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閑話⑨

アストの奇妙な一日:偉大なりしや魔王様②

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「なーんで意地張るのかしら。 最初から普通に姿を見せて、そのまま堂々としていれば格好良かったのに!」


「まあまあミミン♡ マオだって考えがあってのことよ♡」


ちょっとむくれ気味の社長を、どうどうと宥めるオルエさん。そんな彼女がチラリと目を横に移すと―。



「うぅぅ…。わ、悪いか…! 我だって…我だってぇ…」



……身体に見合わぬほどに大きい悪魔角を生やしている…けども、社長並みに小さい少女。そして泣きかけのような彼女こそが―。



「え…えっと…。魔王様…。 私が貴方様を尊崇いたします心は、全く変わっておりませんので…」



私は彼女を…『魔王様』をそう宥める。 そう―、彼女こそが、偉大なりし現魔王様。


『マオ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア85世』―。


かの御方ご本人なのである―。 




…………ちょっと…まだ…信じ切れてないのだけど……。









まさかまさか…! 魔王様が、あの魔王様が少女だったなんて…!! いや社長と同年代なんだから、私よか年上なのは確かなんだけども…!!!!



あんな巨躯の身を持ち、膨大なる魔力揮う、畏敬を払うべきあの御方が…!


映像では基本的に先程のような影か、大きな闇衣を纏い顔も兜で覆っておられる姿しかなかったの御仁が…!


だから先代の魔王様と同じく、大きな体の男性だと思っていた陛下が…!




「…あ…アストよ…その言葉は有難いのだが…。そうマジマジと見つめないでくれぇ…」



こんな、ちっちゃく縮こまる女の子姿だったなんて…! 




……可愛い……!











「っあ…! 申し訳ございません…! 失礼なことを…!」


ハッと正気に戻った私は慌てて、プルプルと震えていらっしゃる魔王様に平伏しようとする。 ―が、社長にそれを止められてしまった。


「いいわよそんなことしなくて。マオだって望んでないし。 それより、驚いたでしょ!」


「え。あ、その…まあ…はい…」



…しまった、正直に言ってしまった…。でも…そりゃ驚くに決まっているでしょう…! 正直、人生最大級の驚きである…。







―けど、社長が入ってくれたおかげで少し思考が冷静になった。彼女は…間違いなく魔王様。


こんな近距離で魔力のオーラを感じれば、自ずと理解できる。魔王様御本人だということが。そして先程放たれた波動は、やはり彼女が放ったものだということも。



それに…。一度驚いてしまえば存外に受け入れられるものである。 ほら、我が社のミミック社長も少女姿だし。










「うぅぅ…! ミミン! 何故あの時口を挟んだ! せっかくアストと仲を深められる好機だったのにぃ…!」


―と、急に魔王様は突然声を荒げだす。…先程までの威迫たっぷりな声はどこへやら。超失礼だけど…年頃の女の子がごねているようにしか見えない…。



「そりゃ口を挟むに決まっているでしょ! 今日なんのために私達来たってのよ。飲みの席で存分に語らい合えばいいじゃない。 てかそもそも…約束、破ったわよね?」


「あぅ……。だ、だってぇ……」



社長からそう返され、またも泣きそうな表情になる魔王様。 と、とりあえず仲裁しなきゃ…!


「あ、あの社長…! 私にはよくわかりませんけど…。とりあえずその辺で…! 魔王様より賛辞を賜ることができまして、私、幸甚の至りですし…!」



「あら♡ 良かったわねマオ♡  アストちゃん喜んでくれたじゃない♡」


私が社長をなんとか止めようとしていたら、闇衣を畳み終えたオルエさんが魔王様の傍に。そして後ろから抱きしめるように、身体をむにっと。


…オルエさんのオトナな体つきと魔王様の少女体という対比のせいで、もはや姉と妹…下手したら母娘みたいに見えてしまう…。




「約束破った甲斐、あったようでなによりなにより♡」


そのまま、良い子良い子と魔王様の頭を撫でるオルエさん。そんな中、私は恐る恐るに手をあげた。



「あ、あの…先程から口にされている、『約束』って…?」










「オルエが言ってた通りよ。アストを私達と同じようにもてなして、マオのありのままな姿を見せるっての。…まあ、私達が無理やり取り付けた節はあるんだけど…」


そう答えたのは社長。彼女もまた、魔王様の傍へと。 そのままの姿…つまり、先程までの虚像な魔王様ではなく、今の小さな御姿ということ…?



「ふふ♡ 本当はいつも通り裏口から入って、飲み部屋で姿を明かしてもらうつもりだったの♡ けど直前になって、近衛兵の子がここ謁見の間へ案内してきてねぇ♡」


次いで、オルエさんも。 …そういえば、突然近衛兵の数人が駆けてきたことがあったような…。 でも社長たち、何も疑問を持ってなかった様子だったのに…。



「まあ、マオの考えは察することができたし…顔を立てて、大人しく従ったのよ。『魔王様にご拝謁をする』ことでね」


今度は社長が、やれやれと肩を竦めながら笑った。 なるほど…。急な出来事だったらしい。だから、お二人ともあんな服だったので…。




……ただ、本当に拝謁しに来たとしても、今繰り広げられている関係を見る限り、正装してきたかは怪しい気がするが…。


というか…あの二人の正装とは…???



サキュバスはあの変態服が正装な可能性あるし…ミミックの正装って服ではなく、入っている箱の問題な気が…。







…って。


「魔王様の…お考え…ですか?」










さらっと社長が口にした単語を、私は復唱。 すると社長はふふんと胸を張り、答えてくれた。


「簡単な事よ! マオは、あなたの前で威厳をみせたかったのよ!」


「配下の大公爵一族の娘ちゃんだものね~♡ 魔王様として、ビシッと決めたかったんでしょう♡」


「むぅぅ…」


オルエさんにも見通され、魔王様は唸るばかり。どうやら図星のご様子。 なるほど…そういうことで…。



状況から推察するに…。どうやら現魔王様は『魔王たるもの貫禄がなくてはならない』というお考えの元、威厳を示すために虚像を纏っていて…それを臣民に見せていたということらしい。 


別にそんなことをなさらなくとも…。その御姿ならば皆から好かれるとは思うのだけど…。









そう私が苦笑いを浮かべていると、突然社長とオルエさんは相好を崩す。そして、魔王様をわしゃわしゃと撫で始めた。



「けど、強くなったわねマオも! 前だったら、恥ずかしがって私達に従っていたのに!」


「本当♡ 魔王様として、ご立派様よ♡」



その様子はまるで、約束を破られたことなんて些事で、魔王様のご成長を見られたのが何よりも嬉しいと言った感じ。


そしてそんな二人に、末っ子のように可愛がられている魔王様…。 …おや…?魔王様のご様子が…?



「う……」


俯き、身をプルプルと震わせている。…いや…あれはプルプルというより……わなわな…。






―すると、直後…。



「うがーっ!! アスタロトの娘の前で…! 妹弟子の前で! 我をこれ以上弄るなぁ!!」



ピシャアッッッ!!!




…謁見の間に…! 地獄の雷が落ちたぁ!? しかも社長たちにピンポイントで!?!? 



「「ごめんなさーい♡」」



…あっ。 社長とオルエさん、さらっと宝箱の中に逃げ込んで完全ガードしてるし…。 そして魔王様の御顔も、どことなく笑んでいる様子…?




どうやら、これがお三方の『最強トリオ』のいつも通りみたい…。 仲良し…ではありそう…。




というか…まだ飲み会始まっていないのに…なんかすっごい疲れた……。


















「…コホン…。ここで仕切り直すとしよう。 では―」


「「「乾ぱ~いっ!!」」」


「か、乾杯…!」


魔王様が音頭を取り、グラスが掲げられる。 …私は緊張してしまって、ちょっと小声になっちゃったけど…。






場所は謁見の間より移り、魔王城内のとある部屋。どうやら魔王様が三人での飲み会用に誂えている場所らしい。



そこそこ広いお部屋には、お洒落な調度品ばかり。高級だというのは一目でわかると言うのに、それでいて驕奢きょうしゃな様子は一切無い。魔王様のセンスの素晴らしさが窺える。



そして壁には肖像画も飾られていたり。歴代魔王様の…ではなく、魔王様、オルエさん、そして社長のお顔。


やはり、とんでもなく仲が良いのだろう。…社長のおすまし顔、普段の顔を知っていると…少し笑いが込み上げて…。ゴホンッ。





また、調度品以外にも、色んな物が置かれている。身体が埋まりそうなぐらいフカフカなソファやクッション、何種類のボードゲームや本などが収められている棚、眠くなった時に倒れこめるベッド(天蓋付き)。


他にも、ジュークボックスや簡易バーカウンター、映写機などなどまで。退屈は絶対にしないと確証が持ててしまうぐらいの充実っぷり。



更に社長とオルエさんのためか、幾つかの宝箱や更衣室まで。 というか、必要な物があったら魔王様がなんでも喚び出してくれるらしい。 流石……。








…ただ、二つほど気になることが。まずは一つ目。



「社長…このお部屋の雰囲気、どこか我が社のバーに似ている気がするのですけど…」


「そりゃそうよ。ここを真似たんだから」


社長から返ってきたのはそんな回答。 なるほど、あの場のセンスの良さは魔王様が元。そして道理で、この部屋が何故か落ち着くわけで…。





……いやそれより、もう一つの質問なのだが…。



「あのー…では、あそこの壁の、半透明のカーテンかかっている場所って…」










私の目の先には…先程謁見の間にかかっていた、魔王様の御姿を隠していたカーテンと同じものが。


しかもどうやら奥にはスペースがあるようだけど…。もしかして…。




「察しの通りじゃないかしら。もし首尾よく『威厳ある魔王様』でいられたら、あの場所で飲むつもりだったんでしょ。ね、マオ」


社長はニヤつきながら、横の席へ―。即ち、私の正面でもある席に座る魔王様へそう聞く。 



「そうだ…。むぅー……」


バツが悪そうな魔王様は、小さな手で指パッチン。するとそのカーテンがかかっていたスペースは、ズズズズと閉じて無くなっていった。


…わざわざ、私のために用意してくださっていたらしい。なんか、申し訳ない…。うちの社長が失礼を、とでも言いたい…。










―あ、今の私の説明でお気づきの方もいるかもしれないが…。そんな部屋の中で、私達4人は円卓を囲んでいる。



といっても、そんな巨大な代物ではない。ちょっと立ち上がって頑張って手を伸ばせば、隣に座っている人に触れられるぐらいの。


魔王城であるのだから、長大なロングテーブルとか、会議も出来る巨大円卓かと思っていたのだけど…。これではまるで、酒場の机。



いや、この机も椅子も凝った装飾が施されている最上の品なので、そんな言い方は良くないのだけど…。



因みにそれを聞いてみたら…。膝を突き合わせるように、仲睦まじく飲むためらしい。やっぱり仲良し三人組だった。










そんな、本来ならば三人でトライアングルを描くように座っている机だが…。今回は四人。当然、座り方は変わる。


私の両隣りには、それぞれ社長とオルエさん。そして正面に…魔王様…!! 絶対に粗相は出来ない…。




「アストよ…。 そう緊張しないでくれまいか…? あぅ…先は驚かせてすまなかった…」


私がガッチガチに緊張していると、魔王様からそんなお言葉が…! あぁ…魔王様に謝罪の文言を口にさせてしまうなんて…なんと罪深いことを…!!



ちょっと横へ目を動かしてみると、社長とオルエさんは、魔王様に向けて『だから言わんこっちゃない』という感じの表情を浮かべているし…。 いや、さっきのあれがなくとも緊張はしてるけども…。




「…それとも、ワインではなく別の酒が良かったか…?」


私が内心わたわたしながら言葉を探していると、魔王様は更におずおずと…! マズいマズい…! と、とりあえず…!




「い、いえ! 私、ワインは大好きなんです! い、頂きます!」


手を震わせながら、グラスを傾け…こくりと一口。 …っわ…!



「美味しい…!!」



即座に、純粋な感想を漏らしてしまった…! だってこれ…今まで味わったことがないくらい、美しい…!



芳醇な葡萄の味わい、心地よく効いたスパイスの香り、そしてふわっと漂う、色とりどりに咲き乱れる花々の雰囲気―。その他にも…幾つもの緻密で繊細なテイストが…!


そのどれもが宝石の形を取り、これ以上ないほどに見栄えよく詰まっている、鮮やかなる宝箱…! まさに、そんな感覚……!!!



…私では、これぐらいが限度…。こんな表現しかできない…! 自分が語彙力が恨めしくなるぐらいの素晴らしいワイン…!!




「ほっ…! 喜んでくれて何よりだ…!」


目を輝かせる私を見て、魔王様は安堵の笑顔。と、社長がケラケラと補足。


「アストが来るからって、凄く良いワイン開けてくれたんだものね~!」



なんと…! …なら、不躾だけど…『鑑識眼』で値段を…。……わぉ…。一本で豪邸が建てられるレベル…!











「―それで、グリモア様がな…! 『お主の妹弟子が出来たのぅ』とな! それからずっと会って見たかったもののの、機会が無かったが…。ようやく顔を合わせられて嬉しいぞ、アスト!」


「そんな風に思って頂けていたなんて…! 私は幸せ者です…!」



お酒が進み酔いが回り、気づけば魔王様と私はそうやって話し合える仲に。 


どうやら魔王様、本当に私の事をそう思ってくださっていたらしい。まるで妹に見せるかのような朗らかな笑みを浮かべてくださっているのだ。




―と、それを見た社長たちが、クスクスと。


「よく言うわよ。 恥ずかしがって、ずーっとむにゃむにゃ悩んでいたくせに!」


「うふふ♡ アストちゃんがアスタロトの座を継ぐまでーとか、何かと理由つけて拝謁して貰ってから段階を踏んでーとかねぇ♡」




「ぅ…うるさい…! 我だって…次期アスタロトの座を継ぐ者に、妹弟子に嫌われないために、覚悟を決める必要があったんだぞ…!!」


社長達に煽られ、顔を赤くしつつ怒る魔王様。 そんな御姿も可愛らしい…。





…けど、そんな心配は杞憂である気がする。 …確かに威厳こそ、先代魔王様に比べれば少ないやもしれないが…。 カリスマは見事に振りまかれている感じがする。



その証拠に、魔王様の真の御姿を知る者が極端に少ないということが挙げられるであろう。大公爵の娘である私ですら知らなかったし。


勿論、魔王様の力が強大なため歯向かう気すら起きないという考えや、アスタロト家を始めとした最上位魔族一族たちは魔王様に絶対の忠誠契約を結んでいるというのもあるだろうけど―。



それにしては、完璧に情報統制がなされている。魔王様の口ぶりから、少なくとも今仕えている最上位魔族の家長たちはこの御姿を知っているみたいなのに。



きっと皆、魔王様への敬愛を胸に、秘密を遵守しているのだろう。 私も勿論、絶対に口外しない。








そう内心決意を固めていると…社長達に弄ばれていた魔王様が、ちらりとこちらに目を。


「ぅぅうー…。 アストよ…ミミンとオルエをなんとかしてくれまいか…?」


「はい!  もう…! 社長もオルエさんも、魔王様を弄り過ぎですよ!」



魔王様を助けるために、社長たちを諫める。すると2人共、手をひらひらさせてすぐに逃げ出した。 …が、さらに一言ずつ。


「アストを手駒にしちゃってー…。なんか取られた気分…!」 と、社長。


「これじゃ、どっちが姉弟子でどっちが妹弟子かわからないわね♡」 と、オルエさん。




それに対し、魔王様は―。


「い、良いだろう!いずれ、我の配下となる者なのだから!…きっと…。 そ、それに我が、アストの姉弟子に決まっている!年上なのだから…! …嫌では…ないよな…?」



…何故か、ちょっと自信なさげ。 窺うように、こっそりと聞いてこられた。 私はそれにちょっとだけ苦笑いしつつ、しっかりと頷きを返す。



少し横に目をやると、社長がぷくっと頬を膨らませていたけど…。 このまま私がアスタロトを継ぐとしても、最短でも何十年後とか、なんなら百年単位で先の話になるだろうから…。


それまでは社長のお傍に、ということで。








―そういえば前に…最近の創作物では、魔王の威厳が皆無で、おっちょこちょい的存在として描かれることが多いと言ったことがあった気がする。



けど、蓋を開けてみたら…。うちこの世界の魔王様も、同じように愛すべき存在であったとは。



まあ、そっちの方が嬉しいのだけど! 世界を滅ぼそうとする邪悪な魔王よりも、何千倍も!







――さて、まだまだ酒宴は始まったばかり。私も節度を持って、ご相伴に預からせていただこう。


このお三方が…魔王様と、オルエさんサキュバスと、社長ミミックの『最強トリオ』がどんな会話をするのか、すっごく気になるし…!


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