26 / 386
「白い魔人と黒き少女の出会い」編
26話 「スレイブ商館とモヒカン」
しおりを挟む「らっしゃいっす!」
店に入ると、ラーメン屋のような掛け声が聴こえた。
店を間違えたと思い、一度戻って看板を見たが、ちゃんとスレイブ商会加入店と書いてある。
店の名前は、『八百人《やおじん》』。
入り口だけ見れば少し洒落たレストランである。もし看板がなければわからなかったに違いない。
「ねえ、ここスレイブ屋?」
「ええ、そうっす! いらっしゃいっす!」
「うっ、暑苦しい。どうしてモヒカンなの?」
「趣味っす。カッコイイっす」
「世紀末なら似合っただろうけどね」
スーツなので身なりは良いが、なぜかモヒカンだ。
やや痩せ型で年齢は三十半ば。細長の顔、目は一重で眉毛はない。
(正直、印象は悪いな。パチンコ屋や風俗店の店員にいそうだ。もう『臭い』がすごい)
鼻が臭いという意味ではなく、男から発せられる雰囲気が完全に裏側のものだ。非合法な臭いがプンプン匂ってくる。
(まあ、スレイブ商にお似合いかな。とりあえず話してみよう)
「八百人って、どういう意味?」
「ああ、よく訊かれるっすね。創業者が、ここに来れば八百人のスレイブに出会える、って意味で付けたらしいっす」
「今、何人いるの?」
「ええと、今は……ちにん、っす」
「もう一回言って。聴こえなかった」
「えっと、その…………八人……っす」
「詐欺じゃんか」
「今は、っす! 一昨日、工事用にって大量の発注があって、ほとんど出してしまったっす!!」
「同じじゃん。表の看板は嘘ってことでしょう?」
「それはその…見栄えってものがあるっす。あの看板を設置したのは四日前っすから、その時にいたことには間違いないっす」
「汚いやり方だな。まあいいよ。で、残っているのはどんなの? 売れ残りなら安くしてくれるんだろうね」
「いきなり買い叩かれそうっす。どうして強気っすか?」
「なんかその顔、ムカつくんだよな。イラっとする。殴っていい?」
「恐ろしく凶暴な人が来たっす。怖いっす。暴力は苦手っす」
「ほら、スレイブのリストとかないの? 早く見せてよ」
「あるっす。ここっす」
アンシュラオンが急かすとモヒカンは名簿を持ってきた。
そこには名前や性別、技能を含めたスレイブの等級と値段が記されていた。同時に細かい使役条件も書かれている。
それはいい。そんなことはいい。問題は一つだ。
「…男ばかりだ」
「そりゃ、労働者は男が多いっすから」
「女はいないの?」
「女性もいるっすが…今はいないっすね。ところでどんなものをお望みっすか? ご要望があれば受けるっす」
「ラブスレイブ」
「…あの、何歳っすか?」
「二十は超えているよ。何か問題あるの?」
「いや、ないっす。特に制限はないっすけど…」
「はっきり言えって。こっちは客だぞ。なんだこの店は! 茶も出さないのか! 女将を呼べ!!」
「突然の激怒っす。茶は出すっす」
「まったく、しつけのなっていないモヒカンだ」
「そして突然横柄になったっす。もうモヒカン呼ばわりっす」
「お前の名前なんかに興味ないからな。それで、ラブスレイブは?」
「その、ラブスレイブのほうは違う店舗に置いてあるっす」
「裏通りか?」
「ええ、まあ。知ってるっすか?」
「ラブスレイブはいきなり男を襲うのか?」
「へ? なんすかそれ。そんなことはないっすけど…何かあったっすか?」
(じゃあ、あれはやっぱり単純にオレが襲われただけか。…そのほうが怖いけど)
むしろ普通の一般女性が襲ってくるほうが怖い。何も信じられなくなる。
「なんでもない。だが、ラブスレイブを扱うということは、当然そっち系の店も経営しているんだろう?」
「直接運営してはいないっすが、そういう店と提携はしてるっす。それを含めてのラブスレイブっすから」
「下種の発想だな。そんなに女の上に立ちたいのか!! このクズどもが!」
「お客さんは、どうしてラブスレイブが欲しいっすか?」
「オレに絶対服従の可愛い女の子を、情欲のまま好きにしたいだけだ」
「…もう一度いいっすか?」
「オレに絶対服従の可愛い女の子を、情欲のまま好きにしたいだけだ」
「…自分の耳が遠くなったかもしれないっす。聞き間違いっすか?」
「オレに絶対服従の可愛い女の子を、情欲のまま好きにしたいだけだ」
三度聞いても同じだった。
「あの…自分らと何が違うっすか?」
「オレは客だぞ! どうしようが自由だ! このクズ野郎が!」
「恐ろしい横暴さっす。でも、こっちから強要したことはないっす。女の子のほうから、そうしたいと言うからやっているっす。斡旋してるだけっす」
「スレイブとはそういうものらしいな。一応訊いておくが、女の子がここで生きていくには夜の仕事しか道がないのか?」
「そんなことないっす。ちゃんとした普通の女スレイブだっているっす。手に職がなくても商店のお手伝いとかできるっす。子守りとか掃除とか、いろいろあるっす。単純に夜のほうが給料が良いだけっす」
「じゃあ、自分で望んでいるということか? 無理やり借金させる方向に持っていくこともあるんじゃないのか?」
「場合によってはそういうこともあるっすが、人の管理はけっこう徹底されているっすから、よほど悪いことをした女でない限りは普通に対応するっす」
(しかし、経済的な事情でスレイブになったロリコン妻のような女の子もいる。つらい話だな。…まあ、それはそれとしてだ。もう少し情報が必要かもしれないな。焦って安物を買っても失敗するだけだし)
物事には順序がある。買う前にもっとスレイブを理解しなくてはならないだろう。そのためにはいろいろと知るべきだ。
「ちょっと確認するが、スレイブの中で性的なことがOKな子がラブスレイブ、で合ってるか?」
「合っているっすね。付け加えれば、むしろ【性的なことに特化】しているスレイブをそう呼ぶっす」
「たとえば、ラブスレイブの子に料理とかをさせるのは、あり?」
「契約内容にそうしたものがあれば問題ないっす」
「じゃあ、普通のスレイブに性的なことをするのは?」
「契約内容に沿っていれば問題ないっす」
「…それって、ラブもノーマルも同じじゃないか?」
「身も蓋もないっすが事実っす。実際、お客さんの言うように線引きが曖昧っす。だから意図的にラブスレイブで登録して、雇用後に言いくるめて料理で尽くす子もいるっす」
哀しいかな、ラブスレイブのほうが人気がある。
男でも女でも同じだが、自分の欲求を満たしたいと思う者は多いものだ。
だから最初に需要が多いラブスレイブで登録しておきつつ、それ以外の契約内容も抱き合わせておき、最終的に上手く渡り歩くのだ。
契約には反していないので問題はない。女性はしたたかである。
「逆はあるのか? 普通のスレイブで登録しておいて、実はエロもOKとか?」
「あるっすね。契約内容次第っすけど」
「その契約内容ってさ、曖昧なものも多いんじゃないの?」
「そこも線引きは難しいっす。うちらがやっているのは斡旋であって、その後は基本的に当人と雇用者の問題っすからね。それ以上のことは言えないっす」
「スレイブは嫌だったら逃げられるか? 契約になかったことをされたらどうするんだ?」
「貸し出しの場合は、一応便宜的に所有権がうちにあるっすから、最悪の場合は引き取れるっす。壊したら損害賠償も請求するっす」
(なるほど。やはり物扱いか。ロリコンの言っていた通りだな。レンタルの場合、スレイブ商たちは自分の利益を守るために女の子も守るようだ)
貸し出しでもほぼ所有権は借主にあるのだが、人権保護のために救済措置が存在しているようだ。実際は店の利益を守るためであっても、そう言っておいたほうが耳障りもよい。
そして、これがスレイブ商会加入店、というわけである。表のマークは正規優良店の証なのだ。
違法な店だと、そういったことが無視されることもあり社会問題にもなっているが、この店は正規店なのでそういうことはない。
ここまではロリコンの情報通りである。
だが、抜け道もある。
「ただ、買取だとそこはグレーっす。相手に所有権が完全に渡ってしまうっすから、こっちはどうにもできないっす」
「女の子は逃げられないというわけだな?」
「そこは自己責任っす。所有者を選ぶのもスレイブの自由っすからね」
「だが、すぐに金が欲しい女の子は買い手が付けば断りにくいと?」
「まあ、そうっすね」
「グレーというか真っ黒じゃないか。そこが抜け道か。外道め」
「えと…お客さん…っすよね?」
「客だよ。スレイブを買って好きに楽しむんだ」
「おかしいっす。なぜかこっちだけ責められてるっす」
「オレは客だからいいんだ。で、レンタルと買取だと、どれくらいの値段の差があるんだ?」
「三倍から十倍っすね。商品によって差があるっすが、結局は買取がありがたいっす。そもそもレンタルを付けられない子も多いっす。手垢が付くと価値が下がるっすからね」
「そりゃ当然だな。じゃあ買取を前提に選ぼう。好きにしたいし、あとで揉めても困る」
「お客さんも外道っす」
「何とでも言え。オレには夢があるんだ。といってもな…ここのスレイブには、ろくなやつがいないな」
男しかいないので、能力があろうが階級が高かろうが、そもそも論外である。
「ラススレイブは女が多いのか?」
「七割が女性っすね」
「男が三割もいるのか? 案外多いな」
「『上級街』のマダムに人気っす。その中にはシーメールも含まれるっすから、そっち系の需要もあるっす」
「ニューハーフか。人の趣味はそれぞれだしな。ううむ、やっぱりラブスレイブか…。素直になるべきかな」
(だが、そこまで性的なものに興味はないな。そもそも武人は闘争本能で性欲を制御できる。ならばオレが求めているのは、もっとこう…大きな枠組みだ。そう、【愛】に関わるものだ!)
「ラブとは愛!!!」
「どわっ!? びっくりしたっす! なんすかいきなり」
「ラブとは愛だ。愛とは、ただの性欲ではない。わかるか? モヒカン」
「へ? あっ、わ、わかるっす」
「嘘をつくなーー!! ガスッ!」
「ぶはっ! なぜか殴られたっす!!」
「お前のようなモヒカンに愛がわかるのか!? あぁん!?」
「モヒカンは関係ないと思うっすが…」
「オレが求めているのは、ラブだ。だが、性欲自体に価値はない! それは単なる煩悩と知れ! もっとこう、自由な翼をはためかせるものはないのか? そう、全部がオレの好きにできるみたいな、そういうやつだ!」
「急に要求が大きくなったっす。アジから鯛に変わったレベルっす」
「金に糸目はつけん。オレの言うことを何でも聞くスレイブ、そう、自由に契約ってやつが設定できるやつはいないのか? オレに絶対的に従順であること。それが最大の条件だ」
「………」
「どうした? いるのかいないのか、はっきりしろ」
モヒカンはしばし考えた後、こう提案した。
「お客さん、もしよかったら裏に行くっすか?」
「風俗店か? 商売女で満足する男だとでも思ったか? やろうと思えば女には困らないんだ。嫌でも歩いているだけで襲われるレベルだからな…残念なことに」
「はっきり言うっすね。しかも自慢っす。いや、そっちではなく、もっと【特殊なもの】が置いてある場所っす。外道のお客さんなら、一見さんでも見せてもいいかなと」
「ほほぉ、面白い。オレを満足させられるものだろうな?」
「へへ、それはもう。期待してくださいっす」
「くく、悪い顔しやがってこの野郎、このモヒカンめ」
「いえいえ、外道のお客さんにはかなわないっす。では、こちらへどうぞっす」
0
お気に入りに追加
387
あなたにおすすめの小説
適正異世界
sazakiri
ファンタジー
ある日教室に突然現れた謎の男
「今から君たちには異世界に行ってもらう」
そんなこと急に言われても…
しかし良いこともあるらしい!
その世界で「あること」をすると……
「とりあいず帰る方法を探すか」
まぁそんな上手くいくとは思いませんけど
『ラズーン』第二部
segakiyui
ファンタジー
謎を秘めた美貌の付き人アシャとともに、統合府ラズーンへのユーノの旅は続く。様々な国、様々な生き物に出逢ううち、少しずつ気持ちが開いていくのだが、アシャへの揺れる恋心は行き場をなくしたまま。一方アシャも見る見るユーノに引き寄せられていく自分に戸惑う。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる