上 下
14 / 39

14 悪女は見張りと話をする

しおりを挟む
「では、質素で上品。背中だけはあいたドレスを一着」

 部屋の隅に座ったまま、そんな言葉がするりと出た。
 万が一最期なのなら、せめて一度くらい王子に文句を言ってやりたかった。
 やられたことをきっちりと世に知らしめたかった。
 無駄に、終わるのだとしても。



「……なぜ、そんなに落ち着いていられる?」

 騎士がぽつりと言葉をこぼす。
 それはどこか独り言にも似ていたけれど、私はなんだか話したくなって返事をした。

「落ち着いてなどいないわ。今にも震えそうよ、わかる?」

 実際私の両腕は小刻みに揺れていた。
 揺れる手をそのままに、握り込む。

「だけど信じているの」
「何を」
「助けてくれるって言ってくれた相手を」
「ハッタリかもしれねぇし、嘘かもしんねーだろ」

 騎士は鉄格子の扉の前に突っ立ったまま、ぶっきらぼうに言った。

「私が信じたいのだもの。それが例えばハッタリでも、嘘でも、信じたいから信じているししょうがないわ」

 そう、しょうがないのだ。
 あの時確かに支えようと決めた私も。
 支えきれないと諦めた私も。
 どうしても惹かれずにはいられなかった私も。
 家族と分かち合うのが遅れた私も。
 全部全部しょうがない。

 だって私の心が決めたから。

 彼は何事かに驚いたようで、目を見開いて、だけどやはり突っ立ったままだった。
 私は何に驚かれたのか皆目見当もつかなくて彼を見つめる。

「……覚悟を、しておいた方がいい」
「覚悟?」
「巷じゃお前さんの噂で持ちきりだぁ。深窓の令嬢を殺しかけただの、毒殺しようとしただの。後は王家の長男坊と次男坊が悪女を取り合って大げんかってな」
「まぁ」

 とんだ噂もあったものだ。
 見ようによっては真実だけれど、中身の事実はまるで違うのに。

「残念ながら、その長男坊との仲は最悪だったのだけれど」
「お姫さんの事情なんて民衆にはわからねぇよ。わかるのは、殺しかけたって話や、悪い女に騙された男が身を滅ぼそうとしてるとこだけだ。国が危ないときてだいぶ恨まれてるぜ、あんた」
「勝手なことね、……私の立ち回りが悪かったことは認めるけれど」

 私は一つ、ため息をついた。
 騎士は少し気を緩めたのかいきなりその場に座り込む。
 彼のその動きに私も少しだけ、声が届きやすいように部屋の隅から鉄格子の近くへと移動した。

「俺から見ても長男坊、ありゃ異常だ。姫さんが逃げたくなんのもわかる」
「……あなたは、私に同情的なのね」
「まぁ立場上、色々見ることもあるからな。守秘義務があっから話せねーが」
「王族も、大変なのね。もっと色々知ろうとすれば良かったわ」
「次は気をつけな。ただまぁ……こればっかりは仕方ないだろ、何せ相手が隠したがってた」
「そうなの?」
「そう。だからあんまり気に病むな」

 その騎士は気安くにやりと笑う。

「あなたは私を憎く思っていないのね。それに王城の騎士にしては」

 これ以上は余計だったかしら、と口をつぐんだ。
 彼は気にした風でもなく、さらりと返事をする。

「口が悪い、か? 俺は平民出から出世したからな」
「それって凄いことじゃない」
「だろ? だからまぁ、どっちも知ってるから大変さも、恨みも、どうしようもなさも、なんとなくわかるのさ。さてそろそろお喋りは終わりにしようか。背中あきのドレス、だったか」
「ええ、お願いできるかしら?」
「任せとけ、とまでは言えねぇが、善処ぜんしょしよう」

 言うと彼は立ち上がり、元の騎士然とした雰囲気へと戻った。
 私はそれを眺めながら、やはり立ち上がる。
 騎士が一礼すると踵を返したので、その後ろ姿に声をかけた。

「ありがとう」
「あなたは、貴族の割には色々見ることができそうな方だ。どうかその意思、見失わぬよう」

 背中越しのその呟きは、私のなけなしの心に炎を灯す。

 せめて気持ちだけは負けないようにしよう。

 そう決めて処刑を告げられた日をことさら丁寧に。
 囚人の最後の日々に唯一許可されている、手紙を書いて過ごした。



 ※ ※ ※



 次の日私は早めに目覚めた。
 とは言っても、時間のわかるものは窓から差す光しかないから、体感ではあるのだけれど。
 ひんやりとした石の感触にもなれたけれど、今日でお別れかと思うとなんだかつい、手で撫でてしまっていた。

 ふと見ると、扉の内側に私が眠っている間に届けられたのか、ドレスが一着、おいてある。
 近寄って触ってみると、サラリとして上質なのがわかった。
 もしかしたら、ゼファーが用意してくれたのかもしれないな。
 そう思ったら気合が入る。

 私は早速そのドレスに袖を通し、髪を手櫛で整えた。
 鏡がなくて確認はできないけれど、ドレスは白く、あっさり目の光沢があってなかなかに肌に心地よい。
 ストンとしたラインに近いスカート部は、ドレープがたっぷりとあって、品がありつつ可愛い。
 背中は指定通り丸あきで、背中の頑張りの証がすーすーとした。

 これまではどこか恥ずかしい気持ちだったけれど、今はこれが勲章。

 両頬を手でぱん! と叩いたと同時に声がかかった。

「時間だ」

 刑執行官が、扉を開けこちらを見ていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

処理中です...