2 / 39
2 悪女はつれなくされる
しおりを挟む
王城から帰り着き、家族皆で食堂のテーブルにつくと、私はぶすくれたまま文句を言った。
あの場では不敬になりかねないから我慢したけれど、この婚約が死ぬほど嫌だったのだ。
「我儘を言うでない。これは決定なのだ」
お父様は堅物で話にならなかった。お母様も特に何も言わず、右頬に手を当て私の方を見つつため息をつく。
弟はまだ年端もなく、キョトンとしていて。
家族の中に、味方をしてくれる人は誰もいなかった。
しょうがないだろう。
我が家は公爵家とは言っても、武勲による叙爵。
館はあれども領地はない貧弱さで、特例である名誉の代名詞のような一代貴族だ。
私にはどうしようもできなくて、だから……そのまま運命に飲み込まれざるを得ないのだった。
※ ※ ※
婚約が決まってすぐ、王妃様に呼ばれお妃教育を受けることになった。
「違いますよ!」
「……っ!」
間違った回答をすると、ひゅんと容赦なく鞭が振るわれて背中が痛く辛くて仕方がない。
「まったく。困った子だこと。あなただけなら問題なくても、うちのウィリーの足を引っ張ってしまうでしょう? 賢い夫の功績を下げる妻は妃失格なのです。もっと励むように」
「はい、王妃様」
合っていても、何かが足りないのか王子は褒められ私の勉強不足が不安だと言い続けられた。
鞭があたりすぎて、背中の傷はなかなか治らないまま、瘡蓋ができる前にひどく膿みその部分は治る頃には痕になった。
その状態は三年ほど続いた。
月日は過ぎ、私が十五になった頃。
タングトン王国では、十五から十七まで王族や貴族の子供は学校へ通う習わしなので、ウィリー王子と共に学校に通うことになった。
「――であるので、私はこの学び舎でかけがえのない経験を――」
皆の集まる学校の広間で、王子が新入生代表の挨拶をしている。
誰もが一様に濃い紅色の制服を着ているが、王子のそれは紺色である。
どうにも、王城の衣装部に「赤い服などこの俺が着れるか!」と怒鳴り込んで作らせたらしい。
他の男子生徒は着ているし、渋めの赤だから特段変でもないように思うのだけれど。
ちなみに王子が今読み上げている原稿は、こっそりと王子に頼まれ私が書いたものだ。
王妃様は王子がとても有能と歌うように語っていたが、この一年彼はなぜかその実力を隠し、私に何くれと色々な自分ごとを任せてくる様になっている。
どこでそのような所作を見たのか、断ると手が出てくる有様で。
親子揃って、なんとも暴力性の高いものだと呆れてしまった。
今もまだ、広間の壇上にのぼり挨拶をしている王子の瞳は、イキイキとしている。
変わったのは、私への態度だけ。
その事実に、少しだけ私の心につぷりと、穴があいた気がした。
先ほどまであった入学の歓迎会が終わり、広間からは人がぽつりぽつりと退出していた。
一応の婚約者だから、挨拶をしておこうと王子を探す。
あたりを見回していると、頭半個分ほど高い、金色の長い髪を後ろにして豪奢な髪飾りで束ねた姿が目に入った。
隣には紅茶の様な髪色の、見知らぬ女の子が立っている。
「……先程はありがとうございました、助かりましたわ」
「いや気にするな。あんな暴漢とも呼べる所業、上に立つものとして許せなかったからな」
「まぁ、殿下はお優しいのですね」
微笑み合う姿に、昔の私たちが重なって、手を伸ばしたくなって無意識に右手が出たのを、慌てて左手で覆って隠した。
ゴクリと一つ唾を飲み込んだ後、ゆっくりと二人の方へ近づいて声をかける。
「歓談中申し訳ございません。殿下に一言挨拶をと」
「……ウルムか、手短に話せ」
「はい。本日はご入学おめでとうございました。勉学に励み、お役に立てればと思います」
「ん。下がれ」
「失礼いたしました」
王子は固くどこかぎこちない表情のまま、あまりこちらを見ようとはしない。
仕方なくスカートの端をつまみ腰を少し下げつつ会釈すると、その場を離れた。
隣にたたずむ女の子が、王子の腕に手をやりながらこちらを見てクスリと笑った。
……ような、気がした。
※ ※ ※
公式の発表を昔しているので、私が王子の婚約者であるということは知れ渡っていた。
友人を作ろうにも、不仲であることが入学すぐ広まってしまったらしく、どこか腫れ物めいた扱いを受けていてなかなか上手くいかない。
学校に行きながらもお妃教育は続けられていて、あの息詰まるような時間からは逃げることが叶わない。
私は何もかもがどうにもならないことから、どこかへ行ってしまいたくて……長めの休憩時間には、図書室でただひたすら小説を読むようになっていた。
あの場では不敬になりかねないから我慢したけれど、この婚約が死ぬほど嫌だったのだ。
「我儘を言うでない。これは決定なのだ」
お父様は堅物で話にならなかった。お母様も特に何も言わず、右頬に手を当て私の方を見つつため息をつく。
弟はまだ年端もなく、キョトンとしていて。
家族の中に、味方をしてくれる人は誰もいなかった。
しょうがないだろう。
我が家は公爵家とは言っても、武勲による叙爵。
館はあれども領地はない貧弱さで、特例である名誉の代名詞のような一代貴族だ。
私にはどうしようもできなくて、だから……そのまま運命に飲み込まれざるを得ないのだった。
※ ※ ※
婚約が決まってすぐ、王妃様に呼ばれお妃教育を受けることになった。
「違いますよ!」
「……っ!」
間違った回答をすると、ひゅんと容赦なく鞭が振るわれて背中が痛く辛くて仕方がない。
「まったく。困った子だこと。あなただけなら問題なくても、うちのウィリーの足を引っ張ってしまうでしょう? 賢い夫の功績を下げる妻は妃失格なのです。もっと励むように」
「はい、王妃様」
合っていても、何かが足りないのか王子は褒められ私の勉強不足が不安だと言い続けられた。
鞭があたりすぎて、背中の傷はなかなか治らないまま、瘡蓋ができる前にひどく膿みその部分は治る頃には痕になった。
その状態は三年ほど続いた。
月日は過ぎ、私が十五になった頃。
タングトン王国では、十五から十七まで王族や貴族の子供は学校へ通う習わしなので、ウィリー王子と共に学校に通うことになった。
「――であるので、私はこの学び舎でかけがえのない経験を――」
皆の集まる学校の広間で、王子が新入生代表の挨拶をしている。
誰もが一様に濃い紅色の制服を着ているが、王子のそれは紺色である。
どうにも、王城の衣装部に「赤い服などこの俺が着れるか!」と怒鳴り込んで作らせたらしい。
他の男子生徒は着ているし、渋めの赤だから特段変でもないように思うのだけれど。
ちなみに王子が今読み上げている原稿は、こっそりと王子に頼まれ私が書いたものだ。
王妃様は王子がとても有能と歌うように語っていたが、この一年彼はなぜかその実力を隠し、私に何くれと色々な自分ごとを任せてくる様になっている。
どこでそのような所作を見たのか、断ると手が出てくる有様で。
親子揃って、なんとも暴力性の高いものだと呆れてしまった。
今もまだ、広間の壇上にのぼり挨拶をしている王子の瞳は、イキイキとしている。
変わったのは、私への態度だけ。
その事実に、少しだけ私の心につぷりと、穴があいた気がした。
先ほどまであった入学の歓迎会が終わり、広間からは人がぽつりぽつりと退出していた。
一応の婚約者だから、挨拶をしておこうと王子を探す。
あたりを見回していると、頭半個分ほど高い、金色の長い髪を後ろにして豪奢な髪飾りで束ねた姿が目に入った。
隣には紅茶の様な髪色の、見知らぬ女の子が立っている。
「……先程はありがとうございました、助かりましたわ」
「いや気にするな。あんな暴漢とも呼べる所業、上に立つものとして許せなかったからな」
「まぁ、殿下はお優しいのですね」
微笑み合う姿に、昔の私たちが重なって、手を伸ばしたくなって無意識に右手が出たのを、慌てて左手で覆って隠した。
ゴクリと一つ唾を飲み込んだ後、ゆっくりと二人の方へ近づいて声をかける。
「歓談中申し訳ございません。殿下に一言挨拶をと」
「……ウルムか、手短に話せ」
「はい。本日はご入学おめでとうございました。勉学に励み、お役に立てればと思います」
「ん。下がれ」
「失礼いたしました」
王子は固くどこかぎこちない表情のまま、あまりこちらを見ようとはしない。
仕方なくスカートの端をつまみ腰を少し下げつつ会釈すると、その場を離れた。
隣にたたずむ女の子が、王子の腕に手をやりながらこちらを見てクスリと笑った。
……ような、気がした。
※ ※ ※
公式の発表を昔しているので、私が王子の婚約者であるということは知れ渡っていた。
友人を作ろうにも、不仲であることが入学すぐ広まってしまったらしく、どこか腫れ物めいた扱いを受けていてなかなか上手くいかない。
学校に行きながらもお妃教育は続けられていて、あの息詰まるような時間からは逃げることが叶わない。
私は何もかもがどうにもならないことから、どこかへ行ってしまいたくて……長めの休憩時間には、図書室でただひたすら小説を読むようになっていた。
22
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
【短編】成金男爵令嬢? ええ結構。従姉ばかり気にする婚約者なんてどうでもいい。成金を極めてみせます!
サバゴロ
恋愛
「私がいないとだめなの。ごめんなさいね」婚約者を訪ねると、必ず従姉もいる。二人で私のわからない話ばかり。婚約者は私に話しかけない。「かまってあげなきゃ、かわいそうよ」と従姉。疎外感だけ味わって、一言も交わさず帰宅することも。だけど、お金儲けに夢中になって、世界が広がると、婚約者なんてどうでもよくなってくる。私の幸せは貴方じゃないわ!
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる