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宣告

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 手紙を書こう。
 でも、従僕に渡しても届かないかもしれない。自分で、届けに行くしかない。
 ジャックとルディの部屋は遠く離れている。廊下を歩けば使用人にバレてしまうので、庭から忍びこむしかない。
 見つかればまた鞭打ちされることは間違いないが、どうせ鞭打ちされるなら、いっぺんに済ませてしまえばいいくらいの気持ちで早速手紙を書いた。
 
『信頼なるジャック様へ
 オレはジャック様を裏切ることは決してありません。ジャック様の為に生きています』

 手が震えるので、ミミズみたいな字で簡単な文章しか書けなかったが思いは込めた。
 痛む身体を引き摺るように、早速窓から部屋を抜け出す。猫みたいね、とよくニキに言われたのは顔が似ていただけではない。ルディが年中、木の上や屋根の上に登って羊を数えていたからだ。自分でもかなり身軽な方だと自覚がある。だが、今はいかんせん鞭で打たれて手が思うように動かないので不安が残った。
 バルコニーから小柄な身体を器用に潜らせ庭に降りる。ジャックの部屋は南側の二階。公爵様の部屋のちょうど下の階のはずだ。見つからないように慎重に進まなくてはいけない。
 ちょうどいい感じの蔦や、木なんて都合のいいものはなかったので、レンガに手の爪とつま先を食い込ませて上りジャックの部屋を目指した。

(なんだか本当に泥棒になってしまった気分だっちゃ)

 今度こそ執事に見つかればこの屋敷を追い出されてしまうかもしれない。
 でも、ジャックの誤解さえ解ければ、ジャック以外の人間にはなんと思われても構わなかった。
 とにかく今は、この手紙をジャックに届けたい。
 だが、いくらルディが木登り名人とは言え、鞭で打たれた両手で泥棒まがいの行為をするのは、やはり無理があった。

(手の感覚がなくなったっちゃ)

 手が勝手にガクガクと震えて、今にも落ちそうになる。やばい、と思ったときには遅かった。左足を踏み外しそうになり「ちゃっ!」と思わず声をあげてしまった。

「そこに誰かいるのか⁉︎」

 なんとか落ちないように踏みとどまったものの、ジャックの部屋の窓が開き鋭い声が上がる。顔をのぞかせたジャックが下を覗き込み、驚愕した。

「お、お前⁉︎ なんで⁉︎」
「ジャック様っ! あ、あの、オレ手紙を渡したくてっ」

 ジャックは顔を歪めて物凄く嫌そうに舌打ちをした。

「とにかく、こっちへ来い」

 手を伸ばされ、腕を引っ張られた。細身に見えたが力強いその腕は、簡単にルディを持ち上げる。部屋に引っ張り込まれ、床に転がったルディをジャックは仁王立ちで睨みつけた。

「こんなとこで、何してんだ」

 低い声で問いただされ、ふと気付いた。

(ジャック様と、初めてのまともな会話なのでは⁉︎)

 頬を赤らめもじもじするルディに、ジャックが心底嫌そうな顔でもう一度尋ねた。

「おい、お前聞いてんのか」

 美しい顔に似合わず、ジャックは口が悪いらしい。素のジャックに触れ合えてルディはますます舞い上がっった。

「あ、は、はいっ。これ、この手紙をジャック様に。オレ、ジャック様のお役にたちたくて、ここに来たっちゃ、いや、来たんです」

 懐から出した手紙を手渡すと、ジャックは何か恐ろしいもののようにそれを摘み、目を細めて眺めた。思ったよりじっくりと、手紙に目を落とされ、ルディはドキドキと胸が高鳴る。

「俺の為に、生きる、か……」

 俯いたジャックの顔に、長い睫毛が影を落とす。
 無言のままそっと腕を掴まれる。そうされると、先程鞭で打たれた場所のミミズ腫れが目立って少し恥ずかしい。
 ジャックの視線がそこで止まると、まるで自分が打たれたように顔を歪め、奥の棚から小さな壷を取り出して中に入っていた軟膏を塗ってくれた。ひんやりしてとても気持ちいい。

「痛み止めの軟膏だ。聖教会が作ったものだからよく効く」

 確かに痛みは驚くほど早く引いてきた。ただ、軟膏のおかげだけじゃない。ジャックの手でそこを撫でられるのがひどく気持ちよかった。

(やっぱり、ジャック様は優しい人だっちゃ)

「なぜ地下なんかに行った」
「そのぉ、ジャック様が羽根ペンを地下で失くしたって侍女さんが言ってたから、探しに行ったっ……です」
「そんなの。母の罠に決まってるだろ。母はこの家からお前を追い出したくて仕方ないんだ」
「な、なんで……オレが田舎者だから?」

 ショックを受けていると、ジャックが呆れ顔で言った。

「違う。いや、それもあるかもしれないが。今までエリティス家の跡取りは俺一人だったが、お前が公爵を継ぐ可能性だってある。あの人はそれが耐えられないんだ」

 そんな事は絶対ないのに。ジャックの邪魔になるような事なんて、絶対するわけがないのに。どうしたら分かって貰えるんだろうと思っていると、ジャックが言葉を続けた。

「父だって。そもそもお前をこの家に呼んだのは利用価値があるからだ。癒やしの力を持つ者は貴重だ。お前が聖教会に入って、いずれそれなりの地位になればエリティス家の権力は更に堅固なものになる。それに……」

 ジャックは一瞬苦しそうに顔を歪める。

「俺も。俺だって、お前にされている事を全て黙認してきた。さっきだって、鞭で打たれているお前を助けもせずに……」

 先程、鞭で打たれているルディを冷めた瞳で見ていたジャック。でも、ルディにはいま目の前で苦しそうにしているジャックの方が、なんだか本当の顔をしているように見えた。
 思わず頭を撫でると、驚いた様子でジャックが顔を上げる。紫の瞳が蝋燭の光に照らされ揺らめいた。

「なぜ、この家から出ていかない……なぜ……」
「だって、ジャック様はここにいるから」

 当たり前のことだ。
 ジャックは虚をつかれたような顔をしたが、やがて意を決したようにルディの肩を掴んだ。

「お前は」

 綺麗な顔をこんなに近くで見るのは子供の頃以来だ。ここぞとばかりに睫毛の一本一本まで凝視していると、ジャックが低い声で言った。

「死ぬんだよ」
「え?」
「お前は俺の為に生きれない。死ぬんだよ。ここは『オルべウス・ジュエルラブ』ってゲームの中で、お前は悪役の俺を庇って死ぬ。俺が死んでもお前は死ぬ。俺は死ぬ気がないけど、とりあえずお前は死ぬ。このゲームはそういうふうになってる」

 紫の瞳が鈍く光る。ジャックが重々しくなにか言っているが、言っていることの半分も分からなかった。でも、これだけは分かる。
 とにかく自分は死ぬらしい。
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