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「翠清山死闘演義」編

307話 「ハイザク軍の動向 その4『ハイザクの武』」

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 ハイザク軍が反撃を開始。

 ギンロの策がはまり、完全に相手の勢いが落ちたせいで攻撃に転じることができた。

 彼らが一度前がかりになったら、もう止められない。

 全員が闘争心を剥き出しにして、前に前に突き進む。

 チユチュを蹴散らし、ニュヌロスを打ち倒し、グラヌマを圧し潰す。

 猿たちは必死に応戦するものの戦術で敗北し、群れとしての統制を半ば失っているので、もはや烏合の衆に等しい。

 そして、互いのボス同士の戦いも佳境に入ろうとしていた。


「…ん!!」

「キキィッ!」


 ハイザクの矛と左腕猿将の斧が激突。

 今度は互角の威力で拮抗。衝撃波が周囲の木々を抉る。

 しかしながら猿は右手も添えての全力攻撃である。この段階で自慢の左腕だけでは勝てないことを証明していた。

 一方のハイザクは右腕一本で操る矛だけで、斧を完全に受け止めている。

 両手と片手ならば、後者のほうが圧倒的有利だ。

 ハイザクが、空いた左手で左腕猿将の右肘に拳を繰り出す。

 軽く放ったとはいえ、アンシュラオンの拳と互角の威力を誇る拳撃である。

 左腕猿将の肘が―――悲鳴!

 ビキンッと嫌な音がして骨に亀裂が入った。

 右腕が完全には機能しなくなったことにより力が乗らず、ここからハイザクが一方的に押し始める。

 振るわれる矛を受けるたびに、左腕猿将が後ろに弾かれて後退を続ける。

 これでも前に必死に出ようとしているのだが、どうしてもパワー負けしてしまうのだ。

 左腕猿将は斬り合いを嫌って上に跳躍。木に掴まる。

 猿神のナンバー2が真っ向勝負から逃げた。この意味は大きい。


「…ん」


 ハイザクは矛を頭上で回転させて余裕のパフォーマンス。

 彼自身は目立ちたがり屋ではないが、こうすることで軍の士気が上がることを知っているのだ。


「うおおおおおお! ハイザク様がボス猿を圧倒しているぞ!」

「俺たちもいくぞおおおおおお! 猿なんかに負けるかよ!」


 やはりリーダーが強ければ部下もやる気が出るものだ。

 さらに第二海軍の勢いが増し、猿たちが劣勢に追い込まれていく。

 ハイザクの統率はそこまで高くないものの、アンシュラオンと同様に武勇によって盛り上げる猛将タイプといえるだろう。

 『英雄』が前にいるのならば、誰もがその旗に向かって突き進むものだ。

 ただし、ここは猿の本拠地。

 左腕猿将とて猿山のナンバー2としてのプライドがある。


「キキッーー!」

「…っ」


 器用に足で枝にぶら下がって斧をこちらに向けると、イカ墨のような黒い煙が噴き出してハイザクを包み込む。

 一瞬毒かと警戒したが、呼吸器に異常はないようだ。

 どんなに身体が強くても毒が効けば、それだけで致命傷だ。注意が必要だろう。

 ただ、左腕猿将の不思議な行動はそれで終わり、木から降りて再び打ち合う。

 勝負は依然としてハイザク有利で進み、左腕猿将は受けに徹する構えを見せた。


「増援を警戒せよ! ここはやつらの本拠地ぞ! 大ボスがいるかもしれん!」


 左腕猿将の不自然な動きを見たギンロは、敵の増援を警戒する。

 ナンバー2がいるのならば、ナンバー1がいてしかるべきだ。それこそ猿神のトップにして大ボス『グラヌマーロン〈剣舞猿王将〉』である。

 彼の群れは、右腕猿将と左腕猿将の群れを足しても届かないほどの規模で、グラヌマーハ〈剣舞猿将〉を中心とした親衛隊もいて戦闘力は飛び抜けている。ここで増援がくれば厄介だ。

 がしかし、しばらく様子を見たが、大ボスがやってくる気配はない。


(今が好機のはず。なぜ来ない?)


 ギンロならばこのタイミングで増援を呼ぶが、いまだ沈黙を守っていた。

 その代わり、ハイザクに異変が発生。

 徐々にハイザクの攻撃を左腕猿将が受け止めるようになったのだ。


「…ん?」


 明らかな変化に首を傾げるが、痛みや違和感の類はまったく感じない。

 されど、ハイザクのパワーがどんどん落ちていることは事実だった。


「キキッ! キキ!」


 左腕猿将が踊りを交える余裕を見せてくる。

 猿は他の魔獣と比べて表現豊かなので、言葉がわからずとも考えていることがわかる。

 試しに翻訳すれば―――


―――「どうだ! 俺様の武器の力は!」


 と勝ち誇っていた。

 左腕猿将の術式武具、『カーストリミッター〈序列強制の呪斧〉』。

 黒い煙は術式の一種で、これを受けると『著しい能力低下』が発生する。

 能力低下はすべての項目ではなく、相手の能力値の中でもっとも高いものから順番に低下していき、最大低下で半分にまで減少する。

 時間をかければかけるだけ戦いが有利になることから、性質的には右腕猿将の『バッドブラッド〈止血防止の悪童〉』に近い術式武具といえるだろう。

 もとより人間を遥かに超える膂力を持った魔獣である。普通に戦うだけで圧倒するのが当たり前なのだから、たまに出会う強敵に対して使える能力があればよいわけだ。

 これは術式攻撃なので、敵の魔力値に対して精神の値が三倍以上あれば対抗が可能だが、斧自体にも魔力プラス効果があるため、ハイザクでは対抗できなかったようだ。

 左腕猿将は効果が発動していることを確認すると、今まで以上に防御重視にシフト。

 ハイザクが攻撃し、左腕猿将が受け止める流れが続く。

 カーストリミッターが継続して発動するためには、相手を一定の間合いにとどめておく必要があるため、大きく離れることはなかったが、絶妙な間合いからじわじわとハイザクが弱っていくのを観察していた。

 こういうところもあざといのが猿神の特徴である。


「………」


 ハイザクもパワー低下に気づいたようで、じっと自分の身体を見つめる。

 彼の攻撃の数値は『AA』であり、これは通常時のガンプドルフと同じ数字だ。この若さで西側の猛将と同レベルのパワーを持つのだから、いかに優れているかがわかるだろう。

 それが現状では、半分の『B』程度にまで減少していると思われた。このままでは猿を倒すことはできない。

 そこで何を思ったか、ハイザクが矛を捨てる。


「…?」


 その行動には、左腕猿将すら困惑の表情。

 目の前で武器を捨てるなど彼らの常識には存在しないからだ。

 だが、奇抜な行動はそれで終わらない。

 なぜか鎧すら脱ぎ捨て、筋骨隆々の肉体美が姿を見せた。


「…!??」


 これにも左腕猿将はびっくりだ。

 魔獣からすれば、あえて毛皮を脱ぐようなものなのだろうか。

 あまりに驚いたせいで、『毛の無い猿め!』と罵る絶好の機会を失ってしまう。猿あるまじきミスである。


「…ん」


 その一方でハイザクの顔は、とてもすっきりしていた。

 鎧から解放された筋肉は喜びに満ちており、まずはマッスルポーズ!

 こんな深い山奥でも相変わらず彼の筋肉は素晴らしかった。

 ただし、この筋肉は魅せるためだけではなく、実戦でこそ役立つものだ。

 一呼吸置いてから向かっていくと、拳でぶん殴る!

 虚をつかれた左腕猿将はたじろぐが、ハイザクの拳は止まらない。

 右ストレートで顔面を殴り、左フックで腹を叩く。

 左腕猿将が斧を振るおうとすれば、自ら身体を当てにいって密着。

 からの―――バックドロップ

 猿の巨体が浮き上がり、大地に叩きつけられる。

 頭を振りながら立ち上がろうとした左腕猿将の顔面に、今度は喧嘩キックをぶちかます。


「!?!?」


 左腕猿将は、困惑を超えて混乱の域に達する。

 なぜかいきなりプロレス技を仕掛けられたら誰だってそうなるだろう。

 ハイザクが何をしているかといえば、以前ア・バンドとの戦いでバンテツたちもやっていた海兵流の【喧嘩殺法】である。

 彼らはいざこざがあると、こうして身体をぶつけあって、どちらが強いかを白黒はっきりつける習慣がある。

 ハイザクも昔は、仲間たちとこうして身体をぶつけあっていたものである。時に殴り、時には殴られて、最後は笑い合う。

 それが海の男の―――生きざまだ!


「…ん」


 ハイザクが、腕を回してから自分の胸をドンドンと叩いて挑発。

 お前の攻撃なんて裸で十分だ、というパフォーマンスである。


「キッギィッ!!」


 それを見た左腕猿将は再び激怒。怒りの形相で斧を振り回してきた。

 ハイザクは戦気を放出してガード。

 彼の戦気は非常に清らかで美しく、まるで風一つない『海凪なぎ』のようだった。

 性格が穏やかで優しいがゆえに、戦気もまた静かに燃え立つのだろう。

 だが、相手は攻撃特化の左腕かつ術式斧を使っているので、ハイザクの身体が切り裂かれる。

 皮膚が破け、肉が斬られ、血が飛ぶ。

 それでもハイザクはかまわずに拳や蹴りを叩き込んでいった。


「…んっ!!」


 叩く、叩く、叩く!!

 殴る、殴る、殴る!!

 斬られても、それ以上に強く叩き返す!


「っ!?? ―――!??!?」


 左腕猿将は、もはや理解不能。

 何度も斧を見ては、ちゃんと効いているのか確かめるほどだが、カーストリミッターは間違いなく発動していた。

 ハイザクの攻撃の値は下がり続けて、もはや完全に半減している。

 それにもかかわらず、なぜか―――痛い!!

 気づけば左腕猿将の鎧はボコボコになり、顔にも痛々しい内出血の打撃痕が刻まれていた。

 しかし、これで終わらない。


「…ん!」


 ハイザクの戦気がさらに倍増。

 筋肉も盛り上がり、ムッキムキになる。

 能力が低下したとてかまわない。序列が下がっても気にしない。

 そんなことは筋トレではよくあることだ。上手くいかないことなんていくらでもある。コンディション維持に失敗して激ヤセすることもある。やってきたことがマイナスになることだってある。

 だからこそ、努力する!

 弱くなったのならば、今この瞬間にまた強くなればいい!

 下がった分を補うほどの『筋肉パワー』を新たに生み出せばいいだけのこと。

 ハイザクは戦いながら【成長】を続けているのだ!


 拳が―――うなる!!


 叩いて叩いて、ぶっ叩いて、左腕猿将の斧すらぶっ叩いてへこませ、滅多打ち!


「…ゴガッ……ギキィッ…ゴボッ」


 左腕猿将は信じられないような表情をしながら、折れた牙とともに血を吐き出す。

 半分戦意喪失したように逃げ腰になっているのは、目の前の人間が『化け物』に見えているからだ。

 パワーでも負け、術式武器も意味を成さないとなれば、もはや彼に勝ち目はない。


「敵将はもうすぐ落ちる! こちらも仕上げに入るぞ!」


 ハイザクが完全優位に立ったことで、軍全体の流れも最終局面に入った。

 第二海軍は猛烈な勢いで突撃を開始し、次々と猿を打ち破っていく。

 右腕猿将とアンシュラオンの戦いでも述べたが、群れのリーダーが与える影響は極めて大きい。

 この瞬間、猿たちは敗北したのである。


「ギキィッ!」


 左腕猿将が指示を出すと、猿たちが撤退を開始。

 まだ逃げる余力は残していたので、木々を伝って一目散に逃げていく。


「追撃戦に移れ! 打撃を与えよ! だが、深追いはせんでよい!」


 ギンロの指示で猿たちを追撃。

 将が逃げた以上、他の猿たちが戦う理由はない。

 追撃は一方的なものとなり、この戦いで左腕猿将の群れの半数を撃破。大きな戦果を挙げることになる。

 それを見届け、ギンロがハイザクに駆け寄る。


「ハイザク様、お怪我は?」

「…ん」


(もう傷が塞がっておられる。やはりガイゾック様の肉体をもっとも色濃く受け継いだのは、この御方なのだ。まだまだ若くて健康であることを考えれば、肉体だけならば超えるのかもしれん)


 ハイザクは、何事もなかったかのように平然としていた。

 あれだけ斬られた傷も、骨までは砕けていないため即座に塞がっており、もうどこが斬られたのかわからないほど綺麗な肌をしていた。

 ガイゾックと同じ戦士因子8の『可能性』を秘めた男の力は、尋常ではないほど強かった。

 ただし、なぜ甲冑を脱いだのかは、いまだに不明だ。

 おそらくは裸のほうがやる気が出たのかもしれない。こういうところはハイザクらしいともいえる。


「勝鬨を上げよ! ハイザク様と我らの勝利ぞ!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

「マッスル、マッスル!!」


 無事戦いに勝利し、第二海軍は勝利の雄たけびを上げる。

 今回の戦いで第二海軍の負傷者408名、死者66名。

 左腕猿将の軍は、約4200匹の負傷、約2000匹の死亡となった。

 数字上でも完全な圧勝である。

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