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第十四章 心の在処 三

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     三

「そろそろ、カテーナ・ディ・モンターニェ侯領の上空に差し掛かる。どんな状況になっているか、できるだけ見ておいて」
 ナーヴェが、やや硬い口調で告げたので、アッズーロは傍らの窓に顔を近づけた。
 カテーナ・ディ・モンターニェ侯領は、クリニエラ山脈に領土の半分を占められた山間部の多い土地だ。焼かれたという侯城には、一度だけ行ったことがあるが、その山間部と平野部の中間地点くらいにあって、小高い山の上から平野部を見下ろしていたはずだ。
 地上十米を飛ぶ惑星調査船は、国境を越え、クリニエラ山脈の谷間を選んで縫うように飛んでいく。やがて山間部を抜けると、唐突に、焼け野原となった侯城とその周辺が目に飛び込んできた。小高い山の上の侯城は、ところどころ焼け落ち、残っている城壁にも黒々と焦げた跡が見て取れる。その山の麓に広がる町は、更に酷く、焼け崩れた家々から、まだ煙が立ち昇っていた。
「麓の町まで焼くとは、愚か」
 苦々しく、アッズーロは呟いた。カテーナ・ディ・モンターニェ侯ティンブロには、領を平和に治める責任がある。反乱が起きれば、城を焼かれることもあるだろう。だが、市井に住む人々には何の罪科があるというのだろう。
「分別を無くした暴徒には、それ相応の刑罰を与えてくれる」
 独り言ちたアッズーロに、横からナーヴェが静かに言った。
「まずは、彼らの話を聞くべきだよ。暴力に暴力で応えていたら、内戦になる」
「分かっておる」
 アッズーロは鼻を鳴らし、最愛を振り向く。
「われを阿呆だと思うておるのか? 内戦にせんために、最善を尽くすに決まっておろう」
「なら、いいけれど。きみは時々、焦ってはいけない時に焦るから」
 ナーヴェは優しい笑みを浮かべて、アッズーロを見つめた。落ち着きを促すようなその声音は、まるで母親のようだ。
「ナーヴェ様!」
 不意にルーチェが声を上げた。亜麻色の髪を窓に押しつけて、少女は眼下を凝視している。
「こちらを見上げている人々がいます。逃げていく人や拝んでくる人もいますが、石を持っている人が数名――、投げてきました!」
「大丈夫。認識している」
 冷静に応じて、ナーヴェは船体を横に滑るように動かし、投石を躱した。
「もう少し高く飛べんのか?」
 アッズーロが問うと、ナーヴェは肩を竦めた。
「不可能ではないけれど、高度を取ればそれだけ燃料を食うし、正直、必要性をあまり感じない。投石を避けるのは難しくないからね。ただ、丁寧な操船とはいかなくなるから、座席帯をさせて貰うよ」
 ナーヴェの言葉と同時に、座席の背凭れから二本の帯が伸びて、アッズーロの体を固定する。ナーヴェ自身の肉体も、後席の二人も、同様に座席から伸びた帯で固定され、直後、調査船の動きが激しくなった。
「ちょっと酔うかもしれないけれど、許してほしい」
 詫びたナーヴェの横顔は、その内容とは裏腹に、今までになく輝いている。アッズーロは何故か背筋が冷えるのを感じた――。


 ドゥーエは、頭上を飛び過ぎていく謎の白い物体を、恐る恐る見上げた。すぐ目の前では、幼馴染みのゼーロ達が、その白い物体へ、石を投げつけている。だが、白い物体は素早くそれらの石を避けて、北東へと飛び去っていった。
「ねえ、石なんか投げて大丈夫だったの?」
 ドゥーエはゼーロ達へ叫ぶように問う。
「あれ、神殿に似てたわよ? 神の乗り物だったらどうするの?」
 ゼーロは怯んだように振り向いたが、ドゥーエの傍らから、真っ先に石を投げたベッリースィモが言った。
「神の乗り物だったら、今頃、神罰が下っている頃だろうが、そうはならなかっただろう? ということは、やはり、あれはテッラ・ロッサの新兵器なのだ。あちらの方向から飛んできたしな」
「そもそも、何でテッラ・ロッサの新兵器が飛んでくるのよ?」
 ドゥーエは、ベッリースィモに説明を求めた。自分達の蜂起の様子を見に、テッラ・ロッサの新兵器が飛んでくるかもしれないと、一時間ほど前にベッリースィモが予言していたのだ。長めの栗毛を耳に掛け、青い瞳をした青年は、得意げな顔をした。
「簡単なことだ。背徳の王アッズーロは、テッラ・ロッサへ行っていたはずだ。そこで恐らく、われわれの蜂起のことを聞いたのだろう。それで、テッラ・ロッサに助力を求めたという訳さ。即ち、アッズーロは、自らの保身のために、この国にテッラ・ロッサ軍を招き入れてしまったのだ。恐ろしい失策だよ」
「やっぱり、碌でもない王だ」
 ゼーロが、義憤に満ちた表情で吐き捨てた。整った顔が、怒りに醜く歪んでいる。ドゥーエは、新たな不安を感じて、胸の前で両手を組み合わせた。ベッリースィモの話には、何か引っ掛かる。悪いのは、本当に隣国の軍を招き入れたアッズーロなのだろうか。その理由を作った自分達はどうなのだろう。それに、本当に上空を飛び去ったのは、テッラ・ロッサの新兵器なのだろうか。一度だけ見たことのある神殿に、色も雰囲気もとても似ていた。そもそも、あんなふうに空を飛ぶものを、人が簡単に造れるのだろうか――。
「テッラ・ロッサの新兵器が来たんだ、もっと仲間を集めて、態勢を整える必要がある」
 いつの間にか背後にいた、仲間の一人キアーヴェが、ベッリースィモに提案した。
「そうだな」
 ベッリースィモは頷く。
「一度、この町の小神殿に集まって、皆で話し合おう」
 かの失われた神殿に倣って、オリッゾンテ・ブル王国の全ての町村には、小神殿がある。当然、この侯城の麓の町にもあり、ゼーロ達も小神殿だけは焼いていない。
「そうだな。みんな、すぐに集まろう。その辺りの奴に声を掛けろ! アッズーロに恨みのある奴は、みんな集まれってな!」
 ゼーロが周りの仲間達に声を掛け始めた。


「やっぱり、かなり物騒なことになっているね……」
 ナーヴェは深刻そうに呟いた。
「……そう、だな……」
 アッズーロは、吐き気を堪えながら頷いた。ほんの僅かの間とはいえ、ナーヴェの操船は凄まじかった。横滑りに加えて速度の急な変化と小刻みな回頭で、アッズーロだけでなく、ジョールノとルーチェも青い顔をしている。
(こやつに操船を委ねるは、考えものかもしれん……)
 少し前までとは別の意味で、操縦桿を握りたいと思い始めたアッズーロに、ナーヴェが青い双眸を向けてきた。
「それで、相談なんだけれど、このまま真っ直ぐエテルニタへ帰るかい? それとも、ピアット・ディ・マレーア侯領に寄って、ティンブロの無事を確かめるかい?」
 ピアット・ディ・マレーア侯領は、カテーナ・ディ・モンターニェ侯領の西側に隣接しており、平野部から海岸へと続く土地である。王都エテルニタへ帰る直線上にはないので、ナーヴェはわざわざ訊いてきたのだろう。
「そうだな。できれば、この船に同乗させて王都へともに連れていきたいが、可能か?」
 アッズーロの問いに、ナーヴェは困った顔をした。
「定員は四人だから、これ以上乗せることはできないよ。ティンブロを乗せる代わりに、ぼくの肉体を降ろしてもいいけれど、その場合、この肉体の安全保証はできない。残念だけれど、体力的に、そこまで強靱ではないから」
 視線で窺ってきたナーヴェに、アッズーロは首を横に振った。
「それはならん」
「それなら、わたくしが降ります。わたくしはどこからでも、王都に帰れますから」
 後席から、ルーチェが申し出た。
「よし、それで行く」
 アッズーロは即決して、ナーヴェを見る。
「しかし、ティンブロが今どの辺りにおるか分かるのか?」
「正確には分からないけれど、約五十三分前に人工衛星から見たから、予測はできる。その辺りへ飛んでみるよ」
 請け負って、ナーヴェは今度は緩やかに回頭し、西へ針路を取った。


 小神殿には、ドゥーエ達の仲間以外にも、町の住人達が多く集まっていた。皆、避難してきたのだ。
「おまえ達、何故、町まで焼いたんだ!」
 その中の一人の男が、ドゥーエ達を見て叫んできた。
「カテーナ・ディ・モンターニェ侯ティンブロの退路を断つためだ」
 ベッリースィモが尊大に答え、ゼーロが頷いて説明を加えた。
「侯城周辺の建物を焼いておかないと、あいつらは、この町に逃げ込んできてしまう。おれ達は、それを防ぐために、焼いたんだ。勿論、再建は手伝う。蒙昧な王アッズーロをあくまで擁護するティンブロを、この領から追い出すためだったんだ。理解してくれ」
 熱の入ったゼーロの言葉に、騒いでいた人々も、やや静まったように見えた。ところどころから、まだ不満の声は聞こえるが、大きな声にはならない。そんな人々を背に、ドゥーエ達は集まって話し合い始めた。
「実際、空を飛ぶ姿には驚いたが、武器らしい武器は見当たらなかった。石を投げても、反撃もなかった。あれは、恐らく偵察にしか使えないものだろう」
 ベッリースィモが、自信満々に述べる。
「つまり、恐るるに足らぬという訳だ。われわれが備えるべきは、アッズーロに招かれて入ってくるテッラ・ロッサの騎馬隊や歩兵隊だ」
「どう対抗する」
 ゼーロが、不安を押し隠すように強気な口調で尋ねた。
「われわれは戦わない」
 ベッリースィモは微笑んで告げる。
「われわれはただ、テッラ・ロッサ軍とオリッゾンテ・ブル軍が、互いに潰し合うよう仕組めばいいのだ」
 おお、と仲間達の間から感嘆の声が上がった。しかし、ドゥーエはそう楽観できない。
「どうやって仕組むの?」
 声を高くして問うたドゥーエに答えたのは、ベッリースィモではなくキアーヴェだった。
「それはとても容易い。噂を流せばいい。オリッゾンテ・ブル軍のほうには、テッラ・ロッサ軍が、王都エテルニタを攻め落とそうとしている、と。テッラ・ロッサ軍のほうには、オリッゾンテ・ブル軍が包囲殲滅に来る、と。彼らはすぐに疑心暗鬼に陥る。もし、テッラ・ロッサ軍が本当に来た場合、だけれど」
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