5 / 7
恋心
1
しおりを挟む
日曜のミサが終わった後に、俺とアニエスが会うのは、いつの間にか習慣になっていた。
街のカフェに行ったり、森の中を散策したり、彼女と二人で過ごす時間は、あっというまに過ぎてしまう。
俺たちが出逢って、もうどれくらいの月日がたつのだろう。
「1年よ!」
すぐさま彼女が答える。
「初めて逢ったのは、司祭館だったわ」
「そうだっけ。教会だと思ってたよ」
「わたしが一人でいる時に、凉太朗が話しかけてくれたのは教会よ」
「ああ、そうか。ご両親からアニエスを紹介されたのが、司祭館だったっけ」
「両親からは、よく凉太朗のことを聞いていたから、まるで、ずっと前から知っていたかのようだったの」
俺のほうがすっかり忘れてしまっていたことまで、彼女は、まるで昨日のことのように覚えていた。
こういうのをなんというんだっけ。
なんとかの法則とか……。
50歳の人間にとっての10年間は、5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになるらしい。
子供のころには、どんなことでもワクワクしたりドキドキしたりするのに、大人になるとそんな感動も薄くなってしまうから、時間が短く感じられる……というわけか。
彼女は、5歳じゃないけど、俺たちの年齢差は、たぶん親子ほどもある。
でも、俺は彼女の父親ではない。
「それから、毎週、日曜日には教会に通ったわ。凉太朗に会いたくて!」
ハシバミ色の大きな眼が、まっすぐに俺を見つめる。
彼女は、いつも真剣だった。
俺たちの言葉のひとつひとつ。
こうして会う瞬間と瞬間をまるで宝物のように、大切にしている。
俺は、こんな女性に会ったことがなかった。
純粋でまっすぐで……どんなことに対しても一生懸命で、それは彼女の若さなんだろうか。
ただ、その純粋さが、ときおり、危うくも思えた。
「凉太朗は、愛情というものをどう考えているの?」
真摯な眼差しを向けられて俺は、たじろいだ。
彼女のこんな性急なやりとりには、俺のほうがドキドキさせられてしまう。
「それは……広義的な解釈で?」
俺は、わざと気がつかぬふりをしてみた。
男としては、いささか不作法だったかもしれない。
「違うわ。狭義的によ。わたしが聞いてるのは恋愛のことよ」
真面目なアニエスは、当然のごとく引き下がらなかった。
俺は、自分の意気地のなさに、いささか恥ずかしくなってしまう。
いたたまれなくなって、ついには、笑ってごまかすという男としては、最低な行動に出てしまった。
笑われて彼女は、びっくりしたような顔をしている。
ごめんね。アニエス。
きみの言いたいことは、本当はよく分かっているんだ。
コーヒーのカップを引き寄せながら、俺は言葉に詰まった。
俺たちの考えは、よく似ていることもあれば、正反対のこともある。
さまざまな角度から切り込んでくる彼女の言葉には、いつも驚かされてしまう。
独創的なアイデア。自由な発想力。
こんなに気が合う友達って他にいないんじゃないかと思う。
年齢や性別。生まれた国さえも、違うのに。
ふいに言葉が途切れてしまった時、俺の両肩の天使が目の前をすうっと飛んだ。
「……俺が」
彼らがあの背中の翼で飛ぶという姿を見たのは、初めてだった。
セキレイは、おどけて、よく俺の肩の上を飛び回ったりすることはある。それは、曲技団のような動きで遊んでいるだけだ。
まして、フクロウがこの翼で飛ぶなんて……。
他の人間には見えていないはずなのに、なぜか彼女は、大きく目を見開いている。
もしかしたら、見えなくても気配を感じることはあるのだろうか。
俺は、深く息を吸い込み、吐き出しながら言いかけて止めてしまった言葉を口にした。
「俺が『神父』でなければ……アニエスに、恋していたかもしれないね」
街のカフェに行ったり、森の中を散策したり、彼女と二人で過ごす時間は、あっというまに過ぎてしまう。
俺たちが出逢って、もうどれくらいの月日がたつのだろう。
「1年よ!」
すぐさま彼女が答える。
「初めて逢ったのは、司祭館だったわ」
「そうだっけ。教会だと思ってたよ」
「わたしが一人でいる時に、凉太朗が話しかけてくれたのは教会よ」
「ああ、そうか。ご両親からアニエスを紹介されたのが、司祭館だったっけ」
「両親からは、よく凉太朗のことを聞いていたから、まるで、ずっと前から知っていたかのようだったの」
俺のほうがすっかり忘れてしまっていたことまで、彼女は、まるで昨日のことのように覚えていた。
こういうのをなんというんだっけ。
なんとかの法則とか……。
50歳の人間にとっての10年間は、5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになるらしい。
子供のころには、どんなことでもワクワクしたりドキドキしたりするのに、大人になるとそんな感動も薄くなってしまうから、時間が短く感じられる……というわけか。
彼女は、5歳じゃないけど、俺たちの年齢差は、たぶん親子ほどもある。
でも、俺は彼女の父親ではない。
「それから、毎週、日曜日には教会に通ったわ。凉太朗に会いたくて!」
ハシバミ色の大きな眼が、まっすぐに俺を見つめる。
彼女は、いつも真剣だった。
俺たちの言葉のひとつひとつ。
こうして会う瞬間と瞬間をまるで宝物のように、大切にしている。
俺は、こんな女性に会ったことがなかった。
純粋でまっすぐで……どんなことに対しても一生懸命で、それは彼女の若さなんだろうか。
ただ、その純粋さが、ときおり、危うくも思えた。
「凉太朗は、愛情というものをどう考えているの?」
真摯な眼差しを向けられて俺は、たじろいだ。
彼女のこんな性急なやりとりには、俺のほうがドキドキさせられてしまう。
「それは……広義的な解釈で?」
俺は、わざと気がつかぬふりをしてみた。
男としては、いささか不作法だったかもしれない。
「違うわ。狭義的によ。わたしが聞いてるのは恋愛のことよ」
真面目なアニエスは、当然のごとく引き下がらなかった。
俺は、自分の意気地のなさに、いささか恥ずかしくなってしまう。
いたたまれなくなって、ついには、笑ってごまかすという男としては、最低な行動に出てしまった。
笑われて彼女は、びっくりしたような顔をしている。
ごめんね。アニエス。
きみの言いたいことは、本当はよく分かっているんだ。
コーヒーのカップを引き寄せながら、俺は言葉に詰まった。
俺たちの考えは、よく似ていることもあれば、正反対のこともある。
さまざまな角度から切り込んでくる彼女の言葉には、いつも驚かされてしまう。
独創的なアイデア。自由な発想力。
こんなに気が合う友達って他にいないんじゃないかと思う。
年齢や性別。生まれた国さえも、違うのに。
ふいに言葉が途切れてしまった時、俺の両肩の天使が目の前をすうっと飛んだ。
「……俺が」
彼らがあの背中の翼で飛ぶという姿を見たのは、初めてだった。
セキレイは、おどけて、よく俺の肩の上を飛び回ったりすることはある。それは、曲技団のような動きで遊んでいるだけだ。
まして、フクロウがこの翼で飛ぶなんて……。
他の人間には見えていないはずなのに、なぜか彼女は、大きく目を見開いている。
もしかしたら、見えなくても気配を感じることはあるのだろうか。
俺は、深く息を吸い込み、吐き出しながら言いかけて止めてしまった言葉を口にした。
「俺が『神父』でなければ……アニエスに、恋していたかもしれないね」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ことりの台所
如月つばさ
ライト文芸
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞
オフィスビル街に佇む昔ながらの弁当屋に勤める森野ことりは、母の住む津久茂島に引っ越すことになる。
そして、ある出来事から古民家を改修し、店を始めるのだが――。
店の名は「ことりの台所」
目印は、大きなケヤキの木と、青い鳥が羽ばたく看板。
悩みや様々な思いを抱きながらも、ことりはこの島でやっていけるのだろうか。
※実在の島をモデルにしたフィクションです。
人物・建物・名称・詳細等は事実と異なります
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*
gaction9969
ライト文芸
ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!
ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!
そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!
スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~
桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。
彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。
新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。
一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。
錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。
第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる