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ロミオとジュリエットと時々、神父。

69話

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 わたしが脳内で、織部くんを罵っている間にも、織部くんたちの間では、無言の応酬があったらしい。
「あなたらしくない行動では、ありますが、リョウの想いの深さも感じられます」
 茶化すような真面目なような、どちらとも取れるような言い回しを神父はした。
「ドイツにいらっしゃるおじい様には?」
「これから話します」
 背の高い織部くんよりも、神父は、さらに大きい。
 真っ黒な僧服がいっそう神父を巨躯に見せるような気がする。
 そんな相手のことを織部くんは、きつく睨んでいる。
 “神学”を担当していると言っていたから教員でもあるはず……。
 こんなところで、先生にケンカ売るつもりなんだろうか。
 わたしもさっきまでは、織部くんを睨んでいたわけだけど、そんなものとは比べるべくもない。彼のきつい眼差しは、火花でも飛びそうなほどの殺気を孕んでいる。

「では、こうしましょう」
 背の高い神父は、そんな男子学生の視線を、余裕をもって受け流している。
「お嬢さんは、誰にも見つからないように、わたくしが、ご自宅までお送りします」
「結構です」
「リョウ。お嬢さんのことは、まだ、人に知らせる時ではありません」
「彼女のことは、この俺に全責任があります。あなたのお手をわずらわせる必要はありません」
 唐突に話題が自分にきたので、わたしはあわててしまった。
 一人で帰れます!――そう言いたかったけど、さっき織部くんに叱られたこともあって、情けないと思いつつも彼の背後で、すくんでいた。
 何せ、ショーツのない身の上としては、できるだけ前に出たくはない。
 彼の後ろに隠れつつも、必死でベッドの上に下着がないか探す。
 当然のことながら、そんなシロモノはどこにもなかった。
 用意周到な彼が、ヘマをするはずがないのだ。
 それが判っていながらも、床や机の下などを横目で探ってみる。
 あんな短時間で、どこへ隠したんだろう。

「あなたが、大切な人を他の者に任せたくない気持ちは判ります。でも、ここで騒ぎになって、傷つくのはお嬢さんなのですよ」
 諭すように、静かに神父は言われた。
「お嬢さんだけでは、ありません。あなた自身も、また修道院に入ることになってもいいのですか?」
 修道院……?
 神父の言葉の意図が判らない。まさか、退学っていう意味なの?

 執事カフェから、強引に男子寮まで連れてこられて、とんでもないことをしてしまった。それでも、まだ、どこか夢心地で、頭の中はふわふわしたままだった。
 ようやく、現実を突きつけられたのだ。
 わたしのせいで、織部くんの人生がめちゃくちゃになってしまう。
 誰に責められても、たとえ性犯罪者として糾弾されてさえ、わたしは彼をあきらめられない。
 でも、わたしのせいで、織部くんが不幸になるのだけは嫌だ。
 彼の学校が有名な進学校だというのも、最初は知らなかった。
 わたしは、彼のことを何も判ってはいない。
 以前にも来たことはあったけど、ただのミッション系の学校としか認識していなかった。自分のバカさ加減に涙がでそう。
 そんなわたしでも判ることは、学校によって将来の選択肢が変わるということだ。

 今の職業にわたしが就けたのも大学の司書課程を履修したからで、司書課程、司書教諭課程のある学校というのは限られていた。
 大学に行かなくても、司書になる方法はあるが、相当に時間がかかる。もしかしたら、途中で挫折してしまっていたかもしれない。
 入学金も授業料も親が出してくれたものだ。
 家族が、先生が、大勢の人が助けてくれたからこそ、今のわたしがいる。
 それなのに……わたしは、自分の気持ちだけで、彼を追い詰めた。
 前途有望な彼の未来を奪う権利なんてわたしには、ない。
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