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顧客リスト№22 『ワイバーンの山岳ダンジョン』

人間側 とある中級冒険者達への降下

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ガサッ 

とある森、厚めの茂みの中から俺は顔を出す。よしよし、周囲に魔物は無し、と…。

ガサッ
「どうだ?様子は」

「無駄に顔を出すな。せっかくここまで来たのに帰りたくないだろ」

横から顔を出してきた仲間を軽く窘める。するとそいつは素直に謝った。

「悪い悪い」
ガサッ

潔く引っ込んだのを確認し、俺はそのまま空を見上げる。小さい鳥が一羽パタタタと飛んでいき…。

「おっとマズい」
ガサッ

急ぎ茂み内に身を潜め、僅かな隙間から空を見る。その瞬間、厳つい翼を広げた巨大トカゲのような影が空を通過していった。

あれがこの『山岳ダンジョン』の支配者にして、今回の獲物。かの有名なモンスター『ワイバーン』だ。



他のドラゴン種に比べれば図体小さめなワイバーンだが、それでも人より一回りは大きく、羽を広げれば体格は二倍は超える。

火を吹かない代わりに爪や牙や尾、どれも中々に鋭く強く、討伐できれば一種のステータス扱い。中には酒一杯奢ってくれる酒場だってある。

さらにワイバーンをあまり傷つけずに一体狩れれば、復活魔法陣の代金を払っても大量のお釣りがくる。だから決死の覚悟で挑む冒険者は結構いたりする。

まあ勿論返り討ちになる連中も多いが。伊達にドラゴンじゃない。


だが、そんな文字通り命を張る必要はない。俺らはもっといい手段を思いついた。それは『巣に忍び込み、素材をかっぱらう』という方法だ。そうすればわざわざワイバーンと戦り合う必要はない。

このダンジョンは都合がいい。道中は鬱蒼とした密林で幾らでも身を潜める。そして目的のワイバーンの巣だが…厚手の雲に覆われているから忍び込みやすい。

勿論ワイバーンの方が目や鼻が利く。素人がそんなことをしたらたちどころに発見され、食われてしまうだろう。だが俺らは違う。パーティー全員が隠密の魔法や技を備えているからな。


今もこうして、空飛ぶワイバーン達から隠れながら少しずつ向かっているわけだ。時間はかかるが、上手く行けば…ふっふっふ…!





なんとかバレず、首尾よく雲の真下に到達できた。しかしここから先は視界がすこぶる悪くなる。隠れられる茂みは無く、岩が転がるばかりなのだ。

「こっからは雲の中だ。気配消しの魔法をかけるぞ」

俺は仲間にそう号令をかける。そう、ここで活躍するのが知恵持つ者の特権、魔法だ。ワイバーンだって、言ってしまえば言葉話せぬただの獣。魔法の対策なんてできるわけない。

因みにこの気配消しの魔法、完全に気配を消せるわけではない。流石にワイバーンの正面を横切ったりすればバレてしまう。

だが、それで充分。大体のワイバーンは巣で寝ぼけている。そこまで接近できれば、確保も討伐もなんでもござれだ。



「わかってると思うが、足元には気をつけろよ?」
「あいよぉ」

濃霧に近しいほどの雲の中を、慎重に俺らは進んでいく。時たまに穴があって、マグマが煮えたぎってる様子を遠目で確認できるからだ。

だが、それさえ気をつければ申し分ない。どこにワイバーンの巣があるかもわかる。

今、地面や壁を這っている模様?を見れば良い。これを『竜脈』という。仄かに光るこれがあればあるほど、ドラゴンの巣が近いということなのだから。

お、そうしている間に…。ついたついた。



バサリッバサリッ

飛び去っていくワイバーンを岩陰で見送り、奴らの棲み処である横穴が一つへと顔を覗かせる。

「…いるか?」

「…成竜はいない。子竜が二匹かな」

チッ、本当は寝ている成竜を仕留めて素材を剥ぐのが楽なんだが…。まあ抜けた牙や爪、鱗があるから問題ない。それに、子竜もペットとして高く売れる。連れていくか。

「さーて。お掃除の時間ですよっと…。おっ…?」

仲間の1人がニヤニヤしながら足を踏み入れる。が、何かを見つけたらしい。寝息を立てている子竜ではなく、近くにあった妙な物へと小走りで近寄っていった。

「なんだそれ」

「見ればわかるだろ、宝箱じゃないか」

確かにそこに置いてあったのは、ワイバーンの正面顔の紋章が描かれた宝箱。丁度箱の開く部分が口の位置になるようになっている。しかもご丁寧に目の部分には宝石のようなものが嵌めこまれていた。

恐らく、ワイバーンに襲われた商人のものか。ワイバーンの紋章を好む騎士や貴族は多い、少し凝った宝箱を作ったのだろう。そして、宝石が綺麗だから持ってこられてしまったのだろうな。

「有難く中身を貰っちゃおうぜ」

「その蓋についた宝石外せないか?」

ヒソヒソ話し合いながら、宝箱に手をかける仲間。が、その時だった。

パカァッ…
「はぇ…!?」

突然、絵のワイバーンの口が裂けた…!? いや違う。蓋が勝手に開いた…! そこにはワイバーン並みの鋭い牙が…。

ガブゥッ!
「ぎゃんっ!」

―…。仲間の1人が食われた。もぐもぐと呑み込まれていくそいつを唖然と見送ってしまった俺らは、ペッと吐き出される武器や鎧を見てようやく正気に戻った。

「「「ミミック!?」」」



なんでこんな場所にミミックが…! しかも模様をお洒落にして…。残された俺らが冷や汗を流している間に、ミミックは動き出す。マズい、標的にされた。この距離じゃ気配消しの魔法も無効化されてる…。

ここで戦っても良いが、子竜を起こして騒ぎになるとマズい。

「逃げるぞ…! 『スピードアップ』!」

ミミックの噛みつきを躱しながら、速度上昇の魔法を全員にかける。そのままダッシュで巣を後にした。




「はぁ…はぁ…。クソッ、ミミックめ…」

幸いワイバーンに見つかることなく脱出、雲を抜け出た。だが、1人やられてしまった。

「どうするよ。もう一度潜ってみるか?」

「そうしようぜ、このままじゃ時間かけた分赤字だ」

「いや…大丈夫か?ミミックがワイバーンに警戒を促したら、今度は俺達すら無事で済まねえぞ」

「ワイバーンとミミックが共闘するってか? 馬鹿らしい、そんなわけねえだろ」

喧々諤々と話し合う俺ら。そんな折、ふと俺らの上に影が出来た。

「―! 話の途中だがワイバーンだ! 躱せ!」

俺の言葉に、仲間は一斉に散開。直後―!

バサッ ドスンッ
「ギャオウ!」

俺らの居た位置にワイバーンが一匹飛び降りてきた!



「あぶねえ…! 気配消しの魔法切れてたか…!」
「あれだけ走ればそらそうだよな!」

各自武器を引き抜き、迎撃態勢。しかし、都合がいい。

コイツを仕留めれば死んだ奴の復活費用は賄える。周囲には仲間のワイバーンもいない。当然さっきみたいなミミックも。少し不完全燃焼だが、今日はこれで我慢しよう。

「俺が怯ませる! 全員でロープを投げてとっ捕まえろ!」

魔法弾を撃ちだしながら、指示を送る。こっちだって巣に侵入するのだから相応の装備と実力は持っているんだ。


飛び立とうとするワイバーンを無理やり止め、手早く紐をかけ縛る。痛ててて…流石ドラゴン族、警戒して挑んでるってのに鋭い爪や鱗でこっちも擦り傷まみれだ。

だがこれで良し、あとは仕留めるだけ…。

ボフッ!
「ギャオオ!」

瞬間、雲を突き抜け何かが飛び出してくる。チッ、別のワイバーンだ。しかもこっちを狙っている。

「仕方ねえ。爪とか逆鱗とか高いとこだけ獲って撤収だ! 時間を稼いでおく!」

杖を構え、詠唱。大量の魔法弾を撃ちだす。威力は弱いが、こっちに来させなきゃ良いだけだ。羽を広げて飛んでいるから当たり判定は大きい…

「グルッ…」
ポイッ

? なんだ? 足に何かを掴んでいたらしく、飛んでるワイバーンが何かを投げてきやがった。投石攻撃か?

うん…?石じゃ…ない…? 四角い箱みたいだし、なんか模様が書いてあるし、宝石みたいなのが二つ…。…って

「さっきの宝箱…じゃねえ、ミミックじゃねえか!」


ドスッと地面に落ちた宝箱、もといミミックはそのまま滑るように勢いよく地面を駆ける。俺らの隙間を軽々抜け、ワイバーンをしまっていたロープを噛みちぎった。

「ギャウウ!」

解き放たれたワイバーンは翼を広げひと吼え。ばさりと飛び上がる。

「マジかよ…!」
「まだ何も剥ぎ取れてねえぞ!?」

背後から仲間達の驚愕の声が聞こえる。いやほんと嘘だろ…!まさかミミックを放り投げてくるなんて…!?骸骨投げてくるカラス魔物は見たことあるけど、こんなんみたことねえ!




空からの攻撃だけならまだ良い。攻撃はしにくいが躱しやすい。だが、それに地面を走る敵まで加わると大変だ。上と下、両方見なければいけないのは辛い。

まさか、このワイバーンのダンジョンでそんな目に遭うなんて…。ワイバーン達の爪攻撃とミミックの噛みつきを必死に避けながら俺は焦っていた。

このままじゃただ悪戯にやられるだけ。惜しいが、もっと退くしか…。

「「「ギャオオオウッ!!」」」

うわ、更に援軍ならぬ援竜が次々と姿を現してきた。勝てるわけはない。腹は決まった、逃げる。

「お前ら、来た時みたいに森に潜ってやり過ごすぞ! 『スモーク』『フラッシュ』!」

ボムンッ ピカッ!

煙幕魔法と閃光魔法を組み合わせ、ワイバーン達を攪乱する。その隙に最寄りの森林に駆け込み、息を潜めた。




空の上でバサリバサリと羽ばたくワイバーン達に見つからぬよう、茂みから茂みへと身を隠しながら移動する。

ここらへんは特に鬱蒼としているから、ワイバーン達が仮に降りて来ても蔦に引っかかって身動き取れなくなるだろう。ふう…なんとか全滅は免れた。あとはバレないように帰るだけ…。

ボスンッ ボスンッ ボスンッ

「!? 何の音だ…!?」
「わからん…!」

急に、周囲から妙な音が聞こえてくる。魔獣達が蠢く音、ではない。まるで何かが高いところから落ちてきたかのような…。果物でも落下したのか?

ガササッ ガササッ ガササササッ

……! 何かが、動いている…! 茂みの隙間から目を凝らし辺りを見回してみるが何もいな…。

「ひっ…!」

木と木の隙間、それも根元部分。何かの目がキラっと輝いた。が、すぐにどこかに消えていった。

一体あれはなんだったんだ…。魔獣にしてはやけに体高が低かった。それに、微かだがワイバーンの顔のようなものが見えた…。

「ん…?」

なんか既視感が…。それも、つい先程見たような…。

ゴスッ

痛っ。何かがぶつかってきた。なんだ…? ワイバーンの顔が書かれた宝箱…。そうそう、これだ…。

「ッハ!?」

仲間の首根っこを掴み、慌てて茂みから飛び出す。直後、バクンと噛みつき音が。やっぱりミミックかよ! さっきの場所からついてきたのか…!?

だが、あの位置から結構移動してきた。ミミックはそうスタミナがある魔物ではなかったはず。木の根や蔦が生い茂る森の中、ここまで走ってくることは…。

あっ、もしかしてあの落下音…。さっきみたいに、ワイバーンが投下したのか!?

何度か戦ったからわかる。ミミックの箱、というか外皮は剣を通さないぐらい堅い。なら落下しても大してダメージを受けないだろう。

しかしだからといって、そんな使い方あるか!?ボールみたいに放るなんて…!



と、騒ぎを聞きつけ、他にも投下されたであろうミミック達が何体か集まってきた。全員が蓋をガパンガパン言わせ戦闘態勢。

けど、ワイバーンじゃなくてミミックだけならなんとかなるか…? 麻痺でも睡眠でもさせて、離脱してしまおう。

そう思い、詠唱を試みた時だった。


パカカカンッ

ミミック達は一斉に口を大きく開く。弱点丸出し。チャンス…! が、次の瞬間―。


「「「グルゥアオッ!!」」」

響き渡るはワイバーンの声。見つかったのかと身体を竦め空を見上げる。しかし…。

「へ…いない…?」

木の隙間から見える空には、ただワイバーンの声に驚いた小さい鳥が慌てて飛んでいっただけ。一体どこにワイバーンが…。

姿が見えない、なのに未だ鳴き続けている。クソッ、声はどこから聞こえるんだ…!? 辺りを見回しても、やはり何もいない。ただいるのは、口をパカパカさせ叫んでいるミミック…。

は…!? もしかしてミミックが吼えたのか…!? ワイバーンの声を!?確かにミミックは擬態する魔物だが…声まで擬態できるのか!?

いやそれどころじゃない。こんな大声で叫ばれたら…。

バサッ バサッ バサッ

…だよなぁ…。ワイバーンが駆け付けてきた…。チクショウ!ミミックとワイバーンが協力するなんて、誰が想像できるか!








――――――――――――――――――――――――――――――――――

冒険者パーティー全員が復活魔法陣送りにされた後、ミミック達は飛んできたワイバーン達の足元へと移動する。

すると、ワイバーンはそのミミック達を足で掴み、バサリと空へと飛び上がった。


彼らは『ミミック降下部隊』。頑丈さを活かし、高所から降下。ワイバーンとの連携攻撃や、彼らが捜しにくい場所への捜索を行う、ミミン社長発案のミミック部隊である。トレードマークは、箱に浮かび上がらせたワイバーンの顔紋章と、竜の眼のような宝石。

仕事を成し遂げた彼らは、そのままワイバーンに連れられ巣がある雲の中へと消えていった。
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