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「英才教育」編

108話 「サナの大物狩り その1『防御固め』」

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 翌日。

 朝になるとサナはむくりと起き上がり、命気を飲んでから朝の修練を開始。

 それが終わると元気にご飯を食べる。食欲は至って旺盛。昨日と何も変わらない。

 こんな荒野にいれば常人ならばメンタルがやられるものだが、幸いながらサナにはそういった感情はない。淡々と生命活動をこなす。


「まずは髪の毛を結わこうな。せっかく綺麗な髪の毛なんだ。切れたり抜けたりしたらもったいないからね」


 サナの長い黒髪を緩めの三つ編みにして革鎧の中にしまう。

 そのうえで軽くスカーフを巻きつければ、激しい動きをしても外に出ることはないだろう。


(髪の毛を使う武術もあるけど、サナの場合は単純に邪魔だからね。少なくとも訓練中はおさげでいいか。それにしても…)


「かわいぃいいいいいいいいいいい! おさげのサナちゃん、可愛すぎるよぉおおおお! 天使なの!? これもう女神様超えてるって!! どんどんどん!」


 大地を叩いて悶えて転げ回る。

 毎度恒例になっている兄馬鹿行動だが、もう何をやっても可愛いのだから仕方がない。

 興奮のあまりサナをいじくりまわすこと二十分、ようやく落ち着いたので修行開始だ。


「今日は昨日と同じく鍛錬をしながら移動して、魔獣と出会ったら積極的に戦って経験を積んでいこう。ただし、今日は【サナ単独】で戦えるように調整するつもりだ。そのための準備をしような。まずは『耐力壁の符』を使ってごらん」

「…こくり」


 サナがポケット倉庫から耐力壁の符を取り出す。

 符を発動させる場合は特に大きなアクションは必要ない。ただ念じればいい。それだけで術は発動する。

 符がバラバラになると同時に、サナの周囲に赤っぽいフィールドが展開された。

 常人には見えないものだが、術士の因子があるアンシュラオンにははっきりと見える。


「これは一時的に『物理耐性』を与える術式だ。魔獣の攻撃は物理攻撃が多いから、単純にダメージが半減するのは大きい。銃属性は…魔獣は使わないかもしれないけど、安全のために使っておこうか」


 続いて『耐銃壁たいじゅうへきの符』を使用。今度は青いフィールドが展開されて『銃耐性』が付与される。

 このあたりのレベル帯で銃属性は必要なさそうだが、対人戦闘では使うことも多そうなので試してみることにした。

 こうしてサナは、物理と銃に対して強い耐性を得ることができた。賦気で強化すれば、一発くらいならばまともにくらっても死にはしないだろう。

 さらに『身代わり人形』を持ち、『我慢人形』も縫い付けた。三体あるので、三回までなら即死も防げて一撃死もない。


「これだけでも十分なんだろうが、まだ心配だな。もう一つの『分身符』もいつでも使えるようにしておこうか。ちょっと発動してごらん」

「…こくり」


 次に分身符を発動。

 すると、サナが―――増えた


「おおおお!! 可愛い!! 増えた!!」


 アンシュラオンは増えたサナに大喜びだ。

 可愛い子が二人になれば、もっと可愛いのは当たり前だ。まさに夢の世界である。


「ふむ、本当にただの映像みたいな感じだけど、よく出来ているよ」


 触ってみると、すっと手がすり抜ける。

 完全に姿を写し取っているため防具もそのままだ。アンシュラオンでも単純に目で見るだけでは見分けはつかない精密さである。


「動かせるか?」

「…こくり」


 サナは動いていないのに分身体だけが動いた。どうやら思念だけで動かせるようだ。


「面白そうだな。オレもやってみよう」


 気になったので自分も使ってみると、同じように分身体が一つ生まれた。たしかにアンシュラオンの思う通りに動く。

 ただし、欠点がないわけではない。

 分身に質量は伴わないため、体重による地面のへこみ具合や、移動中の砂埃を注視することで、分身体を見切ることは可能だ。

 一方の本職の忍者や暗殺者は、微量とはいえ戦気あるいは生体磁気を使って一定の質量を与えているため、できるだけ痕跡を残すことで分身だと判断されにくいテクニックを使っている。

 たとえばファテロナの分身技術は秀逸で、室内での戦闘ではあったものの、あれだけの高速戦闘中でも分身体が壁を蹴った際には、足跡を残す徹底振りだった。

 あれと比べると、こちらはただの光の反射のようなもの。過信はできない。

 また、強い攻撃を受ければ霧散してしまうので、一回限りの囮に使うのが一番有効的な使用方法だろうか。

 そして、最大の欠点は【思考による操作】にある。


(分身体を操りながら戦うのは素人には無理だな。気を取られている間に死ぬかもしれん。思えば師匠は『実分身』を三十体くらい同時に操っていたが…どんだけ頭を使っているんだろうな。だからハゲなんだろうけど)


 分身を操るだけでも、戦いに慣れていない素人は頭が一杯になってしまう。

 アンシュラオンでさえもそうした状況を避けるため、闘人には単独行動のアルゴリズムを搭載して自動で動くようにしてあるのだ。実際に操るのはコンビネーションアタックを行う時だけである。

 特にサナの場合は、意識や思考力がまだまだ未熟な面がある。取り扱いには注意が必要だ。


「サナ、分身のことはオマケだと思っていい。まずは確実に術符を当てることを考えるんだぞ」

「…こくり」

「まだ使ったことがない符も実戦ではガンガン使っていいからね。また買うから使い切ってもかまわない。ただし、手持ちの符は枚数が限られているから、今日の戦闘は自分で調整するんだよ」

「…こくり」

「では、修行開始だ! 行くぞ!」


 移動を開始。今日も交通ルートから遠く離れた荒野を走る。

 魔獣と会うためにかなり遠回りになっているが、急いでハピナ・ラッソに赴く理由はない。サナの鍛錬が最優先だ。

 移動すること三十分、魔獣を発見した。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ベビモア〈踏巨猪〉

レベル:38/50
HP :1750/1750
BP :180/180

統率:F   体力: B
知力:E   精神: D
魔力:E   攻撃: D
魅力:F   防御: E
工作:E   命中: E
隠密:F   回避: E

☆総合:第四級 根絶級魔獣

異名:爆走せし巨なる猪
種族:魔獣
属性:土
異能:体重増加、全力体当たり、踏みつけ
―――――――――――――――――――――――


 猪型の魔獣が五体いる。

 鼻と牙が大きい猪で、某ハンターゲームにいそうだが、こちらはダンプカーほどに大きい。


(体力が高いな。昨日のカマキリが攻撃型だとすれば、こっちは耐久型か。あの大きさだとあまり小回りは利かなさそうだ。サナの練習相手にはちょうどいいかな)


「あれをターゲットにするぞ。一匹だけ残すから、それをお前が倒すんだ」

「…こくり」

「それ以外は排除だ」


 アンシュラオンが一体のベビモアに素早く接近すると、手を密着させて発気。


 次の瞬間―――内部から爆発


 その爆発の威力は凄まじく、力が突き抜けた背中側から皮膚を破って、粉々になった肉が飛び散る。

 覇王技、『水覇すいは波紋掌はもんしょう』。

 『雷神掌』や『金剛烈鋼掌こんごうれっこうしょう』と同じく発勁の一つで、力を敵の内部に浸透させて攻撃する技である。

 注入した水気を振動させて相手を内部から破壊するため、これも術同様【防御無効】が付与されている因子レベル3の技だ。

 ついでに『物理耐性』や『自己修復』スキルも貫通破壊するので、攻撃を受けた相手はしばらくの間、防御スキルが無効化されることになる。

 因子レベルの低い技だが、水覇系の技は水属性を持っていないと扱えないことが多く、希少で効率的な技がそろっている優秀な系統といえる。

 当然ながら相手に密着する必要があるので、よほど体術に自信がないと難しいだろう。何事も強い技には危険が伴うものである。

 続いて二体、三体と倒した時に気づく。


「あっ、粉々にしたらもったいないのかな? 食べられる魔獣かもしれないから、スライスにしておくか?」


 卍蛍ではなく包丁を抜いて、四体目はブツ切りにしてみた。

 あっという間に巨大なブロック肉が作られて綺麗に並べられる。

 あとで味をチェックしてみて、美味しいものならばサナに与えてもいいし、保存して売りに出してもいいかもしれない。

 それ以外は牙あたりが売れそうなので、こちらも回収しておくつもりだ。


「ブヒッ! ブヒィイイイッ!」

「おっと、逃げるなよ」


 仲間が秒殺されたのならば、逃げるのは生物の本能だ。最後の一体が全力で逃亡する。

 しかし、半径二百メートルを水気で覆って閉じ込める。

 何度やっても壁にぶつかり、鼻が焼け焦げるだけで逃げることはできない。水泥壁の応用版だ。


「サナ、これよりお前の『単独戦闘』を行う。イブゼビモリの時みたいに独りで戦うんだ。お前の力をハローワークに見せ付けてやろう」

「…こくり」

「ただ、相手はそこそこ強い。当たり前だけど、あんな大きなものと真正面からぶつかっちゃ駄目だ。まずはしっかりとよけるんだ。その後は好きに戦うといい。今持っているものをすべて使って倒してごらん」


 わざわざ防御術式を展開させたのは、サナを単独で魔獣と戦わせるためだ。

 だが、相手はイブゼビモリよりも数段強い。ジョイに雇われていた傭兵でも苦戦するか、下手をしたら殺されるレベルにある。

 つまり、サナにとっては強敵だ。

 だが、人間は自分より強い相手と戦うことで強くなる。武人になるためには必要な試練なのだ。


(不安だな。大丈夫かな? 命気は忍ばせてあるから死ぬことはないが、できるだけ当人の力で戦わせないと意味がない。手助けはできないんだ。ああ、もどかしい! うううう、ぐおおおお!)


 すべてサナのためだ。胸が引き裂かれそうでも必死に我慢する。

 そんな兄をよそに、サナは平然と水気の檻の中に入っていった。


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