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顧客リスト№15 『土地神の縁日ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

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暑かった太陽はつい先程沈み、うだるような暑さもどこかへ隠れた。代わりに明るく照らすは、そこいら中にぶら下がった色とりどりの提灯群。そして聞こえてくるはチャンカチャンカと小気味よい祭囃子と、他屋台の呼び声。

やっぱりこの雰囲気はどこか心をくすぐるなぁ…そう思いながら佇んでいた私の元に、男の子の声が。

「おねーさん、チョコバナナくださいな! この普通のやつで!」

「はーい!200Gゴールドでーす!」

元気に返した私は、作ってあったチョコバナナを一本抜き取る。そして少し身をかがめ、ゴブリンのデフォルメお面をつけた浴衣姿な男の子にそれを手渡した。

その子は楽しそうにお面をちょっとずらし、口元だけ出してパクリと頬張ってくれた。

「美味し~い!」

「ありがとうございまーす」



本日、私アスト…というか社長含むミミック派遣会社の有志メンバーはとあるダンジョンのお手伝いに来ている。

え? なのになんで屋台でチョコバナナを売っているのかって? だって、そういうダンジョンだもの。



ご存知の通り、ダンジョンには様々な種類がある。だが、それらは基本的に常設。魔物達が棲み処にしていたり、何か目的があって作られたものなのだからそれは当然のこと。

しかし中には一年の間に一回ないし数回だけ、又は数年越しに一度だけといった頻度で突然に現れる不思議なダンジョンが存在するのだ。

それらは俗に『期間限定ダンジョン』と呼ばれている。『イベントダンジョン』と呼ぶ人もいるけど。


そして、私達が今参加しているのは『縁日ダンジョン』。一年に一回開催型のダンジョンである。

ダンジョンとはいっても特に洞窟の中や建物の中ではなく、完全野外。様々な屋台や、食材や道具が入った箱や樽が壁替わりになっている一風変わった代物である。別に行こうと思えばその後ろにある土手や野原にも行ける。

それただのお祭りじゃ? そう思った方もいるだろう。ぶっちゃけその通り、ただのお祭りである。でも、違うところがある。それは…。

「ようそこのホブゴブリン達。綿あめはどうだ?」
「甘イ雲! 買ウ買ウ!」

「む、そこの御仁。我らがエルフ式射的を試してみないか? 使うのは勿論弓だ」
「へぇ…! 俺もそこそこ腕に自信があるんだ。試させてもらうぜ!」

「わっ!アンタ爪で型抜きするのかい?」
「えぇ、私は獣人ですから。この方がやりやすい…あっ」
「まあそりゃ砕けるよねぇ…」

「嘘! ドワーフのお爺さん、こんな綺麗なアクセサリーこんな安くて良いの!?」
「いいぞい。余った鉱石で作った物じゃからな。なんならそこで売ってるビールと交換でも構わんぞ?」

なんと、人魔合同なのだ。この近辺には争いを好まない魔物達が数多く棲んでおり、そんな彼らがお客や出店側として参加している。少なくとも人間と同数はいるだろうか。誰も彼も楽しそうである。


実は我が社、このダンジョン(お祭り)には臨時の日雇いという形で毎年参加している。ミミックとして、ではなく純粋な賑やかしとしての側面が強いのだけど。

だから私の恰好も普段のスーツとは違い法被姿。だいたい暑い日に開催されるダンジョンだからこの格好は心地よい。でもちょっとサラシきつく巻き過ぎたかも…なんか胸がキツい…。

因みにミミン社長はというと、あっちのほうで焼きそばを作っている。法被に加えねじり鉢巻きまで締めて。

「はいはーい! ミミック特製『宝箱焼きそば』は如何ですかー!美味しいですよー!」

遠くともその溌剌とした声が聞こえてくる。宝箱に入ったまま小さい身体ながらも健気に、時には手を長い触手状に変えて同時タスクをこなしながら豪快に焼きそばを作り上げていく様子は人間魔物問わず惹きつけ、常に人だかりが。これが社長ゆえのカリスマ…なのかな?

そしてこの日のためにわざわざ作った宝箱を象った使い捨て容器に盛り、次々と売り捌いていく。

「今年もミミンちゃんに売り上げは勝てねえなぁ」
「んだなぁ。俺らも食いたくなってきたな」

周りの屋台からもそんな声が聞こえてくる。流石は我らが社長である。



先程も述べた通り、この祭りには我が社の有志達…つまり他ミミックも参加している。上位ミミック達は1人、又は複数人で。下位ミミック達は他の人間や魔物達と協力して働いているのだ。

例えばあそこの串焼き屋では、触手型ミミックが串をくるくる回してお肉を焼いている。あっちの射的屋では、群体型ミミックの蜂や蛇が落ちた矢や弾を回収している。

宝箱クジと銘打って、本来群体型ミミックが出入りする穴から紙クジを引かせている上位ミミックもいる。なお当たり枠は私達が契約したダンジョンから貰った様々な道具類だったりする。

向こうの金魚すくいでは、これまた上位ミミックが手をポイ状にして実演を…いやでもわざわざ水槽の中に身を沈める必要はないのでは…?確かに広義的には水槽も箱だろうけど…。


と、少し離れた広場からアナウンスが響いてきた。

「はーい、ゴブリン達のえっと…『楽シイダンス!』でした。可愛らしかったですね。 お次は毎年恒例、ミミック達による『宝箱の舞い』です!」

アナウンサーの声に合わせ、ぴょこたんぴょこたんと現れたのはご存知宝箱型のミミック達。鳴り響く音楽に合わせぐるぐると箱…もとい身体を回転させ、蓋…もとい口をパカパカと開け閉めしながら櫓の周りを踊り回る。

「いいぞーミミック達!」
「いつ見てもふしぎなおどりねぇ。でもこっちまで楽しくなっちゃうわ」

箱が踊り狂うという珍妙さが受け、場はかなりの賑わいを見せる。出し物も大成功でなによりなにより。





え?いくらお祭りとはいえ、所詮は人間と魔物、争うこともあるんじゃないか? そこはご安心あれ!このダンジョンでは喧嘩、盗み、騙しといった問題行動の類はご法度なのだ。どういうことかというと―。


「あぁ? テメエぶつかってきたろ!?」
「はあ?お前が先だろ!」

丁度良く酔っ払いが喧嘩を始めた。と、次の瞬間…。

バチィッ!

「「あばばばっ!!!?」」

どこからともなく振ってきた雷に打たれ、真っ黒こげになる酔っ払い達。別に死んではいない。最も、ダンジョンという形をとっている以上死んでも復活できるが。

バチィッ!

「ぎゃあっ!」

と、別なところで落雷。そしてその直後に誰かの叫び声。

「あー! それ私の財布!」

どうやら盗人が天罰を食らったようである。 まあこんな感じに、人魔問わず、悪いことをしたら即座に裁かれる珍しいダンジョンとなっている。

そのせいか、冒険者ギルドのこのダンジョンにつけられた危険度は『ランク外』。全く危険がないと認識されており、一般の人達も出入りできるのである。



因みにその『裁き』を下しているのがこのダンジョンの主にして今回の依頼主、この辺りの土地神『トコヌシ』様である。

そう、神様。普段は近くの社で過ごしているらしいが、毎年この日には近くの人や魔物を集めお祭りを開くことを楽しみにしているのだ。

なにせ神様だから、自分の守護する領地内なら何でもできる。巨大な結界を張りダンジョンを作ることも、悪者を感知しひっ捕らえることも、天候を操ることだってお茶の子さいさい。今のとこ祭りの開催率は100%だと聞き及んでいる。


え、その神様はどこにいるかって?そこにいる。今チョコバナナを買ってくれて、横でもぐついているゴブリンお面をつけた浴衣姿の男の子。彼がトコヌシ様である。



「ご馳走様! 縁日の開催前に毒見として一通り食べてみた時も思ったけど、ミミック派遣会社の子達が作る食べ物軒並み美味しいね!」

「お褒めにあずかり光栄です!」

そう言ってくれるトコヌシ様に、私はぺこりと頭を下げる。が、それは止めてと言われてしまった。

そうだった、トコヌシ様は縁日を一人の村人として楽しむのが好きらしく、わざわざお面と浴衣で変装して来ていたのを忘れていた。


と、彼は口の周りについたチョコを拭いながら首を捻った。

「でも去年より全体的に美味しくなってる気がする。バナナとか特に」

「それがですね、ちょっと前に我が社と契約しましたアルラウネの方々が農園ダンジョンを営んでまして。このお祭りの話をしたら是非にと沢山果物とかを貰ったんです。ほらあそこの屋台の方です」

私が指さした先には、アルラウネのローゼさん達が営む屋台が。彼女達はリンゴ飴を始めとした各種果物飴を売っていた。中の果物も飴に負けない甘さと程よい酸味があると話題となり、かなり列が出来ている。

「他にも蜂蜜貰ったのでレモネードとか、同じく貰った海産物でイカ焼きやたこ焼きとか…」

「食材での取引多いんだねー」

出店した屋台の種類を指折り数えていた私はトコヌシ様の言葉にハッとなる。そういや最近輪にかけて多い…! そんな私の様子をケラケラと笑い、トコヌシ様はお面を被り直した。

「今度はミミン社長の焼きそば買いに行こうっと。じゃあねアストちゃん、いや…『魔族のおねーさん』」

またも村の少年を演じるトコヌシ様は、パタパタパタと別の屋台へと駆けて行った。






楽しい時はあっという間に過ぎるように、祭りも気づけば大詰め。そんな折、私と社長は縁日を楽しむ客側に回っていた。

「いやー今年は2人揃ってこの時間に休憩シフト入れられて良かったわね!」

お祭り仕様な宝箱の中で、手にかき氷とフランクフルトを持ったまま社長はぐぐっと伸びをする。彼女はさっきまでの法被鉢巻きスタイルではなく、薄ピンクを基調とした可愛らしい浴衣を着ていた。頭につけている宝箱を模したお面も相まり子供感半端ないとは言ってはいけない。

かくいう私もせっかく社長と過ごすのだからと、法被から水色チックな浴衣へお着替えしている。ようやく胸の締め付けから解放され一息つけた…。

「はいアスト、あーん」

「もぐっ。うーん…!働いた後の縁日グルメはしょっぱくて効きますね!」

「ほんとね! 嫌というほど嗅いだソースの匂いも客側になると欲しくてたまらなくなっちゃう!」

私は社長の宝箱を抱っこしているため、手はほとんど使えない。だから代わりに社長が私に色々食べさせてくれるのだ。 2人分の食べ物飲み物は当然箱の中、社長の隣。そのための『お祭り仕様』な宝箱なのである。


ふと、私は思いついたことをそのまま社長に問う。

「でも社長、毎年思うんですけど社長特権とかでシフト弄れば良いんじゃ…」

「それは駄目。だって出来ることなら皆この時間に遊びたいでしょうしね。そこは平等に抽選で、よ。屋台の中でを見るのも乙なものだけど…やっぱり浴衣着て良いとこで観賞したいもの」

でも今年は持ち前のくじ運で勝ち取ったわ!と、フフンと胸を張る社長。私は思わず弄ってしまった。

「その割にさっき引いていたくじは…」

社長はそれに言葉で返さず、くじで貰った吹き戻しハズレ枠をぴゅーと吹き誤魔化した。




「ところでアスト…」

「はい? なんですか社長、そんな神妙な顔をして…」

「貴方、もしかして浴衣の下に何もつけてないの? 箱に当たる貴方の胸、いつも以上にむにゅっとしてるのだけど」

「えっ!? だって浴衣を着る時は下着を纏わないのが正しい着方なのでは…!?」

「いやそんなルールないわよ。 あーホントだ、せっかく巻いていたサラシまで外してるじゃない。擦れるでしょ?」

「うっ…少し…。社長着ているんですか?」

「勿論、ほら」

チラリと中を見せてくれる社長。確かにスポブラみたいなのを着ていた。うう…なんか急に恥ずかしくなってきた。

「全くもう…誰に聞いたの?」

「それが着つけてくれた人間の方に…。サラシがきつかったのもあってつい…」

「騙されたわねー。あ、でもトコヌシ様の天罰が下ってないなら善意だったのかしら。人間はそれが普通なのかもね。 ん…? 貴方もしや下も…?」

「いえそれは流石に履いてますよ!」

頬を若干赤らめながらツッコむ私であった。





着崩れなければ問題ないですから!と半ばやけくそに社長を黙らせ、私達は川付近の広場に。既にそこには浴衣を着た人間や魔物達がわいわいと集っていた。

何故ならこの縁日ダンジョン最大のイベントを見るにはうってつけの場所だから。祭り、夜、川沿いといえばそれは…。

ドォーン…!
ドォーン…! パラパラパラ…

空気を太鼓の如く震わせるのは大きな大きな爆裂音。それと同時に夜空に輝くは極彩色に煌めく大輪華。

そう、花火である。



「綺麗…!」

ほうっと感動の溜息をつく社長。ふと私は思い出し、社長に話を振った。

「花火職人さん達が使っている打ち上げ筒も、私達が提供した物でしたよね」

「そうよー。どれだけ雑に扱っても壊れない我が社のミミック箱、その筒バージョンをお渡ししたわ。まあ作ったのうちのドワーフ達だけどね。今頃彼女達もどこかで花火見てるでしょ。…それにしても、混んできたわねー」

花火の音を聞きつけ、お客はどんどんと増えていく。その分騒がしくなり、花火もちょっと見にくくなってきた。

特に社長は背伸びして辛そうである。地面を這いずる他ミミック達は先頭集団に出て鑑賞を続けることも可能だが、社長は私が抱っこしているためそれが出来ない。

降ろしてあげるべきかと逡巡する私だったが、社長は突然振り返り私の方を見た。そしてにんまり笑った。

「今こそ社長特権を使うわ! アスト、打ち上げ花火、下から見るか横から見るか?」

「横から…あぁ!わっかりました!」

社長が言いたいことを理解した私は、ばさりと羽を広げ飛び立つ。ぐんぐんと高度をあげ、誰もいない空中へと止まった。



そこは誰もいない特等席。静かで、ゆったり。夜風が涼しく、首を上げ過ぎて痛めることもない。なにせ花火を真横から見られるのだから。

「あ! あれ宝箱型ミミックの形をした花火じゃない! 職人さん粋なことしてくれるわねー!」

次々と打ち上げられてくる花火を見てはしゃぎにはしゃぐ社長。どれだけ騒いだとこで周りの迷惑にならないのは嬉しい。と―。

「こんばんわ、おねーさん達!」

「「あ、トコヌシ様!」」

ふわりと横に飛んできたのは先程のお面をつけた男の子、もとい土地神のトコヌシ様。彼は目の前の空に向けて手を一振り。すると花火の煙は一瞬にして散り散りになった。流石神様。



「ミミン社長、アストちゃん。今日は有難う。おかげで良い一日を過ごせたよ」

花火の音響く中、トコヌシ様は依頼主神様として私達にお礼を言ってくれた。社長もそれに返した。

「いえいえトコヌシ様! 私達もたっくさん楽しませてもらいました!」

これは丁度良い機会、私はトコヌシ様に兼ねてからの疑問をぶつけてみた。

「そういえば、何故このお祭り…もといダンジョンって人魔合同なんですか?」

その言葉を聞き、トコヌシ様はお面を外す。そして眼下で花火を楽しむ人々を眺めながら微笑んだ。

「人間も魔物も、僕にとっては同じ大切な命。僕がこの地に神として生まれ落ちた日に、皆揃って楽しんでくれているのを見るのが一番嬉しいんだ」

ドォーンと一際大きな花火が炸裂し、トコヌシ様の横顔が鮮明に映し出される。それは神様らしい神秘的で、子供の様に無垢で純粋な笑顔だった。
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