銀鼠の霊薬師

八神生弦

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銀鼠の霊薬師 番外編

6 玄の想い

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「なるほど、じゃあその子は親が居ないのか……」
 
 神妙な顔つきで菖蒲あやめを見る男は白銀しろがねと名乗った。その横に座る桔梗とは夫婦らしい。
 それを聞いた菖蒲は、悟られないように安堵のため息をついた。彼女が相手では到底敵わないと思っていたから……。
 
「それで、父性愛が芽生えた……と?」
 
 細い顎に手を当てて、くろにもそんな感情があったのかと何やら感慨深いげな桔梗に、「そんなんじゃないよ」と言いながら玄は熱い茶をズッとすすった。

「ただ、一度受け入れたこの子を半端に投げ出したら無責任なんじゃないかと思っただけだ」

「ふーん」

「何?」

「いや、お前が父親代わりねえ」

 意味ありげににやにやと笑う白銀に、玄は嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 菖蒲はそんな三人のやり取りを、羊羹をつつきながら見ていた。
 
 この里に来てから、玄の雰囲気が変わった。
 もちろん、住み慣れた場所だからということもあるだろうが、それだけじゃない。
 菖蒲は白銀と桔梗の顔を交互に見る。
 
 ──このふたりだ。

 町での玄は、宿に居る時でさえ常にどこか気を張っているように見えた。それが今の玄からは全く感じられない。 
 それどころか、なんだろうこの柔らかな雰囲気は。こんな玄は初めて見る。

 とりとめもない会話で玄と笑い合うこの二人を、菖蒲は羨ましく感じた。
 
 
 
 里の人達は皆優しく、菖蒲に良くしてくれた。
 特に、里で一番年の近い“さえ”とは直ぐに打ち解けよく遊ぶようになった。
 さえは、桔梗から薬草について色々と教わっているようで、身近にある薬草や、食べられる野草を教えてくれた。

 昼はさえと一緒に桔梗から文字を教わり、白銀が作った夕飯を白銀と桔梗の家で四人で談笑を交えながら食べ、夜は玄と布団を並べ寝る。
 なんて事はない日々。
 でも、菖蒲にとっては初めて過ごす穏やかな日々がゆっくりと過ぎていった。

 そんな生活の中で気がついたことがあった。
 
 夕飯時に迎えに来た桔梗と玄と、三人で桔梗の家に向かっている途中だった。
 桔梗が何かにつまづいて転びそうになるのを、玄が抱きとめた。
 謝る桔梗に、「君は何も無いところでも転ぶんだね」と呆れたように言う玄だったが、そんな台詞とは裏腹な優しい声色と、彼女を見るその表情で分かってしまった。

 ──玄は桔梗が好きだ。

 既に夫婦として暮らしている白銀の前で決してそれを見せないのは、彼に悟られない為だろう。普段は桔梗への想いを、玄は心の奥底に沈めているのだ。
 だが、白銀が居ない時だけ不意に溢れ、表情に出てしまう事を玄自身は気づいているんだろうか。

 仲睦まじい二人を、いつも玄はどんな想いで見ているのだろう。

 菖蒲はそんな事を考えると、嫉妬心よりはむしろ、何だか悲しく切ない気持ちになってしまうのだった。



 ※



 色づいていた山の木々も葉を落とし、里に木枯らしが吹き始めた。
 
 雪が降るまえに保存できる樹の実を採りに行こうと、菖蒲は桔梗に誘われ白銀と三人で白狼山はくろうざんへ向かった。

「お、この辺たくさん落ちてるぞ」

 足元に落ちている胡桃くるみの実を拾いながら白銀は背中の籠にひょいひょいと投げ入れていく。
 菖蒲もそれに習い胡桃を拾った。

「ここの里の暮らしにも、すっかり馴染んだな」

 桔梗が、一生懸命に足元の胡桃を拾う菖蒲に頬を緩めた。

「ああ、最近は玄の父親姿も様になって来たよな。……なあ、前から訊きたかったんだけどさ」

 白銀は、菖蒲が両手いっぱいに拾った胡桃を籠に入れやすいようにしゃがみながら、肩越しに菖蒲を見る。

「もし、本当の両親が現れたら……お前どうする?」

「どうもしない」

 白銀に尋ねられた菖蒲は、それに即答した。

「私を捨てたのは親のほうだし、ここで玄や桔梗達と一緒に暮らせて、今すごく幸せなんだ。できれば、ずっとここで暮らしたい」

 菖蒲は足元の胡桃を拾う為、その場にしゃがみながらぽつりと呟く。

「……迷惑じゃなければ」

「菖蒲……」

 その時、ふわりといい匂いがしたと思うと同時にぎゅっと抱きしめられた。

「迷惑なもんか。私も玄も白銀も、お前がこの里に来てくれたことが嬉しいんだ」

 耳元で、桔梗の優しい声がした。
 すると、白銀の大きな手が菖蒲の頭の上にそっと乗せられた。

「変な事訊いて悪かった。ずっと一緒にいよう。お前がここで幸せに暮らせるよう、俺たちが守ってやるから」

 布越しに伝わる桔梗の肌の温もりと、頭を不器用に撫でる白銀の手の重さを感じながら、菖蒲は目頭が熱くなるのを感じて桔梗の胸元に顔を埋めた。
 
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