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【動き出す思惑】
10:献杯
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レルヒィが職場に着くと、今日は時間いっぱいまで指命が入っていると伝えられた。
夜の仕事とは言いながら、電力インフラはまだまだ整っていないところがあるので、深夜遅くまでの営業は禁止されている。一律、21時までが営業出来る時間となっていた。
それでも、時間いっぱいの指命というのはちょっと無い話だ。そこまで熱心な固定客というものに、心当たりが無い。詳細を確認させて欲しかったが「大丈夫だから、すぐに向かって」と言われる。
少し緊張しながら、客席に向かうと彼女は驚いた。と、同時に安堵した。見知った顔が、そこにはあった。
「オルフさん」
小走り気味に、レルヒィは席に向かう。
よお。と、笑顔を浮かべて、オルフは手を挙げてきた。
「よかった。無事だったんですね。心配したんですよ?」
「ええまあ。お陰様で。ご心配かけて、すみません」
「何か、酷いこととか、されませんでした?」
「全然、ありませんでした。俺、協力的な態度を取りましたから。相手も、話が通じる相手でしたし」
「そうでしたか」
本当に良かったと、レルヒィは胸を撫で下ろす。
「あ、でもどうして急にお店に? あと、そちらの方は?」
レルヒィはオルフの横に座っている男に視線を向けた。こちらはオルフと違い、見覚えが無い。
「ああ。本当はこういう真似は野暮かも知れないんだが。どうしても一度、レルヒィさんと面と向かって話がしたいと言ってきた。あと、やっぱり男二人で若い女一人が住んでいるところに押し掛けるというのは、それもよくないと思ったので」
「はあ」
いまいち話が見えず。レルヒィは小首を傾げた。
ただ、いつまでも立っていてもあれなので、そのまま彼らの隣に座る。
「初めまして。自分は、トキマ=クロノといいます。空戦競技のチャンピオンで、あなたのお兄様と、最後に戦った男です」
それを聞いて、レルヒィは顔が強張るのを自覚した。
そして思い出す。ついさっきまでは、見覚えが無いと思っていたが。新聞で何度か見掛けたような気がする。
「すみません。仕事中に押し掛けるような、それも逃げられないような真似をして。自分とは何も話したくないというのなら、自分はこのまま帰ります。お代は勿論、きちんと支払います」
そう言って、トキマは頭を下げてきた。
「私に、何のお話でしょうか? 兄があなたを襲ったことについては、妹として申し訳なく思います。けれど、それで恨み言をという話でしたら、ごめんなさい。今の私にはそれを聞ける余裕はありません」
「いえ、違います。そういうつもりで、自分はここに来たわけではありません」
「そうなんですか?」
「はい」
トキマは頷いた。
「レルヒィさん。それについては、信じていいと思う。こいつは、そんな男じゃないよ」
確かに、言われてみればそんな気がする。どことなく、兄やオルフと同じ雰囲気を感じるのだ。
「とはいえ、何を話したいのかも、よく分からないんですけどね」
「お前、まだそんな事言ってんのな? 馬鹿だろ。馬鹿」
呆れたように、オルフが笑う。それに対して、トキマは憮然とした表情を浮かべた。
「ええと? 取りあえず、お酒、頼みます?」
「はい、よろしくお願いします」
レルヒィはメニューを開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
亡きシュペリ=ラハンにこの杯を捧げる。献杯。
捧げた酒は、この店でも上等な方の酒だった。男二人は一気に煽ったが、レルヒィは接客という立場も考えてそこはセーブした。
「あの人は、最後は笑っていました。その笑顔の意味までは、自分には分かりません。ただ、それだけはここに来て、あなたに伝えたいと思いました」
ともすると唐突に、トキマはそんな事を言ってきた。
「笑っていた。そうなんですか?」
「はい。インタビューでは言いそびれましたが。あなたのお兄さんは、確かに最期、笑っていました。コクピットは自分が撃ったペイント弾で真っ白になっていましたが、その隙間からはっきりと見えました」
「どんな笑い方だったんですか?」
「大きく、頬を吊り上げるような。そんな笑みを浮かべていました。どこか、満足そうに」
「そうでしたか。私にも、その意味は分かりません。ですが、兄らしいとは思います。どんな最期であれ。死ぬときは、意地でも笑って死ぬ。そんな事を言っていた覚えがありますから」
「それは、俺も聞いたな」
オルフが同意する。
レルヒィも新聞で、兄がどのように最後を迎えたのかは知っている。チャンピオンは急降下しながら追いかける兄の攻撃を躱しつつ、タイミングを見計らって急減速。地上すれすれになったところで機体の位置を兄と入れ替える形で後ろを取り、その一瞬で兄の機体のコクピットをペイント弾で白く染め上げたのだった。
その後、しばらく水平飛行を続けた後、兄は持ち込んでいた拳銃で頭を撃ち抜いて自殺した。
「インタビューでもこれは言いましたが。自分は、あの人はあんな最期を迎えていい人ではなかった。そう思います。レルヒィさんにしてみれば、この国を焦土にした国の人間が何を言うかという感情もあるかも知れませんが。傷跡の深さに、つくづく戦争が嫌になります」
「トキマさんも、そうなんですね。本当、不思議です」
「と、いうと?」
「トキマさん以外のお客さんの中にも、意外とそういう事言う人、多いんですよ。戦争なんて、もううんざりだって。早くヤハールに帰りたいって。それから、ヤハールの好きな食べ物とか綺麗な観光地の話になることとかも多いです。そういう話は聞いていると、ついつい興味が湧いたりもしますね。いつの日か、色々と整理が付いて、旅行に行ける日も来るのだろうかとか思います」
「そうですか。彼らもきっと、戦争で傷付いているんです。あなたがヤハールの話を聞いてくれること、それは彼らにも心の癒やしとなっているんでしょう」
とはレルヒィも言いつつ。中には横暴で態度の悪いヤハール兵もいる。流石に暴力沙汰は起こさないが、例えば戦争でどれだけ活躍したかを自慢するような人間だ。その意味を理解しているのかどうかは知らないけれど。聞いていて、胸くそが悪くなる。
そして、そんな客相手には女の子達の接客も、どうしても質の悪いものになる。それがお気に召さないのか、そういうお客はやがて寄り付かなくなってくるものだけれど。
「オルフ。すまない。自分から話したい事って、色々と考えたけれどこれだけのようだ。後は、君からシュペリについて話を聞かせてくれないか? それは、レルヒィさんにとっても、聞きたい話だろうと思う」
「あー。それも、そうだな。それじゃあ、俺達と中尉の話をさせて貰うとしようか」
さて、どれから話そうか。と、オルフは虚空を見上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれは確か、終戦する一年ほど前の話だった。
ヤハールが東の海岸に上陸するを止めることが出来ず、戦火がミルレンシア本土に広がりつつあった頃だ。
当時の俺は、短期育成組とは違い、元々軍学校の正規課程を修了して空軍に入ったこと。それも、優秀な成績で卒業し、その結果として栄えある首都防空隊に配属されたってことで、鼻っ柱の強いクソガキだった。
先任達を挑発したり、悪戯を仕掛けたり。色々とやった。まあ、舞い上がっていたし、構って欲しかったんだろうな。我ながら、恥ずかしい話だけどよ。
そんな俺だ。先任達からの覚えは悪かった。そりゃそうだろうよ。こんな可愛げの無い後輩を好き好んで面倒見ようなんて人は、そうはいない。
当時は、ヤハールはまず俺達の国を偵察することを優先していた。そうだよな?
それで、ヤハールの偵察機と思しき反応が、あちこちのレーダーであった。俺達も、情報を易々とくれてやるわけにはいかない。そんな報告がある度に、迎撃に飛んだ。
それが、よりによって首都の近くのレーダー基地から報告があった。
ふざけた話だと思った。海から遠い、内陸の首都に迫る場所でだぞ? 舐められていると思ったさ。ヤハールも必死だった? ああ、そうだよな。そう、だったんだよな。ああ。今ならそれが、よく分かる。
その日は、酷い雨の日だった。まともにものが見える状態じゃ無かった。
それもあってか、結局、偵察機は見付けられなかった。あの様子だと、本当に偵察機が飛んでいたとしても、大した情報は得られなかっただろうと、希望的観測を持ちつつ、隊は帰投することなった。実際がどうだったのかは、今も知らねえ。
んで。俺はというとだ。迷子になった。
何故かって? 一言で言うなら、武勲に焦ったんだよ。どうにかして、偵察機を見つけ出して、叩き落としてやりたかった。
それで、速度を落として、未練がましく何度も後ろを振り返りつつ飛んでいた。
そうしたら、隊列からはぐれた。間抜けすぎる。
俺は、そのときになって焦った。まともに前が見えない視界不良。味方がいない不安で、冷静さを失って、まともにものを考えられる状況じゃなくなった。こういうときこそ、冷静さを保てと、何度言い聞かせてもダメだった。
計器を見ても、今どこをどう飛んでいるのか、どうすればいいのか、何も考えが浮かばなかった。死を覚悟した。こんな間抜けな死に方かよと、自分で自分をどれだけ罵ったか知らん。ほんの、5分か10分程度のことだが。
助けなんか、来るはずが無いと思っていた。だってそうだろ? 俺みたいな、跳ねっ返りのクソガキだぜ?
それがだ。中尉は助けに来てくれた。俺が今、どこをどう飛んでいるかを正確に割り出したんだ。暗い雨雲の中で、信号灯が光るのを見たときは、信じられなかった。
中尉に誘導されて、無事に基地に到着したら、俺は直ぐに謝った。あの人は、本気で怒っていた。本気で俺のことを心配してくれた。そして、落伍させてしまったことを謝っていた。あんな大雨の中でだぞ? 俺のせいだぞ? 無茶な話だってのに。
でも、どうしてすぐに気付いたのかと、それは疑問だった。
訊いてみたら「お前の出身は東部の村だと聞いていたからな」と答えてきた。そうだ。俺は、俺の故郷も戦火に巻き込まれる事が恐くて、それもあって、偵察機を見付けるのに粘ったんだ。そんな俺の気持ちを分かっていて、予想していたんだよ。あの人は。
それからだ。俺は、あの人の言うことなら、聞くようになったのは。結局、それからも、なかなかクソガキっぷりは直らなかったとは思うけどな。
ああ、そうそう。他には燕返しって呼ばれる空戦機動は知っているか? チャンピオン戦で危うく撃墜されかけた? ああ、多分それだな――
夜の仕事とは言いながら、電力インフラはまだまだ整っていないところがあるので、深夜遅くまでの営業は禁止されている。一律、21時までが営業出来る時間となっていた。
それでも、時間いっぱいの指命というのはちょっと無い話だ。そこまで熱心な固定客というものに、心当たりが無い。詳細を確認させて欲しかったが「大丈夫だから、すぐに向かって」と言われる。
少し緊張しながら、客席に向かうと彼女は驚いた。と、同時に安堵した。見知った顔が、そこにはあった。
「オルフさん」
小走り気味に、レルヒィは席に向かう。
よお。と、笑顔を浮かべて、オルフは手を挙げてきた。
「よかった。無事だったんですね。心配したんですよ?」
「ええまあ。お陰様で。ご心配かけて、すみません」
「何か、酷いこととか、されませんでした?」
「全然、ありませんでした。俺、協力的な態度を取りましたから。相手も、話が通じる相手でしたし」
「そうでしたか」
本当に良かったと、レルヒィは胸を撫で下ろす。
「あ、でもどうして急にお店に? あと、そちらの方は?」
レルヒィはオルフの横に座っている男に視線を向けた。こちらはオルフと違い、見覚えが無い。
「ああ。本当はこういう真似は野暮かも知れないんだが。どうしても一度、レルヒィさんと面と向かって話がしたいと言ってきた。あと、やっぱり男二人で若い女一人が住んでいるところに押し掛けるというのは、それもよくないと思ったので」
「はあ」
いまいち話が見えず。レルヒィは小首を傾げた。
ただ、いつまでも立っていてもあれなので、そのまま彼らの隣に座る。
「初めまして。自分は、トキマ=クロノといいます。空戦競技のチャンピオンで、あなたのお兄様と、最後に戦った男です」
それを聞いて、レルヒィは顔が強張るのを自覚した。
そして思い出す。ついさっきまでは、見覚えが無いと思っていたが。新聞で何度か見掛けたような気がする。
「すみません。仕事中に押し掛けるような、それも逃げられないような真似をして。自分とは何も話したくないというのなら、自分はこのまま帰ります。お代は勿論、きちんと支払います」
そう言って、トキマは頭を下げてきた。
「私に、何のお話でしょうか? 兄があなたを襲ったことについては、妹として申し訳なく思います。けれど、それで恨み言をという話でしたら、ごめんなさい。今の私にはそれを聞ける余裕はありません」
「いえ、違います。そういうつもりで、自分はここに来たわけではありません」
「そうなんですか?」
「はい」
トキマは頷いた。
「レルヒィさん。それについては、信じていいと思う。こいつは、そんな男じゃないよ」
確かに、言われてみればそんな気がする。どことなく、兄やオルフと同じ雰囲気を感じるのだ。
「とはいえ、何を話したいのかも、よく分からないんですけどね」
「お前、まだそんな事言ってんのな? 馬鹿だろ。馬鹿」
呆れたように、オルフが笑う。それに対して、トキマは憮然とした表情を浮かべた。
「ええと? 取りあえず、お酒、頼みます?」
「はい、よろしくお願いします」
レルヒィはメニューを開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
亡きシュペリ=ラハンにこの杯を捧げる。献杯。
捧げた酒は、この店でも上等な方の酒だった。男二人は一気に煽ったが、レルヒィは接客という立場も考えてそこはセーブした。
「あの人は、最後は笑っていました。その笑顔の意味までは、自分には分かりません。ただ、それだけはここに来て、あなたに伝えたいと思いました」
ともすると唐突に、トキマはそんな事を言ってきた。
「笑っていた。そうなんですか?」
「はい。インタビューでは言いそびれましたが。あなたのお兄さんは、確かに最期、笑っていました。コクピットは自分が撃ったペイント弾で真っ白になっていましたが、その隙間からはっきりと見えました」
「どんな笑い方だったんですか?」
「大きく、頬を吊り上げるような。そんな笑みを浮かべていました。どこか、満足そうに」
「そうでしたか。私にも、その意味は分かりません。ですが、兄らしいとは思います。どんな最期であれ。死ぬときは、意地でも笑って死ぬ。そんな事を言っていた覚えがありますから」
「それは、俺も聞いたな」
オルフが同意する。
レルヒィも新聞で、兄がどのように最後を迎えたのかは知っている。チャンピオンは急降下しながら追いかける兄の攻撃を躱しつつ、タイミングを見計らって急減速。地上すれすれになったところで機体の位置を兄と入れ替える形で後ろを取り、その一瞬で兄の機体のコクピットをペイント弾で白く染め上げたのだった。
その後、しばらく水平飛行を続けた後、兄は持ち込んでいた拳銃で頭を撃ち抜いて自殺した。
「インタビューでもこれは言いましたが。自分は、あの人はあんな最期を迎えていい人ではなかった。そう思います。レルヒィさんにしてみれば、この国を焦土にした国の人間が何を言うかという感情もあるかも知れませんが。傷跡の深さに、つくづく戦争が嫌になります」
「トキマさんも、そうなんですね。本当、不思議です」
「と、いうと?」
「トキマさん以外のお客さんの中にも、意外とそういう事言う人、多いんですよ。戦争なんて、もううんざりだって。早くヤハールに帰りたいって。それから、ヤハールの好きな食べ物とか綺麗な観光地の話になることとかも多いです。そういう話は聞いていると、ついつい興味が湧いたりもしますね。いつの日か、色々と整理が付いて、旅行に行ける日も来るのだろうかとか思います」
「そうですか。彼らもきっと、戦争で傷付いているんです。あなたがヤハールの話を聞いてくれること、それは彼らにも心の癒やしとなっているんでしょう」
とはレルヒィも言いつつ。中には横暴で態度の悪いヤハール兵もいる。流石に暴力沙汰は起こさないが、例えば戦争でどれだけ活躍したかを自慢するような人間だ。その意味を理解しているのかどうかは知らないけれど。聞いていて、胸くそが悪くなる。
そして、そんな客相手には女の子達の接客も、どうしても質の悪いものになる。それがお気に召さないのか、そういうお客はやがて寄り付かなくなってくるものだけれど。
「オルフ。すまない。自分から話したい事って、色々と考えたけれどこれだけのようだ。後は、君からシュペリについて話を聞かせてくれないか? それは、レルヒィさんにとっても、聞きたい話だろうと思う」
「あー。それも、そうだな。それじゃあ、俺達と中尉の話をさせて貰うとしようか」
さて、どれから話そうか。と、オルフは虚空を見上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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ヤハールが東の海岸に上陸するを止めることが出来ず、戦火がミルレンシア本土に広がりつつあった頃だ。
当時の俺は、短期育成組とは違い、元々軍学校の正規課程を修了して空軍に入ったこと。それも、優秀な成績で卒業し、その結果として栄えある首都防空隊に配属されたってことで、鼻っ柱の強いクソガキだった。
先任達を挑発したり、悪戯を仕掛けたり。色々とやった。まあ、舞い上がっていたし、構って欲しかったんだろうな。我ながら、恥ずかしい話だけどよ。
そんな俺だ。先任達からの覚えは悪かった。そりゃそうだろうよ。こんな可愛げの無い後輩を好き好んで面倒見ようなんて人は、そうはいない。
当時は、ヤハールはまず俺達の国を偵察することを優先していた。そうだよな?
それで、ヤハールの偵察機と思しき反応が、あちこちのレーダーであった。俺達も、情報を易々とくれてやるわけにはいかない。そんな報告がある度に、迎撃に飛んだ。
それが、よりによって首都の近くのレーダー基地から報告があった。
ふざけた話だと思った。海から遠い、内陸の首都に迫る場所でだぞ? 舐められていると思ったさ。ヤハールも必死だった? ああ、そうだよな。そう、だったんだよな。ああ。今ならそれが、よく分かる。
その日は、酷い雨の日だった。まともにものが見える状態じゃ無かった。
それもあってか、結局、偵察機は見付けられなかった。あの様子だと、本当に偵察機が飛んでいたとしても、大した情報は得られなかっただろうと、希望的観測を持ちつつ、隊は帰投することなった。実際がどうだったのかは、今も知らねえ。
んで。俺はというとだ。迷子になった。
何故かって? 一言で言うなら、武勲に焦ったんだよ。どうにかして、偵察機を見つけ出して、叩き落としてやりたかった。
それで、速度を落として、未練がましく何度も後ろを振り返りつつ飛んでいた。
そうしたら、隊列からはぐれた。間抜けすぎる。
俺は、そのときになって焦った。まともに前が見えない視界不良。味方がいない不安で、冷静さを失って、まともにものを考えられる状況じゃなくなった。こういうときこそ、冷静さを保てと、何度言い聞かせてもダメだった。
計器を見ても、今どこをどう飛んでいるのか、どうすればいいのか、何も考えが浮かばなかった。死を覚悟した。こんな間抜けな死に方かよと、自分で自分をどれだけ罵ったか知らん。ほんの、5分か10分程度のことだが。
助けなんか、来るはずが無いと思っていた。だってそうだろ? 俺みたいな、跳ねっ返りのクソガキだぜ?
それがだ。中尉は助けに来てくれた。俺が今、どこをどう飛んでいるかを正確に割り出したんだ。暗い雨雲の中で、信号灯が光るのを見たときは、信じられなかった。
中尉に誘導されて、無事に基地に到着したら、俺は直ぐに謝った。あの人は、本気で怒っていた。本気で俺のことを心配してくれた。そして、落伍させてしまったことを謝っていた。あんな大雨の中でだぞ? 俺のせいだぞ? 無茶な話だってのに。
でも、どうしてすぐに気付いたのかと、それは疑問だった。
訊いてみたら「お前の出身は東部の村だと聞いていたからな」と答えてきた。そうだ。俺は、俺の故郷も戦火に巻き込まれる事が恐くて、それもあって、偵察機を見付けるのに粘ったんだ。そんな俺の気持ちを分かっていて、予想していたんだよ。あの人は。
それからだ。俺は、あの人の言うことなら、聞くようになったのは。結局、それからも、なかなかクソガキっぷりは直らなかったとは思うけどな。
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