! でも、どこにもいない…!嘘…!!!



「アスト~…。 こっちこっち~…」


…え! 微かに聞こえる社長の声…! どこから……人形の山の中から!?


「よっと!」


沢山積み上げられている人形の間から、スポンと顔を出してくる社長。なんでそこに…?


「どうしたんですか社長? そんなところに隠れて…」


「えーとね…それがね……」


…? やけに言葉に詰まる社長…。なんだか、さっきまでの私みたい。 


そんなことを思っていると……社長は、とんでもない一言を口にした。




「私の宝箱、どっかに持っていかれちゃった……」


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