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顧客リスト№38 『イエティの雪山ダンジョン』

人間側 とある記者達のスクープ

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ゴウゴウと吹雪く山の中、身に激しくぶつかってくる雪を耐えつつ、ひたすらに進む。

逐一確認している方位磁針も魔法地図も乱れ無し、もう少しだ…もう少しで…噂の地点に…! 


「―! おい!あれ!!」

と、先頭を歩いていたメンバーが声を張る。もしかして―!

急ぎ顔をあげ、正面を睨む。そこには…巨大に開いた雪洞の入り口…!

「あった…! とうとう見つけた…!!『イエティ』の棲み処!」






「はぁ…はぁ…死ぬかと思った…」
「噂、当たっていてよかった…本当にここだった…」
「歩きながら、幾度眠くなったことか…目覚めの薬を大量に持ってきて正解だ…」


雪洞入口に駆け込み、吹き付ける雪から解放され一息つくメンバー達。私もその場でベシャリと倒れこむ。

疲れた…でも…ふふ、これで…スクープをゲットできる…!!







私達は、『週刊モンスター』という魔物情報誌の記者。ここに来た理由はずばり、『イエティ』の痕跡、そして正体を激写するため。


イエティ…『雪男』とも呼ばれるUMAな魔物のことは皆知っているだろう。極寒の雪山に棲む、謎の存在。

私達は…いや我々は、その姿を確認すべく天候荒れ狂う雪山へと足を踏み入れたのだ。




実はこの山は、『雪山ダンジョン』という名称がついている。しかし、その内部構造を知る者はいない。

それもそのはず、ここは通年通して豪雪降り積もる危険な山。下手に踏み込めば、すぐさま積もった雪に囚われ冷凍漬け。

だから、ダンジョンではあるけど冒険者は全く近づかない。…表向きは。





事の発端から話そう。素材市場に妙なものが流れているという話を聞き、私達はそちらの取材に赴いた。そこで目にしたのは、少量の白い獣毛や爪の欠片のようなもの。

謎の素材ではあるが、秘められている氷の力はとんでもない。気になった私達は獲得主を追い、見つけ詳細を聞き出した。


そして得た情報こそ、『雪山ダンジョンにイエティが棲んでいる』というもの。その獲得主は戯れにそこに侵入し、偶然雪洞を発見。侵入し、一戦交え素材を獲ってきたらしい。

以来、その話を聞いた幾人かの無謀冒険者が隠れて挑みにいっているとかいないとか。そんな話であった。



まさか伝説の存在、『イエティ』が実在するなんて…。その獲得主が他魔物と勘違いしている可能性はあるが、にしては素材が特殊。


そこで、私達は考えた。もしイエティの存在を激写できれば、一大スクープ。…いや、一世風靡出来るほどの大大大スクープだと!

後は話が早い。編集長を説得し、資金を貰い、必要な道具と情報をかき集め、出立したというわけだ。



とはいえ普通の記者ならば、まず遭難し復活魔法陣送りになっていただろう。だが、私達は皆、冒険者ライセンスを持っている。これぐらいの悪路ならなんのその。

ふっ、強がりじゃないけど、寒さなんて気にならなかった。だって、私達のスクープへの情熱は雪を溶かすほどに燃えているのだから!!!







「「「「ファイトー! いっぱーつ!!」」」」

持ってきた強化用ドリンクで景気づけに乾杯。一気飲みする。…ぷはっ!冷たい! けど、歩いてきた疲れは吹き飛んだ。

これで24時間戦える。記者はスクープを獲るためそれぐらいの覚悟は必須だ!


厳重にしまっていたカメラを取り出し、いざ雪洞の奥に。ライトも調整してと…。

「―! おぉっ!」

直後、見つけた物に興奮の声を出してしまう。そこに残されていた足跡…巨大な、私達人間の数倍以上はあるそれに。

「間違いない…!これは…!」
「イエティのだな…!」

全員でバシャバシャバシャとシャッターと切りながら、二ヘリと笑みを浮かべる。苦労した甲斐があった…!







実に幸先が良い。あとは、イエティの姿を間近で撮るか、イエティのものだと証明できる物をみつけるか。

そうだ。イエティの生活詳細を記事にするために、何か使ってる道具類とか見つけられればいいんだけど…。


そんなことを考えながら、洞窟の中を静かに進む。時折開いている天井から雪が入ってきているせいか、足元には案外雪が積もっている。

「…ん?なんだろこれ」

と、私はあることに気づき首を捻る。足元の雪にはイエティの足跡が幾つも残っている。だが、他に何かを引きずった?後の様なのが残っているのだ。

イエティが丸太とか箱とか引きずった跡? にしてはなんか違う気も…。

「多分それ、これ作った痕だろ」

と、メンバーの1人がくいっと顎で指す。その先にあったのは、雪だるま。人参の鼻と石の目をしている。

そういえばさっきからちらほら見かけてた。あぁそうか、それ作る時についた後か。結構大きめだし、間違いなさそう。

イエティが雪だるま作るなんて、結構子供っぽいものだ。





「―お。なんかこっちの細道怪しいな」

少し進むと、メンバーの1人が横道に興味を示す。仄かに灯りが漏れているように見えたのだ。

私達も頷き、静かに侵入してみる。と、そこあったのは…。

「「「「宝箱…?」」」」


行き止まりらしきそこには、雪に埋もれ消えかけのランタンと、うち捨てられたようなボロ木箱。

そしてそこに乗っかっているのが、どうみても宝箱。倉庫代わりか何かだろうか。


「周囲に揃えて水色と白に塗ってあるとは…結構センスいいな」
「中身確かめてみようぜ!」

意気揚々と箱に近づくメンバー達。一応冒険者でもあるから、宝箱には惹かれてしまう。勿論、私も。イエティのお宝みたいなのが入ってればいい…な…―?


ふと、気づく。この道にも少し雪が積もっているのだけど…その端らへん、目立たない位置の様子がおかしい。

よーく目を凝らしてみると、妙に四角な穴が均等な距離をあけて幾つも。あの大きさ…目の前にある宝箱とピッタリぐらい…?

となると…まるで、宝箱がそこでボスンボスン跳ね回ったかのような…。――!!

「宝箱に触れないで!」

ハッと気づき、私は叫ぶ。だが、遅かった。




パカッ!
「シャアアアア!」

「ひいいっ!?」

突如襲ってくる宝箱。勝手に開かれた蓋の内には、鋭い牙と赤い舌。やっぱり…ミミック!



ガブッ!

「ぎゃああ!」

一番ミミックに近かったメンバーが、頭からぱくりと呑み込まれる。しまった…イエティ対策はしてきたけど、ミミック対策なんてしてきていないのに…!

しかも、荷物軽量化のため武器も最低限だけだ。これは…逃げるしか…!!

「シャアアア!」

「くそっ…! これでもくらえ!」

慌てて逃げるメンバーの援護のため、私は雪を即座に玉にしてミミックへと投げつける。すると―。


パクンッ!


「えっ! 食べた!?」

箱の中…もとい大きい口の中に雪玉は消えていった。く、くそぉっ!もっとだ!

雪玉を幾つも作り、闇雲に投げまくる私。その全てをミミックはパクンッパクンッパクンッ。駄目だこれ…! 

…………ん?


「ア…シャアアア…」

と、ミミックの様子がおかしい。赤く長い舌で蓋を抑えて、ゴロゴロ転げまわる…。

あっ。もしかして…アイスクリーム頭痛…!?


「「「ちゃ、チャンス…!!」」」

この好機を逃すわけない。記者だからそういうとこは敏感。

私達は急ぎ回れ右し、ダッシュ。逃げろや逃げろ!記者は逃げ足も肝心だ!








「…追ってこないかな?」

だいぶ逃げ、耳を澄ます。ミミックらしき音はおろか、イエティの声もしない。静か。

「ここらへん雪積もってるから、追ってこれないのかもな」

「あー。それはあるかも」

とりあえず、駄弁れるぐらいには落ち着いた。一人やられてしまったけど、復活代金諸々なら経費で落とせる。まあ叱られるだろうけど…。


とはいえ、退くわけにはいかない。記者たるもの、ネタには食らいつかなければ。さっきのミミックのように。

なに、宝箱に騙されたのが悪かっただけだ。今回の目的だけに集中しよう。イエティの激写及び、素材の回収だ。もう宝箱を見ても、無視すればいい。

さあ、やる気を取り戻した。行こう!








「それにしても…雪だるまが結構な数…」

カメラを構えながら、ダンジョンの奥へと進む私達。次第にイエティの生活圏に近づいているのか、足跡の数が増えてきている。

それと比例するように、数を増しているのは雪だるま。しかも、形は様々。

オーソドックスな二段重ね、三段重ね。4段以上のものや、一つだけの物も。中には四角に固められ積まれたゴーレムっぽいもの、雪だるまというより雪像というべきものすら。

顔や服、手代わりに嵌めこまれているのも多種多様。石ころに野菜、木の枝に、何かの毛。狩った余りものか、鹿の皮みたいな服を着ている雪だるまも。

これをイエティが作ったというならば、彼らはかなり頭の良い生物だということ。てっきり、猿みたいな魔物かと思っていたけど…。


―お。こっちにも雪像が。…ってこれ…!

「ひっ…!?」

全容を見た瞬間、小さな悲鳴が漏れてしまった…。こ、これ…ヒュドラ…!!


ゴクリと息を呑み、それに指を突き刺してみる。…うん、雪製だ…。作られたただの像だ…。


あー…びっくりした…。やけに精巧だったから一瞬本物の首かと思った…。これを作ったのがイエティならば、かなりの腕前だ…。

…ん?横に小さな雪だるまが二つ…? なにこれ…?


片方はなんか角や羽や尻尾みたいなのがついていて、もうひとつは小さな箱の中に入ってる…。

あれ?ここに雪を彫って書いてあるの文字…? えーと…『あす…と…おねー…ちゃ…んとみ…みんしゃ…ちょー』?


―! えっ!文字!? もしかして…イエティの…!? 彼ら、文字まで書けるということ…!? と、撮っとかなければ!



夢中にシャッターを切りまくる私。と、それをメンバーが呼び止めた。

「おいちょっと…これみてくれないか?」

「? 何?」

促されるままそちらへ行くと、メンバー2人は一つの雪だるまを囲んでいた。大きめとはいえ、別段普通の二段式のやつだけど…。


「―! これって…!」

ハッと気づく。雪だるまの顔にたっぷり被せてあるのは白い毛…これ、間違いない。素材市場で見た謎の毛…イエティと思しき毛…! やはりここは、この毛の持ち主の棲み処!


またまたシャッターを切る私。と、メンバーの1人が恐る恐る聞いてきた。

「なあ…この毛ってかなーり高く取引されてたよな…?」

「確か。他の素材よりも抜きんでた氷の力を秘めているからって」

そう答えると、そのメンバーはゴクリと唾を呑み込む。そして、提案した。

「これ、持って帰らないか?」



なるほど、それは名案かもしれない。もう写真は撮ったし、証拠として持って帰ればいい。こんな沢山あるんだ、一部を売り捌けば遊ぶ金も増える…!

私ともう一人も即座に同意。後ろ盾を得た提案メンバーは、意気揚々とその毛を掴んだ…

…その時だった。




ボボムッ!

「「「へ…?」」」

まるで雪の中から何かが飛び出してきたような異音。私達は一斉に辺りを見回すが、何もない。聞き違いかと顔を戻すと…。

「…あれ?」
「…んんん?」
「…この雪だるま、こんな『手』ついてなかった気が…」


イエティの毛がカツラとなっている雪だるま。その胴体部分に見慣れない何かが。

さっきまで枝が刺さっていたその場所から生えてる…。そう、生えてる。それはやけにニョロニョロしていて、まるで触手みたいな…。え。

「「「触手!?」」」


三人同時に、叫んでしまう。それと、全くの同時だった。

ギュルッ!
「ぐえっ…!」

凄まじい速さで伸びてきた触手は、メンバーの1人を一瞬で絞める。ヤバい…!

「逃げよう!」
「あ、あぁ!」

もはやイエティの毛とか言ってる場合じゃない。死ぬ…! 私と残った1人で急ぎ逃げ出そうとするが―。

ひょいっ ドゴッ!
「おぐっ…!?」


「えええ…!?」

触手が、自らの上に乗った雪だるま頭部を掴み、投げつけてきた…! 


かなり大きかったこともあり、直撃したメンバーはその場でバタリと昏倒。その上に触手雪だるまはドスン。


何あれ…!もしかして、あれがイエティ…!? いやいやいやいや!絶対違う…!

けど…もしかして…もしかすると…あれ、新たなるUMA…!!か、カメラを…!


ひぇっ…!今度は明らかに私に狙いを定めてる…!撮ってる場合じゃない!逃げなきゃ!





焦りつつ急ぎ来た道を引き返す。くそー!…せっかくのスクープが…!

ゴロゴロゴロゴロ…

ん? 何の音…?

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロッッ!

!? 明らかに音が大きくなってる…! 後ろから…? ―!?!?

「嘘…」

…唖然とするしかなかった。さっきの触手雪だるまが、転がって追いかけてきている…!

しかも、物凄い勢いで大きくなっているし…!もう私より大きい…!!


あっ!後ろ見てたら足が雪に撮られて、違う取られて…! あ、あ、あ…ああああ!



グシャッ









「で? 全滅して写真や収穫物はおろか、カメラすら失くしてきたってか?」

「「「「はい…」」」」


明らかにブチギレ口調の編集長の前で、イエティ捜索隊である私達は頭を下げていた。

ダンジョンだったから復活出来たが、その分復活代金は跳ね上がり、当然アイテム全ロスト。

経費で落としても余りに痛すぎる出費。寒気してきた…もう雪山じゃないのに…。



「それで、肝心のイエティの姿は見つけられなかったうえに、こんな記事ねぇ」

編集長は手にしていた紙をバサリと投げ捨てる。それは私達が反省文代わりに書いた記事。

「【こんなところにもいた!氷山の秘境に息を潜める、恐ろしき魔物『ミミック』!】と、【新たなる怪異!!新UMA発見か!?『触手雪達磨』!!】ねぇ」

つけた仮タイトルをそらんじる上司。そして一言。

「ボツ!」




「「「「そんな!?」」」」

「写真すらないんだから当たり前だろ!よもやま話で終わるわ! それになんだ?新UMAって!こんな生物いるわけないだろ!」

「し、しかし…!」

「しかしもかかしもあるか!さっさと別のネタ探してこい! でないと諸々の費用、全部お前らの給料から天引きするぞ!」

「「「「そ、それだけは勘弁を…! 行ってきまーす!!」」」」

編集長の一喝を受け、私達はミミックから逃れる時以上の速度でオフィスを飛び出したのだった。






―――――――――――――――――――――――――

少し時は遡る。最後に残った記者が、巨大化した雪玉にぺしゃんこにされた直後。


パカッ!

そんな小気味よい音を立て、雪玉が割れる。中から現れたのは、サッカーボールより大きめな球体。

パカッ!

更にその球体が同じような音を立て割れる。中から出てきたのは、触手型のミミックであった。


この球体、箱工房謹製の特殊丸箱。雪を吸いつけるも弾くも自在にできる魔法がかけられているのだ。

更に中は、ふわふわのボア生地と暖房魔法が取り付けられた快適機構。外観に達磨っぽい絵が描いてあるのは遊び心。


それを利用し、ミミックは雪だるまの中に潜んでいたのだ。あとは単純、触手を出すも、転がって圧し潰すも意のままである。





冒険者をツンツンと突き、死亡確認をしたミミックは、雪を弾きながらコロコロと転がり元の位置へ。

そのまま先程ぶん投げた雪だるま頭部を掴もうとした、そんな折―。

「あー! やっぱりお仕事してるー!」
「すごーい! 倒してるー!」

どこからともなく走ってきたのは、子供イエティたち。どうやら騒ぎを聞きつけやってきたらしい。

「どーする?休憩するー?」
「いいの? じゃあまた新しいの作ってあげるよー!」

子供イエティたちのその言葉に、楽しそうな雰囲気を見せたミミック。雪だるま頭部を手放し完全な球体へと戻る。

「「雪だるまつくろー♪」」

子供イエティたちはそんなミミックをゴロゴロ。実に手慣れた動きであっという間に大きな雪玉へと変貌させた。


「らっくらくー! 雪だるまを作る時って、何か元になるもの入れるんだけど…」
「ね! ミミックちゃんがそれの代わりしてくれるから作りやすーい!」


ケラケラと笑うイエティたち。そんな中、出来上がったミミック入り雪玉はおかしな行動をとった。

「わ! ジャンプ!」
「今度は上が良いんだ!」

なんと、先程まで上に乗っけていた雪だるま頭部の上に飛び乗ったのだ。すぐに察した子供イエティたちはパーツを付け替えてあげようとする。と―。

「あ! これ逆立ちしてるみたいじゃない!?」
「ほんとだー! 面白ーい!」

ちょうど顔がひっくり返っていたため、まるで雪だるまが倒立しているように。爆笑する子供イエティたちに応えるように、雪玉のなかから触手が四本ボムッと出てくる。

「わー!触手が手足みたーい!」

「あ、やっぱり外に出してると冷たい? じゃあこのカツラをバラして…グルグルー!」

子供イエティの1人が触手の先にイエティ毛をクルクル巻き、即興の手袋と靴下に。嬉しいのか、ミミック触手はくねんくねん。

それがまた、逆立ちしている雪だるまが奇妙な踊りをしているように見え、子供イエティたちは笑い転げるのであった。
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