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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

四十六話 「RD事変 其の四十五 『精霊に愛された者』」

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「目標生存中! 敵兵力はいまだ健在です」
 アルザリ・ナムが状況を報告。敵は見事に火焔砲弾を防ぎきった。最後の一発だけは何が起こったのか理解はできないものの、新たに出現した存在によって防がれたと考えるしかない。

「火焔砲弾を防ぐなんて信じられません…。風位は想定されていましたか?」
「まさか。さすがにこれは予想外さ。あんな化け物だとわかっていればもう少し違う手を打ったのだけれどね…」

 ハブシェンメッツにとっても信じがたいものであるが指揮官として即座に事実を受け入れねばならないだろう。しかし、すべてが悪い結果ではない。ハブシェンメッツの予測どおり相手は手を打ってきた。

「転移現象は引き出した。【学院長】に解析を急がせてくれ」
「了解しました」

 ルシア帝国は物的な軍事力ばかりがクローズアップされるが術者も超一流の人材を揃えている。ルシアには術者が属する専門機関、【法則院〈ザコナヤード〉】という組織がある。術の探究という学院の側面があるので一定の自治権が認められているものの、公費によって運営されているので実質的には政府の研究機関と呼んで差し支えない。

 ここでは日夜、術式の探究を行いながら生活に応用する技術を開発している。マギムフレアもこの機関によって開発されたものである。軍事転用以外にも単純に生活を向上させる術式の開発や、波動による森林の成長促進の研究など多岐に渡る。

 今回の連盟会議においても会議場の障壁チェックなどにルシアからも人材を派遣しており、その最高責任者が法則院の学院長であるA・N・ヤンバースである。転移のデータはダマスカス軍からの提供分も含めて即座にヤンバースに送られて解析が進められている。

 あの対策会議の際、ハブシェンメッツが最初に取った行動こそザコナヤード学院長、ヤンバースへの解析打診であった。

 既得権益にまみれたルシアである以上、学院長という呼び名から実務能力に疑問を抱く者もいるかもしれないが、彼の解析能力はルシア随一である。特に防御術や一風変わった術式の見識が深く、今回のような特殊な場においては活躍が期待できる人物といえる。

「間に合いますかね」
 アルザリ・ナムも転移の重要性を理解していた。このような事態を招いたのもすべては転移があったからである。逆に考えればこれをどうにかしてしまえばこちら側の勝利は確定となるだろう。

「この短時間では学院長殿でも難しいだろうが、兆候だけでも掴めれば流れは変わるさ」
 ハブシェンメッツは転移解析に大きな期待をかけているわけではない。ヤンバースの能力を疑っているのではなく単純に難しいと考えるからだ。

 相手がこうも転移を見せていることを考えると、穴がない技なのか、それともわかっていても防げないものなのか、どちらにせよ自信があるのだろう。

(あるいはあえて見せているのかもしれないな)
 悪魔のやり方は挑発的である。その中にはただ攻撃的なだけではなく、こちらの心を引き寄せるものがあるのだ。それが悪魔の魅力なのだと言えば事は簡単なのだが、何か企んでいそうで実に気味が悪い。

 まずは防げなくても予見できるものにすることが重要である。来るとわかっていればある程度対応できるのだから。

「人型はいまだに健在。次に転移したものはすでに消失を確認。何か仕掛けた可能性がありますが効果は不明です。解析を待ちますか?」
「下手に疑って自由にさせておく義理はない。砲撃を継続。今回はタイタンブレスも使う。タイミングをずらして発射だ」

 タイタンブレスとは長距離高威力の巡航艦ミサイルである。ゼダーシェル・ウォーの艦にも積んであるが、今回は先行艦隊の巡航艦に発射を要請する。

 先行艦隊はグライスタル・シティの南にある港沖に停泊しているのでゼダーシェル・ウォーよりも近い距離から発射でき、命中精度の問題もクリアできる。ゼダーシェル・ウォーには火焔砲弾を再び発射してもらう必要があるので必要以上の負担をかけずに済む利点があった。

(相手はMG。火力を集中させれば問題はない)
 ハブシェンメッツは深呼吸して心を落ち着かせながら再び集中砲火の指令を下す。今回は最初にやったものよりさらに高火力である。

 火焔砲弾を防いだという事実はたしかに恐るべきものだが、実際はケマラミアという人間一人増えただけで状況は何も変わっていない。単純な力を集めれば打開はそう難しくないだろう。

 と思ったハブシェンメッツは、このあと我が目を疑う現象に直面することになる。


「敵の砲撃が来ます」
 オロクカカがその気配を察知する。新たに追加されたカノン砲台も含め、再び何千発というG型徹甲貫通弾の雨が発射される。

 正直、これを続けられると実に厄介である。こちらはまだアピュラトリスから動けないので格好の的になるからだ。いくら回避性能の高い機体が多いとはいえ、雨を傘で防いでも必ず少しは濡れてしまうように完璧とはいかない。

 まったくもって【イヤらしい】。

 それが現場の人間がハブシェンメッツに下す評価である。こちらの剛速球を見てまともには打てないとみるや否や、すぐさまカットして球数を増やす耐久戦法に入るようなものである。

 しかし、今は【この男】がいる。それが意味するものは、おそらくハブシェンメッツにとっては最悪の球種となるだろう。

「ああ、動かないでいいよ」
 回避運動を取ろうとしたユニサンたちに向かってケマラミアが笑顔を向ける。

「心を平静にするんだ。穏やかな心が君を救うはずさ」
「ですが…砲弾が…」

 砲弾の雨がいくらオートとはいえ、これだけの数が放たれれば何発かは確実に当たるものである。ドラグニア・バーンといえども直撃は危険。ユニサンが困惑するのも当然である。

「すべては正しい意思に導かれている。だから心を静かにして…」
「ケマラミア、くだらぬことを。戦いの場に軟弱な心を持ち込むな!」

 ケマラミアの言葉をガガーランドが遮る。

「小僧、心を燃やせ! 魂の底から戦気を練り出せ! 戦う意思が武人を強くする!」
 ガガーランドは言う。戦いの力とは意思の力。立ち向かう豪気を力に変えろと。自らが動いてこそ世界は変わる。自分の意思で環境を変えるのだと。

「ディーバは愛あるところを好む。彼らが動きやすいようにしてあげるんだ」
 ケマラミアは言う。心を静かにして身を委ねれば、すべては問題ないと。愛こそが最大の力だと。すべてが女神とその使者たちに導かれているのだから、その環境を保つことに専念しろと。

(…俺はどうすればいいのだ)
 まったく正反対の言葉がケマラミアとガガーランドから発せられる。こうまで両極端だともう意味がわからない。そうであるのに両者ともに【上位バーン】である。ユニサンはどうすることもできず立ち尽くすしかなかった。

 その間にも砲弾は眼前に迫る。最後まで迷ったがユニサンはいつものように戦気を展開させて防御の姿勢。これはもう条件反射である。意識せずにやってしまうのだから、やはりユニサンも戦うことを宿命付けられた存在、武人なのだ。

「ふんふ~ん♪」
 一方でケマラミアは鼻歌を奏でながら宙を舞い、完全に戦場とは別世界の人間になりつつある。うっかりすれば周囲にお花畑が見えそうで怖い。

 だが、ケマラミアは生身。仮に砲弾が直撃すれば跡形も残らないだろうことは容易に想像できる。そんな彼が取った行動は誰もが想像しえないことだった。突然彼はスピードを上げてMGの前に出る。そこは戦場の最前線、もっとも危険な場所。

「ケマラミア様!」
 バーンのオロクカカでさえ一瞬動揺してしまう突飛な行動である。けっしてケマラミアの強さを疑ったわけではない。下位バーンが上位バーンのことを心配するなど畏れ多いことであるとオロクカカは思っている。

 それでも彼が反応してしまうほど危険な行為。もしオロクカカが同じことをしろと命じられたら、それは無駄死にしろと言われているようにさえ聞こえるだろう。だが、ホウサンオーとガガーランドはいっさい動じない。

「あー、ケマラミア君のことは放っておいてええ。ワシらとは規格が違うからの」
「そうだな。やつと一緒だと調子を狂わされるだけだ。放っておけ」

 やり方が異なる二人がそろって同じことを言う光景は奇妙であり貴重かもしれない。それだけケマラミアという存在が彼らと比べても異質だということを示している。

(ケマラミア様のお力か…)
 ユニサンはケマラミアの能力についてはまるで知らない。それどころか上位バーンについての能力は秘められたものが多く、彼が知っているのは一部の一般的なものに限られる。

 たとえばホウサンオーやガガーランドは誰が見ても超一流の武人だとわかる。ガガーランドはともかくホウサンオーは力を隠すこともできる人物であるのだが、単なるジジイ扱いされないように気をつけているのでたまに【尖ったジジイ】を演出することもある。

 しかし、その能力に関してすべてを知ることはできない。能ある鷹は爪を隠すように、武人とは自己の力を他者に見せつけることはしないものなのだ。戦場であいまみえれば、どちらかが死ぬまで戦いは終わらない。これは自分の能力が他に漏洩しないようにする意味合いもある。

 特にホウサンオーなどはその傾向が顕著で、無駄な争いはせず、しかしやるとなれば相手を確実に殺して漏洩を防ぐ。これだけの武人が目立たないのはそうした理由があるのだ。普段生活しているぶんには「ただのおじいちゃん」でしかなく、さらには刀すら持たないこともあるのだから、見破るのは至難の業である。

 よって、強い武人ほど能力に関しては不明な点が多いという特徴を持つ。また同様に簡単に奥の手は見せないものだ。集まったバーン、特に上位バーンの実力の奥深さはうかがい知れても、全力での能力解放はまず見られるものではないのである。

 幼馴染みであるフレイマンはゼッカーの補佐という立場から対等に話しているものの、そもそも上位バーンと対等に話すことさえ普通は難しい。それがユニサンという一兵卒ならばなおさらである。

 だからこそ興味がある。
 ケマラミアという存在に。
 その力に。

 砲弾が迫ってもケマラミアはまるで防御らしい行動を取らない。それどころか楽しそうに舞っている。そして【彼ら】を見ながらこう呟く。

「つまらないことならば、しなければいいのに。地上人は不思議だね」
 ケマラミアは周辺の人間から【雰囲気】を感じ取る。興奮、恐怖、不安、こうしたマイナスの思念。誰一人楽しんでいる者はいない。兵士ならばそれも当然だろう。仲間はあっけなく全滅し、いつ死ぬかわからない状態で平静を保つことなどできない。

 それどころかダマスカス全体から重く沈んだ気配すら感じる。このアピュラトリスの存在に対してこれだけ依存しているにもかかわらず倦怠感のようなものを感じるのだ。

 そうであるのにこうも後生大事にしている滑稽さ。それがケマラミアには不思議でならないのだ。人自らが歪んだシステムを生み出し、自ら苦しむ。加えてその腐敗を止めようともしない。

 根が腐れば植物は死ぬ。一つでも菌が付着すれば全体が病魔に侵される。その前に汚染した枝葉は切り取らねばならない。それは自然の摂理なのである。その摂理に逆らえばどうなるか。今まさにその光景が広がっている。

「かわいそうに。そんなものは捨てなさい」

 突如、砲弾が向きを変えた。

 水平に放たれた砲弾の雨が、ある一定の場所に入った瞬間におよそ十五度の角度に軌道を変更。それらはMGの頭上を越えてアピュラトリスに向かっていき、サカトマーク・フィールドと衝突して爆砕する。

 さすがのG型徹甲貫通弾もあの強力なフィールドを前には消し飛ぶしか道はなかったようだ。グランドニオ合金が残ることもなく一瞬で蒸発してしまった。それは一回では終わらない。迫ってくる砲弾すべてが次々と角度を変えてアピュラトリスに突っ込んでいき自壊する。

(今のは何だ?)
 ユニサンの般若の眼をもってしても何が起きたかよくわからないでいた。

 この現象はケマラミアの周囲だけに起こったことではない。ユニサンやオロクカカ、その他無人機に至るまですべての場所で起こった。しかも一度だけでなく二度。二度で終わらず三度、四度。五度。砲弾はまるでラーバーンの機体を避けるかのように角度を変えていく。

(視えぬ。かなり上位の力が働いているのか?)
 起こっている以上、何かしらの因果関係が発生しているはずである。それが視えないということは、今のユニサンよりもグレードの高い法則が動いているのだ。

 術者ならば誰にでも現象のすべてが見えるわけではない。たとえ霊体の眼力で霊視をしても、その能力や霊格によって視えるものは異なる。また、同じものを見ても知識や理解力が足りなければどうなっているのかわからないものである。それは地上でも同じこと。同じ物質を見ているはずなのに、人によってまったく違う感想を抱くのに似ている。

 般若の眼のレベルは七段階中、二段階目に到達するかどうかの力しかない。これだけでも地上の人間には過ぎたものであるが、その上との差はあまりに大きいのである。

 続いてはドライカップと巡航艦ミサイルのタイタンブレスの連続攻撃。

 二百のドライカップが発射されたと同時に時間差でタイタンブレスが襲ってくる。タイタンブレスの威力はドライカップの五倍はある代物で、主に戦艦や軍事施設を破壊するためのものであるからMG程度では粉々になる。

 が、ここでもまた不可思議な現象が起こる。ミサイル群は突如として蛇行し始め、標的に届く前に地面にぶつかって爆発。一発たりともラーバーン側に届くことはなかった。

 タイタンブレスも何かの力で押さえつけられるように急激に高度を落とし、アピュラトリスの地面に衝突して爆発。こちらも自滅である。こうしてすべての攻撃はケマラミアによって防がれてしまった。

「だからやつが来るとやりがいがないのだ」
 ガガーランドが落胆にも諦めにも似た声を出す。ケマラミアが来るとこうなることはわかっていた。これではせっかくの戦いが意味を成さなくなる。

 武人とは戦ってこそ意味がある。自らの血を流し、痛みと向き合ってこそ価値を見いだす。だが、ケマラミアという存在が来てしまうと、それがすべて無味乾燥になってしまうのだ。

「まあ、ワシは楽でいいがの」
 ホウサンオーは力を温存できるので喜ぶも、ユニサンとオロクカカはケマラミアに対してどう接していいのかわからないでいた。たしかに構わないほうがよい雰囲気は感じる。それは明らかに【感性が異なる】からである。

 偉大な芸術家と接した時、多くの一般人は感性が違うという意味をありありと感じるだろう。常識が通じないどころか話すら通じない。通常の武人の戦いに慣れた彼らにとって、今のケマラミアはそうした存在である。

「素直にゼッカーに塔を明け渡してくれればいいのにね。そのほうがみんな嬉しくなるよ。ねっ」
 一瞬、歯がキラッとして見えたのは気のせいだろうか。屈託なく笑うその顔に邪気と呼べるものはまったくない。まさに無邪気。自由奔放。

 社会のシステムに染まりきったサラリーマンが自由人の旅人と接した時、同じ気持ちになるかもしれない。価値観が違う。存在が違う。感性が違いすぎる。こういう生き方もあるのだと知っても、それを受け入れるには相当な時間がかかるだろう。

 しかしながら、そうした生き方は現に存在しているのだ。
 あなたの目の前で。


「風位、私は夢でも見ているのでしょうか?」
「共有する夢ってのも面白いけどね。少なくとも僕も見ているのだから現実だよ」

 アルザリ・ナムとハブシェンメッツもその異様な光景に戸惑っていた。なぜかわからないが砲弾が届かない。そもそも水平に撃っているのだ。重力があるのだから下に落ちるのが自然なのであって上昇することはまずありえない。

 ミサイルにしてもまるで燃料切れのような現象である。いきなりふらふらと蛇行し、飛行機の墜落のように落下していった。

(何か特殊なフィールドかな?)
 ハブシェンメッツが考えられることはそれくらいである。当然、原理などはわからないが、相手が転移を使っている時点でまともな相手でないことは理解できる。

「まあ、あれはああいうものなんだろうね。じゃあ、火焔砲弾いってみようか」
「受け入れちゃうんですね、そこ」
「だってねぇ…しょうがないじゃないか。それが世を生きるうえで一番賢いやり方ってものさ」

 アルザリ・ナムは一つまた勉強した。賢くなった。

 それがなぜそうなっているのかを探究することは素晴らしいことだ。だが、そればかりに執着すれば終わりが見えなくなる。宇宙はどこまで広がっているのか。太陽はなぜ太陽なのか。ほどほどに考えよう。結局、人智には限界があるのだから。

 ハブシェンメッツは現実主義者である。それが実際に起こっているのならば躊躇なく受け入れるだけだ。転移と同じく、物事には必ず因果関係があるのだから原理はあとから知ればよいことでる。

 車の構造を知らなくても動かせれば問題ないように無理に知らなくてもよい。当面の彼の目的は敵の武力制圧。それだけなのだから。

「火焔砲弾、発射だ」
 ハブシェンメッツの指揮の下、これまたゼダーシェル・ウォーの涙ぐましい努力(省略)があり、火焔砲弾が発射される。今度も三発。ただし狙いはすべてドラグ・オブ・ザ・バーンに向けられた。

 理由は簡単である。的が大きくて当てやすいのと、新たに出現したケマラミアを警戒してのことだ。砲弾が当たらないのが彼の能力だとすれば、ケマラミアが近くにいるドラグニア・バーンを狙うのは得策ではない。

 また、ナイト・オブ・ザ・バーンは機動力が高いので正直当てきるのはなかなか難しい。火球の範囲内でもそれなりのダメージを与えられるかもしれないが、これ以上無駄弾を撃つ余裕はなく、できれば直撃で当てたい。この考えでいけばドラグ・オブ・ザ・バーンは単純に大きくて当てやすい。何よりもよけないので格好の的なのだ。

 そしてハブシェンメッツの予想通り、マギムフレアは不可思議なフィールドに遮られることなくドラグ・オブ・ザ・バーンに向かっていく。その狙いは若干ながらズレたものの十分合格ライン。三発ともにドラグ・オブ・ザ・バーン直撃コースである。

(ケマラミアのやつ、オレを守るつもりはないらしいな)
 ガガーランドは自己の周囲にケマラミアの意思を感じなかった。ケマラミアが言うところのディーバ、【高位精霊】のことである。

 母なる星神が創造したのは人間だけではない。一般的に妖精とか精霊とかの名で知られている自然霊も同様に創られている。この自然霊が高度に進化した者が、かつて【神々】と呼ばれた存在である。

 すでに機能を果たせなくなった神々は一度滅びたが、星の管理が女神に移ってからも星の成長のために自然霊は生み出されている。それは人間と同じ進化の道を歩むことを決めた、かつての神の子らの仕事なのだ。

 人間と同じく彼らも同じ生命である。ただし、その仕事と進化の仕方が人とは異なるにすぎない。精霊の仕事は自然環境などの維持である。風を吹かせ雨を降らせ、植物を生長させて四季を巡らせる自然の力である。

 地水火風、いわゆる四元素に分かれて彼らは仕事を行っている。また、人間の魂の進化にとっても精霊の存在は不可欠な要素となるように創られている。

 原始的な精霊は無意識で動いているのだが、一般的な精霊は人と同じく無限に成長していくことを忘れてはならない。人間も精霊も幼いころは無知であり、成熟していくと知恵と力を得ていく。そうして大人になったものがディーバ、高位精霊である。

 彼らの力は強く、自然現象でいえば雷や嵐など通常よりも強い現象を引き起こすことができる。ケマラミアが今使っているのは風のディーバ。彼が浮いているのも砲弾を遠ざけたのも彼らの力を借りたからである。

 高位精霊は、簡単な法則しか読めない般若の眼程度では映すことができないほど高い次元の存在である。せいぜい彼らが下位の精霊を操りミサイルなどを蹴散らしたその残滓をかすかに感じるくらいであろう。

 そして通常、高位精霊は人とは関わらないものである。より感情に敏感な彼らは今の人間が持つ破壊的な思想や否定的な感情を嫌うので、人里離れた自然豊かな場所にいることが多い。現在の開発が進められた都市部には、自然を維持する使命を持つ偉大なる者の分霊以外は下位の精霊すら近寄らない始末である。

 がしかし、高位精霊も意思を持つ。人と同じく感情もある。となれば彼らが従う者に求めるのは【愛】である。友愛の心、自由闊達な精神、自然を愛し動物を愛し、自分たちを愛してくれる者にならば喜んで従うだろう。

 なぜならば【愛こそが宇宙最高のエネルギー】だから。

 愛は、すべての霊的存在を進化させる根源的な神の力なのだ。

 それは偉大なる光の女神マリスの光であり、人も精霊も愛ゆえに女神にひざまずくのだ。その愛の深さに敬愛を込めて。なればこそケマラミアの愛が、彼の中にある神性の輝きが彼らを従えるのである。

 そんなケマラミアだが、ガガーランドの周囲にはディーバを配置させていない。その理由は彼が強すぎるから。ガガーランドが引き寄せる火のディーバたちと風のディーバが力を合わせると、現在の環境では火焔砲弾並みの破壊的な要素になってしまうからである。

 炎に包まれた竜巻を想像してみればこの意味がわかるだろうか。両者が合わさると、あたりのものすべてを呑み込み燃やしてしまう力になってしまう。

 その後、制御しきれなくなった竜巻は自分すら燃やしてしまうだろう。力を使う者は力に溺れてはいけない。資格なき者が力を得られないのはこういう理由なのである。

 しかも火焔砲弾自体が周囲に強制的に炎を生み出す破壊的な法則を編み出している。すべての自然法則には原始的な精霊が関わっているので、この火球も結果的には火の精霊を使っていることになる。

 が、その【過程】が問題なのである。

 火焔砲弾が生み出す術式は火の精霊を強制的に使役してしまう。これが法則に歪みをもたらすのだ。呪力弾しかり、さきほどのユニサンが起こした術式事故しかり、すべては誤った使用方法による害である。

 これに対して羽尾火も術によって炎の玉を生み出してはいたが、それは【正規の手続き】を経て行った正当なる現象である。優れた術者とは、正しい順序で法則を操る者を指す。基本をしっかりと学び、組む際も紐解く際も傷跡を残さずに収束させるからこそ一流なのである。

 ケマラミアが火焔砲弾を鎮めた原理もこれと同じ。絡まった配線を一つ一つ正しい順序に戻しただけである。ただし、ディーバの力を借りたことでその速度が異様に速かっただけのことだ。

 火と火が合わされば炎となる。そこに風までが加われば大惨事。これがガガーランドを支援しない理由である。ガガーランドもそのほうがやりやすい。痛みをもって戦うことがバーンであると自負する彼には、ケマラミアの助力など最初から必要としていないのだ。

 火焔砲弾が迫る。

 再び重闘気で迎撃…してもよいのだが、その前にマレンから通信。

「火焔砲弾、領域内に侵入。相殺します」
 マギムフレアが【領域】に入った瞬間、ほんの一瞬であるが半透明の球体が見えたような気がした。

「ふん、ゼッカーのやつもつまらんことをする」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは自身に迫ってきた火焔砲弾を【片手で薙ぎ払った】。

 闘気ではない戦気しかまとっていない普通の腕を、ごくごく自然な動作でハエを追い払うかのように振り払ったのだ。振り払われた砲弾は衝撃で粉砕され、跡形もなくなって消えていった。当然ながらドラグ・オブ・ザ・バーンは無傷である。

「不発…か?」
 この光景を見ていた誰もが驚愕する結果であった。ハブシェンメッツも驚きと不可解さを滲ませた表情で言葉を漏らす。

 火焔砲弾が火球を発しなかったのだ。いつもならば太陽が生まれたかの如き強烈な火焔を生み出すものが、今回は何も反応しなかった。ただの砲弾。しかも火焔が発生しないならば通常弾よりも劣る代物。ガガーランドが生身であっても軽く薙ぎ払ったことだろう。

「何かの不具合でしょうか? それとも不良品?」
「それはない。絶対にないんだ。なにせルシアの正規軍、それも軍団長自ら率いる戦艦なんだからね」

 アルザリ・ナムの言葉に頷きたい気持ちであるが、ことルシア正規軍が使う兵器に不良品はまずありえない。もともとが強引な兵器なのだから術式事故の可能性はあっても、最高品質のマギムフレアで不発が起こる確率は百万分の一もなく、ゼロに限りなく等しい。

 しかも、このような状況で起こるなど絶対にありえないと言っても過言ではないだろう。ならば、相手が何かをしたと考えるのが妥当である。

 ケマラミアの能力によるものという可能性も捨てきれないものの、違和感があったのが一瞬見えた膜のようなもの。このようなものが確認されたのは初めてである。まるでアピュラトリスを覆うように展開された球体の膜は範囲が大きすぎる。人間一人が簡単に生み出せる広さではない。

(何か仕掛けられた? だとすれば、やはりさきほどの転移か)
 ハブシェンメッツがまっさきに浮かんだのは、さきほど転移してきた謎の物体であった。

 すぐに消えてしまったので警戒しようもなかったのだが、物的に消えたからといって存在しないわけではない。たとえば個体が気体になるように、形状が変化しただけでエネルギーは保存されていると考えるのが理論的である。

 しかし、相手は考える時間を与えてくれるほど甘くない。

 直後、カノン砲台の上空に次々とゲートが開き、衝撃爆弾のDP5が落とされていく。一つではない。何百というDP5がカノン砲台をピンポイントで狙って投下され、一つの爆発をきっかけに数珠状に連鎖爆発が起こっていく。

 DP5自体はダマスカス陸軍に対しても使ったものなのでハブシェンメッツが驚くことはなかった。

 しかし、今回は【射程】が違った。

 カノン砲台が設置された五キロという距離に対しての【爆撃】である。これをやられると非常にまずい。

「こんな遠距離に落とせるなんて…!」
 データにない攻撃にアルザリ・ナムが動揺する。一番危惧すべきは、遠距離からの爆撃で自分たちや会議場を狙い撃ちされることである。これは非常に危険な状況で、どこにも逃げ場がないことを示すことになる最悪のパターンであった。

(相手は遠距離からアピュラトリス内部に兵を送った。本来転移に距離という概念はないんだ)
 アルザリ・ナムの悲鳴を受けながらもハブシェンメッツは頭をフル回転させ、転移の情報を思い出していた。

 相手はかなり離れた距離から工作員やMGを転移させている。首都は各国諜報機関が常に目を光らせているので、少なくともこのあたりから送っているわけではないだろう。

 ならば、そもそも前提が違う。

 距離というのは、あくまでこちらから見た場合の概念である。いつしか頭の中にアピュラトリスを軸として「何キロ、何メートル」という考え方をしているが、転移において最初からそれは無意味なもののはずなのだ。

(だが、なぜ今になって使う?)
 その前提を思い出した時、この疑問が浮かんだ。

 できるのならば最初から本陣を狙ってもよいはずである。そのほうが早いし、最高の脅しになるだろう。それをやればハブシェンメッツは初手で死んでいた。だが、悪魔はそれをしなかった。それがハブシェンメッツの脳裏に引っかかる。

「カノン砲台、損害率四十パーセントを超えます!」
 約千五百基あったカノン砲台も四割がほぼ大破という現状。たかが十秒にも満たない時間でこれだけの損害である。

 そして防衛ラインに穴が生まれる。

 カノン砲台がこれらの場所に設置されたのは、ここが厳戒態勢の最終ラインであったからだ。ケマラミアによって防がれているとはいえ、撃たないより撃ったほうがよいに決まっている。弾幕としての効果は見ての通り期待できるものである。それが失われれば敵に付け入る隙を与えることになる。

 ここより先はまだ市民が生活している地域であり、避難勧告も大々的に出ているわけではない。あまりおおっぴらにやると悪い噂が広まり混乱が生じる可能性が高いからである。それはダマスカスの権威にもかかわることだ。

 敵が苦戦しているのは一カ所にとどまっているからである。自由に動ければ都市部での戦いとなり甚大な被害が出るだろう。カノン砲台はそうさせないための楔。その一角が崩れれば状況が変わる恐れがあった。

(動くか? それとも脅しか?)
 ハブシェンメッツは悪魔の次の一手を頭の中の将棋盤で考える。相手はまず定石通りに防御策を取ってきた。ケマラミアの投入にせよ謎の球体にせよ、すべては攻撃を防ぐためのものである。

 戦いの基本は防御にある。まず何よりも被害を少なくすること。失わなければいくらでもやり直せるからである。続けて反撃の一手。軍人将棋に転移などというものはないが、相手の陣地であっても駒を出現させるルールは存在する。伏兵や地雷、時限装置の類がそれである。

(敵が反撃するのは当然。しかし標的が気になる)
 悪魔が狙ったのはカノン砲台。たしかに厄介であるが、もしハブシェンメッツが打ち手なら会議場を狙う。そのほうが相手をパニックにさせられるしダメージも大きい。直接会議場に転移させれば強気のルシア高官たちも青ざめるだろう。

 それによってこちらの攻撃ライン全体を下げることができる。ハブシェンメッツが指揮を執っているといっても階級の権威は絶大だし、ルシア高官を犠牲にしたとあっては後々面倒である。

 しかし、相手はカノン砲台を狙ってきた。砲台が思ったより邪魔だったのかもしれないが、それだけとも思えなかった。火焔砲弾を防げる彼らにしてみれば、さほど脅威にはならないはずである。

(距離も気になる。もしや転移には制限があるのでは? いや、あってしかるべきだ)
 いかなる能力であれ無尽蔵というものはありえない。仮にこの宇宙全体のエネルギーが常に一定かつ無限であったとしても、人間が休みなく使い続けることは不可能である。必ず循環、充填というサイクルが必要になる。

 ならば、転移という強力な(おそらく)術において、むしろ消耗は顕著なはずである。

「再び出現!」
 数百のDP5が再び投下。カノン砲台を狙い撃ちする。しかも今回現れたのはDP5だけではない。

「敵MGも出ました!」
 アピュラトリスの西と東側に無人機のバイパーネッドが五機ずつ出現する。当たり前であるが砲台というものは遠距離に対して強いものであって、あまりにも近い距離においてはほぼ無力となる。それが死角からのものであれば無抵抗に近い。

 バイパーネッドはダブルガトリングガンとソードを使ってカノン砲台を破壊していく。これらによってカノン砲台の損害率は六十パーセント近くに及ぶ。

「危険です! 砲兵の撤退を…」
 カノン砲台はオート制御されているが、今回は時間がなかったこともあり砲弾の補充まではオートではできない。そのためにダマスカス陸軍の砲兵部隊をサポートに回している状態である。このままでは彼らのほうにも大きな被害が出てしまう。

「駄目だ。持ちこたえるんだ。これは相手の誘いだ」
 ハブシェンメッツは悪魔の一手が牽制であると判断する。

 まず何より【手が弱い】。ここで特機クラスが出現すればハブシェンメッツも焦るが、出てきたのは無人機である。これまたハブシェンメッツであれば人のいる市街地に出現させる。そこで血の海を作ったほうが動揺は大きいし、市民が盾になるのでカノン砲台で迎撃することも難しい。

(なぜしない? 義賊気取り? 違うね。できないんだ)
 ヒーロー気取りの三枚目ならば「オレは女、子供は犠牲にしない」と言うだろう。が、相手は悪魔を名乗る男である。すでに彼らは陸軍の防衛部隊を虐殺している。いまさら一般人が何人死のうと大差ないだろう。

 ならば【できない】のだ。

 ハブシェンメッツが最初から疑問に思っていたことであるが、悪魔は転移を効率的に使っているわけではない。冷静になって観察してみると、彼らの能力は【アピュラトリス周辺】に限定されているように思える。

 それも当然。本来の目的がアピュラトリスなのだ。そこ以外を標的にする必要はない。ただし、転移においてもその条件が当てはまるようである。

(指定座標、あるいはマーカーが必要なのかもしれない)
 MGが出現したのはサカトマーク・フィールドが展開されてからである。たしかに制圧前にMGを出してしまえば外部に知られ、援軍が来て制圧が失敗する可能性はある。あえて転移させなかったと言えばそれまでである。

 それでもなお、あれだけの特機がいればなんとでもなるように思える。それだけ二人の黒機は桁が違うのだ。それをしない。いや、できなかったのは座標がなかったからだ。おそらく内部に侵入した人間が持っていた何か、あるいは人間自体がマーカーになっていたのだろう。

 そしてアナイスメルをある程度掌握した今、ようやくアピュラトリスの外周およそ五キロ程度まで座標を確保した。しかも今ようやくその段階に至った。そうでなければ今まで苦戦していた理由の説明がつかない。

 あくまで仮説であるが、今までの相手の動きを見ていればある程度推察は可能である。そしてハブシェンメッツのこの推察はかなり真相に近い。

 ユニサンあるいはロキが外に出ることそれ自体が第二ステージの終了を意味した。厳密に言えば彼らに宿されていたハブシェンメッツいわくマーカー(座標)がMGの転移には必要だったからだ。

 転移で一番重要なのが座標である。これが少しでもずれてしまうと能力が発動できない。そしてこれが一番の難題である。門を生み出すだけならば案外簡単にできるが、しっかりと位置を確定しなければ途中でキャンセルされてしまう。

 ミユキとマユキはこれが上手い。彼女たちは二人で能力を共有するおかげで、まるで対角線を描くようにしっかりと座標を固定できる。それができるから質の高い転移が可能となるのだ。それでも何の目印もないところに転移はできない。第三の座標があってこそ転移は確実のものとなる。

 その第三の座標は今も少しずつ拡大している最中である。よって、DP5を出した距離が現在のほぼ限界距離。もっといけるかもしれないが、少なくとも会議場に届くものではない。もちろんハブシェンメッツの装甲指揮車にも届かない。

 ハブシェンメッツにラーバーンの現状を知る手段はないが、状況と結果、打ち手の雰囲気からそれを察する。相手はもっと伸ばせるように思わせてこちらの戦力を誘い出そうとしている。

(普通に考えれば戦力が足りないのだろう。国家でもない組織が大規模な軍隊をそろえているはずもないからね)
 相手の最大の持ち駒は今見えている黒機たち、つまるところバーンである。数の少なさを圧倒的な個で補っているも、それ以外に強力な手駒はない様子だ。

 DP5にしても直接本陣に投下できなければ単なる爆弾以上のものにはなりえない。見た目は派手なので脅威に感じるだろうが、実質的にルシア側には何の怖さもない攻撃である。むしろ焦って騎士団を展開することのほうが怖い。

 そうとわかればやることは同じ。相手の挑発に乗らずに遠距離から攻撃し続けるだけである。

「引き続き射撃を継続。損害が出ても包囲網を堅持するんだ。その間に補給部隊は一時後退」
 ハブシェンメッツは物量で押し続ける戦法を選択。相手と違ってこちらには物だけはたくさんあるのだ。

 最初から立ち入り制限をしていた半径五キロの第二防衛ラインから、さらに半径三キロが最初の防衛ラインとなる第一防衛ラインである。市街地は存在していても、まだ郊外といったレベルで民間施設もまばらな場所。そこにもすでに砲台が運ばれており、ハブシェンメッツの指示によって砲撃が開始される。

 結果的に包囲網はやや拡大したものの現状は維持されることになる。


「なかなか乗ってはこないね」
 ゼッカーは、カノン砲台が破壊されても耐えたハブシェンメッツの忍耐強さに感心する。並の指揮官ならばラインを崩されるのを嫌って下がるか騎士団を投入して強引に押し上げるものである。

 下がればそのままでよし。強引に押し上げてくるなら罠にはめればよいと考えていた。しかし、ハブシェンメッツは耐える。ラインが崩れても包囲網を維持して最初の戦法を貫くと即断した。こちらが嫌がっていることを見抜いたのだ。

「相当なひねくれ者です。それとも頑固者でしょうか」
 フレイマンもハブシェンメッツの耐久力に感嘆する。そして自分ならばおそらく強引に押し上げるだろうとも考えていた。それも悪くない。用兵術に長ける指揮官ならば、結果的にそのほうが被害が少ないこともある。

 しかし、ハブシェンメッツはあくまで砲撃による鎮圧を目指しているようであった。フレイマンが頑固者と称したのも頷ける。

「私には極端に人的被害を嫌っているように見えるよ。騎士団の投入も意図的に見送っているようだ」
 一方でゼッカーには、それがある種の【こだわり】に見えた。ハブシェンメッツの手はえげつないものばかりであるが、裏を返せば被害を出さない戦術である。物的ではなく人的に。

 彼特有の美学なのかやり方なのか、果てはそうした命令が出ているのかはわからないが、どちらにせよ【ルシアらしい】のである。ルシアは大国ゆえに被害を嫌うものである。それだけ既得権益が存在し、大きすぎる被害はバランスを崩すからである。

「ケマラミアの能力はどれくらい持つ?」
「あの場所は精霊が少なく、さほど長くは。ルルテ・アの援護がなければ難しいでしょう」

 ゼッカーの問いにザンビエルが答える。彼の能力はバーンというより、どちらかといえばメラキ寄りなのでザンビエルのほうが詳しい。

 ケマラミアが駆る神機、ルルテ・ア〈精霊の花言葉〉。精霊界出身の聖霊階級の神機で強大な風の守護を受けている稀少な神機である。精霊界の神機は数が少なく、加えて今では精霊自体が人間に嫌悪感を感じているのでシンクロできる人間は非常に稀である。

 他にこの階級の神機を有するのが、ハーレムの母ルルとベラ・ローザの出身国であるレマール王国である。水の国と呼ばれるだけあって、象徴機であるハイレントセイレーン〈雨まといし水竜の恵み〉も水の精霊の加護を大きく受けている。

 精霊界の神機の特徴は、ある一定の状況下における強力な能力行使である。たとえばルルテ・アならば風の精霊が多い場所、ハイレントセイレーンならば水の精霊が多い場所で恐るべき力を発揮する。一方で逆に自分とは相性の悪い場所では平均以下の出力しか出せない欠点がある。

 現在の機械化されたダマスカスには精霊の数が少なく、もともと精霊界の神機には相性が悪い場所である。ケマラミアの能力にも大きく関わる要素のため、今回彼の出番はない予定であった。神機を出したとしても実力を発揮できないのならば意味がない。

 ケマラミアの表情を見ているぶんには大丈夫そうだが、あまり長い能力の使用は負担になるだろう。彼にしてみれば酸素の薄い山岳地域でマラソンをするようなもの。スタミナが心配である。

「では、少し相手を揺さぶってみようか」
 新たに出現した十機のバイパーネッドはゼッカーの思うがままに動く道具となっている。両手でデバイスに触りながら思念で無人機に命令を発する。

「これならあなたはどうするかな?」


「敵MG、進路変更!」

 アルザリ・ナムの言葉にハブシェンメッツの表情がこわばった。声が状況を発する前に【悪魔の意思】を感じ取ったからだ。

(僕を試そうというのか、悪魔君)

 直後、バイパーネッドが市街地に対して攻撃を開始した。

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