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君は俺にとって幻の魔石だ
オリヴィエの生きる目的
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「君はライドール家が好きなんだな」
ふとした拍子に、エドモンドがしみじみと呟いた。
オリヴィエと大なり小なりの付き合いがある者ならほぼ全員が気づくほどに、オリヴィエの言葉や行動の端々に養家であるライドール家のためを思っているのが、見てとれる。それこそ、他の者が入り込む隙間がないほどに。
「はい。どこの馬の骨か分からない人間を師匠が弟子として受け入れてくれたから、今の私があります。親族皆に尊敬と親愛を抱いています」
「…オリヴィエはライドール家に来る前は何をしていたんだ?あ、いや、答えにくいことならいい」
義兄のことで少し前に立ち入りすぎた経験があるエドモンドは、珍しく気を使いながら慎重に尋ねた。以前から気になっていたのだ。
「いえ、答えにくいことではないですけど…。故郷から遠く離れたこのダートル王国に来たとき、最初は言葉も分からなくて。幸運にも雇ってもらえた食堂の住み込みで働きながら必死に言葉を覚えました」
「そうか」
「とは言っても、そんなに長い間ではなかったんですけどね。お金をある程度貯めてから、首都にあるライドール邸に弟子入りさせてほしいと文字通り、突撃しに行ったんです」
「ああ、弟子入りしたんだろう?この前、ライドールから詳しくその時の状況を聞いたが、君の行動力は凄いな」
「あれを聞いたんですね。…仕方ないじゃないですか、必死だったんです!もうそこまで知られてるならいっそ白状しますよ。そもそも私は政治家になりたくて、師匠に弟子入りしたんです。民の間でも師匠は政治家として有名でしたし、政治家になるならニック・マルティーバ・ライドールだと、と藁にも縋る想いで」
「政治家?それは意外だったな。だが、魔省験を受けて魔術師になったんだろう?」
「ええ。これには訳があってですね、師匠が脅して…いや、魔省験を受けるように勧めてきたんです。納得はいかなかったんですけど、滅多に口を出さない師匠が勧めるなら、と受験したんですよ」
あれは勧めるというよりも脅しだ。
騙されて勢いで返事をしてしまったオリヴィエが悪いのだが、ほぼ騙し討ちだった。
「ライドールも魔術省の魔術師だったからな」
「らしいですね。魔術省に入るまでそのことを知りませんでした。本当に…あの人は何も語ってくれない」
「あの男らしいな」
ニック・マルティーバ・ライドール。
前国王の右腕でありかつての魔術省の元帥。
そして厳重な警備がされている国王の執務室に悟られることなく入り込むことができる人物。
げに恐ろしや。
オリヴィエは魔省験で首席を取るほどの頭の良さだったが、平均的な魔術師の魔力保有量に比べたら少ない。それでもどうしても魔術師になりたいがために魔術師になったんだと思っていたが…そういうことか。何の思惑があるのやら。
エドモンドは一瞬で思考し、苦笑いをした。ライドールは敵に回したくない人物であることは確かだった。
「私はここに来たとき…何も生きる目的がなかったのが悲しかった。存在意義がないとさえ思った。だからこそ目的に向かってがむしゃらにここまで来れたんです。あとは、恩に報いりたい。――それだけです」
「それだけか?」
「え?」
何を言われてるのか分からず、オリヴィエは横にいるエドモンドを見上げた。
「オリヴィエとしての生きる目的はないのか」
「…私の目的?」
「ああ。俺には想像がつかない苦労を君はしてきたんだろう。恩に報いりたい気持ちも分からないことはない。だが、――オリヴィエはオリヴィエ以外の何者でもない。その人生は君のものだ。目的を作れ。人生を捨てては駄目だろう?」
エドモンドはオリヴィエの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「捨ててなんかいません」
「いや、オリヴィエのその考え方では捨ててることと同じだ。誰もそんなことをしてほしくはない。ライドールも君の兄も、俺も」
「………分かったようなことを言いますね」
オリヴィエは全てを分かっているかのように言う、エドモンドが気に入らなかった。不快を表すように眉が寄る。
自分の考えが否定されたようでもあり。
何となく、それが真実であるような気がして。
「俺は俺の思ったことを言ったまでだ。それを君がどう思うかは知らない」
オリヴィエはさぞ不機嫌な顔しているはずだが、対するエドモンドは笑みを浮かべていた。
それも気に入らない。オリヴィエは自分がさらに不機嫌になるのが分かった。一矢報いってやりたい。
「――あなたが王様で良かったって、素直に思います」
「…俺は“蒼の君”だ」
「ふふ。そうでした」
狙い通りエドモンドはすぐさま眉を寄せ、ぶっきらぼうに言い返してきた。オリヴィエは不愉快な気持ちから、ほんの少しだけ満足することができた。
ふとした拍子に、エドモンドがしみじみと呟いた。
オリヴィエと大なり小なりの付き合いがある者ならほぼ全員が気づくほどに、オリヴィエの言葉や行動の端々に養家であるライドール家のためを思っているのが、見てとれる。それこそ、他の者が入り込む隙間がないほどに。
「はい。どこの馬の骨か分からない人間を師匠が弟子として受け入れてくれたから、今の私があります。親族皆に尊敬と親愛を抱いています」
「…オリヴィエはライドール家に来る前は何をしていたんだ?あ、いや、答えにくいことならいい」
義兄のことで少し前に立ち入りすぎた経験があるエドモンドは、珍しく気を使いながら慎重に尋ねた。以前から気になっていたのだ。
「いえ、答えにくいことではないですけど…。故郷から遠く離れたこのダートル王国に来たとき、最初は言葉も分からなくて。幸運にも雇ってもらえた食堂の住み込みで働きながら必死に言葉を覚えました」
「そうか」
「とは言っても、そんなに長い間ではなかったんですけどね。お金をある程度貯めてから、首都にあるライドール邸に弟子入りさせてほしいと文字通り、突撃しに行ったんです」
「ああ、弟子入りしたんだろう?この前、ライドールから詳しくその時の状況を聞いたが、君の行動力は凄いな」
「あれを聞いたんですね。…仕方ないじゃないですか、必死だったんです!もうそこまで知られてるならいっそ白状しますよ。そもそも私は政治家になりたくて、師匠に弟子入りしたんです。民の間でも師匠は政治家として有名でしたし、政治家になるならニック・マルティーバ・ライドールだと、と藁にも縋る想いで」
「政治家?それは意外だったな。だが、魔省験を受けて魔術師になったんだろう?」
「ええ。これには訳があってですね、師匠が脅して…いや、魔省験を受けるように勧めてきたんです。納得はいかなかったんですけど、滅多に口を出さない師匠が勧めるなら、と受験したんですよ」
あれは勧めるというよりも脅しだ。
騙されて勢いで返事をしてしまったオリヴィエが悪いのだが、ほぼ騙し討ちだった。
「ライドールも魔術省の魔術師だったからな」
「らしいですね。魔術省に入るまでそのことを知りませんでした。本当に…あの人は何も語ってくれない」
「あの男らしいな」
ニック・マルティーバ・ライドール。
前国王の右腕でありかつての魔術省の元帥。
そして厳重な警備がされている国王の執務室に悟られることなく入り込むことができる人物。
げに恐ろしや。
オリヴィエは魔省験で首席を取るほどの頭の良さだったが、平均的な魔術師の魔力保有量に比べたら少ない。それでもどうしても魔術師になりたいがために魔術師になったんだと思っていたが…そういうことか。何の思惑があるのやら。
エドモンドは一瞬で思考し、苦笑いをした。ライドールは敵に回したくない人物であることは確かだった。
「私はここに来たとき…何も生きる目的がなかったのが悲しかった。存在意義がないとさえ思った。だからこそ目的に向かってがむしゃらにここまで来れたんです。あとは、恩に報いりたい。――それだけです」
「それだけか?」
「え?」
何を言われてるのか分からず、オリヴィエは横にいるエドモンドを見上げた。
「オリヴィエとしての生きる目的はないのか」
「…私の目的?」
「ああ。俺には想像がつかない苦労を君はしてきたんだろう。恩に報いりたい気持ちも分からないことはない。だが、――オリヴィエはオリヴィエ以外の何者でもない。その人生は君のものだ。目的を作れ。人生を捨てては駄目だろう?」
エドモンドはオリヴィエの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「捨ててなんかいません」
「いや、オリヴィエのその考え方では捨ててることと同じだ。誰もそんなことをしてほしくはない。ライドールも君の兄も、俺も」
「………分かったようなことを言いますね」
オリヴィエは全てを分かっているかのように言う、エドモンドが気に入らなかった。不快を表すように眉が寄る。
自分の考えが否定されたようでもあり。
何となく、それが真実であるような気がして。
「俺は俺の思ったことを言ったまでだ。それを君がどう思うかは知らない」
オリヴィエはさぞ不機嫌な顔しているはずだが、対するエドモンドは笑みを浮かべていた。
それも気に入らない。オリヴィエは自分がさらに不機嫌になるのが分かった。一矢報いってやりたい。
「――あなたが王様で良かったって、素直に思います」
「…俺は“蒼の君”だ」
「ふふ。そうでした」
狙い通りエドモンドはすぐさま眉を寄せ、ぶっきらぼうに言い返してきた。オリヴィエは不愉快な気持ちから、ほんの少しだけ満足することができた。
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