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第二章 肥えた土ほど雑草がはびこる
第17話 呪いを視る
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告白の日以降、二人の関係性は少し変わった。
ランドルフは恋心を抱きつつも、ある程度距離を置き、「依頼を受ける側」としての立場を守るように。
ディアナはランドルフに惹かれつつも、ある程度一線を引き、「仕事上の付き合い」としての態度を優先するようになった。
けれど、互いに意識してしまうことがなくなったわけではない。
むしろ、ふとした瞬間に「照れ」が出てしまい、デイヴィッドから「真面目に仕事やれやオラァ」と怒号が飛んでくることも少なくなかった。
そんな二人だが、デイヴィッドと組んで依頼をこなす回数も増え、魔獣狩りの実績は着実に積み重なっていた。
「右だ。……外したか。次は左に行った」
デイヴィッドの瞳が輝き、獲物の場所を捉える。
「視認できないものを射つ、か……。なかなか難しいな」
「デイヴの眼にゃ見えてるらしいけどな。その調子で頼むぜ相棒!」
今回狩ろうとしている「魔獣」はリス。
小柄な動物ではあるが、作物を齧る、建物を齧るなどの被害は馬鹿にできない。……更に、今回の「魔獣」は、かつてランドルフを苦しめた「呪い」と似たような性質を持っていた。
噛み付くことで、相手に「魔獣化を感染させる」……といった、なかなか凶悪なものだ。
森の中を隠れて移動する上、スピードが格段に上がっており、視認することすらも難しい。下手をすれば、巨大な魔獣よりも厄介な相手だった。
「もっと手前だ。……クソッ、避けて奥に逃げやがったな」
「……無理だ。当たるわけがない」
ディアナは指先から魔力を射出し、どうにか魔リスを仕留めようとする。……が、素早さに翻弄されて手も足も出ずにいた。
姿もよく見えない上に、動きも素早い相手。確かに、冷静に考えればデイヴィッドが「視た」情報だけで仕留められるわけがない。
……が、やがて時は訪れた。
森に、小動物とは思えぬ凄まじい断末魔が響く。
「……やっぱり、テメェの『腕』だけは確かだな。ランドルフ」
ニヤリと笑うデイヴィッド。
ランドルフは茂みをかき分け、自らの放った矢に貫かれたリスを拾い上げた。
「……凄い」
明確な感嘆が、ディアナの口から漏れる。
ランドルフは口元を緩めつつも、「これくらいはできねぇとな」と語る。
「『期待』に応えねぇと」
依頼をこなすうちに、勘は取り戻した。
けれど、それだけで満足してはいられない。
ランドルフはいずれ、「不死の神獣」を射止めなくてはならないのだから。
「そういや、『呪い』の調子はどうだ」
デイヴィッドに尋ねられ、ランドルフは顎に手を当てて直近の様子を思い返す。
「最近は落ち着いてる……と、思うぜ」
「そりゃ何よりだ。何度も視てわかったが、テメェの『呪い』は怒りや憎しみ……要するに、マイナスの感情に連動するらしい」
デイヴィッドの両眼が、わずかに輝きを放つ。
ランドルフは合点が言ったように、うんうんと頷いた。
「……なるほどな。言われてみりゃ、ディアナが傍にいると、そもそも発作自体が出にくい気がする」
「惚気かテメェ」
デイヴィッドはやれやれと肩を竦めつつも、ふっと目を伏せ、ランドルフの近くに歩み寄った。
そのまま、なるべくディアナに聞こえないよう耳打ちする。
「……ディアナを殺したら、制御しにくくなるんじゃねぇか」
「……」
その点は、ランドルフも自覚している。
今、「呪い」が穏やかなのは、ディアナが傍らに居るからだ。
直接的な対処もそうだが、それ以上に、ディアナが近くにいることでランドルフの心が安らぐ。……それほど、ディアナはランドルフにとって大きな存在になっていた。
「デイヴは、どう思ってんだ。ディアナの願いについて……」
「あ? ……そうさな。本人が望むなら仕方ねぇと思ってるよ」
デイヴィッドは眉をひそめ、神妙な表情で語る。
「ここだけの話……あいつの記憶を消してやれねぇかと思ったこともある。オレみてぇにな」
デイヴィッドの記憶は、何者かによって封じられている。……ランドルフも本人から聞いた覚えがある。「絶対にロクな記憶じゃねぇ」と……。
「……効かねぇんだよ。あいつの身体は耐性があるみてぇでな。並の術は跳ね返しちまう」
「そんな身体なのに……ふ……『例の呪い』は受けちまったのか」
不死の呪い、と言おうとして、ランドルフは言葉を濁した。
その言葉を放てば、今度はデイヴィッドが激しい頭痛に苦しむことになる。
「……よっぽど腕のある術者にやられたか、あるいは……」
デイヴィッドはランドルフの配慮を察したのか、他人事のように語る。
「もっと別の何か……太刀打ちできないモンに巻き込まれたか、だな」
デイヴィッドは、報告書類の文言を考えているディアナをちらりと横目で見、再びランドルフの方へ視線を戻す。
「ともかく、今回の『依頼』は終わりだ。後はデートでも何でも好きにしやがれ」
「……デート、か」
その言葉に、ランドルフは表情を曇らせる。
「どっちが、良いんだろうな。思い出は作りたいけど……別れた時に、辛くなるだろ」
デイヴィッドは「はぁ……」と大きなため息をつき、カソックの袖を捲りあげた腕を腰に当てた。
「テメェはどうせ、もし『その時』が来たら『もっと思い出作っときゃ良かった』とか言い出すだろ」
「……! まあ……そうだな。言うと思う」
素直に頷くランドルフ。
デイヴィッドはやれやれと肩を竦めつつ、言葉を続けた。
「じゃあ作っとけ。あくまでオレのカンだが、テメェなら『思い出なんてない方が良かった』とは言わねぇだろうよ」
「……確かに……」
考えてみれば、デイヴィッドの言う通りだった。いずれ別れが訪れるにしても、やった後悔に比べれば、やらなかった後悔の方が余程ダメージが大きいと想像できてしまう。
「ありがとな、デイヴ」
「大したことは言ってねぇよ」
礼を言うランドルフに対し、そっぽを向くデイヴィッド。
そのままランドルフは、少しぎこちない動作でディアナの方へと歩みを進めた。
ランドルフは恋心を抱きつつも、ある程度距離を置き、「依頼を受ける側」としての立場を守るように。
ディアナはランドルフに惹かれつつも、ある程度一線を引き、「仕事上の付き合い」としての態度を優先するようになった。
けれど、互いに意識してしまうことがなくなったわけではない。
むしろ、ふとした瞬間に「照れ」が出てしまい、デイヴィッドから「真面目に仕事やれやオラァ」と怒号が飛んでくることも少なくなかった。
そんな二人だが、デイヴィッドと組んで依頼をこなす回数も増え、魔獣狩りの実績は着実に積み重なっていた。
「右だ。……外したか。次は左に行った」
デイヴィッドの瞳が輝き、獲物の場所を捉える。
「視認できないものを射つ、か……。なかなか難しいな」
「デイヴの眼にゃ見えてるらしいけどな。その調子で頼むぜ相棒!」
今回狩ろうとしている「魔獣」はリス。
小柄な動物ではあるが、作物を齧る、建物を齧るなどの被害は馬鹿にできない。……更に、今回の「魔獣」は、かつてランドルフを苦しめた「呪い」と似たような性質を持っていた。
噛み付くことで、相手に「魔獣化を感染させる」……といった、なかなか凶悪なものだ。
森の中を隠れて移動する上、スピードが格段に上がっており、視認することすらも難しい。下手をすれば、巨大な魔獣よりも厄介な相手だった。
「もっと手前だ。……クソッ、避けて奥に逃げやがったな」
「……無理だ。当たるわけがない」
ディアナは指先から魔力を射出し、どうにか魔リスを仕留めようとする。……が、素早さに翻弄されて手も足も出ずにいた。
姿もよく見えない上に、動きも素早い相手。確かに、冷静に考えればデイヴィッドが「視た」情報だけで仕留められるわけがない。
……が、やがて時は訪れた。
森に、小動物とは思えぬ凄まじい断末魔が響く。
「……やっぱり、テメェの『腕』だけは確かだな。ランドルフ」
ニヤリと笑うデイヴィッド。
ランドルフは茂みをかき分け、自らの放った矢に貫かれたリスを拾い上げた。
「……凄い」
明確な感嘆が、ディアナの口から漏れる。
ランドルフは口元を緩めつつも、「これくらいはできねぇとな」と語る。
「『期待』に応えねぇと」
依頼をこなすうちに、勘は取り戻した。
けれど、それだけで満足してはいられない。
ランドルフはいずれ、「不死の神獣」を射止めなくてはならないのだから。
「そういや、『呪い』の調子はどうだ」
デイヴィッドに尋ねられ、ランドルフは顎に手を当てて直近の様子を思い返す。
「最近は落ち着いてる……と、思うぜ」
「そりゃ何よりだ。何度も視てわかったが、テメェの『呪い』は怒りや憎しみ……要するに、マイナスの感情に連動するらしい」
デイヴィッドの両眼が、わずかに輝きを放つ。
ランドルフは合点が言ったように、うんうんと頷いた。
「……なるほどな。言われてみりゃ、ディアナが傍にいると、そもそも発作自体が出にくい気がする」
「惚気かテメェ」
デイヴィッドはやれやれと肩を竦めつつも、ふっと目を伏せ、ランドルフの近くに歩み寄った。
そのまま、なるべくディアナに聞こえないよう耳打ちする。
「……ディアナを殺したら、制御しにくくなるんじゃねぇか」
「……」
その点は、ランドルフも自覚している。
今、「呪い」が穏やかなのは、ディアナが傍らに居るからだ。
直接的な対処もそうだが、それ以上に、ディアナが近くにいることでランドルフの心が安らぐ。……それほど、ディアナはランドルフにとって大きな存在になっていた。
「デイヴは、どう思ってんだ。ディアナの願いについて……」
「あ? ……そうさな。本人が望むなら仕方ねぇと思ってるよ」
デイヴィッドは眉をひそめ、神妙な表情で語る。
「ここだけの話……あいつの記憶を消してやれねぇかと思ったこともある。オレみてぇにな」
デイヴィッドの記憶は、何者かによって封じられている。……ランドルフも本人から聞いた覚えがある。「絶対にロクな記憶じゃねぇ」と……。
「……効かねぇんだよ。あいつの身体は耐性があるみてぇでな。並の術は跳ね返しちまう」
「そんな身体なのに……ふ……『例の呪い』は受けちまったのか」
不死の呪い、と言おうとして、ランドルフは言葉を濁した。
その言葉を放てば、今度はデイヴィッドが激しい頭痛に苦しむことになる。
「……よっぽど腕のある術者にやられたか、あるいは……」
デイヴィッドはランドルフの配慮を察したのか、他人事のように語る。
「もっと別の何か……太刀打ちできないモンに巻き込まれたか、だな」
デイヴィッドは、報告書類の文言を考えているディアナをちらりと横目で見、再びランドルフの方へ視線を戻す。
「ともかく、今回の『依頼』は終わりだ。後はデートでも何でも好きにしやがれ」
「……デート、か」
その言葉に、ランドルフは表情を曇らせる。
「どっちが、良いんだろうな。思い出は作りたいけど……別れた時に、辛くなるだろ」
デイヴィッドは「はぁ……」と大きなため息をつき、カソックの袖を捲りあげた腕を腰に当てた。
「テメェはどうせ、もし『その時』が来たら『もっと思い出作っときゃ良かった』とか言い出すだろ」
「……! まあ……そうだな。言うと思う」
素直に頷くランドルフ。
デイヴィッドはやれやれと肩を竦めつつ、言葉を続けた。
「じゃあ作っとけ。あくまでオレのカンだが、テメェなら『思い出なんてない方が良かった』とは言わねぇだろうよ」
「……確かに……」
考えてみれば、デイヴィッドの言う通りだった。いずれ別れが訪れるにしても、やった後悔に比べれば、やらなかった後悔の方が余程ダメージが大きいと想像できてしまう。
「ありがとな、デイヴ」
「大したことは言ってねぇよ」
礼を言うランドルフに対し、そっぽを向くデイヴィッド。
そのままランドルフは、少しぎこちない動作でディアナの方へと歩みを進めた。
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