上 下
27 / 40

我慢の限界

しおりを挟む
「王子から届け物だ」
「王子から?」

 あの日、王子がお忍びで来てからひと月はたっただろうか。
 ジャックが不機嫌な顔で、小包みを持って現れた。
 綺麗な布の包装を解くと、中から現れたのは、ふわふわの白いローブで、よく見ると銀糸で胸元に丸い輪のような刺繍が施されている。

「これは?」
「お前が好きなクッキーだそうだ」
「クッキー?」

 に見えなくもないが、それ以前にこのローブは何なのだろうか。

「もうすぐ聖学校の新入生選別会だ。選別会では、毎年聖人が着てたとされる白いローブで参加するのが昔からの習慣になってるから、その時に着て欲しいってことだろうな」
「選別会っ!? ってなんだっちゃ?」

 今までそんな話聞いたこともない。そもそも聖学校の話自体ジャックの口からは殆ど教えてもらった事がないのだ。
 とにかく癒しの力を持つ人間たちが通う学校。という大雑把な知識しかルディは持っていなかった。

「そのままだ。新入生の癒しの力の量を測って選別する。力の強さによってクラスが決まるんだ」
「クラス……力が弱いとどうなるっちゃ?」
 
 ルディの力はお世辞にも強いとは言えない。

「どうもしない。そもそも癒しの力を持つ人間自体が少ないからクラスも二つしかない。エリートクラスと普通クラス。エリートクラスは将来的に大司教や枢機卿になって、聖協会の中枢を担う人間になっていく」
「じゃ、じゃあ普通クラスだと、ジャックの役に立たないっちゃ?」
「そんな事ない。言っただろう。癒しの力を持つ人間自体が少ないんだ。家族に癒しの力を持つ者がいる貴族は、誉れであり影響力に関わってくる。お前はそこにいるだけでいいんだよ」

 ルディの頭をくしゃっと撫でながらジャックが言った。
 なんだかこうやって触れてくれるのは久しぶりな気がする。
 最近のジャックは何かと忙しそうで、ルディの授業も休みがちだ。
 もしかして避けられているのかも、と若干悲しくなっていたが今日はそういった様子はなくてホッとした。
 少し目元にクマもできているようなので、恐らく本当に忙しかったのだろう。

「とにかく選別会は王子も見学に来るそうだから、そのローブは着ていった方がいいだろうな」

 ため息混じりにそう言われ、ルディは仕方なく頷いた。なんだか王子にじわじわと自分の居場所を侵略されていくような感覚に、憂鬱になる。
 それに、やはりジャックはなんとも思ってないようだ。嫉妬なんてしてくれるわけないのに。まだ諦めきれない自分に嫌気がさす。

(もう、欲張るのはやめるっちゃ)

 自分が何故ここにいるのか。
 それは、ジャックの側にいるためであって、愛される為では無かったはずだ。
 ルディは気を取り直すと、あえて明るい口調で問いかけた。

「王子も選別会に来るってことは、ジャックも来るっちゃ?」
「いや、基本的に身内の人間の参加は認められていないんだ」
「そうなんだっちゃね……」

 ガックリと肩を落とすと、ジャックが慌てて言った。

「だが、隠れて一緒にいるから安心しろ」
「隠れて?」
「透明化魔法を使って身を潜めておく。何かあったら必ず助ける」
「透明化魔法!?なんだか難しそうだっちゃ。凄いっちゃね」
「まあ、確かに実用で使える人間は俺以外に見たことがない」
「えーっ」

 それってもの凄い難しい魔法なのでは?
 そんな魔法を使って、ジャック自身に悪影響はないんだろうか。
 疑わしそうな視線を感じたのか、ジャックは笑って言った。

「安心しろ。つい最近も使ったけど、何も問題無かった」
「つい最近?」
「ああ、この間王子が来た時……いや、なんでもない」

  ジャックが咳払いして、その話はそこで終わった。

 それから何日か経った朝。
 突然ローブを着るようにと従僕に言われ袖を通した。

「まぁ、似合ってはいる」
 
 ジャックは苦いものを噛み潰したような顔で、そう言うとなんでもない事のように言った。

「じゃあ、リカが馬車で迎えに来るから、それに乗って選別会に行くぞ」
「えっ!? せ、選別会って、今日だっちゃ!?」
「そうだが。言ってなかったか? まぁ、いい。とりあえず行くぞ」

 ジャックは疲れた顔でそう言うと、こちらを振り返る様子もなく玄関ホールに向かった。
 ジャックが、忙しそうなのは分かってる。
 自分は、ジャックの為に、ここにいる。
 そう決めた。
 そう決めた筈だが。

 (でも、ムカつくものはムカつくんだっちゃ!)

「ジャックは勝手だっちゃ!」
「え?」
「ジャックなんてもう知らないっちゃ!」

 ルディは呆けた顔のジャックを置いて、一人外に飛び出した。
 玄関では、白いローブ姿のリカが馬車から降りて待っている。

「あ、ルディ、おはよう。ジャックは……」
「知らないっちゃ! 行こ!」

 怒りに任せてリカを馬車に引き摺り込む。
 勿論馬車はなかなか出発しない。御者も困っているのだろう。
 無言で宙を睨むルディにリカも困っているようだった。
 暫くして馬車がやっと出発した。
 誰かがなにか指示をしたのかもしれないが、ルディは考える気にもならない。

「どうしたのルディ。珍しく怒っているね」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

18禁BLゲーム『WORLD NOVA』の世界で頂点を目指す!

かずら
BL
自分が成人向けBLゲーム『WORLD NOVA』の世界、それも主人公のエルシュカ・アーレイドとして転生してしまった事に気が付いた加賀見 貴一。そこは『共鳴力』と呼ばれる、男性同士の性的接触によって生み出される特殊な力を必要とする世界だった。この世界では男性同士でユニットを組み、WORLD NOVAと呼ばれる大会で共鳴力や国民からの人気を競い、優勝すればそのユニットには絶対的な地位と富が与えられる。そんなWORLD NOVAにエントリーしてしまったその直後に記憶を思い出した貴一は、今更辞める事も出来ずに大会優勝に向けて突き進んでいく。―――総受け主人公、エルシュカとして。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【R18】青斗くんは総受けです

もんしろ
BL
BLゲームの悪役をしている中野青斗。 毎日主人公をいじめ 青斗は悪役としての責務を全うしているが 最近攻略対象と主人公の様子がどこかおかしい…?

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...