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「海賊たちの凱歌 後編」

184話 「闇市場に行こう!」

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 アンシュラオンは外に出るとアルと合流。


「どうだったネ?」

「あんたの言っていたことがわかったよ。なかなか大変な状況だね」

「それはよかったヨ。実際に触れたほうがわかりやすいからネ。で、どうするアル?」

「アズ・アクスの問題なんだから、オレがやれることは何もない。でも、まだ希望はある。炬乃未さんを信じることにしたよ」

「妹のほうアルか。しばらく打っていないみたいネ」

「才能がある人間だから迷うんだ。注目されるから周囲が気になるし、周囲も気にする。最初から才能がなければ誰も見向きもしないし、批判も賞賛もされないもんさ。彼女は繊細で責任感が強い。そういう女性は、励まし続けて復活するのを待てばいいだけさ」

「お優しいことネ」

「女性への接し方は人それぞれ違うんだろうけど、オレはひたすら受け入れる。何があっても味方であり続ける。もし過ちを犯しても肯定する。絶対に否定しないし、応援し続ける。それがオレの愛だよ」

「さすがはアンシュラオン様です! きっと伝わりましたよ! ね、ホロロさん」

「はい。私もご主人様によって救われました。炬乃未様もご主人様の愛を受ければ、必ずや復活なされると信じております」

「今は信じて待とう。明けない夜はないからね」


 すでに周囲は薄闇に包まれつつあった。これから夜の時間が始まるのだ。

 海では漁から戻ってくる船や、逆に夜の漁に向かう船、あるいは定期便がひっきりなしに出入りを繰り返している。

 賑やかで人も多く、都市としては繁栄しているように見える。だが、光が強ければ影も強くなるのは道理だ。


「アル先生が言っていた政策ってのは、都市の強化計画のことなんだろう?」

「そうアル。鍛冶だけではなく、他の分野においても徹底されているネ。この都市にあるものは、どこもかしこもありふれたものばかりヨ。そうなると、優れてはいるけど効率の悪い者の居場所がなくなるアル。必要がなくなるネ」

「つまりは『全体的に平均化』しているってことか」

「服や道具だけじゃないアル。あらゆるものが誰が使っても大丈夫なようになっているネ。ここだけじゃなくて世界的な流れヨ。便利な世の中になったものアル。でも、つまらない世の中ネ」

「みんな同じ格好で同じ装備か。たしかにつまらないな」


(大学を出たらサラリーマンになって定年まで勤め、結婚して子供は二人か三人は作る、みたいな話だよな。思えばとんでもない価値観だったな)


 かつての日本も復興のために中流階級を爆発的に増やそうとした結果、誰もが同じ服を着て、同じ人生を歩まねば失敗という価値観を与えられていたものだ。

 能力ではなく学歴に固執する者がいまだにいるのも、その名残かもしれない。

 ただし、規格の統一が生産性において極めて有効なのも事実だ。ペットボトルの蓋、電源ケーブル等の接続端子、紙の大きさ等々、決まっていないと困るものも多いだろう。


「ライザックは都市の力を上げるために、個よりも数を選んだ。それも豊かになるためには一度は通る道なんだろうな。下から押し上げないと改善した実感が湧かないしね」

「それはそうかもしれないネ。ただ、その間に失われるもののほうが多いアル。特殊な技能を持った人材は、失ったら代えが利かないネ。ディムレガンたちがいなくなったことが、その証拠ヨ」

「それがこの一帯の『無気力』の原因か。平均化にすらあぶれたら、それこそ行き場がないもんな。だが、ライザックはどうしてこんなに改革を急ぐんだ? こういう政策は何十年もかけてやるものだろう? 軋轢を生んでまで一気にやるものじゃないはずだ」

「さぁネ。それは当人に訊くのが一番アル」

「毎回その手法は大変じゃないか? そりゃまあ、海兵に連絡してもらえば会えるかもしれないが…」

「ユーも薄々気づいていると思うけど、普通に会ってもライザックは他人の言うことは聞かないアル。我の強い性格をしているからネ」

「…だろうね。領主から直接都市運営を任されるくらいだし、物腰が柔らかいなら最初からこんなことにはなっていないはずだ。そもそも海賊なんだよなぁ。弱々しいわけがない。スザクが特別だってことがよくわかるよ」

「あの男に意見を通すには、違う方法を選ぶしかないアル。ミーならそれができるけど、どうするネ?」

「ライザックに伝手でもあるのか?」

「この都市にも長く暮らしてるからネ。きっかけくらいなら作れるヨ。あとはユーの気持ち次第アル。アズ・アクスにどれだけ肩入れするか、この都市とどれだけ関わるか、その覚悟があるかどうかネ。ただ、ライザックが面倒な相手なのは確かヨ」

「うーん、オレがでしゃばると、もっとややこしくなる可能性もあるからな…。ただ、良い武具は欲しいんだよね」

「あの妹に託すなら、それもいいアル。無理に厄介事に関わることはないヨ」

「でも、仮に炬乃未さんが復活したとしても、アズ・アクス工房自体は長続きしないだろう? このままだと平均化の波に流されて、どんどん質が落ちていくはずだ。一度落ちたものは簡単には上がらないからね。それで技術が失われた企業なんて山ほどあるだろうし」

「そうなるだろうネ。潰れはしないだろうけど価値はなくなるアル」

「それも困るんだよな。サナは成長期だし、定期的に新調したりメンテナンスしたいんだ。アズ・アクスにはできれば再建してもらえると助かるけど…修復は難しいのかな」

「では、アズ・アクス再建は諦めて、炬乃未さん個人を妻に迎え入れるのはどうでしょう? いわゆる引き抜きですね。我々専門の鍛冶師として独立してもらえれば、それで万事解決です!」

「ええええ!? でも、小百合さんはさっき反対してなかった? というか、オレはべつに口説いてないよ?」

「あれだけ気を持たせておいて、それはかわいそうですよ。かなりウブなご様子でしたし、もう少し押せば簡単に転がります!」

「ジゴロじゃないんだからさ。そういうことのために女性の気持ちを弄びたくはないなぁ。オレはただ、彼女の才能がもったいないと思っただけだよ」

「私も小百合様の案は悪くないと思いますが…」

「ホロロさんまで…。この調子だと、どんどん妻が増えていっちゃうよ」

「ご主人様ならば何人いても問題ないと思われます。私は歓迎いたします」

「小百合も下が増える分には問題ありません! むしろ楽しいです!」

「二人の気持ちはわかったけど、今回はそっちのやり方はなしにしよう! ね? そこまでしちゃうとマキさんの意見も訊かないといけないしさ。それ以外で考えようよ」

「そうですか…残念です」


(女性は上が増えると警戒するけど、下が増える分には歓迎するからね。というか、すでに炬乃未さんを下に見ているところが怖ろしいよ。まあ、新入りって意味合いなんだろうけどね)


「どっちにしろ、今はまだ待とう。また炬乃未さんの気持ちがぶれちゃうかもしれないし、アズ・アクスに関してはしばらく静観かな」

「では、これから闇市場ですか?」

「そうだね。まずはそこで掘り出し物があるか探そう」

「闇市場に行くネ? じゃあ、付き合うヨ。ミーはあそこの常連アル」

「それには納得だ。こんなに闇市場が似合うやつはいないよな」

「ふん、大きなお世話アル。それに、ミーにはまだ仕事があるはずネ。その娘のジュエルの調整はどうするアル?」

「ああ、そうだった。サナのジュエルを見てほしかったんだ。調整なしでギアスの媒体にしちゃったからね。というか、まだ教えてもいないのによく気づいたな。もしかして何かおかしいのか?」

「特に危険はないアルが、そんなものを堂々とぶらさげていたら気づく者は気づくネ。強いジュエルは何もしなくても波動が出ているヨ」

「それなら服の下に隠しておいたほうがいいかな?」

「逆に魔除けになるから、どっちでもいいネ」

「じいさんはこのジュエルを調整できそうか?」

「少しはね。そのためにも闇市場には行く必要があるアル。調整用の石を買うネ」

「わかった。道案内を頼むよ」

「その前に、あの海兵たちは帰らせたほうがいいネ。闇市場なんかに行ったら袋叩きにされるヨ」

「海兵なのにか?」

「海兵だからアル」

「なるほどな。一応オレの監視役なんだが…事情を話して戻ってもらうか。マキさんたちにも遅くなるって教えないといけないしね」


 アンシュラオンはカットゥたちに伝言を頼み、先に宿に戻ってもらうことにする。

 最初は渋ったが、闇市場に行くと教えたら納得してくれた。基本的に海兵は関与しない決まりらしい。



 一行は、バイクタクシーでさらに南下。

 南の海が見える場所にまでやってきた。


「すごい船の数だ」


 そこには何百という数の船が集まり、暗い海の上に色とりどりの光を反射させている。

 まるで『船で作った陸地』が、そこには悠然と存在していた。

 船の中を軽く覗くと大量の商品が並べられている。普通の食器から武器類、カードゲームからミサイルの制御回路、果ては誰かの債権書まで無造作に置いてある。


「どうネ? ここが闇市場ヨ」

「モヒカンから聞いてはいたけど、ここまでとはね」

「いざとなったら、このまま船で逃げられるアル。でも、たまに大きな波が来たら商品ごと流されるネ。よく揉めて殺人も起きるけど、それもなかなか楽しいヨ」

「いいね。こういう無法地帯な雰囲気は大好きだ」


 闇市場は通常の社会形態からすると異端であり、違法な場所だ。そんなところにまっとうな社会人がいるわけもない。

 誰もが一癖も二癖もありそうな人相の悪い連中ばかりで、傷跡や刺青が目立つ者もいる。おそらくはマフィアやギャング関連の人間だろう。下手をすれば盗賊も普通にいる可能性がある。

 だが、それがいい。


(どいつもこいつも臭そうな顔をしてやがる。これだよこれ。気を遣わないでいいから表の世界より裏のほうが落ち着くんだよな)


 非合法な雰囲気が身体にとても馴染む。

 まるでホームタウンのように居心地がいい。


「欲しいのはジュエル関係でいいネ?」

「ああ、頼む」


 アルの案内で船の上をどんどん進む。

 足場はないので、船から船へ飛び乗って移動するしかない。せいぜい木の板がかけられているくらいだ。

 船は大型船が多かったが、奥に進むほど徐々に屋形船が増えていき、扱っているものも小物が多くなっていった。

 そして、アルを見かけた男たちが次々と話しかけてくる。


「よぉ、老師じゃないか。まだ生きていたのか」

「まだまだ現役ネ。簡単にはくたばらないアルよ」

「アル先生、ライザックのやつをぶち殺してくれよ。表の商売で摘発が多くてやってられねぇよ」

「金を払ったら考えるネ」

「アル老師、新しい暗器が手に入ったぜ。鉛筆に見せかけて芯の部分が爆弾になっているんだ。書いたらボンッてな」

「どこで使うネ」

「おー、アルじいさんじゃないか! 寄ってけ寄ってけ!」


※彼の名前はロリコン同様、『アル』に統一されています


「じいさんは、けっこう有名人なんだな」

「まあネ。仕事柄、こういう連中とも付き合うヨ」

「テンペランターの仕事か?」

「仕事は仕事でも本業のほうアル。ミーの本業は『殺し屋』ヨ。昼間も言ったけどテンペランターは副業ネ」

「まあ、気配でなんとなくわかっていたけどな。そのまんまか。そっちのほうが似合っているよ」

「ユーもね。ハンターなんかより殺し屋のほうが儲かるアル。仕事が欲しいなら仲介するヨ?」

「その分だけ人の恨みも買うんだろう? それ以上のメリットがあればいいけど、こっちは女子供が一緒だからね。今は魔獣のほうが気楽さ」

「ユーならいい殺し屋になると思うけどネ」

「勧誘するなよ。物騒なじいさんだ」

「このあたりから小型の術具や鉱物類ヨ。気になったものがあったら見てみるといいネ」


 アルは馴染みの店を渡り歩き、使えそうなものがないか探してくれる。

 アンシュラオンたちも一緒に巡りながら物色を開始。


(変わったものばかりで、正直使い道がわからないな)


 闇市場とは、言ってしまえば巨大なジャンクショップである。当たりもあれば外れもある。ハローワークのように商品の保証などは一切ない。

 だが、誰もがそんなことは気にしていない。持っているから売る。金があるから買う。見る目があるから得をする。文句があるなら帰れ。そういった割り切った世界なのだ。


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