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第12章 二つ目の地域制覇へ

第12話 アッシュのお出かけ②

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 コンコン

 コンコン

 ドンドン

 ドンドン!

「おー、そろそろ来る頃だと思ってたぜー! 開いてるからいつも通りそのまま入って来い!」

 大き目のノック音にようやく気付いたゼパイルさんが返事をした。
 ドアを閉める音がしたので、入って来たのだとそのまま鍛冶仕事を続ける。
 それから時間にして二~三分、鍛冶仕事が一段落して槌打つ音が止まった。

「おー、待たせたな……うおっ! なんでぇ、妖精達じゃねーか。脅かすない、ビランデルとヘリアレスかと思ったぜ」
「それは失礼。今日はお客さんを連れて来ました。こちらが先日話したレッテ山の向こう側でエイジ様の従者をしてらっしゃるアシュタロト様です」
「はじめまして。あなたの素晴らしい武器にはいつもお世話になってるわ。気軽にアッシュと呼んでいいわよ」

 微笑むアッシュの美貌にやられ、しばし時を忘れるゼパイルさん。

「どうかした?」
 魂は奪ってないはずだけど。と物騒な事を呟くアッシュ。
 忘れてた! と焦る三人の精霊。

「お!? あ、あー、いや、なんでもない」
 我に返り誤魔化すゼパイルさん。なんでも無かったかのように話を続けた。

「で? 客だっつー話だが、何がいるんだ。武器か防具か」
「ええ、武器も防具もあるだけくださいな。良い武具がたくさんほしいのよ」
「良い武具っつてもな、儂は既製品は苦手なんだ。今はイージの持ってた剣に模して作る事が多いがよ、儂は儂の作った魔剣を追い抜くために努力してるだけだからよ」

 未だに自分の作った剣が魔剣になった事を悔いてるゼパイルさんは、その剣を越える剣を作れたとは思ってない。だが、現在のゼパイルさんの目標は別のところにあった。
 材料はエイジが用意したものだから、強さだけで言うと、間違いなくあの時の自分の剣は越えているのだが、エルダードワーフの剣を見せられた時に自分の未熟さを思い知った。
 今ではエルダードワーフの武具に追いつくために努力をしているのだが、自分でもその差はまだまだ詰められていない事を知ってるため、それを悟られるのが気恥かしく、魔剣を越えるために努力していると周りにはうそぶいているのだ。
 周りにはバレバレなのだが。

「それでもいいわよ。今は数が欲しいの。あなたの失敗作でも構わないわよ?」
「けっ! 儂が失敗したものは全部鋳潰してるぜ。そんなもんを世に出すわけにゃ行かなねーからな。まぁ、納得いったもんはビランデルとヘリアレスに渡してるしよ。ここじゃあ数は保証できねーな」
「そう、なのね。でもエイジ様は持ってたわよ? あれはあなたじゃないの?」
「そらぁ……おっ、いいところに来やがったぜ。数が欲しいんなら、あいつらに相談した方がいいぜ」

 ちょうどそこにビランデルとヘリアレスがやって来た。
 エイジから言われている、各地の製品を集めて回っている二人だ。

 エルダードワーフの里では武具⇔酒類・食料品の交換。
 居住区では酒類・食料品・調味料などの仕入れ。対価は貨幣。
 ゼパイル工房では酒⇔武具の交換。と、偶に【星の家】で小麦や野菜の仕入れ。対価は貨幣。
 フィッツバーグの町では、居住区で仕入れた調味料全般を領主様へ搬入。
 ハイグラッドの町では仕入れたものを査定し、料理以外の全てを買い取ってもらう。
 各村では原料や衣類⇔雑貨や食料と多少のお金との交換。
 魔王領にある鉱石ダンジョンで、武具の素材となる鉱石の回収。現在は魔族が回収したものを受け取るだけになっている。

 こうやって各地を二人で回っている。
 因みに、王都や他の町は大商人バーンズさんが担当している。

 二人の担当ルートとしては、エルダードワーフの里⇒居住区⇒ゼパイル工房⇒フィッツバーグの町(領主様への搬入)⇒ハイグラッドの町(大商人バーンズさん)⇒各村⇒鉱石ダンジョンでの素材回収。のルートで回っているのだから現在の手持ちの中にはエルダードワーフの武具をたくさん持っているはずだ。

「おや、今日はたくさん人がいるのですね」
「本当だ! おお! 綺麗どころが沢山いるぜぇ!」

 無骨なビランデルと、ちょっと軽薄なところのあるヘリアレスの魔族コンビだ。

「おー、お前さんら、今エルダードワーフの武具を沢山持っとるだろ。こちらのアッシュさんがご所望だそうだぜ」
「アッシュさん……?」
「おお! これまた、凄げぇ…ベッピンさん……だぜ?」
「あら、奇遇ね。人族のいる場所で会うだなんて、珍しいところで会うものねぇ」

 アッシュを見て、尻窄みな話し方になる二人の魔族。
 逸れに対して軽い調子で答えるアッシュ。

「「……」」

 ジリッシリッと、一歩一歩後ずさって行く二人の魔族。
 三歩分ほど二人の魔族が下がった時に、アッシュが声を掛けた。

「止まれ」
「「は、はいっ!!」」

 ピーン! と気をつけになる二人の魔族。

「いい武器を持ってるんだってね」
「「……」」
「どうなの?」
「持ってます!」
「言うな!」

 あっさりと白状するヘリアレスを諌めるビランデル。

「あら、なぜ言っちゃいけないの?」
「そ、それは……」
「別に言っても構いません!」
「お、おま……」
「何か事情があるの?」
「こ、これはエイジ様から仰せつかった品々なので」
「あら、そうなのね。でも、エイジ様から行って来いって言われたのよ?」
「……エイジ様が……」

 あっさり裏切るヘリアレスに対し、あくまでもエイジに命じられた仕事を忠実に守ろうとするビランデル。
 例え相手が超格上でも、エイジに与えられた仕事を守ろうと必死に頑張るビランデルだったのだが、それもアッシュがエイジの名前を出したため、時間の問題な感じに変わってきた。
 そこへ更なる追い討ちがかかる。

「おぅ、ビランデルよぉ。お前ぇは武器なら査定もできんだろ? やってやりゃいいじゃねーか。どうせバーンズんとこでも全部売れてるわけじゃねーんだろ? 折角、その…なんだ、別嬪さんが頼んでんだからよぉ」
「たしかに、そう、ですが……」
「いいじゃんかよ、売っちまおうぜ。俺は粘れる気がしねぇ、っつうか鼻からそんな気はねぇ!」
「くっ…お前まで……」

 違う意味でアッシュに陥落した二人、ゼパイルさんもヘリアレスも売ってしまえとアッシュの肩を持つ。
 だが、まだ何とか耐えてるビランデル。

「あなたとあなた、名前はビランデルとヘリアレスというのね。あなた達、私のとこへ来る? 魔王なんかより強くしてあげるわよ?」
「はい! 是非!」
「魔王、さまよりですか……」

 即答のヘリアレスに対して、まだ粘るビランデルであったが、強さという言葉に反応してしまった。
 それを見たアッシュは『詰んだわ』と確信した。

「当然よ、やっぱりあなたも魔法がいいの?」
「いえ、私は武器を扱います。特に剣と槍を好んで使います」
「そうなのね。だったらやっぱり私のところに来なさいよ。魔族最強の剣士にしてあげるわよ?」
「最強の…剣士……」

 揺れるビランデル。だが、まだ粘るビランデル。

「いえ、やっぱり私には大恩人であるエイジ様に与えられた仕事が…」
「その仕事もすればいいのよ。空いてる時間もあるでしょ」
「いえ……あっ、そうですね。今は鍛錬のために走っておりますが、ヨウム殿のお力添えを頂ければ半月は空くかと」
「決まりね。うちに来る時もあなた達が持ってくれば一石二鳥ね。厳選した武具を持ってくるのよ?」
「はっ! 承知しました!」

 ビランデルがとうとう落ちた。
 そのやり取りを見ていた三人の精霊も、アッシュには弱みを見せないようにしようと誓うのだった。

 今後のビランデルとヘリアレスの予定は、半月をジュラキュール王国で搬送業務を行ない、半月をダンガライド王国でアッシュの元で修行となった。

「話は聞かせてもらったのじゃ」
「はい、とっても面白そうなお話でした」
「ビランデルさんが落ちるなんてね」

 入口から声がしたので全員が振り向くと、そこにはクラマ、マイア、ユーの三人が立っていた。
 そのまま、ツカツカと入ってくる三人。が、そう大きくも無いゼパイル工房はもう満タンだ。ゆっくりと話も出来ない。
 そこで、エイジの家に移動する事になった。
 格好良く登場した三人だが、なんとも締まらない空気になった。

わらわが第一側室じゃ」
「私が本命の恋人よ」
「私が本妻です。まだ婚約者ですけど」

 三者三様の言葉で挨拶をした。
 それに対抗してアッシュも返す。

「私は、エイジ様に召喚された悪魔。でも、何もしてないわよ? しいて言えば貢がせてる、かな?」
「なんと! あのエイジが貢ぐだけじゃと!?」
「悪魔……」
「あの、あの、あの、それは関係があった代償にという事ですか!?」

 驚くクラマとユーに対して、悪魔に反応するマイア。

「しかし、あちらには女王様がいらっしゃったはず。よく生きていられましたね」
「女王? あー、あの変な話し方の人ね。何度か会ったけど、エイジ様に陥落したわ。戦えば私の方が分が悪いけど、戦う必要なんて無かったもの」
「女王様にまで手をかけるなんて……」
「なんと、まぁ。エイジはあちらでもハーレムを作っておるのじゃな」
「私が第一婦人って言ったのに……」

 エイジの知らない所で、エイジも知らないハーレムが拡張している。

「もうお我慢できない! 私、やっぱり行く! 行きたい! ねぇ、もういいよね? マイアさん!」
「そうですね、本当はもう少し修行をしたかった所ですが、そこの悪魔さんより強くなってますし、及第点としましょうか」
「いいの!?」

 ユーの必死の問い掛けに、肯いて了承を示すマイア。

「やったー! 久し振りにファーストフードが食べれるー! じゃなかった、エイジに会えるー!」
「ならば、わらわも付いて行くと言いたいところじゃが、今はちと手が離せんのぉ」
「私も、まだ女王様から許可を頂いてませんし、今回はユーに託すとしましょうか」

 クラマとマイアは残ると言い、ユーだけが山向こうに行くと話が纏まった。
 そこに待ったをかけたのがアッシュだ。

「ちょっと聞き捨てならないんだけど。その小娘が私より強いですって? 冗談も程ほどにして。私は間もなく侯爵になる大伯爵なのよ? そんな私に敵う人間なんているわけないでしょ。勇者ならともかく、ただの人間が……」

 アッシュが言い終わらないうちにユーが身体全体を光らせた。

「そ、それは、光属性の……あなた…勇者なの?」
「いいえ、違うわ。私は勇者。でも、今この世界にいる勇者よりも強いわよ? なんなら試してみる?」
「……そ、そんなバカな。私が敵わないと思ってしまう存在が何人もいるって、エイジの周りはなんなのよ」
「エイジに拾われ助けてもらって名前も付けてもらった。クラマさんとマイアさんに鍛えてもらって力も付けた。それもこれもエイジの嫁としてエイジを助けるためよ。あなたがエイジのヒモなのかどうかは分からないけど、エイジには十九人の嫁候補がいるの。あなたは二十番目よ」

 ドーン! と効果音が鳴り響いてユーの後ろにザッパーと波しぶきが立つ。
 そんなイメージを思い浮かべながらアッシュを人差し指で指し、対抗心を表すユー。
 実際は音も鳴ってないし一滴の水も無い。ユーの脳内だけでのイメージなのだ。

「嫁候補といえば魔王の娘も入るのかしら。だったらあなたは二十一番目ね」
「に、にじゅ……」
「じゃが、嫁候補で初めてのバツイチのようじゃの。エイジも物好きじゃの」
「あら、ホント。お子さんがいらっしゃるのね。あちらでは女の子不足なのかしら」
「なんで分かるの? でも、それなら私の勝ちは決まりね」
「油断はならぬぞ? バツイチじゃとモテると言うからのぉ」
「それは経験の差かしら。私も負けてないと思うのだけれど」
「てくにっく、というやつかの。わらわのモフモフも気に入ったと言ってくれたのじゃがの」
「それを言ったら私の添い寝も『とろける』って言ってくださいましたわよ?」
「私は……そんなの無いけど好きだって言ってくれたもん!」
「ユーはデカいからそれでいいのじゃ」
「ええ、エイジもミサイルとか言ってましたしねぇ」

 好き勝手に言いまくる三人に、耐え切れずにアッシュがキレた。

「私はやってないわよ! どれだけ密着してもニヤけるだけで手を出さないのよ!」
「なぬ? あのエイジが手を出さぬじゃと?」
「おかしいですわねぇ……お酒は飲ませましたか?」
「本当はもっと貢がせて……え? お酒?」
「ええ、エイジはお酒が過ぎると人が変わるのよ」
「そうじゃそうじゃ、スケベになるのじゃ」
「私の初めてもそうだったかな……ポッ」
「まぁよい、ユーが行けば分かる事じゃ」
「そうですね。ではユー、念の為に回復薬は多めに持って行きなさい。先日、エイジ様には届けさせましたが、ユーももっと持っておきなさい」

 そう言って、畳の上に大量の回復薬、丸薬を収納バッグから出すマイア。
 エイジからもらった収納バッグは大量にものが入れられて便利なのだが、収納バッグから収納バッグに直接入れられないのがデメリットなのだ。
 イチイチこうして出して、次の収納バッグに入れなければならない。

「こ、これは……」
 もちろん、目の前に出された丸薬にアッシュが反応しないわけがない。

「エイジ様に言えば、いくらでもくださいますわよ?」
「ええ、もらったんだけど、もっと欲しくて……」
「あらそうでしたの。では、お近づきの印にいくつかお分けしましょうか?」
「ぜ、是非!!」

 身を乗り出して懇願するアッシュ。だが、その希望は通らなかった。

「今回の分はユーに持たせるものなので、次の時にお渡しするわね」
「つ、次…ですか……それはいつ!」
「さっきの話だと魔族の二人があなたの所に行くのでしょ? その時でいいわよね?」
「あ、私もこんなにいらないので、少し分けますよ?」

 ガシッ!

 ユーの言葉に感動し、涙目でユーの手をガッチリと掴むアッシュ。
 悪魔と勇者が友になった瞬間だった。
 今回はユーの分だからと五粒しかダメだとマイアに釘を刺されて、それだけしか貰えなかったが、それでもアッシュには十分だった。
 元は武具の仕入れに来ただけなのに丸薬が手に入ったのだから。
 しかも、少し待てばもっと貰えると分かれば待つ事もできる。寿命の長い悪魔は、待つのが得意なのだ。

 しかし、その日は来なかった。
 結局ユーがエイジと再会した時にその話も出てしまい、丸薬を含めた回復薬はエイジに回収されアッシュの下には届かなかった。

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