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第十六章 王として 二
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二
農具倉庫の扉を開けたドゥーエは、三人の男の視線を浴びて、凍り付いた。何が起こっているかは、一目で分かった。しかも、予想した中の最悪の次くらいに気分の悪いことだ。
「あんた達……」
言葉の続きが出てこない。王の宝は、まだ生きていた。だが、拷問に近いことをされていた。半裸にされた華奢な体の上に覆い被さっていたのは、予想とは違って、ヌーヴォローゾだった。タッソのほうは、捕虜の頭近くに座っている。けれど、その袴の前は寛げられていて、つい先ほどまで何をしていたか、問うまでもなかった。
(輪姦――)
一歩後退ったドゥーエの横を、すり抜けるようにしてヴェルデが中へ入り、二歩、三歩と、捕虜を嬲る男達へ歩み寄る。
「あなた達、一体、何をしているんです……」
震える声で咎めた少女に、タッソが笑い含みに答えた。
「『何』って、王の宝を騙った奴に、罰を与えてるのさ。捕虜だからな、殺しちゃいない。でも、罰は与えて、罪を償わせねえとな」
続けてヌーヴォローゾも淡々と答えた。
「最大の罪はアッズーロにあるが、こいつにも加担した罪がある。罰を与えるのは当然だ。だが、女が見るものではない。出ていけ」
チーニョだけは、青褪めた顔で、怯んだようにヴェルデとドゥーエを見たきり答えなかったが、その衣服もまた、乱れている。タッソやヌーヴォローゾと同じことをしたのだ。
(ゼーロを呼んでこないと……)
ドゥーエは、更に後退ると、身を翻して幼馴染みを探しに走った。
〈まずい。バーゼが危険だ〉
不意に口を利いたナーヴェ本体に、アッズーロは即座に命じた。
「ならば即刻、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城跡に戻るがよい。当然、われとジョールノを乗せてな」
〈そうだね。きみと問答している暇もないようだ〉
硬い口調で応じて、ナーヴェはすぐに浮揚する。同時に、座席に座ったままだったアッズーロとジョールノの体を、座席帯が固定した。
〈急行するから、しっかり肘掛けを握っていてほしい〉
ナーヴェの指示にアッズーロ達が従った直後、惑星調査船は急回頭と急加速をする。窓の外に、庭園に立ってこちらを見上げるヴァッレとペルソーネの姿が見えたが、一瞬で後方へ流れ、見えなくなった。
〈時間が惜しいから、候城跡ではなくて、麓の町外れの農具倉庫へ直接行くよ。そこに、バーゼとぼくの肉体がいるから〉
ナーヴェの声は、緊迫している。それだけバーゼの身が危ういのだ。
「分かった。そなたの思うようにするがよい」
アッズーロは了承してから、念押しする。
「但し、バーゼだけでなく、そなたの肉体も救うのだ」
〈――了解〉
ナーヴェは短く答え、沈黙した。それから幾らもしない内に宇宙調査船は減速し、旋回する。眼下に見えたカテーナ・ディ・モンターニェ侯城の焼け跡がすぐ視界から消え、ナーヴェが高度を下げるのが分かった。
〈目標の農具倉庫に軽く突っ込むから、ジョールノはそこにいる三人の男達を牽制して、バーゼをぼくに乗せて。アッズーロは、ぼくの肉体を回収して。できるだけ素早くね。本当は、きみ達を危険には晒したくないんだけれど、ぼくの肉体を回収しないと、バーゼも動きそうにないから、ごめん〉
余裕なく詫びたナーヴェは、小高い山肌をこすりかねない低空飛行で町へ迫り――、煉瓦作りの倉庫の、木でできた扉へ、言葉通りに軽く突っ込んだ。木っ端が散り、粉塵が舞い上がる。
〈今だ〉
開かれた船の扉から、ジョールノに続いてアッズーロも跳び出した。走るジョールノの背を追って、砕けた扉の破片を踏み、粉塵を抜けて、倉庫の中へ駆け込む。暗がりに一瞬戸惑ったが、すぐに、見慣れた青い髪と白い長衣を目が捉えた。だが、青い髪は藁の上でぐしゃぐしゃに乱れ、長衣は最早まともに役目を果たしていない。
(ナーヴェ――)
仰向けに寝かされた華奢な体の、右肩から胸の半ばまで、長衣が破られている。右肩には包帯が巻かれ、そこには真っ赤な血が滲んでいた。胸当ては上にずらされ、顕になった二つの幼げな突起は赤く腫れている。長衣の裾は太腿の付け根までまくり上げられており、何も穿いていない白い両足は、無防備に開かれていた。何をされたかは明らかだ。そして、それを行なったと思しき三人の男達は、華奢な体の向こう側で腰を浮かし、驚愕の表情でこちらを見ていた。バーゼは、ナーヴェの頭側に立って、こちらを振り向いている。そこへジョールノが躍り込んでいき、問答無用で三人の男達を蹴り倒し、殴り倒し、関節技を極めた。
【アッズーロ、急いで。すぐに他の――この人達の仲間が来る】
ナーヴェに急かされるまでもなく、アッズーロは華奢な肉体に走り寄り、跪く。目を閉じた肉体の、重症らしい右肩を動かさぬよう、そっと上体を支え、噛まれた痕すら見える胸の上へ胸当てを戻し、長衣の裾を下ろして覆った両足を抱えて立ち上がった。
「……っ……」
ナーヴェは、体が余ほど痛むのか、険しく顔をしかめる。痛々しくて、憐れで、見ていられない。
「ジョールノ、そやつらを殺せ! 罪状は明白だ」
命じたアッズーロを、抱き抱えたナーヴェがうっすらと目を開けて見上げた。
【アッズーロ、駄目だ】
肉体で話すこともままならないのか、接続の声で訴える。
【殺したら駄目だ。彼らに道を誤らせたのは、ぼくなんだ。ぼくが血迷ったきみを止めず、妃になってしまったからなんだ。ぼくが、王の宝であることを、きちんと彼らに証明して見せなかったからなんだ。ぼくが、彼らを徒に不安に陥れて、こんなことをさせてしまったんだ。全部、ぼくの罪なんだよ。だから、ぼくが罰を受けるのは当たり前なんだ。きみのものである、この肉体を傷つけてしまったのは申し訳なかったけれど、でも、彼らもみんな、ぼくの子どもみたいなものなんだ。絶対に、殺さないで……!】
「ならん!」
アッズーロは拒否した。
「罪人を裁いてこそ、国の安寧は保たれる。それは王の責務だ」
【彼らを罪人にしたのは――ぼく達だ】
ナーヴェの肉体から、ふっと力が失われ、アッズーロの目の前に、実体ではないナーヴェが現れる。
【王の責務というなら、きみは、ぼくを妃にするに当たって、大臣達だけでなく、国民の理解を得なければならなかった。何故、神殿がなくなったかも、何故、星が流れたのかも、もっと説明をしなければならなかった。理解できないだろうからと、国民に殆ど何も真実を語ってこなかった付けが回ってきたんだ。それはきみの罪であり、きみを王にしたぼくの罪なんだよ。王たるきみが何より守るべきものは、彼ら国民だ。きみが王として治める人々なんだよ。ぼくの肉体なんか、二の次でいいんだ。もし、彼らを殺すというのなら、ぼくは、ぼくの肉体の治療をしない】
きっぱりと告げられ、瑠璃に似た双眸で見据えられて、アッズーロは折れざるを得なかった。
「ジョールノ、命令は撤回する。だが、その男どもの顔はよく覚えておけ。そやつらが罪人であることに変わりはない。バーゼ、御苦労だった。ジョールノとともにナーヴェ本体に乗れ」
【ありがとう】
実体ではないナーヴェは微笑んで、姿を消した。
粉塵が収まっていく中、倒れた男達を残して、アッズーロはバーゼ、ジョールノとともに惑星調査船に乗り込んだ。両腕に抱えたナーヴェの肉体を操縦席に座らせると、すぐに座席帯が動いて、傾く上体を固定する。次いで、ナーヴェ本体の声が響いた。
〈みんな座って。すぐ発進する〉
ジョールノとバーゼが後席に座り、アッズーロも助手席に座って、座席帯に体を固定された。直後、惑星調査船は浮揚し、回頭して、一路、王都を目指して飛び始める。アッズーロが窓に顔を寄せると、若い男と女が、慌てた様子で扉の破壊された倉庫へ駆け寄っていくのが、ちらりと見えた。
「ナーヴェ、そなたの肉体は大丈夫なのか?」
アッズーロが問うと、本体が言いにくそうに明かした。
〈右肩に割と至近距離から銃弾を受けたお陰で、複雑骨折と出血をした上に、銃弾を取り除くのに焼いた火箸を使ったから、火傷もしている。治すのに時間が掛かるよ。胸は、噛まれたくらいだから、極小機械は使わずに、肉体の自然治癒に任すつもりだよ。後は、申し訳なかったけれど、彼らの分身は、全部、極小機械で殺した。妃として、きみ以外の子を妊娠する訳にはいかないからね……〉
重苦しい事実に、アッズーロは唇を噛む。後席のジョールノは沈黙を保ったが、バーゼが湿った声で詫びた。
「助けて頂いたのに、何もできず、本当に申し訳ございません……!」
〈謝らないで〉
ナーヴェは穏やかに諭す。
〈ぼくが守るべき人の中に、勿論、きみも入っているんだから。きみを無事救出できて、ほっとしたよ。ジョールノも、アッズーロも、ありがとう〉
「陛下、御迷惑をお掛けし、ナーヴェ様も守れず、申し訳ありませんでした……」
バーゼは、アッズーロにも詫びてきた。
「よい」
アッズーロは溜め息交じりに言う。
「わが妃の護衛は、おまえの任務には入っていなかったからな」
〈バーゼは、ぼくを助けようと、あの人達に食って掛かったんだ。身の危険を顧みずにね〉
言い添えてきたナーヴェに、アッズーロは鼻を鳴らした。
「だから、別に咎めてはおらんだろうが」
〈そうだね。ごめん……〉
しゅんとした言葉を最後に、ナーヴェは黙ってしまう。居心地の悪い沈黙にアッズーロは顔をしかめ、操縦席にぐったりと座るナーヴェの肉体を、じっと見つめ続けた。
「何があった……!」
ゼーロの問いに、顔を腫らしたタッソが、埃や木屑の中からよろよろと起き上がって言った。
「あのテッラ・ロッサの新兵器が、突っ込んできて、男と、アッズーロが降りてきて、王の宝を連れていったんだ。あの、いつの間にかいた、ヴェルデとかいう女が、きっと手引きしやがったんだ。アッズーロの手下だったみたいだからな。畜生め!」
「テッラ・ロッサの新兵器が、アッズーロを乗せて王の宝を助けに来たのか? なら、やっぱりオリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍は、まだ共闘してるのか? だが、王の宝を――あの女を撃ったのは、テッラ・ロッサ兵だろう? あの時は、キアーヴェの提案した噂作戦が上手くいったとばかり思ったんだが……。テッラ・ロッサはどういうつもりなんだ……」
ゼーロの疑問に、ドゥーエも頷いた。その辺りの事情が、全く分からない。ゼーロに拠れば、オリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍はそれぞれ別に撤退したとのことだった。互いに警戒していて、共闘している様子は一切なかったという。それだけを聞けば、オリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍それぞれを疑心暗鬼に陥らせる噂作戦が功を奏したと感じたのだが、別の事実を突き付けられてしまった形だ。
(一体、何がどうなってるの……?)
ドゥーエは、タッソの横に起き上がったチーニョとヌーヴォローゾを見据え、険しく眉を寄せる。分からないことだらけだ。誰が正しく、誰が間違っているのかさえ、彼女には判別できなくなっていた……。
農具倉庫の扉を開けたドゥーエは、三人の男の視線を浴びて、凍り付いた。何が起こっているかは、一目で分かった。しかも、予想した中の最悪の次くらいに気分の悪いことだ。
「あんた達……」
言葉の続きが出てこない。王の宝は、まだ生きていた。だが、拷問に近いことをされていた。半裸にされた華奢な体の上に覆い被さっていたのは、予想とは違って、ヌーヴォローゾだった。タッソのほうは、捕虜の頭近くに座っている。けれど、その袴の前は寛げられていて、つい先ほどまで何をしていたか、問うまでもなかった。
(輪姦――)
一歩後退ったドゥーエの横を、すり抜けるようにしてヴェルデが中へ入り、二歩、三歩と、捕虜を嬲る男達へ歩み寄る。
「あなた達、一体、何をしているんです……」
震える声で咎めた少女に、タッソが笑い含みに答えた。
「『何』って、王の宝を騙った奴に、罰を与えてるのさ。捕虜だからな、殺しちゃいない。でも、罰は与えて、罪を償わせねえとな」
続けてヌーヴォローゾも淡々と答えた。
「最大の罪はアッズーロにあるが、こいつにも加担した罪がある。罰を与えるのは当然だ。だが、女が見るものではない。出ていけ」
チーニョだけは、青褪めた顔で、怯んだようにヴェルデとドゥーエを見たきり答えなかったが、その衣服もまた、乱れている。タッソやヌーヴォローゾと同じことをしたのだ。
(ゼーロを呼んでこないと……)
ドゥーエは、更に後退ると、身を翻して幼馴染みを探しに走った。
〈まずい。バーゼが危険だ〉
不意に口を利いたナーヴェ本体に、アッズーロは即座に命じた。
「ならば即刻、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城跡に戻るがよい。当然、われとジョールノを乗せてな」
〈そうだね。きみと問答している暇もないようだ〉
硬い口調で応じて、ナーヴェはすぐに浮揚する。同時に、座席に座ったままだったアッズーロとジョールノの体を、座席帯が固定した。
〈急行するから、しっかり肘掛けを握っていてほしい〉
ナーヴェの指示にアッズーロ達が従った直後、惑星調査船は急回頭と急加速をする。窓の外に、庭園に立ってこちらを見上げるヴァッレとペルソーネの姿が見えたが、一瞬で後方へ流れ、見えなくなった。
〈時間が惜しいから、候城跡ではなくて、麓の町外れの農具倉庫へ直接行くよ。そこに、バーゼとぼくの肉体がいるから〉
ナーヴェの声は、緊迫している。それだけバーゼの身が危ういのだ。
「分かった。そなたの思うようにするがよい」
アッズーロは了承してから、念押しする。
「但し、バーゼだけでなく、そなたの肉体も救うのだ」
〈――了解〉
ナーヴェは短く答え、沈黙した。それから幾らもしない内に宇宙調査船は減速し、旋回する。眼下に見えたカテーナ・ディ・モンターニェ侯城の焼け跡がすぐ視界から消え、ナーヴェが高度を下げるのが分かった。
〈目標の農具倉庫に軽く突っ込むから、ジョールノはそこにいる三人の男達を牽制して、バーゼをぼくに乗せて。アッズーロは、ぼくの肉体を回収して。できるだけ素早くね。本当は、きみ達を危険には晒したくないんだけれど、ぼくの肉体を回収しないと、バーゼも動きそうにないから、ごめん〉
余裕なく詫びたナーヴェは、小高い山肌をこすりかねない低空飛行で町へ迫り――、煉瓦作りの倉庫の、木でできた扉へ、言葉通りに軽く突っ込んだ。木っ端が散り、粉塵が舞い上がる。
〈今だ〉
開かれた船の扉から、ジョールノに続いてアッズーロも跳び出した。走るジョールノの背を追って、砕けた扉の破片を踏み、粉塵を抜けて、倉庫の中へ駆け込む。暗がりに一瞬戸惑ったが、すぐに、見慣れた青い髪と白い長衣を目が捉えた。だが、青い髪は藁の上でぐしゃぐしゃに乱れ、長衣は最早まともに役目を果たしていない。
(ナーヴェ――)
仰向けに寝かされた華奢な体の、右肩から胸の半ばまで、長衣が破られている。右肩には包帯が巻かれ、そこには真っ赤な血が滲んでいた。胸当ては上にずらされ、顕になった二つの幼げな突起は赤く腫れている。長衣の裾は太腿の付け根までまくり上げられており、何も穿いていない白い両足は、無防備に開かれていた。何をされたかは明らかだ。そして、それを行なったと思しき三人の男達は、華奢な体の向こう側で腰を浮かし、驚愕の表情でこちらを見ていた。バーゼは、ナーヴェの頭側に立って、こちらを振り向いている。そこへジョールノが躍り込んでいき、問答無用で三人の男達を蹴り倒し、殴り倒し、関節技を極めた。
【アッズーロ、急いで。すぐに他の――この人達の仲間が来る】
ナーヴェに急かされるまでもなく、アッズーロは華奢な肉体に走り寄り、跪く。目を閉じた肉体の、重症らしい右肩を動かさぬよう、そっと上体を支え、噛まれた痕すら見える胸の上へ胸当てを戻し、長衣の裾を下ろして覆った両足を抱えて立ち上がった。
「……っ……」
ナーヴェは、体が余ほど痛むのか、険しく顔をしかめる。痛々しくて、憐れで、見ていられない。
「ジョールノ、そやつらを殺せ! 罪状は明白だ」
命じたアッズーロを、抱き抱えたナーヴェがうっすらと目を開けて見上げた。
【アッズーロ、駄目だ】
肉体で話すこともままならないのか、接続の声で訴える。
【殺したら駄目だ。彼らに道を誤らせたのは、ぼくなんだ。ぼくが血迷ったきみを止めず、妃になってしまったからなんだ。ぼくが、王の宝であることを、きちんと彼らに証明して見せなかったからなんだ。ぼくが、彼らを徒に不安に陥れて、こんなことをさせてしまったんだ。全部、ぼくの罪なんだよ。だから、ぼくが罰を受けるのは当たり前なんだ。きみのものである、この肉体を傷つけてしまったのは申し訳なかったけれど、でも、彼らもみんな、ぼくの子どもみたいなものなんだ。絶対に、殺さないで……!】
「ならん!」
アッズーロは拒否した。
「罪人を裁いてこそ、国の安寧は保たれる。それは王の責務だ」
【彼らを罪人にしたのは――ぼく達だ】
ナーヴェの肉体から、ふっと力が失われ、アッズーロの目の前に、実体ではないナーヴェが現れる。
【王の責務というなら、きみは、ぼくを妃にするに当たって、大臣達だけでなく、国民の理解を得なければならなかった。何故、神殿がなくなったかも、何故、星が流れたのかも、もっと説明をしなければならなかった。理解できないだろうからと、国民に殆ど何も真実を語ってこなかった付けが回ってきたんだ。それはきみの罪であり、きみを王にしたぼくの罪なんだよ。王たるきみが何より守るべきものは、彼ら国民だ。きみが王として治める人々なんだよ。ぼくの肉体なんか、二の次でいいんだ。もし、彼らを殺すというのなら、ぼくは、ぼくの肉体の治療をしない】
きっぱりと告げられ、瑠璃に似た双眸で見据えられて、アッズーロは折れざるを得なかった。
「ジョールノ、命令は撤回する。だが、その男どもの顔はよく覚えておけ。そやつらが罪人であることに変わりはない。バーゼ、御苦労だった。ジョールノとともにナーヴェ本体に乗れ」
【ありがとう】
実体ではないナーヴェは微笑んで、姿を消した。
粉塵が収まっていく中、倒れた男達を残して、アッズーロはバーゼ、ジョールノとともに惑星調査船に乗り込んだ。両腕に抱えたナーヴェの肉体を操縦席に座らせると、すぐに座席帯が動いて、傾く上体を固定する。次いで、ナーヴェ本体の声が響いた。
〈みんな座って。すぐ発進する〉
ジョールノとバーゼが後席に座り、アッズーロも助手席に座って、座席帯に体を固定された。直後、惑星調査船は浮揚し、回頭して、一路、王都を目指して飛び始める。アッズーロが窓に顔を寄せると、若い男と女が、慌てた様子で扉の破壊された倉庫へ駆け寄っていくのが、ちらりと見えた。
「ナーヴェ、そなたの肉体は大丈夫なのか?」
アッズーロが問うと、本体が言いにくそうに明かした。
〈右肩に割と至近距離から銃弾を受けたお陰で、複雑骨折と出血をした上に、銃弾を取り除くのに焼いた火箸を使ったから、火傷もしている。治すのに時間が掛かるよ。胸は、噛まれたくらいだから、極小機械は使わずに、肉体の自然治癒に任すつもりだよ。後は、申し訳なかったけれど、彼らの分身は、全部、極小機械で殺した。妃として、きみ以外の子を妊娠する訳にはいかないからね……〉
重苦しい事実に、アッズーロは唇を噛む。後席のジョールノは沈黙を保ったが、バーゼが湿った声で詫びた。
「助けて頂いたのに、何もできず、本当に申し訳ございません……!」
〈謝らないで〉
ナーヴェは穏やかに諭す。
〈ぼくが守るべき人の中に、勿論、きみも入っているんだから。きみを無事救出できて、ほっとしたよ。ジョールノも、アッズーロも、ありがとう〉
「陛下、御迷惑をお掛けし、ナーヴェ様も守れず、申し訳ありませんでした……」
バーゼは、アッズーロにも詫びてきた。
「よい」
アッズーロは溜め息交じりに言う。
「わが妃の護衛は、おまえの任務には入っていなかったからな」
〈バーゼは、ぼくを助けようと、あの人達に食って掛かったんだ。身の危険を顧みずにね〉
言い添えてきたナーヴェに、アッズーロは鼻を鳴らした。
「だから、別に咎めてはおらんだろうが」
〈そうだね。ごめん……〉
しゅんとした言葉を最後に、ナーヴェは黙ってしまう。居心地の悪い沈黙にアッズーロは顔をしかめ、操縦席にぐったりと座るナーヴェの肉体を、じっと見つめ続けた。
「何があった……!」
ゼーロの問いに、顔を腫らしたタッソが、埃や木屑の中からよろよろと起き上がって言った。
「あのテッラ・ロッサの新兵器が、突っ込んできて、男と、アッズーロが降りてきて、王の宝を連れていったんだ。あの、いつの間にかいた、ヴェルデとかいう女が、きっと手引きしやがったんだ。アッズーロの手下だったみたいだからな。畜生め!」
「テッラ・ロッサの新兵器が、アッズーロを乗せて王の宝を助けに来たのか? なら、やっぱりオリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍は、まだ共闘してるのか? だが、王の宝を――あの女を撃ったのは、テッラ・ロッサ兵だろう? あの時は、キアーヴェの提案した噂作戦が上手くいったとばかり思ったんだが……。テッラ・ロッサはどういうつもりなんだ……」
ゼーロの疑問に、ドゥーエも頷いた。その辺りの事情が、全く分からない。ゼーロに拠れば、オリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍はそれぞれ別に撤退したとのことだった。互いに警戒していて、共闘している様子は一切なかったという。それだけを聞けば、オリッゾンテ・ブル軍とテッラ・ロッサ軍それぞれを疑心暗鬼に陥らせる噂作戦が功を奏したと感じたのだが、別の事実を突き付けられてしまった形だ。
(一体、何がどうなってるの……?)
ドゥーエは、タッソの横に起き上がったチーニョとヌーヴォローゾを見据え、険しく眉を寄せる。分からないことだらけだ。誰が正しく、誰が間違っているのかさえ、彼女には判別できなくなっていた……。
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