上 下
18 / 42
4 夜の消失 

4-4.夜の消失

しおりを挟む
前世で言うところの地下鉄の駅の様な場所を通り、さらに奥に広がった空間に、頑丈なコンクリートの壁から温かい土色の壁に変化して掘り進められた先に、彼らが暮らしている場所があった。

まるで、アリの巣の様だ。
中心の大きな空間に、布で仕切られた場所があり、そこへと案内される。
陽の光を吸収し、暗がりで発光する石があちこちに置かれ、それにより暗視を用いなくても視界が保たれている。

「母様、お連れしましたよ」
青年の呼びかけに、シワガれた声でイラえがある。
青年が布をメクり、ソゴゥを中へ促す。
「失礼します。私をお呼びと伺いました」
地面にカヤの様なものを敷いただけの寝床に、その人はせって、首だけをこちらに巡らせた。
手を伸ばしてきたので、ソゴゥはその場に膝を折って彼女の手を両手で包む。
彼女は顔の右半分を布で覆い、たぶん人間の八十、九十を超えたような容貌をしているが、その年は七十に満たないという。戦争の終盤に生まれ、戦争を終結させ、この地を不可侵領域と定めたとされる人物。
彼女は人体実験の被験者であり、この地に打ち捨てられたのち、異常に発達した知能を持って、諸外国にこの国の土地と、この国の人間への一切の干渉を排除することに成功したのだ。
ソゴゥは敬意をもって、彼女の手を取る。

「貴方を呼んだのは、私ではなく、この先の奥の間にいる者です、どうか力を貸してやってください」
「私にできる事なら」
「ふふ、こんなに怒っている人は久しぶりです、まるで私の友人たちのよう」
「私は、怒ってなど」
ソゴゥは驚いて、否定する。
「いいえ、貴方は怒っている。すぐに分かりましたよ。貴方は尊く、そして優しい。だからこそ怒っている。この地の人間すべてを救わせて欲しいと」
ソゴゥは言葉に詰まった。
本心では気が狂わんばかりに叫んでいた。
「何故助けてと言わないのか!」と。
矜持キョウジ、思想、疑心、恨み、憎しみ。
彼らにとってどれだけ大切な事でも、それが命より大事であっても、救済を拒む理由足り得ない。
命を取り戻すことは出来ないが、命を救うことは出来る。
今なら、いま生きている人間を救えるのに。
それでも、ソゴゥは静かに彼女を見つめて黙する。
「私の力を借りたいという方のもとへ、伺いましょう」
ソゴゥは彼女の手をそっとその体へ戻し、立ち上がる。
「お願いします。あの子たち、何か良くないことに巻き込まれてしまっていないといいのだけれど」
彼女は疲れたように言った。
ふと、彼女の枕元に置いてあった、黒い毛皮の様なものがフルフルっと動いて、グーっと伸び上がり耳をピルピルさせた。
「ん?」
ソゴゥはそれをさっと手で掴む。
ソゴゥの手の中でうねうねと身をヨジり、ぬるりと手から逃れると毛を逆立てて怒っている。
「魔獣がこんなところに」
「その子は大丈夫、私のお友達だから。私が赤ちゃんの頃からずっと一緒にいたんですよ」
「そうでしたか、失礼しました」
「最期にもう一度顔を見せて」
ソゴゥは縁起でもないと思いながらも、彼女の目を覗き込んだ。魔獣も横で彼女の顔を見ている。
白く濁った瞳は、何も見えていないのかもしれない。
それでも、彼女を見つめる者を彼女は見ていた。
「行ってらっしゃい」
ソゴゥは布の外に出ると、外で控えていた先ほどの青年に奥の間へ案内してもらった。
「奥の間はこの扉の向こうです」
巨大な重々しい黒い扉の前に立ち、呆然と見上げた。
ここを通る者はすべての希望を捨てよと言わんばかりの意匠デザインが凝らされおり、どこか模倣モホウの様なイビツさを感じる。

「私は、ここより先には行けません」
「案内していただいて、ありがとうございました」
青年にお礼を言い、ソゴゥはその先に一人歩を進める。
どうやって開けるのかと、とりあえず扉の中央に触れた瞬間、扉が弾け飛ぶように向こう側に開いた。外開きだったら、扉に弾かれて大惨事となるところだった。
ソゴゥはドキドキしながら、開いた扉が戻って来ないとも限らないと、早足にくぐり抜けて中へと入る。
それと同時に、今度は重たい金属がぶつかるような音を立てて、勢いよく扉がガンッと閉まった。
怪我が無かったら良いというわけじゃないからな! 
もっと、ゆとりと思いやりを、扉に持たせろやい! 
首をスクめ、ソゴゥは両肩を擦りながら、恨みがましい目で扉を振り返る。
「あ、お前」
後ろから、あの黒い小さな魔獣が付いてきているのに気付いた。
肩に飛び乗ってこようとする気配を察し、ヒョイと身をカワす。
飛び上がった魔獣が、ビタンとそのまま地面に着地してフーフー言って怒っている。
「俺の肩は安くないぞ」
ソゴゥはニヤリと笑い、魔獣を置いて行く。
扉と同じ幅の通路が三十メートルほど続き、奥からは光が差し込んでいる。
ソゴゥは足元を照らそうと、光魔法を出そうとして何度か失敗し、首をひねってとりあえず、火球を出そうとするが、これもうまくいかなかった。
また、脱出用にここら辺にもマーキングしておこうと、視点を瞬間移動用に切り替えようとして、それも失敗した。
ソゴゥは途端に緊張し、ありとあらゆる魔法の発動を試みる。
歩きながら、魔力を放出させようと感覚を研ぎ澄ませるも、ガスのないオイルライターのやすりを空回ししているようで、パチパチと魔力がぜるが魔法に点る前にかき消えてしまう。
以前、母にイグドラシルの根っこのぼりという過酷な修行をさせられていた際に、魔力を使えなくされたことがあったが、どうやら似たようなことが起きているようだ。

周囲に気を配ることを忘れ、魔法を発動させることに気を取られていたせいで、ソゴゥは暗い足元の先が無い事を、大胆に踏み出した一歩が空を踏んだところで気付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生者の図書館暮らし4 進化系温泉旅

パナマ
ファンタジー
異世界転生者の図書館暮らし3 の続編。 百年周期で姿を現す、空中国家ヘスペリデス。総面積が大陸の半分ほどの浮島群の旅に、ソゴゥのテンションは上がっりっぱなしだが、王国は大変な決断を迫られ。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです

こたろう文庫
ファンタジー
学校をズル休みしてオンラインゲームをプレイするクオンこと斉藤悠人は、登校していなかったのにも関わらずクラス転移させられた。 異世界に来たはずなのに、ステータス画面はさっきやっていたゲームそのもので…。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...