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閑話⑩

我が社の日常:市場で取引お買い物⑤

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ということで、ネヴィリーもてなし大作戦は絶賛継続中。カフェ、魔導本屋を巡り、次の行き先は―。


「ジュエリーショップ、でございますか」


「そう! まあ買うかはわからないので…ウインドウショッピング?」



魔導書購入という言いつけを完遂したネヴィリーではあるが…時間の余裕はあるみたいだし、彼女も私とすぐに離れることを良しとしなかった。


まだお叱りがあるみたいでちょっと怖いけど…これ幸い。社長の提案『今までのお礼としてプレゼントを買ってあげる』の実行チャンス。



ということで彼女を引き連れ、目をつけていた宝石店へと向かう途中なのである。丁度、ネックレスを見たいところだったから。





……実を言うと…。前に訪問した『魔王軍の中級ダンジョン』で迎えてくれた『マネイズ』さん、彼女のアクセサリのつけこなしに惚れちゃって…。


それを見習おうとしたのだけど…どうも良い感じのネックレスを持ってなかったから、最近ちょこちょこ探しているのだ。





まあぶっちゃけると…ラティッカさん達箱工房の面々に頼めば、そういうアクセサリーも嬉々として作ってくれるし、専門店顔負けな凄いのが出来上がる。


私が時々つけているイヤリングとかも、ラティッカさん達製がちらほら。というか、今つけているのもそう。


けどやっぱり、色んなのは見たい。それにアクセサリーのプレゼントには、ある程度ブランドがあった方が良いだろうし。









それにしても…。さっきの魔導本屋での一件で、ちょっと疲れちゃった…。カフェで一休み分の英気を使い切っちゃった気分。


というか…ちょっと小腹が…。 この辺りには市場の食材を使った屋台が多いし、美味しそうなのあるかな…―


「アストお嬢様…」


―っと…。ネヴィリーのこの口調…。何か問い詰めて来る時のだ…。今回は―。




「職場とは、如何様なところで? 私は、絵画等の真贋を見極める仕事なのかと思っておりましたが…」


私が促すと、そう口にするネヴィリー。そして、少し目を慄かせつつ続けた。


「先程魔導書商人にお渡していたあれは、『魔物素材』。 それを自由に取り扱える職場とは一体、どのようなお仕事を…?」




あー…。一難去ってまた一難。せっかくネヴィリーを誤魔化せかけたのに、また訝しまれてしまった。答えに迷っていると、彼女は更に迫ってくる。


「あの時チラシを窺えれば良かったのですが、気が動転しておりまして…。宜しければわたくしめに、その内容を…!」


いや、まあ…わざと見せないように魔導書商人さんに渡したのだけど…。というかネヴィリーもしかして、私がよからぬ仕事に手を染めていると考えだしてる…? 


うーん…なんか、どんどん駄目な方向にいってる気が…。隠したの、失敗だったかなぁ…。けど、今更明かすのも…。




幸か不幸か、ネヴィリーの責め…じゃない攻めは弱め。あまりにも私が隠すからか、魔導書商人さんの反応が悪くはなかったからか、それとも私のことを信じてくれているからかわからないけど。


とはいえ何も答えずにいる訳にもいかないし…。社長、何かアドバイスくれないかな?



――そう思って、ネヴィリーが抱える社長入り宝箱を見やると……へっ!?



(あ~むっ。 むぐむぐ…美味し~い!)



社長、箱から身体を出してケーキ食べてるぅ!?










いやいやいや!! 今まで史上、一番絵面がおかしい!!! ネヴィリーは気づいていないんだけど…それもそのはずで…!


えっと…なんと説明したらいいか…。もうありのまま見たまま話すけど……!



社長、ネヴィリーにバレないようなほんの少しの隙間分だけ箱を開けて、そこからにゅるんと身体を外に!!



まるで箱からはみ出す布、漏れ出るスライムみたいな感じに、とんでもなく器用にぶらんぶらん。そしてそんな状況で、先程買っておいたケーキをぱくついて…!



しかも、ネヴィリーからしてみれば丁度箱の死角。宝箱サイズの箱を持ってもらえればわかるのだけど…確かに外側、つまりは身体とは反対側の箇所は全く見えない。


更に、箱自体が邪魔して下の方も窺えない。そこを突き、やりたい放題。もはや曲芸の域…。


……もしかして…私が抱っこしている時も、ああやってることあるのかな…?





あ…。ネヴィリーが私の驚愕の顔に気づき、箱の様子を確認しようと…。…またその瞬間に、社長は超スピードで箱の中に逃げ込み蓋をパタン。


もう時とか止められて、その間に動かれているような感じ。なんか恐ろしいものの片鱗を味わっている気分…。



そしてやっぱり、ネヴィリーが顔を戻すと再度にゅるり。一つ目を食べ終えたらしく、もう一つケーキを取り出してもぐもぐ……。



…なんか、あんなに幸せそうな顔して食べてる社長を見てると…色々どうでもよくなってきた。私も何か買おう。




あ、美味しそうな串焼きの屋台。さっき甘いケーキを食べたから、丁度いいかも。


「すみませーん、3…あっと…2本くださーい」


「お…お嬢様!? 買い食いなど、はしたのうございます…!!」


―と、注文をした矢先にネヴィリーに窘められる。もう…何を今更…。


つい今しがた貴族のように優雅にいこうと宣言したけど…買い食い如きでこうも怒られるなら、やっぱり反故にしよっと。


とりあえずさっさと買って、一本を彼女に押し付けちゃえ!











「――大体お嬢様、先程から色々おかしゅうございます! もっとアスタロト家の御息女としての自覚を…!」


「別に良いでしょう! ドレスを着ている時ならまだしも、今は関係ないんですから!」



…でも結局、串焼き片手にちょっと喧嘩。 私だって、高貴な場なら公爵令嬢として相応しい対応をする。


けど、こんな市場で無駄に貴族の威光を振りかざすなんて、そっちの方がマナー違反。周りの迷惑。寧ろ馬鹿らしい。


そういうのをやるのは、権力を笠に着た悪人か、そうでなければプライドを保てない匹夫だけ。そして正義の主人公とかに張り倒されるのがオチである。







…とはいえ…。ネヴィリーの言う事にも一理あるかも…。社長の破天荒さに感化され、『お嬢様』では出来ないことを色々やっているもの…。


まあ、それがやりたくて深窓から飛び出した令嬢な訳でして…。寧ろ心地よくはある。社長に出会えてよかった。



因みに当の社長、そんな隙に触手を伸ばし…自分用の串焼きと、その横にあった屋台の飲み物まで購入していた。本当に悠々自適。





ということで串焼きを齧りつつ、ネヴィリーに小言を言われつつジュエリーショップへの道を。


……あれ?そういえば…。ネヴィリー、私を叱るのに夢中で、職場の問い詰めをしてこなくなってる?



耳が痛いのには変わりないけど、変に質問責めをされるよりかは幾分もマシ。適当に返事して流せば良いのだから。


…もしかして社長、こうなることすら見越してケーキを外で…? だって食べるだけなら、箱の中で済ませられるはずだもの…。



…――いや、多分気のせい。多分、スリル求めているだけ……。



現に今、ネヴィリーがギリギリ気づかないラインを攻めるように、顔を近づけたり蓋をじわじわ開けていったりして遊んでるから……。



おかげでネヴィリー、周囲から奇異の目で見られているし…。そしてやっぱり私を叱るのに夢中で気づいていないし。良いんだか悪いんだか。












なにはともあれ、目的の店へ到着。気づけば社長も宝箱化。私も顔とか汚れてないことを確認して、店内に…―。あれ?


「有難うございますラティッカさん…! 無理を頼んでしまい…!」


「良いって良いって! あれぐらいならお安い御用だよ!」


丁度店員に見送られるようにして出てきたのは、うちの…ミミック派遣会社のメンバーの1人、ドワーフ女性のラティッカさん。


どうやら何かしていた様子。ちょっと声をかけてみよう。





「ラティッカさん、どうしたんですか?」


「お、アスト! いやな、馴染みの職人が加工の面倒な宝石にあたっちまったってボヤいててよ。買い物は他の面子に任せて、ちょいと手伝ってたんだ!」


私に気づいたラティッカさんは、豪気に笑いながらそう答えてくれる。―と、そこで気づいたらしく、私の後ろへ目を。


「ん? その…メイド? 誰だ?」


「彼女は実家で私のメイドをしてくれていたネヴィリーです。ネヴィリー、こちらは私の仕事仲間のラティッカさん」


「なるほど!初めまして、ラティッカだ! アストには常日頃、色々世話して貰ってるよ!」


「ネヴィリーと申します。宜しければお見知りおきくださいませ、ラティッカ様」


私が橋渡しとなり、双方を紹介。2人共、それぞれ挨拶を―。




「「ところで―。」」









…え゛…。ラティッカさんとネヴィリーの、相手に投げかけた台詞が被った…。嫌な予感…!


ちょっと驚いてしまっている二人の間に、私は急いで挟まる。そしてまずはネヴィリーの方に…!



「ちょっとネヴィリー! ラティッカさんに何を聞こうとしているの…!?」


「それは―。お嬢様のお仕事内容についてでございます」


ほんの少し逡巡したものの、ハッキリと答えたネヴィリー。目が、問い詰めの眼光に。


やっぱりだった…。私という牙城を崩せないから、私の同僚から話を聞きだそうとしている…!





「ちょっと待機! そしてその箱を渡して!」


そう命令しつつ、社長入り宝箱を無理やり回収。そしてその場で半回転し、今度はラティッカさんの方に。


「ラティッカさん…! ネヴィリーに聞こうとしていたのって…」


「あ、あぁ。それの…社長のことを…」


私の必死な剣幕にちょっとたじろぐラティッカさん。けど、質問内容はこちらも予想通り。


普段は私が抱っこしている社長を、いくら自分の召使とはいえ預けているのは不思議だったのだろう。私だって、出来ることなら自分で持っておきたかったし。


それに、社長が先程から一切顔を出していない。普段ならすぐに飛び出してくる性格の人なのに。 それで、異常を感じ取ったのだろう。



「まあそうですよね…。 詳細説明はお願いします…!」


そんなラティッカさんに、宝箱…もとい社長を預ける。心得たと言うように、蓋の隙間から社長触手がはみ出しくねくね。


こっちは社長に任せて大丈夫。 問題なのが…!!



「ネヴィリー…ちょっとこっちに…!」







またまた半回転し、ネヴィリーの腕をとる。そして少しばかりラティッカさんより距離をとってと…。



「もう…。仕事内容は説明した通り! 私の魔眼を使って、鑑定とかをしているんですって!」


「勿論それは承知しております。ですが、お嬢様の僚友からも是非お話を聞きたいのです」


説得しようとするも、言う事を聞かないネヴィリー。まあ、それぐらいなら良いのだけど…。





……嫌な予感、というのは問いかけのぶつかり合いだけに感じたものではない。彼女から…ネヴィリーから、『最悪の流れ』を予見したのだ。




そしてそれをなぞるように、ネヴィリーは離れた場所にいるラティッカさんをジロリと睨んだ。



「そもそも…!お嬢様を呼び捨てなんて、なんという無礼な…! それにあの方、如何にも粗野でございます。 あのような者がいる職場なぞ、劣悪な所に決まっております…―!」




……はあぁぁぁあぁ……。 やっぱり、こうなった…。







…だから、職場を詳しく紹介したくなかったのだ…。だから、社長を紹介したくなかったのだ…。こうなる気しかしなかったから…。



ラティッカさんの今の姿はいつも通り。ボサ髪を後ろで纏め、へそ出しチューブトップとダボつき職人ズボン。しかもさっきジュエリーショップのお手伝いしていたから、少し汚れてもいる。


確かに有り体に見ても、ちょっと上品さはない。けどそんなに酷くは無いし、寧ろ、職人らしい職人姿。



だから、流石に言い過ぎで…―。



「今からでも遅くありませんお嬢様。あんな品位の欠片もないような下賤の存在がいる職場なぞ辞めて…―」




はぁ…………。  




「ネヴィリー。 そこに直りなさい」


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