47 / 57
第三章 咆哮の日々
17. 労働者
しおりを挟む
時代は変革を必要としていた。
……幾度も、幾度も破壊と再生を繰り返し、確かに時代は変わろうとしていた。
本当に破壊が必要なのか、もっと良い方法があるのではないか、などといくら知恵者が考えようと、聖者が願おうと……
何を壊しても、誰を殺しても、どれほどの犠牲があろうとも、
「彼ら」は、今よりも良い明日を求めた。それは当然の希求であり……必然の理でもあった。
「水臭いじゃねぇか……! こんなにいい集まりがあるってんなら、もっと早く教えてくれよ」
ミゲルが遊び半分で所属した結社は、パリで「四季の会」が引き起こした襲撃事件に倣い、武装蜂起すらも視野に入れ始める。
それは、あくせく働けど明日の保証もない労働者たちにとっては希望の光そのものだった。
「……どうだかな、フランク」
上手い話に釣られただけかもしれない……と、口に出すことはできなかった。……自分に言う資格があるとは、到底思えない。
それに……高揚し、熱に浮かされたフランクがまともに話を聞くとも思わなかった。
……それが、いずれは深い後悔の根源になると、どこかで予感はしていた。
「……ジョゼフ?」
集会のさなか、身を隠すようにして席を立つ亜麻色の髪を、金の瞳が捕える。
壁際で右から左に言葉を聞き流し、大袈裟にうんうん頷いている相棒を呼び止める。目配せで合図をし、2人も後を追うように席を立った。
「どうしたよ、ジョゼフ」
日は傾きかけていた。
振り返ったジョゼフは今にも倒れ込みそうなほど蒼白な面持ちで、翠の瞳を友に向ける。
「僕は、昔……演劇をしていたんだ」
ジョゼフの口調のまま、ジャンは語る。
「何よりも……劇団の仲間と、彼らと作り上げた演目が大事だった」
守るために、ジャンは弟を殺した。……けれど、その命は、その存在は、背負うのにあまりにも重すぎた。
「…………後悔は……」
していない、とすら、言えなかった。
もし、もし他の方法があれば、ジョゼフを殺さずに済む方法さえあれば……ジャンは、迷わずにそちらを選んだのだから。
「……それで、何が言いてぇんだ?」
話の内容が何一つ頭に入らないティーグレも、難しそうな顔で宙を仰ぎ、考え込む。
ミゲルに促されるまま、「ジョゼフ」は優美に笑った。
「……君にもわかってるはずだよ」
予測していても、分かっていても結局は諦め、蓋をしてきた。カラスの鳴き声がやけに耳に突き刺さる。
……なぜか、いつかの孤児院の残骸が脳裏に浮かぶ。
「君たちは知恵を絞り、特性を活かして奪う側になった。……僕も、相応の覚悟を持って奪った。……だけど、フランクたちは違う」
その続きに耳を塞ぎたくなった。
聞きたくないと叫びたくなった。
……いつかの、女優のセリフを思い出す。「使い捨てられて終わりさね」と……
「……そうだ……力任せの略奪なんざ誰にでもできる。……強引に全て奪う方が、よっぽど……よっぽど、俺らみたいなやり口より簡単だ」
震える声。……彼はいつだって、ミゲルの弱い部分を引き出してくる。だからこそ恐ろしく、だからこそ……得がたい友だった。
「じゃあ、何とか説得してくるよ。……そういうのは2人とも苦手そうだから」
ミゲルと、ティーグレを交互に見、ジョゼフは苦笑する。
「よくわかんねぇけど頼んだ!!」
「……ああ……悪ぃな、ジョゼフ」
気にしないで、とにこやかに笑いながら、お忍びの放蕩息子はフランクたちの元へ帰っていく。
流浪の貧民がいくら理屈を捏ねようが意味はなく、さすらいのならず者が拳を振るったところで追い出されるのが関の山だ。
……そして何より、わずかにでも情の宿った関係ほど、ミゲルにとってやりにくいものはない。
日は緩やかに暮れていく。中世を思い起こす街並みを彩るよう、空は茜を抱く。
これから流される血の代わりか、それとも予告か。……脳裏に掠めた予感を振り切り、無理にでも笑みを作る。
「辛気臭い顔はやめだやめ。こっから面白くすりゃいいんだよ」
その言葉には「おう」と上の空で返し、ティーグレは、夜空に輝き始めた星を数え始めていた。
……星の数を知ることができれば、相棒やジョゼフのように頭が切れるようになれるかと……そんな、半ば献身にも近い心持ちが、普段まともに見ない夜空を視界に写す。
働きなれない脳みそは、12ほど数えたところで音を上げた。
……幾度も、幾度も破壊と再生を繰り返し、確かに時代は変わろうとしていた。
本当に破壊が必要なのか、もっと良い方法があるのではないか、などといくら知恵者が考えようと、聖者が願おうと……
何を壊しても、誰を殺しても、どれほどの犠牲があろうとも、
「彼ら」は、今よりも良い明日を求めた。それは当然の希求であり……必然の理でもあった。
「水臭いじゃねぇか……! こんなにいい集まりがあるってんなら、もっと早く教えてくれよ」
ミゲルが遊び半分で所属した結社は、パリで「四季の会」が引き起こした襲撃事件に倣い、武装蜂起すらも視野に入れ始める。
それは、あくせく働けど明日の保証もない労働者たちにとっては希望の光そのものだった。
「……どうだかな、フランク」
上手い話に釣られただけかもしれない……と、口に出すことはできなかった。……自分に言う資格があるとは、到底思えない。
それに……高揚し、熱に浮かされたフランクがまともに話を聞くとも思わなかった。
……それが、いずれは深い後悔の根源になると、どこかで予感はしていた。
「……ジョゼフ?」
集会のさなか、身を隠すようにして席を立つ亜麻色の髪を、金の瞳が捕える。
壁際で右から左に言葉を聞き流し、大袈裟にうんうん頷いている相棒を呼び止める。目配せで合図をし、2人も後を追うように席を立った。
「どうしたよ、ジョゼフ」
日は傾きかけていた。
振り返ったジョゼフは今にも倒れ込みそうなほど蒼白な面持ちで、翠の瞳を友に向ける。
「僕は、昔……演劇をしていたんだ」
ジョゼフの口調のまま、ジャンは語る。
「何よりも……劇団の仲間と、彼らと作り上げた演目が大事だった」
守るために、ジャンは弟を殺した。……けれど、その命は、その存在は、背負うのにあまりにも重すぎた。
「…………後悔は……」
していない、とすら、言えなかった。
もし、もし他の方法があれば、ジョゼフを殺さずに済む方法さえあれば……ジャンは、迷わずにそちらを選んだのだから。
「……それで、何が言いてぇんだ?」
話の内容が何一つ頭に入らないティーグレも、難しそうな顔で宙を仰ぎ、考え込む。
ミゲルに促されるまま、「ジョゼフ」は優美に笑った。
「……君にもわかってるはずだよ」
予測していても、分かっていても結局は諦め、蓋をしてきた。カラスの鳴き声がやけに耳に突き刺さる。
……なぜか、いつかの孤児院の残骸が脳裏に浮かぶ。
「君たちは知恵を絞り、特性を活かして奪う側になった。……僕も、相応の覚悟を持って奪った。……だけど、フランクたちは違う」
その続きに耳を塞ぎたくなった。
聞きたくないと叫びたくなった。
……いつかの、女優のセリフを思い出す。「使い捨てられて終わりさね」と……
「……そうだ……力任せの略奪なんざ誰にでもできる。……強引に全て奪う方が、よっぽど……よっぽど、俺らみたいなやり口より簡単だ」
震える声。……彼はいつだって、ミゲルの弱い部分を引き出してくる。だからこそ恐ろしく、だからこそ……得がたい友だった。
「じゃあ、何とか説得してくるよ。……そういうのは2人とも苦手そうだから」
ミゲルと、ティーグレを交互に見、ジョゼフは苦笑する。
「よくわかんねぇけど頼んだ!!」
「……ああ……悪ぃな、ジョゼフ」
気にしないで、とにこやかに笑いながら、お忍びの放蕩息子はフランクたちの元へ帰っていく。
流浪の貧民がいくら理屈を捏ねようが意味はなく、さすらいのならず者が拳を振るったところで追い出されるのが関の山だ。
……そして何より、わずかにでも情の宿った関係ほど、ミゲルにとってやりにくいものはない。
日は緩やかに暮れていく。中世を思い起こす街並みを彩るよう、空は茜を抱く。
これから流される血の代わりか、それとも予告か。……脳裏に掠めた予感を振り切り、無理にでも笑みを作る。
「辛気臭い顔はやめだやめ。こっから面白くすりゃいいんだよ」
その言葉には「おう」と上の空で返し、ティーグレは、夜空に輝き始めた星を数え始めていた。
……星の数を知ることができれば、相棒やジョゼフのように頭が切れるようになれるかと……そんな、半ば献身にも近い心持ちが、普段まともに見ない夜空を視界に写す。
働きなれない脳みそは、12ほど数えたところで音を上げた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜
佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」
江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。
「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。
北海帝国の秘密
尾瀬 有得
歴史・時代
十一世紀初頭。
幼い頃の記憶を失っているデンマークの農場の女ヴァナは、突如としてやってきた身体が動かないほどに年老いた戦士トルケルの側仕えとなった。
ある日の朝、ヴァナは暇つぶしにと彼が考えたという話を聞かされることになる。
それは現イングランド・デンマークの王クヌートは偽物で、本当は彼の息子であるという荒唐無稽な話だった。
本物のクヌートはどうしたのか?
なぜトルケルの子が身代わりとなったのか?
そして、引退したトルケルはなぜ農場へやってきたのか?
トルケルが与太話と嘯きつつ語る自分の半生と、クヌートの秘密。
それは決して他言のできない歴史の裏側。
三国志「街亭の戦い」
久保カズヤ
歴史・時代
後世にまでその名が轟く英傑「諸葛亮」
その英雄に見込まれ、後継者と選ばれていた男の名前を「馬謖(ばしょく)」といった。
彼が命を懸けて挑んだ戦が「街亭の戦い」と呼ばれる。
泣いて馬謖を斬る。
孔明の涙には、どのような意味が込められていたのだろうか。
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕
naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。
この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。
東洲斎写楽の懊悩
橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる