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顧客リスト№9 『ハーピーの鳥の巣ダンジョン』

人間側 とある3人の卵泥棒の侵入

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真夜中。天空が黒い布に包まれたかの如く暗い、月と星の輝きのみが地を照らしている。

目が効かず、一部の獣が活発になるこの時間には冒険者達もほとんど活動しない。

そもそも夜は寝る時間である。皆今頃宿でぐっすりであろう。だからこそ、この『鳥の巣ダンジョン』入口キャンプには誰もいない…

…おや?どこからともなく現れたのは3つのランプの灯火。別々の方向から飛んで来た彼らは、示し合わせたかのように鳥の巣ダンジョンの入口キャンプへと降り立った。




「おや、貴方がたもですか」
人慣れしている小型の竜から降り、他のランプの主2人へと挨拶をしたのは騎士然とした男。鎧こそ着ていないものの、服装や髪型は整っており、胸にはとある王族配下であることを示す紋章のブローチをつけていた。


「そちらこそ。また姫様のおねだりですか?」
大きな鳥からスタンと降りてきたのは、大きめのバッグを背負った軽装備の商人。よく見ると、乗ってきた鳥についている首輪には『〇×商会』と書かれた札がぶら下がっていた。


「相変わらずちょっと勿体ない事をするのね、貴方の主は」
若干引き気味なのは、箒から降りてきた女性。つばの広いとんがり帽子と闇に溶け込むかのような黒いローブを纏っている。まさに魔法使いというに相応しい姿であった。



三者三様、全く異なった職種であろう彼ら。その口ぶりから、彼らは以前よりの顔見知りであり、今日の邂逅は偶然であることが推測される。

と、騎士然とした男が溜息をついた。

「私は魔物の卵なぞ食べないように口を酸っぱくして叱っているのですが…。あれを食べると肌つやがよくなると言って聞かないのです…。あと、羽毛布団に使う羽も必要と言われまして…」

「それでまた根負けしてここに、ですか。姫様は良い忠臣を持っていらっしゃる」

クスクスと笑う商人と魔法使い。それに返すように、騎士は問う。

「貴方がたもいつもので?」

「えぇ。お得意様に融通しているハーピー素材の在庫が無くなっちゃいまして」

「私も、魔法薬の材料としてね。買うよりも自分で作った方が手軽だし」


そう、彼らのお目当てはハーピーの素材なのである。理由は違えど、目的地は同じ。彼らはいつもやっているかのように臨時のパーティーを組み、それぞれの乗り物に跨り空高くへと飛び上がっていった。



「相変わらずこのダンジョンは登るのが一苦労ですね…」

「本当すね。うちの商会もこの子しかいないんですよ、あの高さまで飛べるの」

「私もよ。箒魔法が一番使えるからって白羽の矢が立っているのだもの」

それぞれの苦労を口にしつつ、彼らは木よりも高く、崖より高く、山より高く、雲の目前へとゆっくり登っていく。

夜、空飛ぶ魔物ですらもほとんどが寝静まっている。空中で襲われることはまずない。ダンジョンに棲みついている魔物の一部が、壁に空いた穴から飛ぶ彼らを見つけ吼えるが、それは風により掻き消されてしまった。



「む、そろそろ皆さん、ランプを」

騎士の合図に、全員が手にしていたランプを消す。竜や鳥の羽音も出来るだけ抑えさせ、じわりじわりと上がっていく。すると、今まで聳え立っていた壁が突然消え、木や石柱が目立つ床が見えた。頂上に到着である。

「ゆっくりと…よし」

着地音をも極力抑え、3人は床に降りる。しっかりと教育されているらしく、竜や鳥は一鳴きも、唸りもせず静かに待ちの姿勢をとった。勿論箒は鳴かない。

そんな侵入者には誰も気づいていないらしく、そこかしこからハーピーの寝息が聞こえてくる。もし昼間、同じことをしたらたちどころにハーピー達に切り刻まれるだろう。

下手したら空中で殺されるかもしれない。その場合、恐ろしいことに復活魔法は適用されないのだ。だってそこは『ダンジョンの外』なのだから。

だからこその盗賊まがいの夜襲。3人は目を合わせ頷いた。

「では、いつも通りに…」

コソコソ声の彼らは、各々が近場の巣へと向かう。持ってきたロープや簡易梯子、はたまた音がしない魔法を使い、器用に枝や石柱を登っていった。



暫くし、彼らは乗り物がある地点へと戻ってくる。だが彼らの表情は沈鬱なものだった。

「少ないですね…」
「えぇ…」
「もうちょっと欲しいわね…」

彼らのバッグには、幾つかの卵や羽。幾つか…そう、採れた量が乏しいのである。

「やはり空き巣に残っているものだけでは厳しいですね…」

「とりあえず今回はこれぐらいにして引き上げるという手段もあるけど…」

「上役にどやされるかもしれないすね…」

これしか採ってこれませんでしたと言ったらどうなるか。騎士は姫に、魔法使いは仲間に、商人は上司に叱られてしまうかもしれない。


少しの間、3人の間は黙りこくる。彼らの使い魔である竜や鳥は声を出さずに主の様子を不安そうに見守っていた。当然箒は(以下略)



そして、その沈黙を破ったのは騎士だった。

「…危険ですが、寝ているハーピー達がいる巣から貰いましょう。手筈は…いつも通りで構いませんか?」

その言葉にコクリと頷く商人と魔法使い。騎士は音頭を取った。

「誰から行きましょう」

「私からでいいでしょうか。在庫切れはちょっとまずいので…」

いの一番に手を挙げたのは商人。反対意見は無い。彼は自身がとった卵や羽を騎士のバッグに移させてもらい、大きく深呼吸をした。

「では、行ってきます」

手にロープを持ち、再度巣へと向かっていく商人。騎士と魔法使いはそれを見送った。



彼らが言う手筈。それは『1人づつ採取を行い、待機している者は何かあったら即座に逃げる』というもの。

何か、とは何か。それは子供ハーピーの合唱である。巣を漁る際に最も気を付けなければいけないのは親ハーピーではない。寝ている子供ハーピーなのだ。

彼らを起こしてしまうとさあ大変。ピィーピィーと鳴き叫び、それは各所の巣全体に共鳴する。要は他の子供ハーピーも騒ぎ出すのだ。そうすると当然親が起き、怒り狂って襲ってくる。

当然の話だが、卵は少しの衝撃で割れてしまう。ハーピーに襲われながら無事に持ち帰るのなんて不可能。だからこそ彼らはこの方法をとっているのである。

ハーピーの鳴き声が聞こえ始めたら、待機していた者は採取に向かった者を置き去りにし帰還する。一応この頂上もダンジョンの一部。持ち物は全ロスするだろうが、殺されてしまった採取者は復活魔法陣から戻ってこられるのだから。


「今夜は鳴かないと良いのですけど…」
「どれだけ静かに漁れるかが肝よね」

一応使い魔に跨り、商人の帰りを待つ騎士と魔法使い。しかし、少しして妙なことが起こった。

「…!?」
「死んだ…わね…?」

パーティーを組んでいるため、ダンジョン内なら離れていても相手の生死はわかる。騎士と魔法使いが感じたのは『商人の死』だった。

恐らくハーピーに殺されたのだろう。だが、耳を凝らしていた騎士と魔女には子供ハーピーの鳴く声はおろか、親ハーピーが戦う音も商人の悲鳴すらも聞こえてこなかった。あまりにも謎な、突然の死である。

「どうしましょう…?」
「魔法使いさんはここに。次は私が行きましょう。何かあったらご帰還を」

怖がる魔法使いを宥め、騎士はバッグの中身を預け奥へと進む。商人の死の真相を確かめるため、彼は剣に手をかけながらゆっくりと巣へ向かっていった。



「ここは…」

そろーりと一つの巣に顔を出す騎士。いい加減夜目が効いてきたためわかる。そこには親ハーピーと数匹の子供ハーピーがすやすや寝息を立てていた。

「ん…あれは?」

そんな子供ハーピーに変なものがくっついている。いや、正確には変なものの上に子供ハーピーが寝ているというべきか。

一体何なのか。騎士は慎重に足を踏み入れ目を凝らす。その変なものは長い何かの集合体。その根元は巣の端にある箱へと…。

「まさか、触手ミミック…!」

正体に感づいた騎士。その驚いた声が災いした。

「ン…」

一匹の子供ハーピーがぴくり動く。目覚めてしまったらしい。と、その瞬間だった。

グニョン

触手が優しく動き、目覚めた子供ハーピーを包み込む。軽く耳を塞ぎ、更には揺り籠のようにふんわりと揺らし始めたではないか。

「…スゥ」

そのおかげで、子供ハーピーは再度夢の中。ほっとする騎士の元に、箱の中から別の触手がにゅるんと伸びてきた。

「むぐっ…!」

あっという間にグルグル巻きにされ、メキメキと締め付けられる騎士。口も塞がれ窒息死も目前。

(なるほど、商人を殺したのはミミックでしたか…)

今際の際にそう悟った騎士はそのまま―。



「騎士さんも死んだわね…」

箒に跨っていた魔法使いは、今は亡き主(なお復活はする)を待つ竜と鳥を連れ、は僅かな卵と羽が入ったバッグを抱えて静かに降下を始めた。

「それにしても…あの2人結構手練れなのに…。ハーピー以外にも何か恐ろしい魔物が棲むようになったのかしら…」




―――――――――――――――――――――


所変わり、先程騎士が死んだハーピーの巣。そこで寝ていた母親ハーピーは目を擦り擦り身体を起こした。

「うん…? 何か来たの…?」

その声に応えるように、巣から伸びた触手は先程仕留めた騎士の死体を示す。

「わぁすごい!流石ミミック派遣会社のミミック!」

手…もとい翼をパサパサと叩く母親ハーピーに対し、触手ミミックは彼女の口元に一本伸ばし、しーっとさせた。

「あ。危ない危ない。子供達が起きちゃうとこだった」

声を潜めた彼女は改めて、触手の揺り籠でぐっすり眠る我が子らを見やる。

「まさかミミックに子守をしてもらえるなんて。ありがと!」

触手を撫でた母親ハーピーはあくびを一つ、眠りにつく。ミミックはそれを守るように、見張りを続けるのだった。
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