5 / 6
軍人さんと魔法使いは活躍する
しおりを挟む
「ただいま、シャロン」
「お帰りなさい、ダンバート!怪我してない?」
「大丈夫だよ、俺がどれだけ強いのか知ってるでしょ?」
「で、でも…」
「はぁ…」
「あれ、どうしたの。氷の女帝の異名が泣くよ」
ジェーンは組織への潜入を開始してからここ数日間、部屋へ戻るとソファーに崩れ落ちていた。
”シャロン”はジェーンと正反対の性格をしているのだ。そんな役を毎日演じるのは辛い。
「黙れ。慣れないことをしているから疲れているだけだ。その異名はどうでもいい」
「そうだね、俺も表情豊かなジェーンが好きだよ。特に笑った顔」
「知ったことか」
ジェーンは奇妙な感覚を感じていた。これまでダンバートは軽薄最低最悪ペテン師で無作法軽薄魔法使いという認識だった。
もちろんその認識は変えるつもりはない。しかし、ダンバートがふとした拍子に紳士に見える瞬間があるのだ。
ジェーンにとっては、それが奇妙な感覚だった。
「ジェーン、どう?」
「こちらが合図をすればいつでも対応が可能な手はずになっている」
ダンバートとジェーンは別行動をとっていた。
ダンバートが情報を集め、ジェーンが軍と鎮圧方法を練るという具合だ。ダンバートが”恋愛馬鹿の魔法使い”を演じていることは、その効果が発揮されていた。思惑通り、クーデターに興味をない振る舞いをしていたため、相手側がこちらを警戒することなく多くの情報の近くに行くことが出来ている。
「君なら失敗はないだろうけど、何かあったら俺を呼ぶんだよ」
「…誰が呼ぶものか。そのような失態はしない」
ジェーンは眉を寄せた。こいつに心配されることは始めての経験だ。
「可愛くないねぇ。でも、ジェーンちゃんも女の子なんだよ?」
「軽薄な口を閉じろ。私はこの国に仕える軍人だ。性別は関係ない」
「俺の言いたいことは…そうじゃないんだけどね」
そう言ってダンバートが肩をすくめたことにジェーンは気づかなかった。
騒がしい廃墟の夜。
だが今夜は静かだった。
なぜなら今夜は、クーデター蜂起の日。
皆が蜂起し、この廃墟に残るのはシャロンのみ。…のはずだった。
「今日だ…」
まさに今クーデターを蜂起しようとしていた彼らに、思いがけないことがおきた。
大きな破裂音や破壊音と共に、大勢の武装した軍人が乗り込んで来たのだ。
その軍勢を率いてきた先頭の人物は声高らか…ではないが、緊張感の感じられない良く通る声で宣言した。
「――国王専属魔術師ダンバートの名によって、ここにいる皆さんを国家反逆罪で捕縛しまーす」
「お、お前!ダンバート!!裏切ったのか!」
リーダーの切羽詰った声が響く。威厳も何もない。他の仲間たちも同様に目を見開いていた。
「裏切った?違うよ。俺は最初っから”こっち”の人。聞いたことない?」
ダンバートは普段の浮浪者のような姿ではなく、宮廷の役人が身を包む刺繍の美しい制服を着込んでいた。
そのせいか、元々の魅力が洗練されたように感じられた。
「な、何!?」
「あれ、知らなかった?だから俺を仲間に誘ったのか」
ダンバートがそう、一人で納得しているとリーダーは蒼白な顔で周囲を見回した。四方八方囲まれている。逃げ場がない。
リーダーは仲間の中へ行くと、一人の女性を引きずり出した。その首筋には短刀が当てられている。背水の陣とはまさにこのことだろう。
「こいつはいいんだな!?」
「きゃっ」
その女性は”シャロン”を演じているジェーンだった。
ジェーンの顔を見た瞬間、多くの屈強な軍人たちにかすかな緊張が走った。皆、ジェーンの部下なのだ。
ダンバートは無様に足掻くリーダーに嫌そうな視線を向けた後、ジェーンに笑いかけた。
「いつまで猫かぶってるつもり?――ジェーン・シェフィールド少将閣下」
「……黙れ」
その声は怒りに満ちた声だった。
ジェーンは予定外の行動をしたダンバートにも、自分を雑に扱ったリーダーにも苛立っていた。…こいつら。
ジェーンは目にも止まらないほどの俊敏な動きで、リーダーの短刀を持つ手を捻り上げると、石の床へ向けて投げ飛ばした。
「――私に指図するな。ダンバートごときが」
「ひゅう。かっこいい」
「――この者たちを全員残らず捕縛しろ。逃がすなよ」
ジェーンは茶化すダンバートの言葉を無視し、部下に命令を下した。
「お帰りなさい、ダンバート!怪我してない?」
「大丈夫だよ、俺がどれだけ強いのか知ってるでしょ?」
「で、でも…」
「はぁ…」
「あれ、どうしたの。氷の女帝の異名が泣くよ」
ジェーンは組織への潜入を開始してからここ数日間、部屋へ戻るとソファーに崩れ落ちていた。
”シャロン”はジェーンと正反対の性格をしているのだ。そんな役を毎日演じるのは辛い。
「黙れ。慣れないことをしているから疲れているだけだ。その異名はどうでもいい」
「そうだね、俺も表情豊かなジェーンが好きだよ。特に笑った顔」
「知ったことか」
ジェーンは奇妙な感覚を感じていた。これまでダンバートは軽薄最低最悪ペテン師で無作法軽薄魔法使いという認識だった。
もちろんその認識は変えるつもりはない。しかし、ダンバートがふとした拍子に紳士に見える瞬間があるのだ。
ジェーンにとっては、それが奇妙な感覚だった。
「ジェーン、どう?」
「こちらが合図をすればいつでも対応が可能な手はずになっている」
ダンバートとジェーンは別行動をとっていた。
ダンバートが情報を集め、ジェーンが軍と鎮圧方法を練るという具合だ。ダンバートが”恋愛馬鹿の魔法使い”を演じていることは、その効果が発揮されていた。思惑通り、クーデターに興味をない振る舞いをしていたため、相手側がこちらを警戒することなく多くの情報の近くに行くことが出来ている。
「君なら失敗はないだろうけど、何かあったら俺を呼ぶんだよ」
「…誰が呼ぶものか。そのような失態はしない」
ジェーンは眉を寄せた。こいつに心配されることは始めての経験だ。
「可愛くないねぇ。でも、ジェーンちゃんも女の子なんだよ?」
「軽薄な口を閉じろ。私はこの国に仕える軍人だ。性別は関係ない」
「俺の言いたいことは…そうじゃないんだけどね」
そう言ってダンバートが肩をすくめたことにジェーンは気づかなかった。
騒がしい廃墟の夜。
だが今夜は静かだった。
なぜなら今夜は、クーデター蜂起の日。
皆が蜂起し、この廃墟に残るのはシャロンのみ。…のはずだった。
「今日だ…」
まさに今クーデターを蜂起しようとしていた彼らに、思いがけないことがおきた。
大きな破裂音や破壊音と共に、大勢の武装した軍人が乗り込んで来たのだ。
その軍勢を率いてきた先頭の人物は声高らか…ではないが、緊張感の感じられない良く通る声で宣言した。
「――国王専属魔術師ダンバートの名によって、ここにいる皆さんを国家反逆罪で捕縛しまーす」
「お、お前!ダンバート!!裏切ったのか!」
リーダーの切羽詰った声が響く。威厳も何もない。他の仲間たちも同様に目を見開いていた。
「裏切った?違うよ。俺は最初っから”こっち”の人。聞いたことない?」
ダンバートは普段の浮浪者のような姿ではなく、宮廷の役人が身を包む刺繍の美しい制服を着込んでいた。
そのせいか、元々の魅力が洗練されたように感じられた。
「な、何!?」
「あれ、知らなかった?だから俺を仲間に誘ったのか」
ダンバートがそう、一人で納得しているとリーダーは蒼白な顔で周囲を見回した。四方八方囲まれている。逃げ場がない。
リーダーは仲間の中へ行くと、一人の女性を引きずり出した。その首筋には短刀が当てられている。背水の陣とはまさにこのことだろう。
「こいつはいいんだな!?」
「きゃっ」
その女性は”シャロン”を演じているジェーンだった。
ジェーンの顔を見た瞬間、多くの屈強な軍人たちにかすかな緊張が走った。皆、ジェーンの部下なのだ。
ダンバートは無様に足掻くリーダーに嫌そうな視線を向けた後、ジェーンに笑いかけた。
「いつまで猫かぶってるつもり?――ジェーン・シェフィールド少将閣下」
「……黙れ」
その声は怒りに満ちた声だった。
ジェーンは予定外の行動をしたダンバートにも、自分を雑に扱ったリーダーにも苛立っていた。…こいつら。
ジェーンは目にも止まらないほどの俊敏な動きで、リーダーの短刀を持つ手を捻り上げると、石の床へ向けて投げ飛ばした。
「――私に指図するな。ダンバートごときが」
「ひゅう。かっこいい」
「――この者たちを全員残らず捕縛しろ。逃がすなよ」
ジェーンは茶化すダンバートの言葉を無視し、部下に命令を下した。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる