【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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パンがなければ、お菓子を。

75話

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「どっちが悪魔だ。それ着たら、さっさとこの部屋を出ろ!」
 いきなり怒鳴りつけられて、わたしはびっくりしてしまった。
 何度も叱られたことはあるけど、こんなふうに織部くんは怒鳴ったりしなかったのに。
 ショックに硬直していると、ドアがノックされる音がした。
 神父だ。
 いけない。この部屋に入ってから、けっこう時間がたってしまっている。
 外で待ちぼうけさせられている神父のことを思い出して、今さらながら、わたしは冷や汗をかいた。
 すぐに織部くんが、「なんでもありません」と答える。こんな時でも落ち着いている彼が頼もしいやら、憎らしいやら複雑な心境だ。
 とはいえわたしを……曲がりなりにも立派な社会人である大人のこのわたしを振り回して、今の状況に追い込んだのも高校生の彼だ。
 冷静に考えてみると、かなり情けない。
 早くしろと促されて、あわててパッケージを破って中の黒い下着を履いた。
 当然のことながら、サイズはかなり大きい。
「あ、あの……織部くん……」
 着替えている間、わたしに背中を向ける彼へ声をかける。
「なんだ」
 イライラしているのか。小刻みに身体が震えている。
 あまり物事に動じる人ではないのに、それほど気分を悪くさせてしまったのだろうか。
 もっとも、普段からご機嫌というわけでもないんだけど。
 執事カフェのことが“もう済んだこと”と思ったのは、わたしの虫のいい考えだったのか。
 でも、それとこれは別問題だ。
 ちゃんと返してもらわないといけないし。

「わ、わたしの……は?」
「だから、なんだ」
 織部くんの声のトーンが下がっている。わたしは怯みそうになった。
 だめだ。ちゃんと言わなきゃ。
「……その、わたしの、……あの……下着……とか……」
 はっきり言おうとしたけど、語尾が小さくなってくる。
 聞こえているのかどうか、織部くんは、いっそう眉根を寄せてしかめっつらになった。

「あれは、置いて行け」
 かすれた声が、いっそう低くなってくる。ドスの利いた声ってこういうのを言うんだろうか。
 怖い。
 怖いけど、あんなものを置いて帰るわけにはいかないのだ。
 わたしは、買おうかどうしようかと迷っている品物を強引な店員に勧められた時みたいに「それじゃ、これでいいです」とか言いそうになるのを、ぐっと耐えた。
「そ、それは……無理です」
 無意識のうちに敬語になってしまう。恋人とはいえ高校生相手に何をやっているんだわたし。

 彼のこめかみが、ひくっと動いたのが見えた。
 やばい。本気で怒っている。
「お前、これ以上はないってくらい腹を空かせた人間から、パンの一切れさえ持っていこうってのか。お前はマリー・アントワネットか」
「え、……あの……なんで、マリー・アントワネット?」
「パンがなければ、菓子を食えってか?」
 パンツとパンをかけてるのか。
 まさかの大喜利?
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