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6 旧サジタリアス城の戦い

6-1. 旧サジタリアス城の戦い

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飛行竜で第九領の中心街まで行き、そこから馬車でイヲンに向かう。
第七領手前の竜舎から第七領を突っ切った方が、距離的にはイヲンに近いのだが、途中の山岳地帯を超えることを考慮すると、平野を行くこのコースの方が早いだろうと言う判断だった。
第九領の中心街とイヲンの中間地点にある街で一泊し、イヲンヘは予定通り翌日の昼に到着した。
イヲンの街に着くと、御者席にいるヴィント・トーラスが、馬車の中にいるイセトゥアンに街全体に緞帳ドンチョウのように重い空気が垂れ下がっていると告げた。
エルフは空気や水、土壌などが汚染された環境下では、聖なる性が邪悪へ傾き、ダークエルフのように攻撃的で、知性の低い生物に退化する恐れがある。

「これだけ、空気に邪気が入り混じっていたら、住んでいる者達の思考にも影響がでているかもしれませんね」
「そんなにか? 俺には分からなかったが」
「隊長たちはまず気付かないと思いますよ。ただ、私もトーラス家の端くれ、空気に関することなら自信があります」
「彼は、金糸雀カナリアのように、繊細な感覚をお持ちのようだ」
「彼の一族は、風属性の魔法を得意としております」
イセトゥアンがカルラ王子に、ヴィントを紹介する。
「そういえば、私はガルダ王をお見かけしたことがございます。あの時の感動を、いつかガルトマーン王国の方にお伝えしたいと思っていたのです」
ヴィントの言葉に、ソゴゥは変な声を上げそうになったのを咳でごまかし、目を瞑ることで動揺を隠した。
「ほう、いつ王を見掛けたのですか?」
カルラ王子がヴィントに尋ねる。
太歳タイサイを討伐されるご勇姿を、遠くから拝見致しました。あの光景は一生忘れることはありません。真っ赤な炎を纏って戦われるお姿は、まさに神鳥と言った戦の神のようであり、私の中の強さの象徴はまさしくガルダ王となりました」
そこに、御者席でヴィントの隣にいたブロンも加わり、ガルダ王を褒めちぎる会話が続き、ソゴゥは指をギュっと組んで、目を決して開けず、向かいのカルラ王子とは目を合わせないようにしていた。
空気の振動を感じ、カルラ王子が笑っていることが伝わって来る。
ソゴゥは片目だけ開けて、イセトゥアンを見る。
部下を窘めろと、目で促すが、イセトゥアンは眠気と戦っているような顔をしている。
こんな時、ヨル以外にも意思を飛ばせたらと思う。
あと、王子の護衛中に眠くなってるんじゃねえ、シバキ倒すぞ。
馬車は街の中央でセアノサスを下ろし、セアノサスは小さな図書館へと一人で向かった。
ドナー男爵の屋敷は、街の中央から離れた場所にある。
イヲンの街は坂が多く、ドナー男爵邸は市街が見渡せる高台にあり、屋敷の外観は質素で、内装も節度のある品を保っていた。
男爵と男爵夫人が揃って、カルラ王子と第一司書のソゴゥ、それとブロン・サジタリアスを出迎え、応接室へと案内し、護衛役がそれに続く。
ソゴゥは不躾にならない程度に、屋敷内を観察する。
ブロンは久しぶりの妹と、義理の弟のドナー男爵をみて「まるで別人だ」という言葉を飲み込んだ。
カルラ王子がブロンの様子を横目に見て、片眉を上げる。
開放感のある孤を描く天井までの大きなガラス窓の部屋に通され、色とりどり花が飾られた大きなテーブルにそれぞれが着く。
片側の壁には、旧サジタリアス城の最盛期が描かれ、片側は街並みが見渡せる窓となっている。壁は青のタイルで、高価な造りだが、土地の産業である陶器を紹介する意味で、華美にゼイを凝らしたというより、宣伝を兼ねていると考えられる。
サジタリアス家の砂色の髪とは違い、ドナー男爵は黄色に近い明るい髪色をしており、オールバックにして、後ろで一つにまとめている。瞳の色も、髪色と同じで、その目は隣にいるブロンテと同様に、やや澱んでいるように、ソゴゥには感じられた。
「このような田舎町の我が領地へ、天上の方々にお越しいただき、誠に恐悦至極に存じます。心より歓迎いたします。どうぞ、ゆっくりなさってください」
すでに、門扉で紹介を済ませており、ドナー男爵は歓迎の辞句を重ねた。
「急な申し出に対応いただき感謝する。私は、イグドラム国を回り、見分を広め各地の産業や環境を自国に紹介したいと考え、こちらのブロン・サジタリアス氏の紹介のもと、こちらへと伺わせていただいたのです」
カルラ王子が話した来訪の目的は、事前に打ち合わせていたもので、ブロンが頷く。
「左様でございましたか、大変光栄でございます」
「私は、カルラ王子の案内役ですが、この後は一旦小さな図書館の方へ参ります。カルラ王子滞在中は、私もこちらに滞在させていただきたいが、よろしいでしょうか?」
「もちろんでございます、第一司書様がお泊りになったとあれば、末代までの自慢となります。是非とも」
お茶と御菓子、軽食が用意され、暫くはブロンがブロンテに近況を聞いたり、カルラ王子がドナー男爵に地域の産業について尋ねたりしていた。
「ブロンテ、何か変わったことはないか? 困ったことがあったら遠慮せず頼ってくれていいんだぞ」
ブロンテとドナー男爵と顔を見合わせる。
「困ったことなんてないわ、兄様。ちょっと食費が掛かるくらいで」
「食費?」
「ええ、子供が一気に増えましたの」
「子供が出来たのか?」
「ええ、沢山増えましたわ、皆を養っていかなくてはならないので、今まで参加してこなかったパーティーにも積極的に参加して、イヲンの産業を紹介しておりますわ。でも、私と男爵でなんとかなりますもの、ねえ、貴方」
「そうです、私達ならやっていけますので、ご心配には及びません、ブロン様」
「子供は今どこに?」
「子供たちは、ええと、ああそうだわ、奥の部屋に・・・・・・」
「子供たちを紹介してくれないのかい?」
「子供たちは、寝付いたばかりですので、また明日には」
「そうか、無理を言った」
「ところで、ドナー男爵、奥方は大変お美しい。私にも妻がおり、いつも美容を気にしているのですが、奥方、何か秘訣がおありになるのでしたら、是非参考までに教えていただきたい」
カルラ王子が切り出す。
「いえ、特別何かをしているわけではございません。それに、私はどこにでもいるただのエルフでございますわ」
カルラ王子はブロンテを真っ直ぐ見つめる。
ブロンテの目は濁っているが、言葉に嘘はないようだった。
「なるほど、何となくわかりました」
その言葉は、ブロンテではなくソゴゥに向けられていた。
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