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少年愛的な……

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 年長者が美少年を愛するという行為は、古代からギリシャでもローマでもよくあることだ。
 ただ、それを目の前で見たのは初めてだった。
 アーレスは、ほっそりとした長身の美丈夫だが、さらに縦にも横にもハーデスは大きい。
 ハーデスに抱きすくめられて、もはやアーレスはなすがままだ。
 体を小刻みに震わせ、息も絶え絶えというさまだ。
 好奇心と嫉妬が、胸の奥でせめぎ合う。

 いや、いやいや。
 これは、夫の不貞行為だ。
 やっぱり、母に言いつけてやるべきか。
 もうこうなったら離婚してやる。二度と冥府には帰ってやらない。
 考えているうちに、だんだんと怒りがわいてくる。
 その前に、こいつらまとめて、殴ってやらなきゃ、腹の虫が収まらない。



 鬱屈した気分が、怒りに変わるにつれて、胸がドキドキしてきた。
 興奮のあまり呼吸もままならない。我ながら怪しげな息遣いをしながら、あたしが男たちの間に割り込もうとしたとき、いきなりハーデスは、アーレスを突き飛ばした。

 赤い液体が飛ぶ。……血?
 あたしは、怒りを忘れて茫然とその場に立ちすくんでしまった。
 勢いよく放り出されたアーレスは、地面に転がりながら、鮮血をまき散らしている。
 あせって、駆け寄ろうとしたが、ハーデスがあたしの腕をつかむ。
 アーレスは右耳のあたりを押さえた。
 その血は、どうやら耳から溢れているらしい。
 今の状況についていけないあたしにハーデスは、ゆっくりと微笑んだ。

「ちょっと、先ほどのオペラを気取ってみたんですよ」
「……え、オペラ? ……少年愛パイデラスティア的なものじゃなくて?」
 我ながら、間の抜けたセリフ。
 とっさに思い浮かんだのがそれしかなかった。
「誰がホモだ。痛いってんだよ。あんたら夫婦して凶暴だな!」
 耳から、ものすごい血を流しながらアーレスが怒鳴る。ハッキリ言って怖い。
 出血は激しいが、耳そのものは無事らしい。
 ちゃんと形がそのまま残っている。
 噛み千切られたわけじゃなさそう。



 ハーデスは、あたしのほうを向いて、にこやかに答えた。
「あなた、やっぱり、眠っていましたね。これは、シチリアでの決闘申込みの流儀です」
 そう言われてみれば、さっきのオペラでそんなシーンがあったのかもしれない……ほとんど寝ていたので、記憶はおぼろげだ。
「け、決闘?」
「まあ、わたしと彼とでは、力の差は歴然としています。結果は、あのオペラと同じですけどね」

「あぁん? 何、言ってやがる!!」
 ハーデスの言葉に、血まみれのアーレスが反応する。
 マフィア……というより、ガラの悪いチンピラが、どこかのIT企業の社長に絡んでいるようにしか見えない状況だ。
 その間も、噛まれた耳からは血が止まっていない。
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