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4 夜の消失
4-4.夜の消失
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前世で言うところの地下鉄の駅の様な場所を通り、さらに奥に広がった空間に、頑丈なコンクリートの壁から温かい土色の壁に変化して掘り進められた先に、彼らが暮らしている場所があった。
まるで、アリの巣の様だ。
中心の大きな空間に、布で仕切られた場所があり、そこへと案内される。
陽の光を吸収し、暗がりで発光する石があちこちに置かれ、それにより暗視を用いなくても視界が保たれている。
「母様、お連れしましたよ」
青年の呼びかけに、嗄れた声で応えがある。
青年が布を捲り、ソゴゥを中へ促す。
「失礼します。私をお呼びと伺いました」
地面に茅の様なものを敷いただけの寝床に、その人は臥せって、首だけをこちらに巡らせた。
手を伸ばしてきたので、ソゴゥはその場に膝を折って彼女の手を両手で包む。
彼女は顔の右半分を布で覆い、たぶん人間の八十、九十を超えたような容貌をしているが、その年は七十に満たないという。戦争の終盤に生まれ、戦争を終結させ、この地を不可侵領域と定めたとされる人物。
彼女は人体実験の被験者であり、この地に打ち捨てられたのち、異常に発達した知能を持って、諸外国にこの国の土地と、この国の人間への一切の干渉を排除することに成功したのだ。
ソゴゥは敬意をもって、彼女の手を取る。
「貴方を呼んだのは、私ではなく、この先の奥の間にいる者です、どうか力を貸してやってください」
「私にできる事なら」
「ふふ、こんなに怒っている人は久しぶりです、まるで私の友人たちのよう」
「私は、怒ってなど」
ソゴゥは驚いて、否定する。
「いいえ、貴方は怒っている。すぐに分かりましたよ。貴方は尊く、そして優しい。だからこそ怒っている。この地の人間すべてを救わせて欲しいと」
ソゴゥは言葉に詰まった。
本心では気が狂わんばかりに叫んでいた。
「何故助けてと言わないのか!」と。
矜持、思想、疑心、恨み、憎しみ。
彼らにとってどれだけ大切な事でも、それが命より大事であっても、救済を拒む理由足り得ない。
命を取り戻すことは出来ないが、命を救うことは出来る。
今なら、いま生きている人間を救えるのに。
それでも、ソゴゥは静かに彼女を見つめて黙する。
「私の力を借りたいという方のもとへ、伺いましょう」
ソゴゥは彼女の手をそっとその体へ戻し、立ち上がる。
「お願いします。あの子たち、何か良くないことに巻き込まれてしまっていないといいのだけれど」
彼女は疲れたように言った。
ふと、彼女の枕元に置いてあった、黒い毛皮の様なものがフルフルっと動いて、グーっと伸び上がり耳をピルピルさせた。
「ん?」
ソゴゥはそれをさっと手で掴む。
ソゴゥの手の中でうねうねと身を捩り、ぬるりと手から逃れると毛を逆立てて怒っている。
「魔獣がこんなところに」
「その子は大丈夫、私のお友達だから。私が赤ちゃんの頃からずっと一緒にいたんですよ」
「そうでしたか、失礼しました」
「最期にもう一度顔を見せて」
ソゴゥは縁起でもないと思いながらも、彼女の目を覗き込んだ。魔獣も横で彼女の顔を見ている。
白く濁った瞳は、何も見えていないのかもしれない。
それでも、彼女を見つめる者を彼女は見ていた。
「行ってらっしゃい」
ソゴゥは布の外に出ると、外で控えていた先ほどの青年に奥の間へ案内してもらった。
「奥の間はこの扉の向こうです」
巨大な重々しい黒い扉の前に立ち、呆然と見上げた。
ここを通る者はすべての希望を捨てよと言わんばかりの意匠が凝らされおり、どこか模倣の様な歪さを感じる。
「私は、ここより先には行けません」
「案内していただいて、ありがとうございました」
青年にお礼を言い、ソゴゥはその先に一人歩を進める。
どうやって開けるのかと、とりあえず扉の中央に触れた瞬間、扉が弾け飛ぶように向こう側に開いた。外開きだったら、扉に弾かれて大惨事となるところだった。
ソゴゥはドキドキしながら、開いた扉が戻って来ないとも限らないと、早足にくぐり抜けて中へと入る。
それと同時に、今度は重たい金属がぶつかるような音を立てて、勢いよく扉がガンッと閉まった。
怪我が無かったら良いというわけじゃないからな!
もっと、ゆとりと思いやりを、扉に持たせろやい!
首を竦め、ソゴゥは両肩を擦りながら、恨みがましい目で扉を振り返る。
「あ、お前」
後ろから、あの黒い小さな魔獣が付いてきているのに気付いた。
肩に飛び乗ってこようとする気配を察し、ヒョイと身を躱す。
飛び上がった魔獣が、ビタンとそのまま地面に着地してフーフー言って怒っている。
「俺の肩は安くないぞ」
ソゴゥはニヤリと笑い、魔獣を置いて行く。
扉と同じ幅の通路が三十メートルほど続き、奥からは光が差し込んでいる。
ソゴゥは足元を照らそうと、光魔法を出そうとして何度か失敗し、首をひねってとりあえず、火球を出そうとするが、これもうまくいかなかった。
また、脱出用にここら辺にもマーキングしておこうと、視点を瞬間移動用に切り替えようとして、それも失敗した。
ソゴゥは途端に緊張し、ありとあらゆる魔法の発動を試みる。
歩きながら、魔力を放出させようと感覚を研ぎ澄ませるも、ガスのないオイルライターのやすりを空回ししているようで、パチパチと魔力が爆ぜるが魔法に点る前にかき消えてしまう。
以前、母にイグドラシルの根っこのぼりという過酷な修行をさせられていた際に、魔力を使えなくされたことがあったが、どうやら似たようなことが起きているようだ。
周囲に気を配ることを忘れ、魔法を発動させることに気を取られていたせいで、ソゴゥは暗い足元の先が無い事を、大胆に踏み出した一歩が空を踏んだところで気付いた。
まるで、アリの巣の様だ。
中心の大きな空間に、布で仕切られた場所があり、そこへと案内される。
陽の光を吸収し、暗がりで発光する石があちこちに置かれ、それにより暗視を用いなくても視界が保たれている。
「母様、お連れしましたよ」
青年の呼びかけに、嗄れた声で応えがある。
青年が布を捲り、ソゴゥを中へ促す。
「失礼します。私をお呼びと伺いました」
地面に茅の様なものを敷いただけの寝床に、その人は臥せって、首だけをこちらに巡らせた。
手を伸ばしてきたので、ソゴゥはその場に膝を折って彼女の手を両手で包む。
彼女は顔の右半分を布で覆い、たぶん人間の八十、九十を超えたような容貌をしているが、その年は七十に満たないという。戦争の終盤に生まれ、戦争を終結させ、この地を不可侵領域と定めたとされる人物。
彼女は人体実験の被験者であり、この地に打ち捨てられたのち、異常に発達した知能を持って、諸外国にこの国の土地と、この国の人間への一切の干渉を排除することに成功したのだ。
ソゴゥは敬意をもって、彼女の手を取る。
「貴方を呼んだのは、私ではなく、この先の奥の間にいる者です、どうか力を貸してやってください」
「私にできる事なら」
「ふふ、こんなに怒っている人は久しぶりです、まるで私の友人たちのよう」
「私は、怒ってなど」
ソゴゥは驚いて、否定する。
「いいえ、貴方は怒っている。すぐに分かりましたよ。貴方は尊く、そして優しい。だからこそ怒っている。この地の人間すべてを救わせて欲しいと」
ソゴゥは言葉に詰まった。
本心では気が狂わんばかりに叫んでいた。
「何故助けてと言わないのか!」と。
矜持、思想、疑心、恨み、憎しみ。
彼らにとってどれだけ大切な事でも、それが命より大事であっても、救済を拒む理由足り得ない。
命を取り戻すことは出来ないが、命を救うことは出来る。
今なら、いま生きている人間を救えるのに。
それでも、ソゴゥは静かに彼女を見つめて黙する。
「私の力を借りたいという方のもとへ、伺いましょう」
ソゴゥは彼女の手をそっとその体へ戻し、立ち上がる。
「お願いします。あの子たち、何か良くないことに巻き込まれてしまっていないといいのだけれど」
彼女は疲れたように言った。
ふと、彼女の枕元に置いてあった、黒い毛皮の様なものがフルフルっと動いて、グーっと伸び上がり耳をピルピルさせた。
「ん?」
ソゴゥはそれをさっと手で掴む。
ソゴゥの手の中でうねうねと身を捩り、ぬるりと手から逃れると毛を逆立てて怒っている。
「魔獣がこんなところに」
「その子は大丈夫、私のお友達だから。私が赤ちゃんの頃からずっと一緒にいたんですよ」
「そうでしたか、失礼しました」
「最期にもう一度顔を見せて」
ソゴゥは縁起でもないと思いながらも、彼女の目を覗き込んだ。魔獣も横で彼女の顔を見ている。
白く濁った瞳は、何も見えていないのかもしれない。
それでも、彼女を見つめる者を彼女は見ていた。
「行ってらっしゃい」
ソゴゥは布の外に出ると、外で控えていた先ほどの青年に奥の間へ案内してもらった。
「奥の間はこの扉の向こうです」
巨大な重々しい黒い扉の前に立ち、呆然と見上げた。
ここを通る者はすべての希望を捨てよと言わんばかりの意匠が凝らされおり、どこか模倣の様な歪さを感じる。
「私は、ここより先には行けません」
「案内していただいて、ありがとうございました」
青年にお礼を言い、ソゴゥはその先に一人歩を進める。
どうやって開けるのかと、とりあえず扉の中央に触れた瞬間、扉が弾け飛ぶように向こう側に開いた。外開きだったら、扉に弾かれて大惨事となるところだった。
ソゴゥはドキドキしながら、開いた扉が戻って来ないとも限らないと、早足にくぐり抜けて中へと入る。
それと同時に、今度は重たい金属がぶつかるような音を立てて、勢いよく扉がガンッと閉まった。
怪我が無かったら良いというわけじゃないからな!
もっと、ゆとりと思いやりを、扉に持たせろやい!
首を竦め、ソゴゥは両肩を擦りながら、恨みがましい目で扉を振り返る。
「あ、お前」
後ろから、あの黒い小さな魔獣が付いてきているのに気付いた。
肩に飛び乗ってこようとする気配を察し、ヒョイと身を躱す。
飛び上がった魔獣が、ビタンとそのまま地面に着地してフーフー言って怒っている。
「俺の肩は安くないぞ」
ソゴゥはニヤリと笑い、魔獣を置いて行く。
扉と同じ幅の通路が三十メートルほど続き、奥からは光が差し込んでいる。
ソゴゥは足元を照らそうと、光魔法を出そうとして何度か失敗し、首をひねってとりあえず、火球を出そうとするが、これもうまくいかなかった。
また、脱出用にここら辺にもマーキングしておこうと、視点を瞬間移動用に切り替えようとして、それも失敗した。
ソゴゥは途端に緊張し、ありとあらゆる魔法の発動を試みる。
歩きながら、魔力を放出させようと感覚を研ぎ澄ませるも、ガスのないオイルライターのやすりを空回ししているようで、パチパチと魔力が爆ぜるが魔法に点る前にかき消えてしまう。
以前、母にイグドラシルの根っこのぼりという過酷な修行をさせられていた際に、魔力を使えなくされたことがあったが、どうやら似たようなことが起きているようだ。
周囲に気を配ることを忘れ、魔法を発動させることに気を取られていたせいで、ソゴゥは暗い足元の先が無い事を、大胆に踏み出した一歩が空を踏んだところで気付いた。
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