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顧客リスト№41 『鬼の鬼ヶ島ダンジョン』

人間側 ある侍冒険者の鬼退治

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「え…っさ…ほ…ぃさ…! こ…れで…!上陸ぅ…!!」

掛け声を響かせながら、乗ってきた小舟は岩転がる砂浜にザザザッと乗り上げる。ふっ、やっと『鬼ヶ島ダンジョン』に到着だな。

「おい…! はぁ…はぁ…雇い主さんよぉ…! アンタも漕いでくれたら嬉しかったんすけどぉ…!」

と、決めている私の背で、連れてきたお供の1人が愚痴る。…アンタ、だと?

「無礼者。私のことはMr.ピーチと呼べと言っただろう。我が一族に伝わる【鬼退治】の英雄の名でもあるのだぞ?」

「へいへい…」

む。適当な返事を…ならば、脅しをかけてやろう。

「そんな態度をしていると、この一族秘伝『貴美きび団子』はやらぬぞ?」

「…いや、要らねっすわ…」

!? なんだと! 一つ食べれば私のように麗しの美貌を獲得できる、この団子を…?! 正気か!?





私はとある一族の出だ。今は冒険者として研鑽を積む身である。

しかし、私には仇敵とも言うべき魔物がいる。それは、『鬼』だ。


我が祖の一人、『タロウ・ピーチ』。彼は鬼を倒すことで英雄と呼ばれるに至った。

以来、我が一族は鬼狩りを目標としている。…最も、誰もまともに成し遂げられてはいないが…。


ふっ、しかし私は…『コジロウ・ピーチ』は違う。そんな一族の面汚しになる気はない。

この自慢の長刀を用いた剣術は正に比類なし。自惚れではない。飛ぶ燕を落としてみせたことすらある。…一度だけだが…。 

そして…我が髪と顔を見よ! この艷やかなキューティクル。麗しの肌。端麗なる顔立ち…!

正に二枚目と言うに相応しい!日輪の如き素晴らしさだ!

それもこれも、『貴美団子』を欠かさず食べているから……


コホン、いや失礼。少々宣伝のようになってしまった。では…いざ鬼退治!







身を潜めながら進み、とある地点に到着。そこには、中に入るための門の一つが。

「ピーチの旦那。やっぱり閉まってますぜ」

「しかもかなり強固になってますね…」

「どうすんすか、あーと…Mr.ピーチ」

連れてきたお供3人が、次々と聞いてくる。全く、私の供をするなら自分で考えて貰いたいものだな。



しかし…確かにこれは面倒そうだ。この間来た際は少し飛べる供を雇ったから、反対側から開けられた。

だが、今回飛べる面子はいない。それに…、僅かに開いた扉の隙間から見える鎖は雁字搦め。この様子だと反対側に飛んでも簡単には開けられないだろう。

ふむ…。幸い、見張り鬼はいない様子…。ならば―。


「どうします? 面倒ですけど、横の岩壁を乗り越えて…」

「いや、必要ない」

次策を提案するお供をそう止め、スラリと長刀を抜く。それを、上段で構え―。

「【一桃流いっとうりゅう】奥義―、『斬鉄』!」


カッッッッ! カキンッ…


「「「おぉ…! 鍵が切れた…!」」」

ふ…またつまらぬものを切ってしまった…。お供達の賛美の声が実に心地よい。









首尾よく内部へと侵入する。すると、島の外観とは全く違った景色が広がりだす。

この鬼ヶ島は尖りに尖った岩に囲まれ、ど真ん中に鬼の顔を削りつけたかのような巨大岩山が存在する。その恐ろしき威容が故に、近づく冒険者は少ない。


しかし中に入ると、町のような賑わいようを見せる。我が一族が住む地域となんら遜色ないほどに。鬼の癖に、生意気千万。

さて、今日はどう襲い、金目の物と鬼の素材を奪ってみせようか。



おっと、その前に…。私は近場に身を潜め、ついてきた三人の方へ向き直り口を開いた。

「事前に話していた通りだ。お前達に『コードネーム』をつけさせて貰おう」

「あぁ…んなこと言ってましたねぇ…。で、なんです?」

そう問い返してくるお供が1人。私はそいつに命名をしてやる。

「お前は、『Mr.ドッグ』と名乗れ」


「…なんで犬なんですかい?」

「これは我が先祖であり英雄のタロウ・ピーチがお供につれていた者のコードネームだ。要はあやかろうというわけだな」

「はぁ…まあいいですがよ…」

ぶつくさ気味だが、了承するドッグ。なら次は隣だ。


「よし、ならそっちのお前は『Mr.モンキー』だ」

「えー…猿ですかぁ…」


またも不満気味。少々無礼だが…まあいい。残るは、さっき私をアンタ呼ばわりしていたこいつか。

「そっちのお前は…『Mr.…」

ふと、言葉を止める。そのまま名付けるのも、合っていない…。ならば…。

「『Mr.チキン』としよう」



「いやなんでにわとりなんすか!? 他二人は犬と猿って大きい括りなのに…!」

思いきり不満を吐いてくるMr.チキン。説明がいるらしい。仕方ない―。


「ピーチ・タロウのお供の名はそれぞれ犬・猿・雉だった。愚弄するのか」

「そういうつもりじゃ…。…いや、じゃあ雉なんじゃないすかね!?」

「お前は飛べないのだろう。なら、鶏が適切なはずだと考えたのだ」

「確かに飛ぶ魔法は使えませんけども…!…チキンだと別の意味に聞こえるんすよ…」

「それはお前の心の内を映しているからだ。私のお供に名乗りを上げたのならば、もっと胸を張るがいい」

ごねるMr.チキンにそう返してやる。そして、改めて三人を見やった。



「さて、全員アレはしっかり持っているのだろうな?」

「「「勿論」」」

私の言葉に応えながら、お供達はバッグを漁る。そして取り出したるは…大きめの袋。取り出した衝撃で、中からジャリジャリと小さい物同士がぶつかる音が聞こえてくる。

袋の中身、それは『煎り豆』。ふっ、ただの豆ではない。『鬼特攻』が付与された専用の豆なのだ。






『セツブン』という古い行事を聞いたことがあるだろうか。端的に語るとするなら、『煎った豆を、鬼にぶつけ追い払う』という代物だ。

その際、投げる豆には特殊な力を籠めると聞く。なんでも、呪力が籠った『緋苛犠ひいらぎ』という木の葉、深淵に棲む『異和嗣いわし』という魚の首が用いられるらしいのだが…。

それにより豆には、鬼を苦しめる呪術がかかる。一発当たれば、針を突き刺されたかのような痛みが走るという。

ふっ…これが市場に流れるようになってから、この島に侵入する冒険者の数は増している様子。それも当然、これさえあれば鬼は恐れるに足りぬ。


私の獲物を獲られてしまうのは少々不快だが…。これのおかげで戦いやすくなったのは事実。

相手は私でも手こずる鬼が山ほどなのだ。故に、有難く使わせて貰っている。そうしたほうが、宝の奪取も楽になるのだからな。





ところで…凡夫たちはただこれを手で投げているようだが、それでは効果が薄い。これは結局のところ豆。そう遠くには投げられない。それに投げつける動きの間にも鬼は迫ってくる。


そこで私は、あるものを開発させた。それがこの『豆連続射出弩』なのだ。ふふ…これに、私は命名した。

撃ち出された豆は、針のような魔の痛みを以て、幾多の悪鬼を負戦に追いやる―。 そう!『魔針玩ましんがん那悪負なあふ』とな!

ふふぅ…! 指定通りの良い色だ…。青を基調とし、橙と白のカラーリング…。美しい…!私のセンスに狂いはないな…!






お供全員に魔針玩を手渡し、使い方を説明。そして豆をザラザラと装填していく。不足した時用の交換弾倉もしっかり用意しておかねばな…。


と、少し余裕が出来たからか、お供達が豆を詰めながら談笑を始めた。

「お前ら、どうやって誘われたんだ?」

「え? どういうことです…?」

「あー…。あい…ごほん、Mr.ピーチの開口一番の台詞の事か?」

「そうそう! ピーチの旦那、変わってんなって思ってよ! 『お前も豆を投げないか?』って!」

「あ。それなら俺もおんなじこと言われましたよ。皆に言って回ってましたけど、ほとんどの人に『投げない』って断られてましたね…」

「ん? 俺は『お前も鬼を倒さないか?』って聞かれたけどな…」



…あぁ。確かにそう言った。Mr.モンキーに『それじゃあ何したいかわからない』と説かれ、それ以降はMr.チキンにかけたような台詞へと変えた。

ふっ。だが個人的には、初めのが気に入っている。誘い文句としては良い部類…名台詞だと自負もしている。










魔針玩に豆を装填し、準備完了。茂みの中を気づかれぬように移動していく。

どれ、手始めに…どの鬼を狙うとするか…。 む…?


「ターッチ! 次、お前が鬼ー!」

「あー!やられたー! もう…。じゃあ…『貴様アアア!!逃げるなアア!!! 責任から逃げるなアア!』」



…なんなのだろうか。あれは…。子供の鬼が、鬼ごっこで遊んでいるようではあるが…。

追いかけ役となった子鬼が、絶叫しながら他の子鬼を追いかけている…。もしかして、鬼ごっこではないのか? なら、なにごっこなのだろうか…。



そう私が訝しんでいると、隣がガサリと揺れる。のっしのっしと出ていったのは…!? Mr.ドッグ…!?




「おい…!何を考えているのだMr.ドッグ! 早く戻れ!」

子鬼達にバレないよう、小声で叱る。しかし、Mr.ドッグはヘッと笑うばかり。


「あんなガキの鬼なら俺でもやれるぜ。旦那は引っ込んでな。俺は安全に素材を手に入れたいんだよ」


「だめだ、よせ…!! お前では…!」

そう伸ばした手を、私はピタリと止める。待てよ…? 

確かに子鬼にはそこまでの力はない。Mr.ドッグの言う通り、彼一人で充分だろう。それに、周囲に大人鬼がいる様子はない。

更に、私達も近場に控えているのだ。何かあれば手助けに入ればいいだけのこと。Mr.ドッグのお手並み拝見といこうか。


…彼の台詞、死亡フラグに聞こえたのが気がかりではあるのだが…。






「きゃー!逃げろー! ―痛っ。…?…!ひっ…!」

「へっへぇ…!捕まえたぜぇ!」


ほう。Mr.ドッグ、上手く子鬼にぶつかり、捕らえたな。

子鬼の角は柔らかめで、良い妙薬の材料となる。高価値なので、できれば大量に欲しいが…。

「動くなァ!ガキどもォ! 一人でも逃げたらこいつをぶっ殺すぞォ!」

おぉ…!良き気迫だ。悪役然としている。見事見事。

「テメエらの角を差し出せば、命は勘弁してやる。なに、また生えるんだろ? 早く並べオラァ!」

ふ。決まったな。後は角を切るだけだ。私達も手伝うと―


…む? 何か、おかしい…。子鬼達が、何か話し合っている…?


「アレ持ってるの誰…!?」
「僕…! やるよ…! お姉ちゃん、お願いします…!」

微かに、そんな会話が聞こえてくる。と、直後―。



「やああああああっ!!」

子鬼の一人が棍棒を振りかぶり、Mr.ドッグに突撃していった。






「ん―? 効かねぇなあ」

そして、それを容易く受けるMr.ドッグ。子鬼の棍棒は棘が丸く、鉄製でもない玩具のようなもの。効かないのも当たり前。

「へっ。ガキが。焼いて食っちまおうか?」

嘲笑うようにオーソドックスな冗談を口にするMr.ドッグ。―と、それに返すように、女魔物の声が響いた。


「あら!それ、良いわね! アンタをシメた後、サイコロステーキにでもしてやろうかしら!」


カパパパパパッッ!!





…は!?!? 子鬼が持っていた棍棒の棘が…一斉に蓋のように開いただと…!?

刹那―! そこから幾本もの触手が!!それは怒涛の勢いで伸び―。

「は…!? ぐえぇッ……」


み、Mr.ドッグぅっっー!!






い、一体何が…!?一瞬で、Mr.ドッグが負け犬に…! …言ってる場合か!


混乱する私達を余所に、触手棍棒からポンッと身体を出した魔物が…!な…あれは…!上位ミミックだと…!?

「ひっ…! う、撃てぇ!!」
「え!え、えーい!」

!? 待て、Mr.チキン!Mr.モンキー! 今、豆を撃っても…!


タタタタタタタッッ!!




動転した2人のお供は、上位ミミックに向け魔針玩を放つ。鬼特攻の豆は勢いよく放たれるが…。

「ん? よいしょっ!」

ガガガッ…!


「な…! あいつ…ドッグのヤツを…盾に…!?」

驚くMr.チキン。上位ミミックは子鬼の棍棒から半身を出したまま、絞めたMr.ドッグを軽々と持ち上げ…子鬼を守る盾としたのだ…!

「撃つのを止めろ!豆は鬼への特攻しかない…! これでは私達の居場所をバラしただけに等しい。Mr.ドッグは残念だが…この場を離れて別の鬼を狙うとしよう!」

私はお供2人を無理やり引っ張り、急ぎ撤退する。 しかし何故、上位ミミックがあのような場所に…!?











島の外に逃げようとするのは愚策。私達はあえて、鬼の町の方へと向かった。その策が幸いしたのか、先のミミックが追いかけてくる様子はない。

「…2人共、気分は落ち着いたか? 豆は補充したな? ならば、次はあの酔いどれ鬼達が標的だ」

お供2人を宥め、新たなる目標を指し示す。茶屋らしき店で、酔っぱらっている連中だ。


先程は妙な乱入者に焦ってしまったが…。私が慢心していたからでもあろう。次はそうはいかない。

開幕から魔針玩を使い、一気に片をつけるしよう! 行くぞ…いち、にの…さんッ!



「撃てーっ!」
「「おおーっ!!」」

タタタタタタッッッッッ!!!


「!? 痛てててて!?」
「な、なんだ!? 襲撃!?」
「ぐああっ!? 痛くてたまらねえ!! 建物の中に逃げろ…!」


鳩が豆鉄砲を食らったような反応を示し、酔いどれ鬼達は驚き慌て悲鳴をあげる。まあ実際に鬼に豆鉄砲を食らわせているのだがな!

これなら楽勝に違いない。さっさと距離を詰めて、角を頂いていこう。 ……ん?


「た、頼んだ…!」
ドスンッ カランカランッ



鬼が隠れた茶屋の中から投げ捨てられてきたのは…。宝箱と、枡&巨大な朱盃。これを渡すから、見逃せということなのだろうか。

ふっ…残念ながら、そうはいかないな。鬼を倒し、宝も貰う。それが『鬼退治』なのだから。


お供2人に手で指示し、意気揚々と茶屋へと向かおうとする。 ――その時だった。



パカッ! ギュルッ!


―!? なん…だと…!? 宝箱の蓋が勝手に開き、牙が…!? 枡から触手が伸び、大杯おおさかづきを構えた…!?

まさか…!いや間違いない…! これは…!!

「「「また、ミミック!!!?」」」



私達が叫んだのと同時に、二体のミミックは地を駆け迫りくる。お供2人だけではなく、私も慌て、魔針玩を乱射するが…。


ガポポポポポ…

…! 宝箱型のミミック、食べている…! 自身に当たった豆を、そのままもぐもぐ食べている…!?


カカカカカッ!

―! 触手型のミミック、弾いている…! 持ち上げた大杯を、盾にしている…! 結局のところ、豆の弾だから…!



そんな状況把握で限界なほどの余裕しかなく、あっという間に接近を許してしまう。そしてまずは―。

「ぎゃあっ…」

Mr.モンキーが、宝箱型ミミックに食べられてしまった…! Mr.チキンは…!


「ひいいいいっ!!」

…な…。既に私を置いて、逃げている…! やはりチキン臆病者ではないか…!


シュッ!

と、私の横を何かが掠める。それは、触手型ミミックが手にしていた大杯。まるでフリスビーの如く飛んでいき…。


ガッ!
「あだっ!」

Mr.チキンの頭にナイスヒット。すると―。


「シャアアア!」
「ひっ!蛇…!? あば…ばばばばば…」


…なんと…。大杯の高台部分―、あの下の出っ張り部分から蛇が出てきた…。あれは『宝箱ヘビ』…。ミミックの一種だ…。


…ここはいつの間に、『鬼ヶ島』から『ミミックヶ島』に変わったのだ…? ―ぐえっ…!?

し、しまった…! 余所見していたら…触手型に巻き付かれ…! くっ…刀を…抜けない…!




「痛てて…やってくれたなぁこのヤロウ…!」

「うわ…豆が散乱していて、まきびしみたいになってやがる…」

「手間増やしやがって…! ミミックちゃん達が踏み潰してくれるから、片付けはかなり楽だけどよぉ…!」


と、ぞろぞろと鬼達が出てくる。全員、怒り心頭。おのれ…!刀さえ抜ければ…!


「で、どうするこいつ?」

「見たとこ、今回の連中の親玉みてえだし…。とりあえずオンラム様に引き渡すか」

「そうすっか。ミミックちゃん、運んでもらっていいか?」


鬼の頼みに呼応するように、私を縛る触手型ミミックが動き出す…。どこに…どこに連れていく気なのだ…?












「ふーん、こいつがそうなんだ。刀、ながっ」

荒縄で縛り直された私は、この島の主の前に放り出される。しかし…よもやよもや、だ。

まさか、島の鬼の頭領が…こんなに麗しき乙女だったとは…! 多少、素行は悪そうだが…それもまた、良し…!

まさに私の細君になるに相応しい…!鬼だとしても構わない…是非、求婚をしたい…!


「う~ん、別にタイプじゃないな~。 え?彼ピ候補ちゃうん? 侵入者? じゃあ問答無用でぶっ飛ばして良いじゃん」

……な…ぁ…。…今日一番の…ダメージが…胸に……。おのれ…鬼…。人をどこまで弄べば気が済むのだ…!




「あーし、社長から派遣して貰ったポルターガイストたちお手製の竹輪食べたいし。ちゃっちゃっと片付けちゃお」

そう言い、立ち上がる女鬼頭領。横に置いていた巨大棍棒を軽々構えた。


―ここでやられるわけには…いかぬのだ…! 私は必死に姿勢を正し、名乗りを上げた。

「我が名は『コジロウ・ピーチ』! かの鬼退治の英雄『タロウ・ピーチ』の子孫なり! 美しき頭領よ! そちらの名はなんという!」


「え!!美しいだって! きゃー!なんか嬉し! …なんとかピーチ? …あー!すんごい前に、悪党鬼の集団を潰してくれた有難い冒険者っしょ? 習ったし!」

記憶の手繰り寄せに成功し、嬉しそうにポンと手を打つ頭領。そして、名乗り返してくれた。

「あ。名前? あーしは『オンラム』っていうの!」

「ほう…! 見た目と同じく可憐な名だ…!」

「えー!この褒め上手ー!」

にやにやと顔をほころばす頭領…もといオンラム嬢。これならば…!イチかバチか…!


「オンラム嬢よ! 一つ頼みを聞いてくれまいか…?」

「ん? とりあえず聞いたげる」

「私と、結婚…じゃない。決闘を…! 其方に『一騎討ち』を申し込ませてほしいのだ!」








取り巻きの鬼は反対したが、オンラム嬢は即座に了承してくれた。仕合場は、この屋敷の庭。


条件は『各々武器一つを使った真剣勝負』。褒賞は、『負けた方が勝った方のいう事をなんでも一つ聞く』というもの。

ふふ…! 美しき姿とはいえ、オンラム嬢は少々軽忽けいこつと見える。私の申し出なぞ無視し、棍棒を振り下ろせばそれで終わりだったというのに。

どうで私は殺されるだけの身。なのに、私に百利あってオンラム嬢に一利なしの条件まで受け入れた。ふふふ…上手くいけば、生きて帰ることはおろか、彼女を娶ることすら可能やもしれぬ…!




一足先に庭へ立ち、スラリと長刀を抜く。たとえ手強き鬼とはいえ、一対一の状況かつ、武器が限定されていれば恐れる必要はない。 我が妙技で、切り伏せて魅せよう!


「うぇいうぇい♪ あーしと戦いたいだなんて、アンタ、ヤサ男に見えて覚悟あんじゃん!」

一方のオンラム嬢は、自身の身の丈もある巨大棍棒をクルクル振り回しながら出てくる。む…?もう片手には巨大瓢箪?

武器にする気か? …いや、少し端に降ろした。武器として使う気はないらしい。では―。


「「いざ尋常に―、勝負!」」







長期戦になれば、体力の多い鬼の方が有利。速攻で決めるが得策。

刀に、力を籠める―。精神を、集中させる―。まさに、全集中。 …と、耳にオンラム嬢の声が聞こえてきた。


「さーて、どうしよっかな~。この間社長にぶつけたヤツが最強の技なんだけど、あれ使うと怒られっし…。じゃあ、こっちで!」


……? なんだ…? オンラム嬢が、棍棒を大きく振りかぶって…?


「―この剛撃は、あまねく魔性を反し、あらゆる勇猛を除き去る狼の遠吠えの如く、空を駆ける! 行くよ~ぉ!『反魔はんま勇除狼ゆうじろう』!」


宣言と同時に、彼女は棍棒を勢いよく振り―!  刹那、私は見てしまった。彼女の…オンラム嬢の背に…オーガのような貌が浮かんでいたのを…!



ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!!





直後、眼前に迫るは極大の衝撃波!!? 馬鹿な…!?棍棒を盛大に振り回しただけで、これほどの…!ひいっ…!!!


反射的に目を瞑り、尻餅をついてしまう。数秒後、背後で大きな激突音が。


「ヤッベ…!まーたやっちゃった…!」


目を微かに開けると、しどろもどろになっているオンラム嬢。私がゆっくり首を後ろに向けると…。その先にあったのは、島の中央に聳える巨大岩山。

そこには…目新しい抉れが…!? ま…まさか…!あの山に描かれた鬼の顔…!あれはオンラム嬢がつけた痕だというのか…!?

か、勝てない…! 化物だ…!


「勝負あり!」


…! な、何故…決着の知らせが…? 心が読まれ…?

「挑戦者ジロウ・ピーチの武器破損により、決着とします!」

は…? …あぁっ!!! 我が愛刀が…!!数cmの刃元を残して…先が全部消滅している!!

今の衝撃波にもってかれたのかぁ…。うぅ…我が愛刀…『物干し丸』ぅ…!







「ふ~い!終わり終わり! もうちょい楽しませてくれると思ったんだけど…ちょっち残念かなぁ」

グイっと伸びをするオンラム嬢。―その隙を、私は見逃さなかった。


私に待つの殺される未来のみ…! ならば、やれることを全てやってやろう…!


即座に懐に手を入れ、あるものを引き出す。それは、小型の魔針玩。もしもの時のため、隠し持っていたのだ。

勿論、鬼特攻の豆を装填済み。 これでオンラム嬢を弱らせ、その立派な金の角を切り取ってみせよう…!

卑怯? 知った事か! 勝てば官軍だ! 勝てばよかろうなのだ!



ジャキンと構え、狙いを定める。気づいた周りの鬼が急ぎ止めに入ろうとするが、もう遅い。食らえ…鬼は外!



タタタタタッッッッッ!!!








「きゃっ…! あー…びっくりしたぁ…。忠告通り、傍に置いててよかったぁ…」

「でしょう? ああいう奴は、絶対最後になりふり構わず何か仕掛けてくるのよ。プライドが高い、嫌な男の典型ね」


……え……?  オンラム嬢に、豆が一発も当たっていない…? というより、全部防がれた…。


何に…? 触手に…。それは、オンラム嬢が少し端に降ろした巨大瓢箪から…。って、また…!

「上位ミミックぅ…!?」

今度は、瓢箪の口から半身を覗かせている…! 何体いるのだ…!?






「決闘しかけておいて、負けたら不意打ちって…ほんと酷いわねアンタ…」
「サイテー!」

上位ミミックとオンラム嬢が、私に罵声を浴びせてくる…。く、くぅ…おのれ…!

…いやしかし、今はなんとかして逃げないと…!! どこかに逃げ道は…!


「判断が遅い!」
ギュルッ!

ぐぁあああ…! 死ぬ…ミミックに絞め殺される…!

「ただ復活魔法陣送りなんて、生ぬるいわねぇ。ちょっとお仕置きしたげる!」

うぁ…! 引っ張られぇ…!! 

「【箱の呼吸】…えーと、何の型にしよう…。…まあいいわ!『吸移込深すいこみ』!」

な、なぁぁ…!? ひょ、瓢箪に…吸い込まれぇぇえ…!!?








ひっ…、ここは…どこなのだ…? 暗い…動けない…!

「瓢箪の中よ。この中でじっくり溶けて、お酒になりなさいな」

…!上位ミミックの声…! どこに…!? 酒になるってなんなのだ…!? あ、あ…!体が溶けてる気がする…!!

「じゃ、さよなら~」

ま、待ってくれ…! 瓢箪の口、明らかに私の手ぐらいしか入らない大きさだったのに、どうやって私をいれたのだ…!?

い、いやそれよりも…待ってくれ…! 出ていかないでくれ…! キュポンと蓋を閉めないでくれ…!


た、助けてくれ…!!  く…暗いよ、狭いよ、怖いよぉおお!!!!

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