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「愛の約束」編

77話 「術具屋コッペパンで、いろいろ買おう その1」

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 近くにあった喫茶店でサナにジュースを与えて少し休憩したのち、再び移動を開始。

 そこで気が付く。


「やばい、かさばってる…」


 アンシュラオンの左手はサナと手をつないでいるが、右手にはさきほど買った品々以外にも大きな革袋を引きずっていた。

 この中身はといえば、領主城で手に入れたハンマーやらペーグの斧やら、玉やら符やら宝珠やら、貴重なものからどうでもいいものまでごちゃごちゃ入っている。

 もともと整理整頓が苦手なので、自分の物入れだと思うと綺麗に整理する気にもなれず、ごっちゃに投げ入れているカオスな袋である。


(こうなると住む場所も本格的に考えないといけないな。サナのこともあるし、いつまでも放浪人生とはいかないぞ。こんなものを常時持って歩くのも御免だしな)


 スレイブのことに夢中で、サナと暮らす場所をまったく考えていなかったのだ。

 こうして現実的に物がかさばり始めてから、ようやくそのことに気が付くあたり、アンシュラオンの性格をよく指し示している。

 要するに行き当たりばったりである。感情が赴くままに生きているので当然の結果だ。

 だが、このほうが面白いことも事実。計算された人生なんて楽しくもなんともない。破天荒だから面白い人生になる。

 とはいえ、この手荷物の量は問題なので、さっさと改善すべきだろう。


「まずは『ポケット倉庫』の入手が先だ。もともとそれが目的だったしな。たしかこっちだよな?」


 大通りをさらに歩いていくと、そこそこ立派な店を発見。

 看板には「術具屋コッペパン 符もあります」の文字。


「おっ、ここだ。小百合さんから聞いた店だ」


 店は露店ではなく、ちゃんとした家屋の店舗だ。ショーウィンドウもあり、いろいろな術具が値段とともに並べられている。

 その値段は―――桁が違う

 最低でも十万円以上はするものばかりで、百万を超えるものも珍しくはない。さすが術具である。

 術具は一回限りの符や巻物と違い、継続して術式を使えるアイテムの総称である。

 術者でない人間でも術式が簡単に発動できるので、その価値を考えれば高いのは仕方ない。


(このガラスにも盗難防止用の術式がかかっているな。これは期待できそうだ)


「サナ、入ろう」

「…じー、さわさわ」

「ん? どうしたの? それ、気に入ったのか?」

「…こくり」


 サナの首には、さきほど買ったペンダントがかけられている。

 中身はまだないが、かなり気に入ったようで、さっきから見たり触ったりしていた。


(サナがこんなに気に入ったなら、このペンダントを媒体にしてやりたいな。ただ、このままだと弱いからそこがネックだよな。この店に何かないかな?)


 術の中には補助術式というものがあり、対象の能力を上げるものが存在する。

 魔力防護壁を生み出したり、筋力を強化したり、視力を上げたりと、戦闘において有利になる術がかなりある。

 それは戦闘にとどまらず、物の修復や変形維持など、生活全般に多様に広がっている術式も含まれる。

 戦闘が苦手な術士は、そういった生活術式を商売にしており、訪れる人たちに直接提供したり、あるいは符を書いて売ったりしている。

 ただし術具に関しては錬金術師でないと作れないので、言ってしまえば術士の中で『錬成』スキルを持っている者を錬金術師と呼ぶのである。

 ここは、そんな特殊な符やアイテムを売っている店なのだ。

 そんな術具屋ならば何かしらあるだろうと、期待を込めて中に入る。


「おお、すごいな」


 扉を開けて中に入ると、台の上にたくさんのアイテムが並んでいた。

 同じようなものはあまりなく、丸いものがあったと思ったら四角いものもあり、やたら長細い棒のようなものもあり、人形みたいなものもあるという、統一感がまるでない世界が広がっている。

 術具は大量生産品以外は基本的に一点物になってしまうので、こうした状況になるのも仕方がないことである。

 どことなく古物の展示即売会のような雰囲気があり、これはこれで楽しめる様相であった。


「すみませーん」

「はーい、いらっしゃいませー」


 アンシュラオンの声に応えたのは、若い女性の声。

 茶色の髪をリボンで結わいた可愛い子が出てきた。お姉さんといった年齢ではなく、まだ十代後半くらいだろうか。


(可愛いけど、お姉さんじゃないから絡みはいいや)


 小百合の肌を堪能したばかりなので、無理に絡む必要はないと判断。飢えていない時は極めて冷静な判断を下す男である。

 結局のところ、年上か年下かがはっきりしているほうが好みなのだ。年上なら完全なるお姉さんが好きで、年下ならサナのように子供が可愛くて好きだ。

 よって、単純に可愛いだけではアンシュラオンは満たされない。イタ嬢に惹かれなかったのもそれが要因かもしれない。

 と、そんな戯言はどうでもいいので、さっさと目的を果たす。


「ポケット倉庫ってある?」

「えと、ポケット倉庫は…ちょっと待ってくださいね!」


 女の子はバタバタと店の奥に走っていった。


「おじいちゃーん、ポケット倉庫ってどこだっけー?」

「あー、どこだったかのぉ…あっちだったか…こっちだったか…。ところでのぉ、飯はまだかのぉ」

「さっき食べたばかりでしょ! それよりポケット倉庫は!?」

「あー、ばあさんが昔、どこかに置いてのぉ。食っちまった」

「食っちまった!? 絶対嘘だよ! もっとちゃんと考えて!」

「あー、すまんすまん。それはポケットせんべいだったかのぉ。ポケットに入れるとのぉ、分裂するんじゃ。こうなぁ、叩くとなぁ、一個が二つになったりしてのぉ…」

「どうでもいいよ!? 割れただけじゃん! それよりポケット倉庫だよ!」

「おうおう、ポケットかのぉ…。わしのポケットは開いとるのぉ…」

「それは社会の窓だよ!!」


(ちゃんとつっこんでるな)


 コントのような内容が聴こえてくる。しかも女の子はどうでもいいと言いつつ、きちんとつっこんでいるのが微笑ましい。

 代替わりしたばかりなのかもしれない。おじいちゃんはボケて引退といったところか。

 そしていくつかのやり取りが終わったあと、女の子が走ってきた。


「はぁはぁ! すみません! こちらです!」

「急いでいないから大丈夫だよ」

「えっと、ポケット倉庫は…あった。これだ。えと、どれくらいのものをお探しですか?」

「何個かあるの?」

「在庫は三つですね。大が一つ、中が二つあります。小はちょっと品切れでして…」


 女の子が「がま口財布」のようなものを取り出す。赤いのが一つ、白いのが二つである。


「それがポケット倉庫なの? 財布みたいだね」

「ですよねー。私も最初はびっくりしました。でも、この中に何でも入っちゃうんですよ」

「その赤いのはどれくらい入るの?」

「大はたしか…八十平方メートルの空間があったはずです。高さは十メートルくらいですかね?」

「けっこう大きいね。無機物なら入るんだよね? 死んだ生物は入るの?」

「えと、どうだったかな…。ちょっと訊いてきます!!」


 バタバタバタ


「おじいちゃーん、ポケット倉庫って死んだ生物も入るの?」

「あー、何かのー?」

「死んだ生物!!!」

「おっそろしいことを言うのぉ。そんなら、わしが今食っとるわ」

「それは煮干でしょ! そうじゃなくて、ポケット倉庫が食べるやつ!」

「あー? ポケット倉庫が食べる? ポケット倉庫は入れるものであって、食べたりせんぞ」

「どうしてこんなときだけ普通の回答なの!?」

「ほーれ、わしの社会の窓には死んだ魚も入るぞー」

「突然の狂気の沙汰だよ!? そうじゃなくて!!」


 それから再びやり取りが続いて、また戻ってきた。


「丸ごとってのは駄目みたいなんですが、牙とか爪とか部分的な素材なら大丈夫みたいです」

「バラバラにすればいいんだね。じゃあ、食材とかは? 植物はどうなの?」

「それは大丈夫です。切り取った瞬間に死んだものと認識されるようです」

「素材認定された状態ならOKってことか。なかなか面白い仕様だね。中に入れたものは腐ったりするの?」

「術式で作った空間に入れるだけですから、特に保護してない限りは時間経過で腐ったり劣化します。そこは普通と同じですけど、空気に触れない分だけ劣化はしにくいみたいです」

「なるほどね。そこまで便利じゃないか」

「ほかに何か質問とかあります?」

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」

「はー、よかったー」


(訊きたいことはあるけど、この子に質問したら駄目だな。またこのやり取りを聞かされそうだ)


 楽しいには楽しいが、毎回このコントが発生すると思うと気が引ける。


「じゃあ、三つちょうだい」

「え!? 三つ全部ですか?」

「うん。いくら?」

「え、えと…三つで…1500万円ですけど…だ、大丈夫ですか? 大が700万円で、中が400万円なんですけど…」


 女の子が恐る恐る訊いてきた。

 たしかに額は大きいが、術具ならばそんなもんだろうということで、アンシュラオンは特に高いとは思えない。

 その値段で、この斧やらハンマーやらとおさらばできるのならば、もっと払ってもいいくらいだ。


「今すぐキャッシュで払うよ」


 紙袋からドサドサと札束を積み上げる。


「はへ!? お、お札がたくさん!! すごいたくさん! 社長ですか!?」


 たしかにバブル期の社長は、よく現金を持ち歩いていたものだ。懐かしい時代である。


「術具屋なんだから、お金くらい見慣れているでしょう?」

「い、いえ、最近はその不景気でして…あまりお客さんはいないんです」

「そうなの?」

「そうなんです。おじいちゃんが店主の頃はもっと売れていたみたいですけど、今はあまり…」

「術具は魔獣と戦う際にも便利だと思うけどね。戦闘用のものだってあるでしょ?」

「その魔獣と戦うことがあまりないんです。私も魔獣って見たことないですし」

「え? 本当?」

「ずっとこの中で暮らしていますから…」


 この都市でずっと暮らしている人間は、わざわざ外に出ることは少ないので、結果的に魔獣すら見たことがない者が大勢いるらしい。

 特に城壁内で生まれた子供などが、それに該当する。この子もその一人のようだ。


「術具の補充はどうしてるの?」

「街の錬金術師さんに頼んだり、たまに外から来た商人さんから仕入れますね。符は定期的におじいちゃんが作ってますけど、最近はボケてきたんで街の符術屋さんから仕入れてます」

「全部城壁の中で済むんだね。それじゃ外に出なくてもいいか」


 すっかり忘れていたが、外は危険なのである。

 アンシュラオンだからこそ気軽に散歩できるが、一般人は命がけで移動する。傭兵なしで動くことは自殺行為だ。

 グラス・ギースは比較的大きな都市なので、その中だけで十分間に合ってしまうのだろう。


「衛士とかは買いに来ないの? あいつらは魔獣と戦ったりするよね?」

「あまり来ないですね。あっ、でも、あの人はよく来てくれます」

「あの人って?」

「えと、衛士さんなんですけど、普通の人とは違って―――」


 ガチャッ

 その時、扉を開けて客が入ってきた。


(なんだ。案外客は来るじゃないか)


 そう思って振り返ると―――


「あれ? アンシュラオン君?」

「あっ、マキさん!」


 そこに現れたのは、マキ・キシィルナ。

 言わずもがな、グラス・ギースの東門を守る凄腕の女性衛士である。


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