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顧客リスト№53 『ジンのアラビアンダンジョン』
人間側 とある語り部と物語
しおりを挟む~とある街。とある広場。そこにはワクワク顔の人々と、1人の吟遊詩人~
「ねぇ吟遊詩人さん! 今日はどんなお話をしてくれるの?」
~先頭に並ぶ一人の子供の声に続き、周囲の者達も次々口を開く~
「船乗りが世界を旅する物語は壮大だったわね」
「盗賊から主人をあの手この手で守る召使の話も良かった!」
「王のために千夜もの間、物語を紡ぐ女性の話ってのもあったな」
~それぞれ、和気藹々。そんな中、一人が手を挙げた~
「前回語ってくれた、砂漠の巨大宮殿の話、面白かったよ!」
~満足げに頷くその者に続き、更に幾人もが楽し気な声をあげる~
「あれは良い感じだったよね! 幻想的で!」
「しかも実話なんでしょ? 一度行ってみたいなぁ、そこ」
「『ジン』って言ったか? 精霊も大変だな、悪い連中に絡まれて」
~物語の内容を思い返す人々。と、微笑んでいた吟遊詩人が楽器を構えた~
「本日はそのお話の『続き』について。ついこの間、彼らよりその後を聞いて参りました」
~その言葉に、皆は目を輝かせる。吟遊詩人は、高らかに題を口にした~
「では、栞を外し、語りましょう。 ――『ミミックと、40人の冒険者』」
~~~~~~~~~~~~~~~
遠い国のお話。 果てしない砂漠の只中。 聳えるは巨大宮殿。
豪華絢爛な装飾、金襴緞子な絨毯に包まれたその城に住むは、どこぞの王か、皇帝か。
いいえ、いいえ。そのどちらでもなく。主であるは、精霊『ジン』たち。ランプを服とし、ふわりふわりと揺蕩う煙の精。
彼ら営む砂中の御殿『アラビアンダンジョン』は、人々のオアシスとして、拠り所として、愛されておりました。
しかし今、その宮殿を狙う、40もの刃が。それらは鈍く煌めいて、隠された秘宝…ならぬ『秘法』を我が物にせんと舌なめずりを――。
「ケッ! 今回はこれで全員か? 随分大所帯になったなぁ、おい」
集った同胞…39人もの冒険者達を見て、舌打ち交じりの声を上げる彼の名は、『アリゴマ』。立派な体躯をした、盗賊冒険者。
彼がここのところ執心となっているは、件の巨大宮殿が孕む『秘法』。ジンたちがひた隠しにする、とある噂。
手に入れることができたならば、全ての願いを欲しいまま。金も酒も女も、思うがまま。
まさに魔神と呼ぶにふさわしき権能を持つ、『マジン』という存在。それに『成る』ことができる秘密の方法。
彼アリゴマは、そして集った冒険者達は、真実かすらわからぬその秘法を探り続けているのでございます。
……そのような運試しとも言えぬ、見込み薄き挑戦。なにゆえ彼らは挑むのか。それは、致し方なき事やもしれません。
『冒険者』は常日頃から、一攫千金を望み、夢見るもの。例え可能性が塵芥しかなくとも、もしもに賭ける者達。
即ち、浪漫を追い求める心と、愚者ともいえる蛮勇が為せる技にございましょう。
――とはいえ、アリゴマも少々苛立ちを覚えておりました。幾ら探りを入れても、その秘法とやらが欠片すらも見つからぬからにございます。
なにぶん『アラビアンダンジョン』は広く、単独では途中でジンに見つかり、追い払われるのが関の山。事実、幾度もそうして撤退してきたのですから。
ならば、手数を増やせばいい。そう考えた彼は、同じ目的を持つ同胞を集め、繰り返し挑戦を続けてまいりました。
しかしその悉くが失敗し、抵抗するように数を増やし…と、気づけば自分含めて40人。盗賊団とも呼べる装いとなっておりました。
しかし嗚呼悲しきかな。彼らは同胞であって仲間にあらず。秘法を見つけ用いることができるのは、最初の発見者のみ。
つまりは、皆がライバル同然。邪魔者同然。 当然、数でジンを攪乱できますが…その分、手柄が誰かに奪われる可能性も上昇していること請け合い。
故に必要とあれば、蹴落とし上等。『団』とは呼べぬ、殺伐とした烏合の衆。
だからこそ、その秘法とやらが見つからないのやもしれませぬが…。当の本人達は、そのことに気づく素振りすらございません。
しかしそれでも、40人の荒くれは脅威。ジンたちに成す術なぞなく、ただ美しき宮殿は破壊されてしまうのか――。
―ご安心あれ。彼ら精霊には、とても心強い味方がついてくれていたのです――。
「よぉ! ジン…さん達、ちょいとご厄介になるぜ!」
どこからか借りてきた多数のラクダとロバを率い、アリゴマはアラビアンダンジョンに。 正体が露わにならぬよう変装して。油商人に身をやつして。
勿論、残りの39の冒険者達もバレぬように。ある者は商人一味に化け、ある者は護衛兵となり、またある者は、油壷の中に身を潜めて。
それを知ってか知らずか、ジンたちは歓待。一宿一飯を彼らに与え、骨身を休ませようと労わりました。
嗚呼、ジンたちのなんと心優しきことか。並みの者ならその礼に報い、大なり小なり報恩をするものでしょう。
しかしアリゴマ達のやることは、恩を仇で返すこと。彼らは頃合いを見計らい、決起を始めました。
――最もそれが、自分達にとっての悪夢の始まりだと、誰も気が付かぬまま……。
「首尾は良いか? 行くぞテメエら…!」
ジンのもてなしが一段落したのを皮切りに、アリゴマは動き出しました。比較的信の置ける、3人の仲間を供にして。
他の部屋からも、変装を解いた面々が続々と。さてどこを荒らしてやろうかと、にやりにやり。一部の者は、『秘法』なぞ眼中にない様子。
それもそのはず。ジンたちが作り上げた宮殿内には、至る所に豪奢な壺や調度品。無論ジンの魔法で作られた代物なのですが…これもまた、高値で売り払える代物。
故に強かな者は、そちらを奪って遁走することも視野の内。夢を追う者と、目先の利を取る者。互いの思惑は違えども、行う事は同じ。
では、では―。いざ、大暴れの始まり始ま――…。
「あん……?」
―と、ここでアリゴマ、とあることに気が付いたのでございます。それは―。
「…面子、やけに少なくねえか…?」
――そう。自分を含め40もいた仲間達。だというのに、部屋から顔を出しているのはその半分ほど。
当初立てていた計画では、全員同時に蜂起する予定。無論、数人程度がその約束を破るのは計算の内とはいえ…。
「…なんかあったか…?」
流石に半数が計画無視は、あまりにも不可思議。流石に訝しんだアリゴマは、確認へと走るのでございます。
仲間の2人を、油壷に潜んでいるはずの面子の様子確認に。そして自身ともう一人で、扉の開かぬ部屋の面子を窺いに。
「おい。いるのか?」
早速近場の部屋へと赴いたアリゴマ。扉をノックしますが、返事は無し。眉を潜め、少し強めにドンドンと叩きますと―。
ガチャッ
ようやくゆっくりと開扉を。全く…と息を吐くアリゴマでしたが、その前に出てきたのは――。
「「しーーっ…!!」」
部屋にいた面子の、『静かにしやがれ』のサインでございました。
これにはアリゴマ、びっくり仰天唖然の顔。そうするうちに扉はバタンと閉まります。
「…………は…?」
そんな腑抜けた声しか出せぬアリゴマに代わり、仲間の1人が扉に手を。鍵はかけられておらず、ガチャリと言う音とともに再度――。
「――『開け、ゴマ』!」
中から聞こえてきたのは、燻るような声。アリゴマは名を呼ばれた気がして身を怯ませますが…どうやらそうではない様子。
部屋の内部は灯りが薄く、幻惑なる風情。気が呑み込まれそうなその場に居たのは、惚けた顔の冒険者面子と…麗しく物語を紡ぐ、精霊ジン。
事は単純。ジンの語る『お話』に、皆聞き惚れてしまっているのでございます。ここに来た目的を忘れ、少年少女のように目を輝かせ―。
これこそまさに、『語るに落ちる』―。いえ、『【語る】に堕とされる』と言うべきでございましょう。
その有様を目にしたアリゴマは、以前口をあんぐりと。しかし、なんとか思考は動いておりました。
何してやがるんだと怒鳴り散らしたい。しかしここで騒ぐと、一気に警戒が強まるのは必定。
寧ろこの状況。ある意味、ジンを捕えたと言っても過言ではない。そう無理やり思い込み、喉元まで出かかった罵声を呑み込んだのでございました。
結局バタンと扉を閉じ、見なかったことに。しかしそこだけで済ませるわけにも行かず、アリゴマは他の部屋の様子を窺いに…。
…しかし、どの部屋もどの部屋も―。同じように突っ返されてしまいます。ジンの物語を聞くから、新荒事には参加しない。そう言わんばかりに。
さしものアリゴマも、いい加減に堪忍袋の緒が切れる直前。――と、そこに――。
「た、大変だアリゴマぁ…!!」
「仲間が…! 油壷に隠れてた仲間が…!!」
転びそうになりながら慌てて走ってきたのは、アリゴマが油壷へと遣わせた2人の面子。その表情は、やけに切羽詰まっているようで―。
「今度はどうした…!」
ジンたちに聞こえぬよう、しかし溜まっていた怒りを解き放つように、唸り問うアリゴマ。
しかし駆けてきた二人は、それ怖がることなく…いいえ、もっと恐ろしいものを見てきたかのように、叫んだのでございます。
「「油壷付近で待機してた仲間が…!全員やられちまってる…!!」」
「んだと!?」
目を慄かせ、アリゴマは駆け出します。まだ、行動には出てないはず。なのに何故…!
そして、一体誰が…! ジンたちは自分達が暴れていたら対処に動くものの…何もしていなければ優しいまま。
それを逆手にとって一斉攻撃をしかける気だったというのに。もしや、誰かが先走ったのか…?
それか、強い野良魔物でも入り込んできたか…? どちらにせよ、問い詰めてやらなければ…。
そう歯ぎしりし、アリゴマは油壷置き場へと。 しかし、そこに広がっていたのは……。
「なっ…………!?」
なんという惨状でしょうか。油壷に潜んでいた面々が、逆さに…。足を外に投げ出す形で、入れ直されているのでございます。
全員が縊られ、麻痺させられ…。煮えたぎった油を被せられた様子こそございませんが、誰も彼も、とても口が利ける状態ではありませぬ。
追いかけてきた生き残りの面々も、騒然と。これは何者の仕業か。戦々恐々とする中、アリゴマと共に動いていた一人が、眉を潜めたのでございます。
「妙っすね…。ジンがやったにしては、おかしい…」
――えぇ。確かにその通り。かの優しきジンたちが、このような見せしめじみたことをするでしょうか。いいえ、しないでしょう。
では、本当に誰が…? 眉を潜めた彼は、証拠を探しに歩を進めます。そして、偽装用に持ってきた、本物の油壷に手をかけた瞬間――。
ポンッ! ギュルッ
「へ…! うぐえっ…!?」
油壷の蓋が弾かれ、中から得体のしれぬ何かが跳び出したのでございます!
哀れ彼はそのまま捕まり壺の中。 ―これにて完成。冒険者の油漬け。
「は……。…はぁ…!?」
刹那の早業に、アリゴマ達は眼を擦ります。直後、自らの正体を明かすように、その『何か』は再度姿を。
壺の中の油でぬたりぬたりと濡れそぼるは―。幾本もの触手。そう、それは壺入り人食い触手。即ち――。
「「「ミミック、だと!?!?」」」
驚愕、茫然、致し方なき事。アリゴマ達の前に現れたるは、魔物の一種、触手型の『ミミック』にございます。
何を隠そう、そのミミック。界隈では『冒険者殺し』の異名を取り、ありとあらゆる隙間や穴、壺や宝箱に潜む、恐ろしき魔物。
そして当の冒険者達からは、『ダンジョンに出会いを求めたくない魔物NO.1』『会ったら即逃げろ』『最凶の生物』とまで言われる、まさに冒険者の天敵と呼ぶに相応しき存在。
えぇ、えぇ―。 もうお分かりになりましたでしょう。心優しきジンたちに味方したのは、彼らミミックなのでございます。
鎌首、ならぬ触手首を持ち上げ、アリゴマ達を威嚇するミミック。そして更に、その壺の中からは、赤と青に染まった奇妙なる蛇たち。
それもまた、ミミックが一種。噛まれたら最後、丸一日は動けなくなる麻痺毒を操る、『群体型』のミミック蛇でございます。
仲間一人を目の前で倒され、アリゴマ達もようやく合点がいった様子。どこで紛れ込んだかは定かではないが、ここにいた面子は、全員ミミックに仕留められたのだと。
武器を構えて尋常に、ならばともかく…。壺の中で待機していたところへ奇襲を受けたのならば、太刀打ちできぬも道理。
故にこの惨状、ただただ納得するしかございません。…しかしながら彼らとて、理解はせども承服は出来ぬもの。
「…こ、このクソミミック共がァ!!!」
今まで溜まりに溜まった鬱憤を解き放ち、怒髪天を衝く勢いで罵声轟かせるアリゴマ。彼が刃を引き抜いたと同時に、その場に集った皆も武器を構えます。
いくら相手が天敵と言えど、この世は『衆寡敵せず』。数が多い方の有利が真理。
たかが数体程度のミミックなんのその。仲間の仇…もとい、策を未然に破壊された恨みと言わんばかりに、襲い掛からんと。
――しかし、その時でございました。面白きことが…。アリゴマ達にとっては不幸なことが、背後よりやってきたのでございます。
「アラビアン・ナイト~♪ 昼も夜も~♪」
「いつだって~♪ 悪い人を~♪ 退治する~♪」
――謎の歌声と共にやってきたのは…二体のラクダと、一体のロバ。三匹とも、アリゴマ達が連れてきた荷馬達。…しかし、摩訶不思議。
確かに女の陽気なる歌声が聞こえてきたというのに、のしりのしりと歩いてきたラクダたちには、誰1人乗っていないのでございます。
いいえ、それどころか…もっと面妖なることが。
油壷しか背負わせてなかったはずのロバの両側面には、何故か宝箱がそれぞれ吊るされているのでございます。もしや、先走った誰かの戦利品でございましょうか。
そしてラクダの方は……おや? 確かこの個体は…ヒトコブラクダ。しかしいまや、フタコブラクダ。
もう一匹の方は元々フタコブラクダ。けれどいまや、サンコブラクダ…???
はてはておかしき奇々怪々。アリゴマも、油壷ミミックを警戒しながら違和感に気づいた様子。
「んだあのコブ…? 作りモンか…?」
頭に血が上っていても、彼も熟練冒険者。その正体を即座に見定めたのでございます。
そして見事その通り。それぞれのラクダの背には、作り物のコブが一つずつ。すると、それらの頂点がパカリと開き――。
「どうされました~?」
「そこの人達はお仕置き済みで~す!」
――姿を現したのは、2人の女魔物。彼女達は『上位ミミック』。ミミックの中の、上位種にございます。
「て、テメエ…! よくも俺が集めた囮…じゃねえ、商隊の面子を!!」
アリゴマは焦りつつも、食って掛かります。しかし上位ミミック2人は、にんまりと返したのでございました。
「あら、幾度もここを荒らしている『悪い人達』が、よくもぬけぬけと!」
「顔、とうに割れてますよ~!!」
――その言葉に、真っ赤だったアリゴマ達の顔は、一転蒼白。 もはや初めから、バレていたのでございますから。
「――逃げるぞ! んで…! もう好きに暴れやがれ!」
周囲へ雑に号令をかけつつ、逃げ出すアリゴマ。勿論他の面子も蜘蛛の子を散らすように…いいえ、蠍の子を散らすように。
しかし、ミミック達がそれをただ見送るわけはございません。上位ミミック達はラクダの綱を引き―。
「「開け、箱!」」
―と、奇妙な号令を。…すると、ロバにぶら下がっていた二つの宝箱がぶるぶると震え…。
パカッ
「「シャァアアア!!」」
なんと、白い牙と真っ赤な舌を煌めかせる、宝箱型ミミックへと。彼らはロバから飛び降り、上位ミミックと共に逃げゆく冒険者の背へ一目散!
「ぎゃあっ…!」
「ひぇえっ…!!」
「ぐええ…っ……」
次々と捕われ丸呑みに、あるいは縊られていく冒険者達。美しき宮殿には似つかわしくない悲鳴が響き渡ります。
…いえ、よく『宮廷の内情は血みどろ』と揶揄されますが…これもまた、それに近しいやもしれません。物理的ではございますが。
あぁ、ご安心あれ。そこは『アラビアンダンジョン』。食われし者達は、復活魔法陣により容易く蘇るのですから。
……最も、ミミックに対する拭えぬトラウマだけは、しっかり残るのでしょう。それを含めた、『お仕置き』にございます。
なお、ジンに絆された面子ですが…外の悲鳴なぞ気にすることなく、ジンの紡ぐ物語に聞き入っておりました。
その後に彼らは気持ちよく眠り、清々しき心持ちでダンジョンを後にしたのは…これまた別のお話。
さて、頁と視点を戻しましょう。次々と仲間が狩り取られていく中、アリゴマとその供をする2人はなんとか逃げ続けておりました。
ここだけ見るのならば、彼ら以外の37人は、しっかり囮として機能したという事にございましょう。確かに、アリゴマ達が逃げるための時間稼ぎにはなったのですから。
しかし依然、上位ミミックの駆るラクダと、白き牙の宝箱は後を追ってきております。もはや、宮殿内をあてどもなく逃げ回るわけにはいきませぬ。
アリゴマ達に残されていた行動は、二つでございました。一つは、徹底抗戦。もう一つは、ダンジョンからの脱出。
一体だけならまだしも、既に相手は複数体。そしてこちらは3人のみ。数的優位は既に逆転済み。戦うのは中々にリスクのあること。いえ、敗北必至にございましょう。
つまり残されたる策は、尻尾を巻いてこの場を後にすることのみ―。しかし、それは口惜しい。借りたラクダやロバの代金も馬鹿にならぬもの。せめて、何かしらを獲得する必要が…。
息せき切って走り逃げつつ、金目のものを探すアリゴマ達。すると、お誂え向きに並べてあったのは、宮殿に相応しき壺や、丸めて立てかけてある絨毯。
1つ売れば、少なくとも損失は打ち消せる―。それが一目でわかるほどには上質な代物。恐らく、これが強奪の最後のチャンスでございましょう。
瞬時に悟ったアリゴマは、それに手を伸ばします。 ―が、しかし……。
「これは…俺んだ!!」
「ならこっちは俺が貰った!」
嗚呼なんと言う事か。僅かばかり信の置ける面子だとはいえ、その実はやはり有象無象。
アリゴマを囲んでいた2人は、この期に及んで戦利品の奪い合いを始めたのでございます。
元々、1人しか手に入れることのできない『秘法』狙いの冒険者集団。こうなるのも自明の理。
…とはいえ、供として選んでいた者達の突然の凶行に、アリゴマは思わず立ち尽くしてしまいます。
――最も、彼にとってはそれが幸運にございました。 なぜなら――。
ガブッ!
「へびつかいっ…!? ばあばば……!」
――と、壺から出てきた蛇に噛まれ、麻痺する片方。
ギュルッ!
「くれおぱとらっ…!? おぐぇっ…!!」
――と、丸まった絨毯の穴から出てきた触手に縊られ、あぶくを吐く片方。
―――双方、独特な悲鳴をあげ、倒れ伏したのでございます。 やはり目先の欲に囚われる者には、相応の末路が待っているということでしょう。
…えぇ勿論、その蛇も触手も―。
「ミミック……!!」
最後に残った仲間も失い、取り残されたのはアリゴマ1人。ただ、目の前で蠢く魔物の名称を口にするので精一杯。
しかし無情にも、彼の背後からはミミック達の迫る音。このままやられたくはない―! アリゴマはその一心で、無意識的に再度走り出したのでございました。
――さぁさぁさぁ。 一体どこを走ったのか。一体どこをくぐり、乗り越え、滑り抜けたのか。
アリゴマがハッと意識を取り戻した頃には、彼も全く知らぬ場所に一人ポツンと。少なくとも、ミミック達が追いかけてくる音は聞こえませぬ。
間違いなくその場はアラビアンダンジョン内。しかして人も精霊もおらぬ、静かな空間。
豪奢な風情はどこかへ失せ、まるで風化しかけの遺跡のような装い。こわごわ周囲を見渡していたアリゴマは、ふと気づいたのでございます。
「…もしかして…! 『秘法』があるのはここか!?」
幾度も足を運び、事あるごとに調べ荒らしたこのダンジョン。だというのに、今目の前にあるは未開の空間。
そしてまさに…!秘法を隠すに相応しき趣…! 世界を揺るがすお宝が、前人未到の古代遺跡にあるかの如く…!
39人がミミックに潰されたこと、比較的信頼していたお供2人の本性を垣間見たことなぞ、既に胸中になし。アリゴマは意気揚々と探索を始めたのでございました。
そして程なくして――。
「…―! これだ…! ぜってえこれだろ!!」
アリゴマが辿り着いたのは、その空間の中央。祭壇のような佇まいの場に安置されたるは、砂を被り古ぼけた様子のオイルランプ。
彼が求めていたのは、万能の力を持つ、ジンの上位存在『マジン』への至り方。そして、ジンたちは皆ランプに身をやつしている―。
ならば、マジンとやらもそれと同じであるに違いない。狂喜乱舞の心を抑え、アリゴマはランプを拾い、側面を擦り擦りと――。
「願い事をどうぞ ご主人様?」
――突如として聞こえてきたのは、謎の女声。アリゴマは驚き慌て、手にしたランプを落とし…。
「痛っ! …落とさないでください…」
カランっと音とともに、軽い不満声。アリゴマがハッと見やると…なんとランプの先から何かが…いいえ、何者かが姿を現しているではございませんか!
「お前は…!?」
「わたくし、『マジン』でございます」
マジンを名乗る彼女は、恭しく一礼を。アリゴマは思わず、問い質すのでございます。
「ほ…本物か…?」
「えぇ。マジンだけに、『マジ』でございます」
その言葉に目を輝かせたアリゴマ。彼は念願適ったと言うように、自らの願いを口にしよう…と…―。
「ぷっ……! あっはっはっは!! そんなわけないでしょう!!」
直後、その場に響き渡ったのは…マジンの大爆笑。目をぱちくりとさせるアリゴマを余所に、彼女はランプに繋がったまま笑い転げておるのです。
「『マジン』なんて万能の存在、いるわけありませんよ! あの青い身体で、やまちゃん声のランプの精だって、制約ありきなんだし!」
今宵幾度目かの茫然かはさておき、とりあえず『マジンなぞいない』という言葉は理解したアリゴマ。なんとか怒りを絞り出しました。
「て…テメエ…! 嘘つきやがったのか…!?」
「ふふふっ! その通りでございます、アリゴマ様? よもや、私の顔をお忘れで?」
再度、恭しく頭を下げるマジンもどき。その顔をぎろりと睨んだアリゴマの声は、たちまちピキリと引きつりを。
「お、お前は…! さっき俺達を襲って来た…上位ミミックの…!!?」
嗚呼嗚呼なんと言う事か。彼女は先程ラクダに乗っていた、上位ミミックの片割れ。
コブの作り物からランプへと身を移し、アリゴマを嘲笑うように鎮座し待機していたのでございます。
「ま…マジンになれる『秘法』は…!?」
「だーかーら! ジンの皆が何度も言ってますでしょう? そんなものは存在しないって! あったとしても多分、強制的にランプに囚われちゃいますよ」
なおも食い下がるアリゴマにピシャリと言い放ち、シュルシュルと触手を伸ばし出す上位ミミック。無論、仕留める気で。
…と、目の前で裏切られ放心してしまったアリゴマを少々哀れに思ったのか、こんな提案をしたのでございます。
「仕方ありませんねぇ。 じゃあ、『ジン』の体験だけさせてあげましょう!」
いうが早いか、上位ミミックはアリゴマを掴み、ずるずると。そしてなんと―。
「ジンや私達と違ってあなた方は、いくら驚異の大宇宙パワーを持てたとしても、お家が狭いのはお嫌でしょう?」
そのまま彼を、小さいランプの中へと引きずり込んだではございませんか! 哀れアリゴマ、抵抗虚しくすっぽりと。
これはある意味、望みを叶えたというべきでしょうか。暫し後に吐き出されたアリゴマの表情は、意外にも安堵に満ちた、晴れやかなものでございました。
それこそまさに、『どんな魔法や宝物も、自由には敵わない』と言うように―――。
…これにて、此度はおしまい。『千夜に渡る物語』―。これもまた、それに加わる一夜のお話。
『Alf Laylah wa Laylah』―。どうか次の夜を、心待ちになさいませ―――。
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