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6 巨悪
6-1. 巨悪
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暖かい毛布に包まれている様な心地だった。
ここは地中で、自分はすでに形を失っていることを知っていた。
自分の近くには、ほかの生物だった死骸があり、それすら仲間のようで、楽しくさえあった。
息をしていないから、息苦しくもなく、温度を感じないから寒さも暑さもないのに、温もりのようなものが纏わりついている。
私は自分が人間であったことを覚えていた。どんな人間であったのか。
私は多くの人間の上にあった。
私は無辜の民草とはいえ、何も成しえなかった群衆とは、一線を画する者。
神代の国にふさわしい選ばれた者であり、ほかの生命とは異なる次元にある生命体であったことを思い出した。
その途端、私は自分のあり様を思い出し、自分の場所を知覚した。
私は灰色の空の下に横たわっていた。
そこには私以外の多くの人が横臥し、等しく空を見上げていた。
そうすると、天使の様に光をまとった人間が空から降りてきて、臥せた人の手を取って、共に天へ昇っていく。
私のもとへは、私の母がやってきた。とても美しい光をまとって、私に手を差し伸べた。私も、その手を取ろうと母へ手を伸ばしたが、私の形は人のそれではなく、手も足もなく、頭もない。繭のようで、横たわっていた地面の網目構造に吸い込まれるように沈んで行く。
それでも、懸命に手を伸ばそうとしたが、私の手は母の手に届くことはなかった。
私は雫のように網目から落下して、繭が犇めく暗闇に着地した。
うごめく繭のほとんどが、闇と境のない色をしていたが、その中に薄っすらと白く発光しているものがあった。
見ていると暗い空から、先ほどとは違う、強く圧倒的な光が雷光のように射して、光る繭を摘まみ上げた。そうして、その場にいた発光した繭はすべて大いなる手により闇から摘まみ上げられ、暗くよどんだ繭だけが残された。
私もその暗くよどんだ繭だった。
人間としての役割を終えた、あるいは生命としての終わりを迎えた。そんな恐怖が去来して、諦観に沈みそうになる意識が、最期に不思議なものを見つけた。
薄く赤く光る繭。
この空間にいくつか存在しているそれらは、大いなる手を拒むように、何度も絶対的な光を避けるが、ついには捕まり、摘まみ上げられた。
私の隣にも、そんな赤い繭があった。
それは身を捩って救いを拒み、自らを罰してさえいるようだった。大いなる手が再びそれを捕まえようとしたとき、私はその赤い繭を押しのけた。
部屋がノックされ、悪魔が入室してくる。
ソゴゥは顔を洗い、服を着替えて身支度を済ませる。
ソゴゥは考えていた。いつ、魔法ロックが自分に掛けられたのか。おそらくは、この地下の空間へやって来る際に大きな扉に触れたときに、体内に自分の魔力と魔法を繋ぐ回路を阻害するウイルスの様な物が仕掛けられたのだろう。
そして、そのウイルスは数日すれば自然と消滅し、治癒する類のもので、悪魔が魔法ロックの解除を行わなくても、今日あたりにもとに戻るものだったのだろう。
「おはようございます、ソゴゥ様」
「ああ、お早う。悪魔も眠るのか? 俺の知り合いの悪魔は眠っていたようだが」
「悪魔にもよるのでは? 我々は便宜上悪魔という種族のような括りをされますが、一個体が唯一で、共通点は課せられた角と尻尾と翼を持つという特徴のみです。この星の神が決まった際、その他の同等の力ある存在は悪魔とされただけにすぎません。我々には他に、無償で人を救ってはいけないという事が課せられました。それが出来るのは神だけの特権なのです」
「そう聞くと、神様は嫌な奴だな」
「我々が神より弱かったのですから、仕方がないのです。棲み分けが必要なのでしょう。神はとても人を救いたがる性質があります。そして、我々も似た性質を持っております」
「そうか、亡者全員を救うことが出来ないというルールは、そのためか?」
悪魔は、わざとらしくパチパチと瞬きをして、軽く握った拳を顎に当てて首を傾げる。
「今回の、私と、私の契約者とで取り交わした約束が、救える人数を決定したのです。つまり契約者は、救うのは一人で十分と考えたようですね。大勢を救えという願いなら、それ相応の対価とともに叶えることも可能ですが、今回の契約はそうではなかった、ということです」
「貴方に名前はあるのか?」
「私には、まだ名はありません。名を持つ悪魔は、それだけ人と深く付き合っていたという事でしょう、悪魔を名で呼ぼうなどと普通は考えませんから」
「まあね、長い付き合いになるとわかっているならいざ知らず、そうでないなら互いに名を知らせたりしないだろうな」
「ソゴゥ様が、私に名を付けてくださってもよろしいのですよ。貴方は大変面白い。この先も側で見ることができたら楽しそうです」
いつの間にか傍らに来ていた魔獣が、威嚇音を発して悪魔に飛び掛かるのを、空中でキャッチして、後ろのベッドにリリースする。
「悪魔は一体で十分だよ、そろそろあいつも元に戻るだろうし」
「そうですか、では、また縁があったら私を呼んでください。その時はとびっきりの美女となって現れますので」
ソゴゥは悪魔が用意していた、朝食を喉に詰まらせそうになり、紅茶で流し込んだ。
「だったら、俺があいつ以外に悪魔を呼び出したときは、貴方が応えてくれ」
「ええ、かしこまりました。さて、残り二人となりました。二人は屋敷の最下層で待って
います。今からそちらへご案内いたします」
朝食を終え、悪魔の後について廊下を進む。
最下層と言っていたが、何故か階上に上がり、滝の真上に出た。
ここは地中で、自分はすでに形を失っていることを知っていた。
自分の近くには、ほかの生物だった死骸があり、それすら仲間のようで、楽しくさえあった。
息をしていないから、息苦しくもなく、温度を感じないから寒さも暑さもないのに、温もりのようなものが纏わりついている。
私は自分が人間であったことを覚えていた。どんな人間であったのか。
私は多くの人間の上にあった。
私は無辜の民草とはいえ、何も成しえなかった群衆とは、一線を画する者。
神代の国にふさわしい選ばれた者であり、ほかの生命とは異なる次元にある生命体であったことを思い出した。
その途端、私は自分のあり様を思い出し、自分の場所を知覚した。
私は灰色の空の下に横たわっていた。
そこには私以外の多くの人が横臥し、等しく空を見上げていた。
そうすると、天使の様に光をまとった人間が空から降りてきて、臥せた人の手を取って、共に天へ昇っていく。
私のもとへは、私の母がやってきた。とても美しい光をまとって、私に手を差し伸べた。私も、その手を取ろうと母へ手を伸ばしたが、私の形は人のそれではなく、手も足もなく、頭もない。繭のようで、横たわっていた地面の網目構造に吸い込まれるように沈んで行く。
それでも、懸命に手を伸ばそうとしたが、私の手は母の手に届くことはなかった。
私は雫のように網目から落下して、繭が犇めく暗闇に着地した。
うごめく繭のほとんどが、闇と境のない色をしていたが、その中に薄っすらと白く発光しているものがあった。
見ていると暗い空から、先ほどとは違う、強く圧倒的な光が雷光のように射して、光る繭を摘まみ上げた。そうして、その場にいた発光した繭はすべて大いなる手により闇から摘まみ上げられ、暗くよどんだ繭だけが残された。
私もその暗くよどんだ繭だった。
人間としての役割を終えた、あるいは生命としての終わりを迎えた。そんな恐怖が去来して、諦観に沈みそうになる意識が、最期に不思議なものを見つけた。
薄く赤く光る繭。
この空間にいくつか存在しているそれらは、大いなる手を拒むように、何度も絶対的な光を避けるが、ついには捕まり、摘まみ上げられた。
私の隣にも、そんな赤い繭があった。
それは身を捩って救いを拒み、自らを罰してさえいるようだった。大いなる手が再びそれを捕まえようとしたとき、私はその赤い繭を押しのけた。
部屋がノックされ、悪魔が入室してくる。
ソゴゥは顔を洗い、服を着替えて身支度を済ませる。
ソゴゥは考えていた。いつ、魔法ロックが自分に掛けられたのか。おそらくは、この地下の空間へやって来る際に大きな扉に触れたときに、体内に自分の魔力と魔法を繋ぐ回路を阻害するウイルスの様な物が仕掛けられたのだろう。
そして、そのウイルスは数日すれば自然と消滅し、治癒する類のもので、悪魔が魔法ロックの解除を行わなくても、今日あたりにもとに戻るものだったのだろう。
「おはようございます、ソゴゥ様」
「ああ、お早う。悪魔も眠るのか? 俺の知り合いの悪魔は眠っていたようだが」
「悪魔にもよるのでは? 我々は便宜上悪魔という種族のような括りをされますが、一個体が唯一で、共通点は課せられた角と尻尾と翼を持つという特徴のみです。この星の神が決まった際、その他の同等の力ある存在は悪魔とされただけにすぎません。我々には他に、無償で人を救ってはいけないという事が課せられました。それが出来るのは神だけの特権なのです」
「そう聞くと、神様は嫌な奴だな」
「我々が神より弱かったのですから、仕方がないのです。棲み分けが必要なのでしょう。神はとても人を救いたがる性質があります。そして、我々も似た性質を持っております」
「そうか、亡者全員を救うことが出来ないというルールは、そのためか?」
悪魔は、わざとらしくパチパチと瞬きをして、軽く握った拳を顎に当てて首を傾げる。
「今回の、私と、私の契約者とで取り交わした約束が、救える人数を決定したのです。つまり契約者は、救うのは一人で十分と考えたようですね。大勢を救えという願いなら、それ相応の対価とともに叶えることも可能ですが、今回の契約はそうではなかった、ということです」
「貴方に名前はあるのか?」
「私には、まだ名はありません。名を持つ悪魔は、それだけ人と深く付き合っていたという事でしょう、悪魔を名で呼ぼうなどと普通は考えませんから」
「まあね、長い付き合いになるとわかっているならいざ知らず、そうでないなら互いに名を知らせたりしないだろうな」
「ソゴゥ様が、私に名を付けてくださってもよろしいのですよ。貴方は大変面白い。この先も側で見ることができたら楽しそうです」
いつの間にか傍らに来ていた魔獣が、威嚇音を発して悪魔に飛び掛かるのを、空中でキャッチして、後ろのベッドにリリースする。
「悪魔は一体で十分だよ、そろそろあいつも元に戻るだろうし」
「そうですか、では、また縁があったら私を呼んでください。その時はとびっきりの美女となって現れますので」
ソゴゥは悪魔が用意していた、朝食を喉に詰まらせそうになり、紅茶で流し込んだ。
「だったら、俺があいつ以外に悪魔を呼び出したときは、貴方が応えてくれ」
「ええ、かしこまりました。さて、残り二人となりました。二人は屋敷の最下層で待って
います。今からそちらへご案内いたします」
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