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幻の魔石は君だ
師匠に嵌められた
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「君の暴走を止められるのは俺ぐらいだろ?」
そう言って、男は颯爽と現れると金髪と紺のマントを揺らめかしながら敵を薙ぎ倒す。
「あなたに止めていただかなくても結構!暴走なぞしていない!」
その姿を認めると、魔術師の軍服に身を包む男装の麗人は黒い獣を使役し、自らも剣を振るい周囲を圧倒する。
──これが後の世に伝えられる一場面となった。
「父様、いやライドール師匠。なぜ、政治家志望の私が魔術省の入省試験を受けねばならないのでしょうか?」
意を決して、不満だらけだったオリヴィエは口を開いた。
魔術省に入省するには国家試験をパスする必要がある。それはまさに官吏登用試験であった。女だてらに「政治家になりたい」と言って養父の元に道場破り(弟子入り)を敢行した身にしてみれば、そんなものは簡単にパスしなければいけないことぐらい百も承知なのだが…いかんせん、めんどくさくてたまらないのである。
「受けろと言っているだろう。このバカ弟子が」
オリヴィエにとって、ライドールは師であり養父でもある。
この世界について何も知らなかったオリヴィエに知識を与えてくれた。その上、身寄りがないことがきっと後々不便になるだろうと由緒正しい名門ライドール家の序列に加えてもくれたのだ。そんな尊敬と愛情を抱いている相手だが、ライドールはいかんせん言葉数が少ない。そこが難点だった。
養子に迎えてもらったときも言葉数が少ないの比ではなく、突如「お前、ライドールを名乗る気はないか」という切り出しだった。しかもその時には既にライドールの妻ミレイアとその長男ハーデスには話が通っていた。そこまでお膳立てされて断るオリヴィエではない。そもそも断るつもりは毛頭なかったのだが。
現在のオリヴィエの正式名はオリヴィエ・エストランディ・ライドール。ミドルネームになるエストランディはオリヴィエの元々の名字だ。そしてライドール家の養子になったため、ファミリーネームとしてライドールが最後にくる。
そんなオリヴィエにとって目下の懸念事項は尊敬する師である養父に眼前で睨みつけられていることである。
養父ことニック・マルティーバ・ライドールは、はっきり言って極悪人面をしている。まず、こちらの人間の平均身長であるオリヴィエより遥かに高身長で体格もいい。だが、無表情である上に鋭い目つきの緑の瞳は常に他人を睨みつけているかのように怖く、口は真一文字に結ばれている。しまいには短いが黒の髭を蓄えており、左頬全体に長く鋭利な刃物で傷つけられたような古傷があるのだ。
この歩く凶器のような人間に真正面に立たれ見下されるのだ。怖いことこの上ない。
オリヴィエはそろそろと口を開いた。怖い。
「あの、無言で威圧するのはやめて下さい。師匠が仰ってることも分かりますよ?私は魔力の質が違うと師匠は仰ってましたし?官吏登用試験よりも通る可能性が遥かに高いことぐらい…」
「分かってるなら受けろ、バカ弟子」
「で…ですよね。でも、師匠がそれほどまでに勧める、その理由は何ですか?私のような無知な者にはさっぱり分かりません。魔術省に入省しても政治に関わることが…」
「お前、めんどくさいだけだろう」
「いえっ、そんなことは!」
「お前の尋常じゃないめんどくさがりはこの世界の誰よりも理解しているつもりだ」
「誰よりも…!師匠!」
「だから受けろ、オリヴィエ」
「はい!……えっ」
オリヴィエは見事に嵌められた。
そして、オリヴィエは魔術師になった。
そう言って、男は颯爽と現れると金髪と紺のマントを揺らめかしながら敵を薙ぎ倒す。
「あなたに止めていただかなくても結構!暴走なぞしていない!」
その姿を認めると、魔術師の軍服に身を包む男装の麗人は黒い獣を使役し、自らも剣を振るい周囲を圧倒する。
──これが後の世に伝えられる一場面となった。
「父様、いやライドール師匠。なぜ、政治家志望の私が魔術省の入省試験を受けねばならないのでしょうか?」
意を決して、不満だらけだったオリヴィエは口を開いた。
魔術省に入省するには国家試験をパスする必要がある。それはまさに官吏登用試験であった。女だてらに「政治家になりたい」と言って養父の元に道場破り(弟子入り)を敢行した身にしてみれば、そんなものは簡単にパスしなければいけないことぐらい百も承知なのだが…いかんせん、めんどくさくてたまらないのである。
「受けろと言っているだろう。このバカ弟子が」
オリヴィエにとって、ライドールは師であり養父でもある。
この世界について何も知らなかったオリヴィエに知識を与えてくれた。その上、身寄りがないことがきっと後々不便になるだろうと由緒正しい名門ライドール家の序列に加えてもくれたのだ。そんな尊敬と愛情を抱いている相手だが、ライドールはいかんせん言葉数が少ない。そこが難点だった。
養子に迎えてもらったときも言葉数が少ないの比ではなく、突如「お前、ライドールを名乗る気はないか」という切り出しだった。しかもその時には既にライドールの妻ミレイアとその長男ハーデスには話が通っていた。そこまでお膳立てされて断るオリヴィエではない。そもそも断るつもりは毛頭なかったのだが。
現在のオリヴィエの正式名はオリヴィエ・エストランディ・ライドール。ミドルネームになるエストランディはオリヴィエの元々の名字だ。そしてライドール家の養子になったため、ファミリーネームとしてライドールが最後にくる。
そんなオリヴィエにとって目下の懸念事項は尊敬する師である養父に眼前で睨みつけられていることである。
養父ことニック・マルティーバ・ライドールは、はっきり言って極悪人面をしている。まず、こちらの人間の平均身長であるオリヴィエより遥かに高身長で体格もいい。だが、無表情である上に鋭い目つきの緑の瞳は常に他人を睨みつけているかのように怖く、口は真一文字に結ばれている。しまいには短いが黒の髭を蓄えており、左頬全体に長く鋭利な刃物で傷つけられたような古傷があるのだ。
この歩く凶器のような人間に真正面に立たれ見下されるのだ。怖いことこの上ない。
オリヴィエはそろそろと口を開いた。怖い。
「あの、無言で威圧するのはやめて下さい。師匠が仰ってることも分かりますよ?私は魔力の質が違うと師匠は仰ってましたし?官吏登用試験よりも通る可能性が遥かに高いことぐらい…」
「分かってるなら受けろ、バカ弟子」
「で…ですよね。でも、師匠がそれほどまでに勧める、その理由は何ですか?私のような無知な者にはさっぱり分かりません。魔術省に入省しても政治に関わることが…」
「お前、めんどくさいだけだろう」
「いえっ、そんなことは!」
「お前の尋常じゃないめんどくさがりはこの世界の誰よりも理解しているつもりだ」
「誰よりも…!師匠!」
「だから受けろ、オリヴィエ」
「はい!……えっ」
オリヴィエは見事に嵌められた。
そして、オリヴィエは魔術師になった。
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