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顧客リスト№20 『ローレライのビアガーデンダンジョン』

人間側 とある村の少年の乾杯

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僕の住む村の近くには、大きめの川が流れている。綺麗に透き通っているから、皆お世話になっている。いつも酔っぱらっている大人達も、あの川は大切にしなきゃならないって口酸っぱくいうほど。

でも、ちょっと怖いとこがある。川は舟運とかにも良く使われているのだけど、村からちょっと離れた場所に大きな岩山と少し川幅が狭くなる場所があるのだ。

そこを船が通る時、岩山からともなく素敵な…それこそ川の水と同じように透き通った歌声が聞こえてくる。

それだけじゃない。時にはオペラ歌手の様な響き渡る歌声、時には笛の音、時には楽器を打ち鳴らす音、更にはそれらが全部組み合わさった音楽隊のような合唱。

それを聞いてしまうと、老若男女問わずまるで酔っぱらったようにぼうっと聞き惚れてしまう。熟練の船頭じゃなきゃそのせいで船を転覆させてしまうかもしれないぐらいに。

だから、子供達だけでそこには近づかないよういつも固く言われているのだ。


別にそこだけじゃなく、ここいらには『音楽が聞こえてくる、入ってはいけない場所』が結構ある。何故かいつでも見事な麦や野菜が生えている広大な畑とか、持ち主不明なのに家畜が沢山いる牧場とか。

僕も怖いもの見たさに友達と一緒に侵入を試みたことがあるけど、毎回歌や音楽が聞こえて来て慌てて退散しちゃう。そして何故か必ず大人にバレて叱られる。

ただ、時たまにおばちゃんやお姉さん、吟遊詩人っぽいお兄さんたちを遠くに見ることは出来た。中には「動く宝箱を見た!」っていう子もいるけど、それは多分嘘。

大人曰く、その人達は『精霊』らしい。川近くの岩山の歌声もそうみたい。だから怒らせるようなことをしてはいけないと常日頃から言われている。怒らせると大変だって。





未だ暑いが、それも収まりを見せ始めた今日この頃。一部の大人達の様子がおかしい。僕の家は酒場をやっているのだけど、おかしくなっているのはそこに来る飲兵衛の人達ばかり。

というか、おかしいというよりお酒を飲みに来なくなっているのだ。昼間見かけてもソワソワしている感じだし。

お父さんお母さんも、それが影響してか店を早く閉める。他にも飲みにくるお客さんはいるだろうに、何故だろう。でも、不思議とそれに対する不満を村の人から聞いたことは無い。

そして、そういう時は僕は必ず早く眠らされる。酒場の給仕のお手伝いが無いから暇だし、別に良いんだけど…。

実はこれ、毎年のこと。なんで?と聞いたことはあるが、お父さん達はおろか、大人達は誰も答えてくれない。ただ、「お酒を飲める歳になったらわかる」ってはぐらかされてしまう。






「…よし、あいつは寝たな?」
「えぇ。ぐっすりよ」

とある日の夜。ベッドから抜け出した僕はこっそり親の会話に聞き耳を立てていた。

今日も早めにベッドに入れられ、お母さんに子守歌まで歌われた。普段ならそのまま寝てしまうとこだが、そうはいかない。予めビールの材料の草を隠し持って、隙を見て口の中にいれたのだ。すっごく不味かった。

でも、おかげで起きていることが出来た。僕が寝ている間、お父さんとお母さんが何をするのか気になっていたから、今日はそれを突き止めてやる…!


「それじゃ、お母さん。留守番をよろしくね」
「あいあい。精霊さん達によろしくねぇ」

お父さんもお母さんも、お祖母ちゃんにそう声をかけ家を出る。こんな時間にお出かけ? 追いかけよう。

幸いお祖母ちゃんは耳が遠い。チラッと様子をみると、こっくりこっくり眠りかけていた。多分僕が外出しても気づかない。静かに扉をあけて、追いかけてっと…。



「わっ…」

村の広場、そこには大人達が何人も集まっていた。お父さんお母さんだけじゃなく、普段飲みに来るおじさん達も。何の集会だろうか。

「今日行く人は全員集まったみたいだな。行くぞー」

誰かの号令に、大人達はどこかへと。確かあっちは…船着き場…?

「この時期は楽しみで仕方ないですね」
「えぇ。私も酒場を閉めてまでですから。やっぱり精霊の方達のお酒には敵いませんや」

お父さんの声も聞こえてくる。楽しみ? 精霊? そう僕が首を捻っている間に大人達は船に乗り込んでいく。そして、どこかへと漕ぎ出してしまった。

「そんなぁ…!」

どうしよう…。あ、でも船の動きはゆっくりだし、歩いて追いかけられるかもしれない…。折角だから、ちょっとだけ追いかけて見よう。






バレないように慎重に。まだギリギリ灯りがなくとも歩ける暗さで良かった。近くの精霊達に加護か、夜でもあまり魔物がでないのが嬉しい。


そうこうしているうちに、何かが聞こえてくる。それは―。

「岩山の…! 歌…!?」

ハッと気づき川の先を見ると、少し先にあの岩山がある。でも、いつもならここらへんじゃ歌は聞こえてこないのに…。

それに、なんだか綺麗な歌じゃない。どちらかというと、酒場で酔っ払い達が歌うような…。あれ?岩山のてっぺん光ってない?


進むべきか帰るべきか、そう思い悩んでいる間に大人達を乗せた船は岩山付近で停まる。と、そこでランプが消えた。目的地らしい。

近づくなと言われている岩山に、精霊の歌が聞こえる岩山に、一体何の用だろうか。気になり追いかける。が…。



「どうしよう…」

目の前には、川。賑やかな岩山は反対岸。船か橋がなきゃ…。でも、近くにはなさそうだし…。

急流だけど、ワンチャン泳いで…。と、僕が恐る恐る足を踏み出そうとしたその時だった。

「あら! 人間の子供じゃん!」
「…流されて死ぬぞ」

「へ? え…?」

周り誰もいなかったのに…! 突然聞こえてきた女性と男性の声に僕は辺りを見回す。すると、目の前に…川の上に誰かいるではないか…!

片方は水の玉を周囲に浮かばせた金髪のお姉さん、もう片方は笛を持った吟遊詩人っぽいお兄さん。あれ…こんな見た目の人達『入っちゃいけない場所』で見たことあるような…。

「確か、近くの村の酒場の息子ちゃんね」
「…なるほど、親を尾行してきたか」

…!? なんで名乗ってもいないのに僕の家を…? 困惑する僕を余所に、その2人は何かを話し合い始めた。

「どうする? 入れちゃう? この子は今まで魔物を虐めたことはないし、川の水を必要以上に汚したこともないわよ」

「…親がいるなら構わんだろう」

「決まりね!」

と、金髪のお姉さんはこちらを向く。そして指を振ると、周りに飛んでいた水の玉が足に纏わりついた。

「『ローレライ』の名において、貴方に水の加護を与えます。さ、川に足を踏み出してみて!」

「へ…は、はい…」

言われた通り、こわごわ川に足を入れて見る。が、いつもは水中に沈む足が、水面に浮かんだではないか。

「わっ…ちょっ…!?」

奇妙な感じに、ぐらぐらとふらついてしまう。でも転んだら全身びしょ濡れに…! すると、今度は吟遊詩人っぽいお兄さんが笛を咥えた。

♪~♪~

鮮やかな音色が笛から出てくる。思わず聞き惚れていると…

「あ…あれ? 体が!?」

立つだけで精いっぱいだったのに、いつの間にか足が勝手にスキップし始めてる!!?

そのまま笛を吹きながら岩山へと向かう吟遊詩人っぽいお兄さんと、金髪のお姉さん。その後ろに続く形で、僕は川の上を渡っていった。 なにこれ…!




お兄さんお姉さんに手を引かれ、岩山を登る道を進んでいく。一歩進む度に先程から聞こえてくる酔っ払いの賑わいはどんどんと音を増していっている。

そして、頂上に―。



「わああ…!?」

沢山のランプと、テーブルと、酒樽と、食事とジョッキと、それを楽しんでるたっくさんの魔物達…!? 

ゴブリン、オーク、エルフ、ドワーフ、獣人、スライム、スケルトン、ハーピー、魔族…他にも色々。この辺りにこんなに魔物って住んでいたの…!?

呆然と立ち尽くす僕は、そのままとあるテーブルへと連れてかれる。そこにいたのは…。

「お父さん!? お母さん!?」

「「―ゲホッ! なんでここに!?」」






「―というわけで、ここは精霊の方達がビアガーデンを開いているんだ。俺達も毎年お邪魔させてもらってるんだよ」

お父さんからそう説明を受けて、ようやくちょっと落ち着いた。まあ僕達子供はお酒飲めないし、無理やり寝かせられるのも仕方ない。

てっきり怒られ追い返されると思ったのだが、せっかくだからとご馳走してくれるって。よかった、実は夜ご飯早く食べ過ぎてお腹空いていたところだったから。

ジュースとパンとソーセージ、あとフライドポテトを頼み、少し待つことに。と―。

「う、うっせえぞババア!」

少し離れた席から、怒声が。ハッと見ると、オークが立ち上がっておばちゃんを睨んでいた。辺りも一気に静まる。

あれ、知ってる…。酔っぱらった人が悪さして逆ギレした時の反応だ…。おばちゃんの後ろにディアンドルを来た悪魔族の人いるし、多分セクハラしたんだ。

でも、僕達人間と違いオークは魔物。怖さも一際違う。思わずお父さんに抱き着いたが、お父さんはくっくっくと笑い出した。

「まあ見てろ。面白いことが起きるから」

? 首を傾げる僕を余所に、おばちゃんはオークへずいっと進み出た。

「へぇ…! そうかい、反省の色なしってわけだ。じゃあ、お仕置きだねぇ!」

そう言うと、おばちゃんはオークの胸ぐらを掴み、勢いよく―、空へと投げた。

「ひいいいっ…!」

悲鳴をあげながら酒場を飛び越えていくオーク。数秒後、ジャボーンと音が聞こえてきた。

「ぴゅうっ! 流石だぜコルンムーメの姐さん!」

酔っ払いのおじさんの1人が指笛を鳴らし褒めたたえる。それに続くように辺りの魔物達もやんややんやと湧き上がった。

「お前も精霊の農場とかに入って悪い事すると、あんなふうにされるからな?」

お父さんのそんな脅しに、僕はぶんぶんぶんと首を縦に振った。





「お待たせしましたー! ご注文の品々でーす!」

と、注文しておいたご飯が届いたらしい。受け取らな…きゃ…

「あれれ…?」

そこにあったのは、沢山のご飯とかを運ぶときに使うサービングカート。なのだけれども、誰も引いている人はいないし、そもそも食べ物が乗っかってない。

代わりに置いてあるのは、幾つかのおっきめな箱。すると、その内の一つが勝手にパカッと開いた。

「はーい! 失礼しまーす!」

そこからひょっこり姿を出した(!?)のは、ディアンドルを着た魔物のお姉さん。明らかに箱に入るサイズじゃないんだけど…。

「ジュースのお客様は?」

「あ、はい。僕です」

僕が手を挙げたのを確認すると、魔物のお姉さんは箱からにょっと身体を伸ばし、横の箱を開ける。すると中からジョッキに満たされたジュースが!

「はいどうぞー! ビールを注文のお客様方は? あ、じゃあここに置いちゃいますねー」

更にお姉さんはごそごそと箱を漁る。すると十個ぐらいのジョッキを同時に引っ張り出してきたではないか!並々と注がれているのに…!

「お食事も失礼しまーす!」

更に更に、別の箱をパカリと開けるお姉さん。すると中からはお皿に盛られたパンやお肉、サラダにポテト…次から次へと、十何皿も…! 

絶対箱に入る量じゃない…!仮に入ったとしても、中身が零れてぐちゃぐちゃになってしまうはず…!


もしかして箱の中に秘密が…? そう思って覗かせてもらったが…。

「あれ…!? あれ…!?」

ぺたぺたと触っても、底は普通に浅い。箱によって温かかったりや冷たかったりしているぐらい。なんで…!? と驚愕する僕に、魔物のお姉さんはにっこり笑った。

「私達ミミックだから! 箱の中に詰め込んだり、隠したりするのは大得意なの!」

なにそれ…! 良いなぁ、こんなことが出来れば僕もテーブルと厨房を行ったり来たりする必要がなくなる。教えて欲しいとお願いすると―。

「ごめんねー、ひ・み・つ! あ、企業秘密って言った方が格好良いかしら。ま、私達も感覚でやってるからどうやってるか説明できないの!」

そう言って、お姉さんは箱に入ったまま手を振りカートを動かしていった。 …いや、あれもどうやってるんだろう…。



「あ、見て! 今登壇した魔獣達。あれは『ブレーメンの音楽隊』っていう精霊達のバンドに所属してる動物達らしいの。4本脚で演奏する様子可愛いのよ」

お母さんが僕の腕を引く。確かに凄い。けど、あの『ミミック』っていう魔物の方がもっと凄いと思う。

ちょっと、その人達を目で追ってみることに。カートで移動しているから意外と分かりやすい。



「はーい!焼き立てのパンはどうですかー? プレッツェル固いのも柔らかいのも取り揃えてますよー!」

あそこのミミックは、箱の代わりにパン籠を乗せてる。はみ出してるパンはホカホカで美味しそう。欲しがる人達は多く、どんどん配られてく…。やっぱり籠の容量以上にパンが出てきている…!

「よいしょっと…見た目整えてっと…」

減った分のパン、更に中から取り出してはみ出させた…。まだ入ってるんだ…。



「お皿片付けるわよぉ。出してくださいな」

あっちでは、別のミミックが使い終わった食器やジョッキを回収していた。…ディアンドルのせいでおっぱいの上部分丸見え…近所のお姉ちゃん達より大きい…。

と、そのミミックのお姉さんは用意した食器用らしき箱に次々とお皿を放り込んでいく。あんなことしたら割れちゃうんじゃ…。

ところが、割れる音はおろか食器同士がぶつかる音すら聞こえない。そしてやっぱり大量に入っていく。あれだけあったお皿を、何往復もする必要なく、たった一回で片付けてしまった。



ゴロゴロゴロ…

少し離れた場所から聞こえてくるは、妙な異音。そちらを振り向くと、複数の酒樽が勢いよく転がっていた。

大変だ…!誰かにぶつかったら大怪我してしまう…! 止めなきゃ…。

ゴロロロ…ピタッ

えぇ…勝手に止まった…。しかも全部、等間隔で。

よく見るとそこは、空になった酒樽を置いておく場所らしい。そこに次々と重ねられていく。そう、誰の手も使わずに…。……!?

酒樽が勝手に飛び上がり、重なっていく…!? 驚きすぎてジュースちょっと零しちゃった…。

パカッ

と、樽の蓋が開く。そこから何故か宝箱が飛び出してきたではないか。

「お母さん、あれって…!」

「んー? あぁ。あれもミミックって魔物よ。宝箱に擬態してるの」

あれも…ミミック…。そのままスーッとどこかへと去っていく宝箱を見て、僕は思った。友達が言っていた『動く宝箱』って、嘘じゃなかったんだ…!








「それじゃ、また来てねー!」

先程の金髪お姉さんが船頭役を果たしてくれ、船に乗り村へ。食べ過ぎたぁ…。


と、いつも店に来てくれる酔っ払いのおじさんが顔を近づけてきた。お酒臭い。

「おい坊主、今日のことは他の子供達には秘密だからな。せっかくの大人の楽しみなんだから、邪魔されたくねえんだ。 お前は酒場の息子なんだから、その気持ちわかるだろ?」

「うん!わかりました。…でも、また行きたい…」

秘密にするのはいいけど、もっとあそこに通いたい。食べ物も飲み物も全部美味しかったし、魔物達の様子を見ているだけですっごい楽しかったから。

そう思いながらお父さん達の方をちらりと見ると、2人は赤ら顔を緩めた。

「お前が良い子にしてたら、精霊さん達に迷惑をかけなければ、また連れてってやるよ」
「ふふっ、お酒が飲める歳になるのが楽しみね」
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