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『翠清山の激闘』編

246話 「出撃アンシュラオン隊 その1『白の27番隊』」

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 作戦開始から十五日目。

 いつもより多く編成された制圧部隊が、魔獣と交戦を開始。

 今日も一定のラインを越えると相手の攻撃は苛烈になっていく。


「撃て撃て! 撃ちまくれ!」


 次から次へと押し寄せる大量の魔獣を傭兵たちが迎え撃つ。

 基本的な戦術は各傭兵団でそれぞれで異なるが、まずは相手の圧力を止めねば話にならない。

 銃が使える場合は一斉射撃を行うものの、誰もがザ・ハン警備商隊のように術式弾を大量に保有しているわけではない。

 大半の者たちは通常弾ばかりで、木々に遮られたり魔獣の筋肉に止められたりと決定打にはならない。その間も魔獣たちは自らのテリトリーを守るために死ぬ気で突っ込んでくる。

 こうなれば、もう身体で止めるしかない。


「重装備の者は魔獣を押し止めろ!」


 各傭兵隊の中で盾役、または戦士が率先して前衛に出て、魔獣と激突。

 魔獣の筋力は人間とは質そのものが違う。重装備をしていても吹っ飛ばされることなど、ざらにある。

 転んでは立ち上がり、またぶつかっていく泥臭い攻防が延々と続く。

 その間にハンターたちが木々の上から攻撃を続けて相手を弱らせていき、攻撃部隊の傭兵がとどめを刺していく。

 こうして三時間の消耗戦で、魔獣の群れ百五十匹を撃破。


「はぁはぁ! はぁはぁ…!」

「ようやく撃退かい。はぁはぁ…魔獣ってのはタフだねぇ。サリータ、まだいけるかい?」

「問題はない。はぁはぁ…」

「前は特に大変だよ。あんなにすごい当たりを真正面から受け止めるんだからね」


 そこには大盾を持った女傭兵サリータと、大剣使いのベ・ヴェルの姿もあった。

 ローテーションで回しているとはいえ、間断なく攻めてくる魔獣に疲労が蓄積していく。一日だけの勝負ならまだしも、数日に渡ると徐々に厳しくなるのだ。

 仮に休みがあったとしても、常時魔獣がいる森の中では、磨り減った精神まで回復させることはできない。

 秋に入ったというのにいまだ蒸し暑くすら感じる密林で、絶え間ない戦いを繰り広げる光景は、まさに重労働の極みといえた。

 しかし今、この場所には南の森の魔獣の八割以上が集結している。


「次の魔獣が来るぞーーー!」

「ちっ、休む暇もないのかい!」

「はぁはぁ…やるしかない! これが我々の仕事だ!」


 まだ数分しか経っていないにもかかわらず、『アーブグリフィ〈串刺不飛扇鳥〉』の群れが襲来。

 鳥の魔獣ではあるが空を飛ぶ翼はなく、背中に孔雀のような扇状の羽を広げている。

 その代わりに強靭な足と鋭い爪、そしてドリルのような獲物を串刺しにするクチバシが特徴の第五級の抹殺級魔獣である。

 それが何百匹という大きな群れで襲いかかってきたのだ。


「迎撃だ! 前に出て防げ!」


 後ろで指示を出す側は楽でも、実際に前で対応する者たちは強烈な圧力に晒される。


「ぐあっ!」

「ぎゃあっ…! う、腕が折れた…!」

「こんなの耐えられるか!! うあぁっ!」


 魔獣の迷いがない突撃に何人もの前衛が弾き飛ばされる。

 その穴から魔獣たちが侵入してきて、隊列の中衛にいた防御力の弱い者たちを殺して回る。

 アーブグリフィは肉食で、突き入れたクチバシで心臓を掴むと―――ばくんっ

 器用に抉り取って飲み込んでしまう。

 このドリルのようなクチバシは、引きちぎる際にも役立つ仕組みになっている。彼らはこうやって獲物の臓器を食らうのだ。


「ごごっ…ごばっ……お、俺の…心臓……か、かえ…せ」

「ブスッ」

「うぐっ…!」


 背後からやってきた他のアーブグリフィが、腎臓をひょいっとつまみ食い。

 傭兵が地面に倒れると、また何匹もの魔獣が集まってきてクチバシを突き立てる。そのたびに男の臓器は減っていき、最後に脳みそを抉り取られ、あっという間に骨と皮だけになってしまった。


「ひぃっ…! く、食ってやがる!」

「なんだよ、ちくしょう! 死体を回収する手間を省いてくれるってか! ありがた迷惑なんだよ!!」


 特に傭兵たちに恐怖を与えるのが、こうした人を喰らう魔獣である。

 人喰い熊、人喰い虎、人喰い鳥、それ以外にも人間を食料と見ている魔獣は山ほどいた。

 ここではこれが当たり前。すべての生物が厳しい生存競争の中で生きることを強いられる。街で暮らすことがいかに幸せかを思い知るだろう。


「こんなやつらに負けるな! 俺たちが逆に食ってやればいい!」


 食われまいと傭兵隊も奮起。

 再び体当たりで相手の動きを封じる。


「サリータ、こっちにも来るよ!」

「はぁはぁ…任せろ!」


 サリータたちにも一匹向かってきたため、大盾で体当たりして止める。

 彼女はアズ・アクスで買った頑強な全身鎧と大盾を装備していたので、このクチバシを受けても装備に亀裂が入ることはない。

 一回、二回、三回と激しい押し合いを繰り広げる。


「ぐうううっ…うおおおおおおおおお!! ここは通さん!!」

「ピキィイイイイッ!!」

「くそっ! 暴れすぎだ…! 力が…入らない……!!」


 が、すでに疲労の極み。

 いくら足を踏ん張っても筋肉が痙攣して力が入らない。


 そのまま魔獣のパワーで押し込まれて、ついに―――決壊


 サリータが押し倒され、真上からアーブグリフィの容赦のない攻撃に晒される。

 なんとか盾で防御するも、身体の上に乗られているので、重さでまったく身動きが取れなかった。

 ただし、動けないのは魔獣の重量だけが原因ではない。


(装備が…重い!)


 アズ・アクスで武具を購入した際、頑丈さだけで選んでしまったが、そのすべてが彼女には重かった。

 盾も頑強ではあるものの、この重さでは長時間の戦闘は難しい。

 絶え間ない全力の攻防で体力がガンガン削られ、こうして地に伏せることになってしまう。


「このっ! 調子に乗るんじゃないよ!」


 サリータを助けようと、ベ・ヴェルの大剣の一撃がアーブグリフィの背中を切り裂く。

 が、魔獣の密度の高い骨を断ち切るまでにはいかず、反撃の爪でざっくりと胸を切り裂かれて鮮血。

 彼女は動きを重視するため革鎧を着ているが、その程度では鋭い爪を完全に防御することはできない。


「やってくれたねぇえええ!! この鳥頭がぁあああああ!」


 自分の血を見て激高したベ・ヴェルが、もう防御など関係ないといった様子で大剣を振り回す。

 その甲斐あってか、アーブグリフィを一瞬だけ怯ませることに成功。


「いつまで上に乗っているつもりだあああああ!」


 その隙をついてサリータが全身の力を振り絞り、強引に魔獣をひっくり返す。


「もらった!!」


 そこにベ・ヴェルの渾身の一撃。

 身体の真後ろまで大きく振りかぶった大剣の刃が解き放たれ、魔獣の喉を叩き潰す。

 だが、これでもまだ死なない。

 最期の最期まで暴れ回り、サリータとベ・ヴェルにいくつもの傷を残してから絶命。


「ふー! ふー!! これでようやく一匹かい!! さっきより強いじゃないか! たまんないねぇ!」

「これが本物の魔獣か…なんて生命力だ。はぁはぁ…ううっ」

「腕は大丈夫かい?」

「折れてはいないが…腕が上がらない。お前こそ血まみれじゃないか」

「あたしもあんたも、さすがに限界だね…」


 浅い傷が多いとはいえ、ベ・ヴェルはすでに血まみれ。

 サリータも左腕に強い痛みがあって、満足に盾が持てない状態になっていた。


「そろそろ下がらないとまずいね」

「だが、援軍がまったく来ないぞ。これでは下がるに下がれない」

「後続は何をやっているんだい! 上のやつら、あたしらを使い潰すつもりじゃないだろうね!」


 このような集団戦闘でもっとも重要なことは、部隊の入れ替えである。

 前衛が激しく戦闘をしているさなか、後続がどれだけ上手くカバーに入り、損耗を防ぎつつ『スイッチ』するかが大切だ。

 だが、急ごしらえの集団では連携が上手くいくはずがない。

 入れ替えに失敗した隊の隙間を狙って魔獣が入り込み、そこから隊列を崩されて中衛や後衛に致命的な損害を与えていく。

 また、失敗を怖れてスイッチを躊躇していると、今度は消耗が限界に達し、次々と前衛の者たちが倒れていく悪循環に陥る。

 もともと別々にやっていた者たちである。即座に共闘できるわけがないのだ。

 そこに再び悪夢が襲来。


「また来たぞーーーー!!」

「っ…!」


 一度押し返したアーブグリフィの群れが、『数を増やして』再びやってきたようだ。

 森の違う地域にいた群れが続々と合流を果たすため、こうやって何度でも襲ってくるのだ。

 しかも今度は、ひときわ大きな扇形の羽を広げたオスが、羽根を発射。

 こちらが使う銃と同じく空圧で射出されたようだが、その勢いは貫通弾にも匹敵し、盾を貫いて傭兵たちに突き刺さる。

 サリータも利き腕ではない右手で盾を持って防ぐが、次第に盾に傷が増えていき、衝撃に耐える右腕まで悲鳴を上げて痛み出す。


(駄目だ…! これはもう本当に…耐えられない!! 両腕が使えなくなったら終わりだ!)


「援護の部隊は何をしている!?」

「他の魔獣に襲われているようです!」

「馬鹿が! 迷っているからだ! うろうろしている間にテリトリーにぶつかるのだ!」


 サリータたちの場合は、後続がスイッチのタイミングを迷っている間に、違う魔獣に回り込まれて襲われたパターンである。

 援護する側さえも魔獣と戦っているので、いくら待ってもカバーはやってこず、前衛が完全に孤立してしまっていた。


 この先に待っているのは―――死


 ひたすら削られて体力の限界を迎えて力尽きる、過労死にも似た終わり方である。

 もちろん死体は食われ、残った骨や皮も虫の餌となって森で朽ち果てるだろう。


(まだだ! こんなところで終われるか!! 自分はまだ何もしていない! 何も成し得ていないではないか! 死んでたまるか!)


「サリータ! 来るよ!」

「しまっ―――」


 疲労で意識が朦朧とした一瞬、突進してきた敵への反応が遅れてクリーンヒット。

 気づいた時には、身体が宙を舞っていた。

 ドサッと地面に叩きつけられて、そのまま動けなくなる。


「この畜生があああああ!」


 ベ・ヴェルや他の傭兵が魔獣と応戦するも、すでに前衛は崩壊しつつある。

 乱戦の中で傭兵やハンターたちがどんどん倒れていった。


(自分は何のために…ここに来たのだ。なぜ私は…戦っている?)


 倒れたサリータの目に映るのは、淀んだ森の光景だけ。

 人間と魔獣の血みどろの戦いに意味を見い出せず、自分はここで死んでいく。

 どんな人間でも死を意識した時、価値観の見直しが図られるものだ。

 どうすればよかったのか。どうすれば死を回避できたのか。迷いとも問答とも呼べる不思議な感覚が彼女の中に芽生えていた。

 そんな時だった。


「来たぞおおおおお!」

「はぁはぁ…また敵かい!? こいつはさすがに…死ぬね」


 そんな絶望的な状況下で、遠くで誰かが叫ぶ声が聴こえた。

 ここまでボロボロにされたら死ぬことに対しても諦めがつく。それほど未来がなかった。

 しかし、その声には砂漠の中でオアシスを発見した時のような、希望を感じさせる潤いがあった。


(あれは…何だ? 白い…ものが…)


 そして、歪む世界の中でサリータの目に『白い旗』が映り込む。

 そこに記された数字は「27」。



「アンシュラオン隊、【白の27番隊】が来たぞおおおおおおおおおおおおお!」



 その一団は、白い旗を掲げていた。

 普通の白旗は降伏を意味するが、この白い旗が意味するものは、その真逆のこと。


―――死にたくなければ、さっさとひれ伏せ!!


 という降伏勧告に近い意味があった。

 直後、一団の中央を走っている装甲車の上に立っていたアンシュラオンが、石を投げる。

 石は握り拳程度の小さなものだったが、唸りを上げながらいくつもの魔獣の頭部を破壊しながら驀進ばくしん

 瀕死だった傭兵隊の前にいた魔獣たちを一瞬で排除する。

 それから一喝。


「何やってんだ! 満足に壁も作れないのか! この役立たずどもが! せめて二百万の仕事くらいしろ!」

「アンシュラオン、てめー! そっちが遅いんだよ! ちんたらしやがって! 全滅するところだったじゃねえか!」

「うるせー! お前らが弱いのが悪いんだろうが! 雑魚はさっさと下がって態勢を整えろ! すぐにまたこき使ってやるからな! こんなもんで逃げ帰るんじゃないぞ!」

「ちくしょう、偉そうにしやがって! ここは任せてもいいんだよな!?」

「当たり前だ。お前たちとは出来が違うってことを教えてやる! みんな、いくよ!」


 そして、一団から武装した女性たちが飛び出てきた。

 白の27番隊、出撃である。


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