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零章 第四部『加速と収束の戦場』

九十話 「RD事変 其の八十九 『剣王と剣聖、雪熊と覇獣① 剣聖ラナー』」

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 加速された、あらゆる戦場が収束していく。多くの人間の叫び、想いを乗せて、一つの物語が終わりへと向かっていく。

 そして、この外周での戦いを締めくくるに相応しい者たちが、ここにいる。

 ラーバーン最強剣士にして世界最強剣士、剣王たる存在。
 バーン序列二位、ホウサン・オーザ・ヴェランボゥ。

 黒機として現れ、ダマスカス軍を叩きのめし、ルシア軍の雪騎将すら打ち倒した白髭公。黒衣をまとった彼は、すべてを破壊しようとする。

 もう一人は、ロイゼン神聖王国の筆頭騎士団長、ロイゼン最強の武人であり、剣聖と呼ばれる存在。

 輝ける聖剣と光の盾を持つ、白銀の騎士。
 剣聖シャイン・ド・ラナー。

 彼は、守ろうとする。弱き者、大切なもの、信じるもののために殉ずる。それが白騎士の務めであり、望みなのである。

 両者は対峙する。議論は尽くした。口実も得た。

 もはや、両者を止めるものは、何もない。


「わが剣義―――白銀に至れり!!」


 ラナーは、剣を頭上に掲げて剣義を示す。守護領域内であるため誰も見ていないが、彼にとって他者の承認は必要ないのだ。

 女神に対して剣義を示す。

 それが重要。それだけが重要。いかに万人が支持しても、女神が支持しなければ、ラナーにとってみれば間違っていることなのである。逆にいえば、女神の加護があれば、彼は独りでも問題ない。

 この宣誓は女神に対して向けられたもの。
 自分と女神だけの神聖なもの。

 人は、心の中に聖殿を置く。誰にも触れさせない清く美しい聖殿には、祈りの場があり、神と自分だけが存在できる神聖な場所である。

 瞑想の時、そこにかしずく。ただただ降り注ぐ光を受け、その愛に、慈愛に、優しき光に心震える。その愛に応えようと、心の底から発する。

「女神よ、どうか私をお使いください。どのようなことでもいたします。あなたの愛をこの地上に広めるためならば、喜んでこの身を犠牲にいたします」

 女神は、それに応えない。その必要がないからだ。ラナーが何を考え、何を望んでいるかなど、すでにお見通しなのである。だが、彼女は称える。その勇気を、その忠節を、その純粋な心を。

「ああ!! 光の女神よ!! この世界で、もっとも美しく、もっとも正しい存在よ!! 私は今、あなたの愛を受けて輝いています!! あなたの僕として戦うことを、どうかお許しください!!」

 彼の信仰心が満たされていく。心が燃えていく。これでようやく準備は整った。

(やれやれ、面倒くさい男じゃな。じゃが、だからこその適合者か)

 ホウサンオーは、ラナーが執拗なまでに剣義を問い詰めた理由に、察しがついていた。

 一つは、彼の性格上の問題。

 ラナーは、やはり優しい男である。時には純粋さゆえに激しい行動も取るが、純朴で穏やかで、少年のような清らかな心を維持している。だからこその潔白であり、融通が利かない面がある。

 そんな彼が全力を出すためには、白黒はっきりつける必要があった。自身が完全な白、正義でなければ、ラナーは本気で戦えないのだ。

 罪悪感が一片でも残っていれば、躊躇いが生じる。それは甘さであると同時に、彼の【強さ】である。優しくない男が、強くなれるわけがないからだ。

 彼は守ると決めた時、最大の力を発揮する。いかなる痛みにも耐えられる。屈辱にも我慢できる。それが正しいと確定しているからだ。信じるのではない。それを超えて、絶対の正義である必要があるのだ。

 普段は、わざわざこんなことはしない。ヨシュアと戦ったときも、簡単な宣誓程度で終わった。なぜならば、ヨシュアは善であったから。善と善が戦う模擬戦に、死闘はいらない。

 ただ、相手がホウサンオーであれば話は違う。彼が悪とは言わない。彼がしたことは悪行ではあっても、そこには何かしらの意図と意味がある。そもそも完全なる悪が、剣王になどなれない。

 しかしながら、剣義はない。

 そこに、神聖なる剣義はないのだ。ならば、剣の義に従うラナーは、負けてはいけないのである。その覚悟を決めたということ。

 そしてもう一つは、神機シルバー・ザ・ホワイトナイトの【解放儀式】である。

 ジャラガンのグレイズガーオに封印が施されているように、神機の多くには【枷】が存在している。力が大きすぎるために、ある一定の条件を満たさなければ、全力が出ない設定になっているのである。

 これは実に面倒なものであり、言ってしまえば極端なスロースターター。

 サッカーの後半戦から突然馬力が上がるように、六回を過ぎてから急に球威が上がるピッチャーのように、今までサボっていたのではないかと思えるほどに見違える。

 神機の大半は、こうした準備運動が必要なものが多い。これが神機が数多く発見されていながらも、扱いきれない理由の一つである。

 ただでさえ適合しないと起動もしないのに、さらに面倒な条件が必要なのだ。これならば通常の兵器のほうが、遙かに使いやすいというものである。

 しかし―――強い。

 完全なる性能を発揮した神機の力は、現在のあらゆる兵器を圧倒する力を持つ。だからこそ神機を有する騎士団の多くは、神機を象徴機として後方の本陣に置き、機が熟した頃に出すという戦術を使用する。

 実際、シルバー・ザ・ホワイトナイトが出る時は、法王を守る最後の盾として後方に陣取る。何より彼は守護者、ガーディアンなのである。そのほうが力を発揮できるというわけだ。

 今までのやりとりは、ラナーの心を高めると同時に、シルバー・ザ・ホワイトナイトを覚醒させるためのものでもあった。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトの適合条件は、信仰心。

 現在こそカーリス教の守護者であるが、信仰心の対象はカーリスでなくてもかまわない。純粋で崇高なる強烈な祈りにも似た信仰心と、それに殉ずる覚悟があれば、適合者になる可能性を秘めている。

 ラナーは、まさに潔白とも呼べる人間である。女神への信仰心と、正しいもののためならば喜んで殉ずる覚悟を、常に示し続けている。だからこそ、シルバー・ザ・ホワイトナイトと同化できるのである。

 ラナーの充実感に反応し、シルバー・ザ・ホワイトナイトの輝きが増していく。

 今、彼は剣義を得て、白く燃えているのである。

「では、始めましょうか。どうぞお好きな間合いをお取りください」
「ほほ、いいのか? ワシの戦い方は、よく知っておるはずじゃろう」

 ホウサンオーの長い刀は、中距離を得意とする。そのせいで誰もが、間合いを詰めることに苦労していたのだ。今の距離で奇襲を仕掛ければ、ラナーは労せず接近戦を挑めるが、それを放棄した。

「長々と話に付き合ってくださった御礼です。それに、すでにあなたはハンデを負っている。いくら堕ちた剣王とはいえ、私にも武人としての誇りがあります」

 ラナーは、あっさりとアドバンテージを捨てる。奇襲など、一騎討ちでは下策。真正面から正々堂々と戦い、勝ってこその剣聖であると。

 それは半分、ホウサンオーへの当てつけでもある。奇襲でダマスカス陸軍を蹂躙したことへの、少し遠回しの嫌味でもあった。

「なら、そうさせてもらおうか。後悔しないようにな」

 ホウサンオーは嫌味を気にせず、距離を取る。距離は、およそ四百メートルといったところ。遠すぎず近すぎない、ホウサンオーの得意な間合いである。これが雑魚ならば、さっさとかかってこい、と言うところであるが、ラナーが相手ではそうもいかない。

「最初に申し上げておきますが、守護領域からは出ることができません。私を倒さない限りは」

 ラナーは、守護領域に絶対の自信を持っている。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトが張った領域は、通常の結界とは訳が違う。オンギョウジの張った結界が、あらゆる術式干渉を受け付けないものならば、ラナーの守護領域は、あらゆる物理干渉すらも受け付けないものである。

 その強度は規模こそ小さいが、サカトマーク・フィールドに勝るとも劣らない。火焔砲弾を何十発受けても、びくともしない防御力だろう。しかも、これは機械ではないので、ラナーの意思一つで何度でも張り直すことができる。これが神機の力の偉大さである。

 よって、ここはすでに【死地】。

 お互いのどちらかが倒れるまで、守護領域が解除されることはない、まさにデスマッチ。

「なるほど、たしかに頑丈そうじゃな」

 ホウサンオーは、ナイト・オブ・ザ・バーンの刀で、軽く守護領域に触れてみた。触るだけならば何も影響はないが、単純に硬い。少し強く叩いてみても、傷一つ付かなかった。

 雰囲気から察するに、全力で斬りつけても壊せない可能性は高い。光気を使っても無理だろう。なにしろこれは、光の属性によって作られている。同じ属性同士では、単純に強いもののほうが勝つのだ。

「せっかくの晴れ舞台じゃ。外に見せたほうが盛り上がるぞ?」
「そのような興を演じる必要はありません。最後にあなたの首を掲げれば、それだけで十分」
「なんじゃ。つまらんの」
「見せたいという気持ちは理解できます。私も残念です」

 武人にとって、戦うことは自己表現である。見られるのは、自分の手札を見せることになるので不利になるが、スポーツがそうであるように、その高揚感によって戦いが上質になることも多い。

 剣聖と剣王の戦いならば、おそらく全世界の武人が、大枚をはたいてでも見たいと思うに違いないのだが、これは遊びではない。

 ラナーとしても、本当は紅虎に戦いを見せたいのを我慢しているのだ。彼女の前で、自分を表現してみせたい。それこそが最大の欲求であるのだが、こうなれば結果が重要。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの首を剣で切り落として、自己の強さと剣義を証明するだけのことである。

 すでにこれだけの騎士を退けてきた相手。たとえ剣王の名が知られずとも、その首級の価値は一国の騎士団にも匹敵するだろう。少なくとも、ルシア騎士の悔しがる顔は見られるに違いない。

 ロイゼン騎士団の実力を疑う者はいないだろうが、ルシアやシェイクに劣ると思っている人間は多い。たしかに数では劣る。規模も違う。だが、騎士の質で劣ると思われるのは心外である。

 今回の戦いは、ロイゼンの株を上げるチャンス。だからこそヒューリッドも黙認したのである。それは政治。ラナーの嫌う偽りのもの。それでもロイゼンを率いる筆頭騎士団長であるからには、避けては通れない道なのだ。

(師匠、人は誰もが、あなたのように生きることはできません。この私もまた、人々と同じく枷に囚われています)

 ラナーは時々、紅虎が羨ましくなる。自由奔放に生きる紅虎が眩しく、そして遠く感じる。

 紅虎がラナー以上のものを背負っているにもかかわらず、彼女は自由である。背負っていながらも、「こうして自由に生きられるんだよ」と教えてくれている。

 だが、できないのだ。

 地上の人間は、まだそれができない。さまざまなしがらみに巻き付かれ、解くことができないでいる。それが苦しく、つらいのだ。

(それでも諦めない。私はあなたに近づく!)

 ナイト・オブ・ザ・バーンを見た瞬間、ラナーは打ち震えた。それはなんと形容すべきか。ずっと狙っていた獲物が、何年も待ってようやく目の前に現れた衝撃と興奮。恋い焦がれ、待ち続けた相手。

 自身が紅虎に近づくための最高の相手。

 このようにすべての条件がそろうことなど、一生に一度あるかないかである。そのことにラナーは、ただただ女神に感謝していた。

「女神よ、全力を出すことを誓います! あなたへの信仰を胸に!!」

 その言葉と同時に、ラナーが仕掛ける。
 シールドを前方に押し出して、一気に加速。

 その加速は、恐るべき速度。至高技、無夙むしゅくである。ホウサンオーが一瞬でミタカの懐に入った技であり、前面への加速に関しては最高の技とされている。

(あの重量で無夙か。やりおるわ)

 ラナーが無夙を使えることは、当然ホウサンオーも知っていた。ナイト・オブ・ザ・バーンを運ぶ際にも使ったものだからだ。

 そこでホウサンオーは、ラナーの実力の一端を知る。

 無夙は、ホウサンオーにしても簡単な技ではない。長刀のマゴノテを持っていては使えないほど、非常に難しい技なのである。あの速度を出すには、単純に相当な脚力が必要となる。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、重装甲タイプのGGゴッドギアである。

 まず身体全体を、白銀に輝く大きな鎧で包んでいる。これだけでもナイト・オブ・ザ・バーンの五割増しの重量があるだろう。それに加えて、左手には巨大なラウンドシールド、右手にも大きな両刃の聖剣を持つ。

 単純に考えれば、MG一機分の重りを担いで動いているようなものである。それでいながら、この加速の異常さ。ラナー自身が、相当強い脚力を持つ証拠である。

 そして、戦気の扱いも非常に上質。繊細で滑らか。巨大にもかかわらず、まるで絹に触れるような柔らかさを維持している。

 さすがは剣聖と呼ばれる男。実力に疑いはない。仮にラナーが、ゾバークとミタカを相手にしたとしても、ホウサンオーと同じように圧倒したに違いない。やはり今までの相手とは格が違う。

「じゃが、若いの。遠いぞ」

 しかし、ここはホウサンオーの剣の間合い。無夙を使っても、まだホウサンオーのほうが速い。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが刀に剣気を集め、一気に振り抜く。全重量をかけての全力の剣衝である。剣にすべての力を込めて放たれた一撃は、まさに悪魔の一撃。あらゆる装甲を破壊し、障壁すらぶち破る。

 すでに無夙で突進しているシルバー・ザ・ホワイトナイトは、よけようにもよけられない。

 無夙は非常に優れた技であるが、一つだけ欠点がある。動きが直線なのだ。その速度は、一点に絞ることによって生まれる諸刃の刃。一度駆ければ、途中で止められないのである。

 そこにナイト・オブ・ザ・バーンの剣衝である。ここからでは、どうやっても避けることは不可能であった。当然、シルバー・ザ・ホワイトナイトはよけない。よけられない。

 そこでどうするか―――答えは簡単である。

「聖なる守護盾よ、加護を!」

 ラナーがラウンドシールドに戦気を送ると、盾は白銀を超えて光の輝きを得る。

「はああああああ!」

 ラナーはそのまま突進。剣衝をシールドで受け止め、なおかつ弾き返す。弾かれた剣衝は、あっけなく宙に霧散。

「ぬほっ、ワシの剣衝が!」

 これにはホウサンオーも焦る。振りが速いとはいえ、相手は無夙である。攻撃のチャンスは一度であり、再び切り返す余裕などはない。

 そこにシルバー・ザ・ホワイトナイトが突っ込んできた。
 全力のシールドアタックである。

「こりゃまずい!」

 ホウサンオーは、即座に回避に移行。振り切った刀の反動に逆らわず、見事な体捌きで跳躍し、シルバー・ザ・ホワイトナイトの突進を回避。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは途中で止まれないので、障壁にまで到達して激突。さすがに守護領域は無事である。が、その威力を物語るように、衝撃の余波で地面は大きく抉れていた。

「ふー、なんじゃ、そのデタラメな突進は」

 ホウサンオーも冷や汗である。あの馬力で強固なシールドが直撃すれば、その威力はどれほどのものか想像に難くない。ナイト・オブ・ザ・バーンでも、一撃で撃墜される可能性があるほどだ。

 しかも、もっと重要なことがある。

―――【攻撃が弾かれた】ことだ。

(ワシの剣衝をいともたやすく…か。さすがに萎えるの)

 今の剣衝は、紛れもなく全力であった。ゾバークも防いだが、あくまで彼はかわしたのであって、正面から受けたのではない。こうして真正面から平然と受けられると、さすがのホウサンオーも若干ショックである。

「今のを避けるとは、さすがです。無駄のない美しい動きだ」

 ラナーも、これで倒せるとは思っていなかったが、実際にホウサンオーの動きを見て感嘆する。変幻自在の中にも確かな基礎がある。だからこそ、彼の剣技は美しいのだろう。

 もしホウサンオーが剣舞を披露したら、多くの剣士は涙を流して感動するに違いない。その剣に宿された血と汗がわかるから、感涙するのである。

「まだまだこれからですよ!」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、再びシールドを構えてナイト・オブ・ザ・バーンに狙いを定め、無夙。再び高速突進である。

「まったく、せっかちじゃな!」

 ナイト・オブ・ザ・バーンは急いで準備を整えるが、今度はシルバー・ザ・ホワイトナイトのほうが早かった。ホウサンオーは、仕方なく回避を選択。

 自身のすぐ傍を、MG大の砲弾が突き抜けていく。まるでソニックブームのように、通り過ぎた後から音がやってきた。続いて衝撃が襲い、ナイト・オブ・ザ・バーンが揺らぐ。

 それを立て直した頃には、次の突進が訪れる。それもまた回避。刀を使って、自身を移動させたのだ。刀を上空に退避させた時には、すでに目の前に接近し、また音を置き去りにして消えていく。

 それから領域内では、不思議な光景が繰り広げられる。

 ひたすら突進するシルバー・ザ・ホワイトナイトを、ナイト・オブ・ザ・バーンが必死にかわすという謎の光景である。それは闘牛と闘牛士との戦いにも似ていた。

 珍妙ではあるが、当たれば即死の可能性すらある。また、やる側も当てれば大ダメージなのだから、当人たちは実に大真面目な戦いをしている。

(なんじゃ、こやつの戦いは!)

 ホウサンオーも、ラナーの【割り切った戦い】に驚く。それは、シルバー・ザ・ホワイトナイトの防御力を全面に出した戦い方である。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトの特徴は、その圧倒的な防御力である。端から見てもわかるように、いかにも硬そうな重装甲の鎧とシールドを持つ。

 特にシールドは、シルバー・ザ・ホワイトナイトの専用装備の一つである【聖なる守護盾】。略して聖盾である。

 このシールドには、すでに失われた文明の特殊な防御術式が施されており、いかなる攻撃も通さない。物理攻撃は当然、術による攻撃も無効化してしまう。

 そう、【無効化】なのだ。

 アレクシートのシルバーグランが炎を無効化できるように、あらゆる攻撃を霧散させてしまう。

 搭乗者の戦気と意思が持続する限り、いかなる制限もない。文字通り無敵の盾。これは全神機の中で問答無用でナンバーワンの防御力である。ただし、シールドの表面にのみ作用するので、それ以外の場所には効果は発揮されない。

 しかし、シールド自体がかなり大きく、身体の半分以上を覆ってしまうので、これを盾にして進めば前面は無敵の防御力を誇る。ラナーは、これを最大の武器にしているのだ。

 結果は見ての通り、ホウサンオーの剣衝すら簡単に弾く。

 仮に、ここに戦艦があったとする。巡洋艦クラスの大型船舶だ。そこにシルバー・ザ・ホワイトナイトが突っ込むとどうなるか。

―――貫通

 である。

 完全防御のシールドを前面に立てた白騎士にとって、あらゆるものは障害にならない。攻撃は弾き、邪魔なものは破壊する。

 ここが戦場ならば、シルバー・ザ・ホワイトナイト一機で、簡単に戦線を崩すことができるだろう。まさに一機で戦局を変えられる特機となる。しかも、無傷でそれができるのだ。価値は計り知れない。

(さすがは、シルバー・ザ・ホワイトナイトか。やりにくいの)

 ホウサンオーも、最強の盾には苦戦する。だが、シルバー・ザ・ホワイトナイトの性能は有名であるので、最初から承知の上であった。

 騎士階級の神機は、ナイトシリーズのオリジナルということもあって、世界的に大人気の機体である。何より、万人に対して示せる【わかりやすい強さ】を持っている。

 最強の盾であるシルバー・ザ・ホワイトナイト、最強の剣と呼ばれるブラック・ザ・ナイトを筆頭に、子供たちの憧れを画に描いたような機体。人気が出ないほうがおかしいのである。それゆえに能力も、かなり詳細な部分まで公開されている。

 専用ブースターも聖盾も、ブルーナイト同様、プラモデル販売サイトにさえ載っている情報だ。子供でも簡単に知ることができるだろう。それはいい。最初から想定している。

 しかし、想定外もある。

(機体は仕方ない。問題は、やつじゃな)

 ホウサンオーは、すでに二十回は彼の突進をかわしていた。ラナーもかわされるのが当然のように、これを淡々と繰り返す。無理に追撃はしない。

 だから奇妙であったのだが、ここでホウサンオーは、一つの事実に気がついた。

 この二十回のすべて、ラナーは無夙を使っているのであるが、まったく戦気が衰えていないのである。一回目と二十回目が、まったく同じ速度で、一分の乱れも見られない。

 そのことから、ホウサンオーの脳裏に不安要素が浮かぶ。

 ラナーの【無尽蔵のスタミナ】である。

 機体とリンクしている搭乗者は、消耗も機体とリンクする。それは破損だけではなく、体力面でも同じなのだ。機体を動かせば肉体と同じように疲れるし、戦気を使えば同じように消耗する。だから一心同体、人馬一体なのである。

 今、ラナーは見た目通り、大きな甲冑と巨大なシールド、大きな剣を持っている。それを抱えて全力疾走しながら、体当たりを繰り返しているのだ。想像してみてほしい。それだけでも人間にとっては重労働である。

 シールドはあくまで無効化するだけであって、圧すのは機体であり、搭乗者の力である。実際にやってみればわかるが、盾を押し付けて倒すことは、自分にも大きな衝撃が返ってくるものだ。

 相手の質量を受け止めたうえで、叩き壊す。それだけの圧力を加えられるラナーが凄いのである。そして、真剣勝負の最中ならば、消耗もいつも以上に激しくなる。その中においても、ラナーはいっさい乱れていない。

「まだまだいきますよ!」

 ラナーに、消耗はまったく見られない。ホウサンオーに考える暇も与えないほど、突進を繰り返す。

 その回数、ついに百に到達。

(はー、はー!! ただの優男かと思ったが、とんだ食わせ者じゃ!)

 さすがのホウサンオーも、少しずつ息が上がってくる。無理もない。アキコさんに足腰の心配をされるジジイなのだ。もともと体力に自信はない。

 ラナーの目的は、消耗戦。
 文字通り、ホウサンオーのスタミナを奪う戦いであった。

 本来ならば、重甲冑を背負うラナーのほうが苦しい戦術であるが、彼は汗一つ掻かずに平然としている。それも当然。絶対の盾に守られているという、精神的なアドバンテージも有しているからだ。

 ホウサンオーと対峙した者は、その剣に怯え続けねばならない。圧倒的な攻撃力を持つ相手に突っ込むなど、正気の沙汰ではない。一般人が、銃を持った相手に突っ込むのと同じで、自殺行為に等しい。

 ゼルスセイバーズが彼の間合いに入る時、決死の覚悟で向かっていったことを思い出してほしい。その時の消耗度は、演習の比ではない。たった一度のチャンスに全霊をかけるので、激しい精神的疲労を感じる。

 それは雪騎将でも変わらない。ゾバークやミタカは、当たれば致命傷になることを知っていた。突っ込めたのは、腕に自信があったからだ。それでも万一の場合、死を覚悟しての行動である。

 しかし一方のラナーは、それすら必要ではない。絶対防御によって前面が安全地帯となる。避けなくていいのだ。この差はあまりにも大きい。

 そして、もう一つの理由。

(間違いなく、防御系の剣士じゃな。戦士の覚醒率が高いのかもしれん)

 ここまでくれば、もはや疑いの余地はない。

 ラナーは、防御系の剣士である。

 一般的に剣士は、攻撃力が飛び抜けている反面、戦士に比べて打たれ弱い傾向にある。ジン・アズマが、強化ユニサンの膝蹴り一発で腹が吹き飛んだように、肉体の防御力はデムサンダーに遠く及ばない。

 しかし、目の前の剣士は、明らかに質が違う。放つ戦気を見れば、相手がどのような質を持っているかがわかるのだ。優男風の見た目に騙されれば、痛い目に遭うだろう。

 こういった差が出るのは、【因子の覚醒率】に寄るところが大きい。

 何度も言っているように武人には、戦士、剣士、術士の三大系統と呼ばれる因子がある。それぞれの覚醒率によって、武人のタイプが変わるのである。

 武人の性質は、主に一つに偏る傾向にある。戦士ならば、戦士の因子の覚醒率が高く、それ以外はゼロあるいは「1」といった具合である。1もあれば、武人として認定されるレベルにあるので、十分な数字だ。

 たとえば、ユニサン(人間)の覚醒値は、こうなっている。

 戦士:2/4 剣士:0/0 術士:0/0

 右側の数字が【覚醒限界値】。武人の持つ才能や、肉体的要因によって限界値は決まっている。

 彼は生粋の戦士なので、剣士と術士の限界値は、ゼロ。これは悪い数字ではない。普通の人間、武人未満の才能に関しては、ゼロが普通である。

 仮に剣術の世界大会で優勝していたとしても、それが武人でなければ、やはりゼロなのである。一般人が努力に努力を重ねて、0.9という数字に至ることはできるが、1にはならないのと同じだ。切り捨てである。

 単独で、あれだけの戦闘力があっても、因子の覚醒率は2。あれだけ硬くても、2である。そう、2もあれば、第八階級の上堵級の武人として扱われるほどの値である。

 少し特殊な例も挙げよう。

 リヒトラッシュの覚醒値は、こうなっている。

 戦士:3/5 剣士:3/5 術士:1/3

 銃者という、やや特殊なタイプに当てはまる彼は、基本は戦士であるが、武器の扱いという側面も加わっているので、剣士の値が高い。これは彼の狩猟民族が持つ血統遺伝によるものであり、肉体やナイフ、銃を使っていたことで、こうした万能型になったのだと思われる。

 また、目(瞳術)という特殊な要素を開発したせいか、他の術式は扱えないものの、術士の因子も上がっている。

 次に、類似例を出すために、アレクシートの例を挙げよう。

 戦士:5/10 剣士:5/10 術士:0/0

 剣士にしては、肉体的に強いアレクシートは、やはり戦士の値が高い。ほぼ戦士といってもよいほど、その値は圧倒的だ。それでもやはり剣士は剣士なので、5の覚醒値があっても、戦士のそれとは劣るのは致し方がない。(サブ値として減少効果が発生する)

 そして、ラナーの数値である。

 ロイゼンの筆頭騎士団長である、彼の数値は―――


 戦士:10/10 剣士:10/10 術士:2/5


 となっている。

 とんでもない数字である。覚醒率だけを見れば、ホウサンオーすら超えるであろう、世界トップクラスの実力を誇っていることになる。

 もちろん、覚醒率=強さ、ではない。

 覚醒率は、技の修得や各種肉体機能の覚醒には必須であるが、低くても素の力が優れていれば強いこともある。逆もしかりで、高くても生かしきれない、そのすべをもたない、という、宝の持ち腐れ状態もよく見受けられる。

 が、やはり因子を覚醒させていたほうが有利に決まっている。なぜかといえば、オーバーロードで引き出す必要性がなくなるからだ。戦士の因子を最大値にし、修練によって、肉体能力の限界までラナーは力を引き出すことができる。

 こうなれば常時、自然体でオーバーロード状態。
 燃やそうにも、燃やすものがないのである。

 ロキなどは、この覚醒値を自身の限界まで上げる手術を受ける。優れた武人を集めているので、平均は2~4である。それと比べれば、ラナーの才能、実力が、いかに飛び抜けているのかがわかるだろう。

 ただし、各覚醒値がオール10であっても、それを同時にすべて使えるわけではない。どの数値がどれだけあっても、一度に使えるのは、その中の【合計で10ポイント】までしか使えない。

 仮に剣士の因子を8使えば、肉体強化に使えるのは2となる。これをもっと簡単に言えば、剣士因子8レベル相当の必殺技を使う際には、防御力が疎かになる、ということでもある。

 たとえば、ラナーがこうしてシールドアタックをしているときは、戦士の因子を全開に使っているので、身体の強化にすべての力を使える。だから、圧倒的なまでの力を発揮しているのだ。

 まず第一に、モザイク(異能者)でもないのに戦士と剣士の因子を極限まで上げている人間など、そうそういない。というより、バーン序列一位のパミエルキを含めた、世界で数人程度である。

 パミエルキの場合は、異能によってそれを成しているが、それなしでここまで上げたのは、おそらくラナーだけである。そして、彼がこうなったのは【紅虎のせい】でもあった。

(紅虎様の訓練を生き抜いた男、か。あの御方は、とんでもない化け物を作ったもんじゃ。困った人じゃよ、ほんと)

 ホウサンオーは、紅虎の修行について少しばかり聞いたことがある。

 紅虎は弟子を鍛える際、常時【青の領域】を展開しているという。それは日常生活にも及び、寝る時でさえ解かれることはない。

 この青の領域というものは、紅虎が持つ瞳術の一種で、母親の紅御前から受け継いだ【遺伝性結界術】の一つである。

 技や術の中には、遺伝で伝わるものがある。武人の遺伝子の中に情報が組み込まれているからだ。そして、遺伝で受け継がれたものは、危険な手段をもちいずとも使用が可能である。(覚醒値が達していなくても、使用可能)

 技量がなければ安定発動できないことは事実だが、もともと遺伝的に宿している能力なので、身体に必要以上の負荷はかからない。

 紅虎丸の剣士の才覚と、紅御前の眼力に加えて、意思の力を受け継いだ彼女は、直系の中でも飛び抜けて破天荒であるのは間違いない。同年代の直系の中で彼女と本気でやり合えるのは、神剣・毘沙門天を持つ【あの娘】くらいなものだろう。

 何にせよこの青の領域は、そこらの結界術とはレベルが違う。

 紅御前は、偉大なる母の一人であり、地上の海を管理している女性である。海洋を守護する彼女の力は絶大で、全世界の海流を自在に操ることができるといわれるほどだ。青の領域は、その力を具現化するのである。

 一度作られた領域内では、すべてのものが海中にいるように動きが制限される。陸では屈強な虎やライオンでさえ、海中では魚にすら劣る。そのうえ気圧の変化もあり、全力を出せば武人でも数秒で圧死する。

 そう、ラナーは、その中で修行していたのだ。

 かつてラナーは、紅虎の修行を「地獄と呼ぶにも生ぬるい」と評した。呼吸すら困難な中では、剣を振るどころか眠ることすら苦痛である。何をしても集中できず、意識を保つことだけで精一杯。

 これはマラソンランナーが、高地でトレーニングをすることに似ている。慣れないうちは歩くだけでやっとだろう。少し走っただけでも、酸欠で眩暈を感じるに違いない。

 驚くべきことに紅虎が修行で重視するのは、ただただ【体力の強化】であった。てっきり剣の稽古をすると思っていた少年ラナーは、驚きとともに、この地獄の日々を過ごすことになる。

 その後、慣れてきたと思ったら領域の負荷を上げられ、再び地獄の日々が始まる。当然、その状態でも重労働を強いられるし、麓の町までの日々の買い出しのため、百キロの往復も一時間でこなさねばならない。

 それが何度も何度も何度も繰り返された結果、彼は青の領域内でも普通に生活することができるようになった。それは、超重力にも耐えられる肉体を手に入れたと同じである。

 よって、ラナーのスタミナが無尽蔵に思えるのは当然。この重い鎧とて、彼にとっては、まるで絹の衣をまとって歩いている程度のこと。剣や盾すら、持っていることを忘れるほどに軽く感じている。あの青の領域に比べれば、この世界は無重力に感じるほどだ。

(ワシも、ちと運動不足じゃったか。ここにきて歳を感じるとはの)

 ホウサンオーは、自己の実戦不足を痛感していた。剣王時代も密かに紅虎などの猛者と剣を交えていたが、近年での実戦の殺し合いの数は少ない。少なすぎる。

 実際、彼が本気でリハビリを始めたのは、ここ数年。バーンになってからは、模擬戦でガガーランドと戦ったりもしていたが、殺し合いの勝負ではなかった。(ガガーランドは、本気で殺しにくるから恐ろしいが)

 その反動が今になってきている。これを続けられると、体力的に相当厳しい。若さ自体が、強力な武器であることを思い知らされる。

「…やはり、ブランクはあるようですね」

 ラナーも、ホウサンオーの動きが、万全ではないことを見抜く。かつての全力を知っているからだ。

「ワシの都合で物事が動くわけではないからの。それはそれでかまわんよ」
「戦いに言い訳をしない。それでこそ剣王です」
「褒めたいのか、けなしたいのか、よくわからんやつじゃな」
「私はあなたに強くあってほしい。それだけです」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは盾を下げ、右手の剣を構える。

 この剣も専用装備の一つであり、ラナーが持っている聖剣と同じく、そのまま名前は聖剣シルバートである。この剣も同じ素材、同じ技術で造られた神機用の聖剣なのである。

「次は、剣で勝負!」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトが剣気を発する。その剣気は、聖剣の術式と混じり合って、銀色の光を発していた。ラナーの戦気が上質なのに加えて、聖剣が力を上乗せしているのである。

 聖剣シルバート。

 テラ・ジュエルであるローベナイト・クリスタル〈聖白の守護〉が植えられており、効果は、【物理および全属性耐性に加え、全状態異常無効を永続的に付与】というもの。

 ジュエルの力が永続的に発動すること自体、恐るべき能力である。付与型の唯一の弱点である、損耗というものを完全に無視したチートジュエルの一つだ。

 加えて、名刀や聖剣というものには、【剣気の伝導率強化】というものがある。この補助効果によって、剣士は戦気を何倍にも増やして剣気にできる。剣士が強い攻撃力を持つのは、こうした理由もある。

 聖剣自体にも、完全修復効果が付いているので、壊れることはない。仮に傷ついても自動修復する。攻撃能力こそ増幅されないが、まさに防御に特化した聖剣である。

 ちなみに、武器や道具にジュエルが付属している場合でも、それに認められればジュエリストということになる。常時使っているわけではないので、ラナー当人は気にしていないが、彼もジュエル・パーラーの一角として認識されている。

 なにせこの聖剣は現在、彼しか使えないのだから。

 だが、その聖剣をもってしても、ラナーは剣だけで勝てる気がしない。

「ほほー、わざわざ勝機を捨てるのか? 唯一の勝機かもしれんぞ」
「聖剣を前にその自信。だからこそ挑むのです!!」

 聖剣を見れば、誰もがたじろぐ。強敵を目の前にした恐怖を感じるもの。されどホウサンオーは、そんな剣すら見下している。

 たかが聖剣であると。それがどうしたと。
 ワシの孫(マゴノテ)のほうが、よほど可愛いと。

 お前さん、そんなもので勝てると思っているのか?
 甘く見られたもんじゃな。このヘボ剣士が。

 と言っているのだ。


 それが―――快感である!!


(強者たりえる者、すなわち自己の探求者なり!!)

 ラナーは道具の力を借りて、ようやく対等だと思っている。しかし、ホウサンオーからすれば、道具の優劣などさしたる問題ではない。自己に自信があるからだ。探求を続けてきたからだ。

「だからこそ、挑む価値がある!」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、邪魔にならないように盾を半身に構えて突っ込む。剣と盾を同時に使う。これが彼の基本の型である。が、盾は使わずに、剣だけをもって臨む。

「ならば、ワシの剣技を味わうがよい!」

 ナイト・オブ・ザ・バーンが剣光気を発し、マゴノテが黄金の輝きに満ちていく。

 なんと美しい光だろうか。どれだけの鍛錬を続ければ、これを得られるのだろう。ラナーですら、その光に感銘を受ける。

 それを、シルバー・ザ・ホワイトナイトが間合いに入った瞬間、思いきり振り下ろす。ラナーは盾ではなく、剣を水平に振り払って対応。

 刀と剣が衝突。

 次の瞬間―――ラナーの右腕が、大きく弾かれた。

「なんと!! 聖剣が!」

 ラナーは、聖剣シルバートが弾かれたことに驚愕。少なくともシルバー・ザ・ホワイトナイトに乗ってからというもの、聖剣が弾かれたことは一度もなかった。

 それはラナーだけではなく、聖剣の守護の力すら上回った証拠。ホウサンオーが言っていたことは嘘ではないし、慢心でもない。事実なのだ。ホウサンオーとナイト・オブ・ザ・バーンならば、聖剣でも関係ない。

「では、ボコボコにしてやるかの!」

 ホウサンオーは、攻撃の手を休めない。ここが勝負時である。マゴノテが、まるで鞭のごとくシルバー・ザ・ホワイトナイトに襲いかかる。

 右から左から、上から下から、斜めから曲線を描いて。その攻撃は千変万化かつ、一撃一撃が恐るべき重さである。あまりの速さに受けきれず、鎧で受け止めることも多くなる。そのたびに聖鎧が傷ついていった。

 これを至高技、【八吊手やつで】という。

 突きを除いた、あらゆる角度からの剣撃を叩き込む技である。高速の剣は、まるで八つの手で相手を吊るかのごとく、身動きできないほどにしてしまうことから名付けられた剣技である。

 振りの速度に長けるホウサンオーが、一騎討ちでもっとも得意とする技の一つである。弱点としては、単独の敵に対して集中して放つので、背後が死角になってしまうこと。複数の相手には使いにくい技である。

 しかし、その威力は桁違い。

 一度はまれば、敵の反撃を受けないで圧勝できる、恐るべき技である。しかも剣光気付きの刀。普通ならば、初手で真っ二つであろう。それに耐えられるのも、シルバー・ザ・ホワイトナイトだからだ。

(聖鎧まで抉っていく。これが伝説の剣光気!!)

 ラナーは圧倒されながらも、ホウサンオーの技の冴えに感嘆していた。実際に受けてみると、これまた凄まじい衝撃である。

 剣光気は、ラナーであっても到達できていない、剣の一つの到達点であった。剣士の覚醒値が最大であるラナーでも無理なのは、こうした技能の修得には、それ以外の獲得条件があるからである。

 剣光気は、戦気量(精神)がS以上、戦気の発気量(魔力)がSS以上、剣硬気の出力が一定以上(剣気化条件のクリア)、いくつかの戦気術の獲得、それに付随する至高技の獲得(戦気術系)を果たし、ようやくたどり着く域である。

 隠し条件として、長い年月、毎日本気で剣を振り続ける、というものもあるが、どちらにせよ簡単に会得できるものではない。

 加えて、剣光気を会得しても、使いこなすのが難しい。常時、激しい剣気を放出し続けるのだから、戦気の制御が完璧でなければ、すぐにガス欠になってしまう。

 どんな達人であっても、そこに至れないまま終わることが多い、剣士にとって憧れの力なのだ。もはや伝説といっても差し支えない。

 かつて紅虎は言った。

「できることならば、剣光気を扱えるようになりなさい。才能だけでは、絶対に到達できない領域だから価値があるのよ」

 紅虎は、才能に溺れる者は、すぐに倒れると知っていた。

 真に強きものとは、雨風を受けながら成長する雑草のようなものであると。最高の才能を持っている紅虎が言うと、嫌味に感じるかもしれないが、これこそが真実である。

 いくら青の領域を使えようが、剣の才能があろうが、そんなものに価値はないのだと。それは単に【役割】の問題なのだと。その力を正しいことに使わなければ、それだけ罰を受けるという、ただ責任ある損な立場であるだけだと。

 剣光気こそ、紅虎が認めた努力の証。
 だからこそ―――叫ぶ!

「その剣光気を扱えるあなたに、私はぁああああああ―――!!」

 ラナーが気勢を上げて、剣を振るおうとする。しかし、ホウサンオーの八吊手の勢いは激しく、簡単に身動きできる状態ではない。

 唯一の打開策は、聖盾である。盾を押し出して耐えれば、いかに八吊手だろうと防ぐことができる。しかし、ラナーは剣にこだわる。

「剣であなたに勝つ!!! 勝たねばならない!!」
「そうまで言うのならば、ワシはかまわんがな。じゃが、さすがのおぬしでも、続ければ死ぬぞ」

 ホウサンオーにとってみれば、これほどありがたい申し出はない。盾を使われれば、苦戦は必至なのだから。

 そして、八吊手の攻撃力ならば、シルバー・ザ・ホワイトナイトを打ち砕くことができる。ナイト・オブ・ザ・バーンを甘く見てはいけない。この機体は、神機とすら対等に戦える超特機なのである。

 一撃一撃が、破壊神の暴力のように重く、激しい。

 肩に当たれば、鉄の塊が当たったかのような衝撃が走る。腕に当たれば、骨が軋む音がする。鎧越しであっても、この威力。まさに攻撃力に関しては、ナイト・オブ・ザ・バーンの圧勝である。

 それを知りながら、ラナーは必死に剣を振る。その一撃は八吊手の鞭の中に突っ込まれるが、まるで竜巻に触れたかのように、凄まじい圧力によって弾かれる。剣を手放さないようにするだけで精一杯である。

 ホウサンオーは、まったく遠慮せずに八吊手を叩き込み続ける。

 聖鎧には自己修復能力が付与されているが、ナイト・オブ・ザ・バーンの剣は、自己修復の速度を上回る力で抉っていく。美しい白銀の鎧が、傷つき、欠け、亀裂が入り、それが直ろうとする前に、また次の衝撃が走る。

 このままでは、あと数分で破壊される。

(なんという振りの速度! まるで対応できぬ! さすが剣王と呼ばれる御方。剣技においては、紛れもなく超一流! だが、ありがたい。全力を出してくれている!)

 ラナーは、この状況に歓喜する。ホウサンオーは勝負時と見て、一気に倒しにかかってきてくれた。この技の冴えは、あの時に見た彼の全力に勝るとも劣らないレベルである。

 ようやく、ようやく出会えた。

 あの時のホウサンオーに。紅虎を殺そうとしていた時の、あの恐るべき剣に。殺意を隠しもせず、相手を滅するためだけに剣を振るう、その悪魔のような存在に!!

―――ついに、出会えたのだ!!!

「ふふふ…」

 ラナーは、圧倒的な不利な状況で笑う。嬉しくて嬉しくて、身体も心も喜びに打ち震える。ぞわぞわと背筋が笑うように、快感が駆け上がる。

「薄々感じておったのじゃが、お前さん…マゾじゃろう?」

 ホウサンオーは、そんなラナーの気配に気がついていた。ボコられて笑うなど、真性のマゾヒストとしか思えない反応である。

 たしかにラナーには、マゾ疑惑がある。紅虎に殴られたり、土下座したり、普通の武人ならば、いや男ならば躊躇するようなことを平気でやる。どこか、なじられることを喜ぶ節が見受けられる。

 一応、ラナーの名誉のために弁明しておけば、これは紅虎の修行を受けていた頃から顕著になった現象だ。それまでの彼は、ノーマルだったはずである。

 あまりの苛酷な修行に、精神が半分壊れてしまったのかもしれない。そうでもしないと、あの激しい修行には耐えられなかったのだ。

 青の領域に圧迫され、身体中の骨や筋肉が軋む音がうるさくて、夜は眠れない。寝不足で起きれば、家事や炊事を行い、昼間のシュトラとの鍛錬では思いきり剣で殴られる。

 あの剣神に、それが鞘付きであっても、思いきりぶん殴られていたのだ。それでも耐えてきたラナーを見ていたからこそ、シュトラは「外には、こういう頑丈な武人も多いのだろうな」と勘違いしたくらいだ。

 すべては、すべては、強くなるため。
 そのためには何でもやってきた。

 ただ、紅虎はけっして強要はしていない。嫌ならさっさと出て行っていいと、常に逃げ道は用意してくれていた。ラナーも何度か逃げることを考えたことがある。

 がしかし、しかしである。

 もうやめられない。

 強すぎる刺激は、いつしか快感となっていく。人間には、困難を克服するための底力が用意されている。限界を超えるたびに、快楽物質が分泌されるようになる。

 それは人間が、永遠の進化を続ける【霊】だから。
 霊は、快楽によって進化を続ける。

 進化は喜び。これを忘れてはいけない。

 困難という痛みを伴って歩む道は、より強く大きな喜びを味わうためにある。たとえば、塩辛いものを食べたあとに甘いものを口にすれば、より甘く感じる。その原理である。

 ラナーは、いつしか紅虎という痛みに、快楽を覚えるようになっていた。そして、すべてが紅虎基準になった今、彼を奮わせるものは、けっしてそう多くはない。

 世の中にある金銀財宝も、美しい女性も、誰もが羨む名誉も、何一つ必要としていない。求めるのは、最高の刺激であり快楽。

 その中の稀少な一つが目の前にいるのだ。

 嬉しくないはずが―――ない!!

「こんなに嬉しいことはない!! ずっと待っていた、待っていたのです!! あなたを、ずっとぉおおおおおお!」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、がむしゃらに剣を振るう。その姿に剣聖の面影はなく、剣豪に向かう若手剣士のようだ。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、何度も剣を振り、そのたびにカウンターで弾かれる。至高技を発動しながら、一つ一つにカウンターを合わせるという、超美技である。

 しかし諦めない。異常な防御力とスタミナを武器に、何度も何度も挑んでいく。

 その姿には、もはや剣聖のイメージはない。そもそもラナーは、剣聖という言葉に執着していない。民の心の支えになればと受け入れているが、名声そのものには興味がないのだ。

 事実、これが現実である。

 これが、ホウサンオーとラナーの実力差なのだ。ラナーでさえ、これが現実。まともに打ち合えばこうなる。

 だが、それにしても一方的である。
 なぜラナーは剣王技を使わないのか。

 そう疑問に思う者も多いだろう。当然、幾多の剣王技を修得している。剣好きな彼ゆえに、得た剣技は数多い。されど、ホウサンオーと戦って一瞬で理解したのだ。

 今持っている剣王技のどれ一つ、ホウサンオーには通じない、と。

 ホウサンオーを見ていればわかる。彼も幾多の技を使えるが、今まで使ったのは剣衝や剣硬気くらいなもの。これは基礎中の基礎であり、けっして珍しいものではない。


―――「剣の真髄は、斬ることにあり」


 こんな有名な台詞がある。述べたのは、第二十三代剣王、石剣王いしけんおうこと、マタ・サノス。

 当時は、剣王技が本格的に整備され始めた頃で、道場の多くが、新しい剣技を次々と開発していた時代である。初心者のみならず、剣豪と呼ばれる人間であっても、目新しい技にうつつを抜かしていた。

 そんな時、マタ・サノスは言ったのだ。

 剣とは、ただ斬るためのものである、と。

 技というのは、いかに斬るか、それだけのことであると。
 武器というのは、どうやれば斬れるか、それだけのことであると。

 マタ・サノスは、周囲の風潮を嘲笑するように石の剣を使い、あらゆる存在に打ち勝った。それゆえに、石剣王なのである。剣光気をまとえば、石でも鋼鉄でも何でもよいのである。実に痛快な皮肉である。

 ラナーは、その言葉の意味を、今にしてようやく悟った気分でいた。

 ホウサンオーは、斬るということだけにすべてを費やしている。たしかに、剣王技は優れている。技の発動によって、さまざまな効果を自動的に得られる。

 されど、車の運転が熟練した人間にとって、オートマチックよりマニュアルのほうが使いやすいのと同じで、普通の剣技で対応したほうが、あらゆる状況に対応できるようになる。

 そして、突き詰めれば最強。

 ただ斬るという行為そのものが、最強の一撃となる。そこに達人の凄みがあるのだ。

 そこに、剣の【美学】があるから。

 剣を愛するラナーにとって、剣の理想は高い。自らの憧れを体現したいという欲求が、そこにある。それだけが彼の原動力である。

 また、剣王技の発動には、剣士の因子が必要になる。剣気の発動のために因子は使っているが、現在は戦士の因子による肉体強化を優先している。

 割合でいえば、剣士2:戦士8。技で劣るラナーが、ここであえて剣王技を使い、戦士の因子を下げてしまえば、カウンターで大ダメージを負ってしまう。

 そもそも、この打ち合い自体が間違っているのだが、それを維持するためには、こうした工夫が必要なのである。それは、ワガママ。ラナーのワガママ。されど、必要なワガママである。

(ああ、打ちのめしてくれている。こんな感覚など、どれだけ久しぶりだろう)

 ラナーが紅虎と修行していた時などは、常にめった打ちにされていた。こちらは真剣、相手は木刀である。それにもかかわらず、まったく歯が立たない。木刀に傷すら付けられない。

 毎日ボコボコにされ、休もうにも青の領域内で、しんどい思いをして過ごす。その厳しさを思い出せば、世の中のあらゆることが簡単に思えた。

 だが久しく、その感覚を忘れていた。

 ラナーは、【生ぬるい環境】にいたことを自覚していたのだ。剣聖と呼ばれ、カーリスの守護者と呼ばれるたびに、心に焦りが募っていく。自身が進化していないことを痛感する。

 人は厳しい環境において成長するのである。だからこそ強敵を求めていた。ただの強敵ではない。命をかけた真剣勝負の相手である。それに相応しい存在である。

 それが今、ここにいる。

「私は、このままでは終われない! こんなところで、足踏みなどしていられない―――!!」

 ここで、ラナーは勝負に出る。剣士の因子を上げ、全身全霊の剣気を練って聖剣シルバートにまとわせる。防御を捨てた攻撃特化である。

「おおおおおおおお!!」

 無我夢中で放った一撃は、八吊手の一撃に当たり―――押し負ける。

 体勢が崩れたところに、四発の高速剣をまともにくらう。ミシミシと、鎧を通り越して身体が軋む音がした。鎖骨と肋骨にヒビが入ったようだ。

「すーーーーはーーーー!!!」

 恐るべき剣が迫る中、一瞬で練気を終え、戦気を回復に―――回さない。さらに攻撃を高めるために、剣気を強化していく。

(足りない! まだ足りないぃいいいい!)

 その気迫の一撃が弾かれても、何度も挑んでくる。カウンターで攻撃をもらい、軋み、激痛が訪れても、ラナーは負けない。ただ前へ、ただただ前へ剣を突き出していく。

 そんなラナーの気勢に、ホウサンオーも次第に熱くなっていった。

「見かけによらず、気骨のあるやつじゃ! 顔が潰れても知らんぞ!」
「私が求めているのは、そんなものではありません!! ただ中身を! ただ強さを欲しているのです!! こんな顔など、欲しければくれてやりましょう!!」

 ラナーが女性嫌いになったのは、ただ紅虎だけが原因ではない。見た目と名声だけに引き寄せられる者が多いからである。その上辺だけの態度を激しく嫌悪していたのだ。浅ましく、近視眼的であると。

 紅虎は、外見などで人間を判断しなかった。その証拠に、カーシェルは少年の頃もけっして美男子ではなかったが、心からの愛情を注いだ。彼女が接するのは、人の心。奥深くにある本質である。

 それが当たり前になった今、すべてのものが醜く思えるのだ。なんと醜い世界だろう。人々だろう。紅虎という光に比べれば、すべてが薄っぺらな影にしか見えない。

 直系の紅虎と偉大なる者、女神以外は、ラナーにとって価値がないのだ。その崇高な存在を知った彼には、それがすべてなのだ。

 その意味においては、ラナーもカーシェルと同じく、紅虎によって人生が大きく変わったといえる。そして、幸せであるといえる。

「偽りのものなど、私はいらない! 私はただ、あの人に追いつくために!! あの人に認められるために!! あの人に、褒められるためにぃいいいいいいい!! 届け、届け、届け!! 届かせろぉおおおおおお!!」

 ラナーの戦気が真っ赤に燃える。それは情熱の炎。初めて彼を焦がしたものに憧れ、ただただ追い求める者の姿。

「そうか!! そういうことか!! ほほ、お前さん、いいのおおお!! 男なんてものは、そうでなくては!!」

 戦気は嘘をつかない。ホウサンオーは、ラナーが自分に向けるさまざまな感情を、あるがままに受け取っていた。

 嫉妬、憧れ、喪失感、恋慕、愛情、情熱。
 そのどれもが過激であった。

 そして知る。


―――ラナーは、紅虎を愛している


 ということを。

 心から心から。愛している。求めている。

 その感情は、恋人に感じるような独占欲ではない。もっと深い、家族的な情愛に似ている。その中に、複雑な感情が入り交じっているのだ。

 それを簡単に言葉にすることはできない。心がバラバラになりそうなほど、狂おしい情愛、それを止める理性、見せつける現実、されど近しい者への渇望と憧憬。どれもが彼を悩ませ、苦しめる。

 今だってそうだ。

 こんな戦い方は、本来の彼のものではない。盾を使って攻撃すれば、もっともっと有利に戦うことができる。それをしないのは、こうした葛藤から生まれるものが原因である。

 だが、こうしたものが進化にとっての糧となる。
 このすべてが、ラナー自身をかたちづくっている。

 シャイン・ド・ラナーという存在。その本質を、より表現しようとしている。霊が、肉体という表現媒体を使って、より多く顕現しようとしている!!

「おおおおお―――!!」

 叫びが。

「私はぁああああ―――!!」

 求める心が。

「―――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 声にならない想いが―――


 限界を超えて、今ここにぜる。


―――パァアアン


 その音は、何かの破裂音に聴こえた。乾いた音で、まるで手と手で強くハイタッチした時に聴こえる音に似ている。

 パァアアン
 パァアアン
 パァアアン

 次第に連続して聴こえるようになった。よくよく見ると、ナイト・オブ・ザ・バーンとシルバー・ザ・ホワイトナイトの剣が、衝突する時に発生している音であった。

 こんな音は、普通はしない。剣と剣がぶつかれば、甲高い金属音が鳴るものである。しかし、剣気と剣気の衝突によって、こうした音が鳴ることが稀に確認されている。

 そう、アミカがナサリリスと剣を合わせた時、鳴った音である。

 これを【ソードラップ〈剣の共鳴〉】と呼ぶ。

 両者の剣がまったく互角の時。両者の気迫がまったく互角の時。両者の気持ちがシンクロする時。互いが、互いを知ろうとする時、これが起こる。

 一種の【共鳴現象】。

 武人同士は戦うことによって、互いを高め合うことができる。彼らが戦うのは、闘争本能という起爆剤を使って進化するためである。進化とは、より高みへ昇ること。

 愛を知ること。愛を発すること。
 おのれの中の女神の光を、より多く発見すること。

 今、ラナーの剣は、八吊手に完全に対応していた。あらゆる角度から打ち込まれる剣に、渾身の力を込めて打ち返している。両者の激突はラップとなり、不器用ながらも情熱的な音楽を奏でていく。

 その音を聴くと、ワクワクする。
 その音を聴くと、ドキドキする。

 歌う、歌う、音は歌う。音となって、波動となって、奏でとなって、世界を包んでいく。燃やしていく。抱きしめていく。


―――まるで恋歌。


 恋焦がれ、愛を叫ぶ歌。それを剣で表現している!!

「なんとも激しい情熱!! これがおぬしの愛か!!」

 ホウサンオーも、思わず胸が熱くなる。気恥ずかしくて、ムズムズする感覚。遙か昔の思春期に感じた、あの複雑な感覚。

 その男は、いまだ【坊や】であった。

 少年の心を宿したまま大人になった、シャイ坊という存在。彼が世の中を嫌悪するのは、当然。少年とは、そういう純粋さを持つからである。染まりやすく繊細。頑固で世間知らず。

 されど、どこか懐かしくて惹き付けられる。

 なぜかプロ野球よりも、高校野球が魅力的に映るのは、彼らが少年の心で全力を尽くすからである。その数年という時間に、あるいは一年という短い時間に、一生を超えるほどの熱情を叩きつけるからである。

 勝った者も敗れた者も、総じて人を感動させる。どんなに惨めでも、どんなに転んでも、そのすべてが美しい。人生とは、なんと美しいのかと感動する。

 その姿に、ホウサンオーは涙を流した。

「これぞ剣聖。かくあるべし」

 ホウサンオーの言葉は、ラナーには聴こえていなかった。ただ必死に剣を振るうことに夢中で、そんな余裕はないのだ。しかし、それは剣王が放つ、剣士に対しての最大の褒め言葉であった。

 ラナーは、自身が剣聖であることを嫌っていたが、彼が剣聖と呼ばれることは必然だったのだ。

 その姿には、人を惹きつける【魅力】がある。胸に宿した紅虎への愛が、それを隠して求めることが、ただ追いつきたい想いが、事情を知らない人々の心さえ奪うのだ。

 自然に発露していく。戦気が輝いていく。
 白銀の光が、黄金にも劣らぬ力になっていく。

 この光に、名前はない。こんなものは存在しない。
 だがかつて、この光を発する者がいた。

 偉大なる者たちの中に、【銀の力】と呼ばれる波動を持つ者たちがいる。白狼、銀狼、青猫。彼らはいつだって傷つきやすく、繊細な心を隠して生きてきた。

 だが、その銀の力こそ、すべてを守る力となる。
 求め、守りたいと願う力が、白銀の力となって顕現する。

 銀は、黄金と比べて移ろいやすいもの。傷つきやすいもの。しかし、だからこそ美しく、条件が整えば黄金すら凌ぐ力を発揮する。

 そして、銀が磨かれ―――


 【白金】へと至る。


 剣が、鎧が、そのすべてが白金の光に包まれていく。ラナーの力、思いが、白銀を昇華させ、白金へと至らしめたのだ。

 すべてすべて、ラナーの心はすべて、紅虎のみに注がれていた。ホウサンオーという存在は、紅虎に繋がるからこそ意味があるのだ。

 ラナーがホウサンオーに攻撃的だったのも、複雑な感情に耐えきれずに叫ぶことも、剣義を得ようとしたこともすべて、その愛ゆえに。愛が彼にとってのすべてなのだ!!


「私は勝つ! 勝って認めてもらうのだ! もう坊やじゃないと!! あなたを愛するだけの男になったのだと!! 守れるくらいに強くなったのだと!!」


 どこまでも穢れない純白の剣。

 これがラナー。剣聖ラナー。

 六十一代剣王が認めた、ただ唯一の本物の剣聖である。

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