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手紙
しおりを挟む次の日から、ルディの毎日は多忙を極めた。
語学、音楽、歴史の勉強。更に剣術、馬術のレッスン。貴族にとって必要な様々なことを叩き込まれた。
食事のときにまたジャックに会えると思っていたが、食堂に行ったのは初日だけ。次の日から食事は部屋で一人でとるように言われた。
殆どが、自室での授業。息抜きになるのは剣術と馬術のレッスンくらいだったが、剣術はてんで駄目だったし、乗馬は好きだったが先生からは優雅ではないと怒られてばかりだ。ルディには先生と自分の何が違うかよく分からない。
ジャックと話せないどころか、先生と従僕以外の人間ともほとんど会わない。会話も先生への受け答えだけ。それも、余計な質問をするとすぐに怒られ、授業が終わればさっさと帰ってしまう。
唯一食事を運んでくる従僕が、扉の外で「なんで俺がこんな田舎者の世話なんか」とブツブツ文句を言っていたのを聞いてしまった。
どうやらルディはこの屋敷の人間から嫌われているらしい。
ならばと、ルディはますます勉強に打ち込んだ。公爵はエリティス家の一員として自覚を持てと言っていた。この家にとって、役立つ人間になれば。きっと屋敷の人間もジャックも認めてくれるに違いない。
努力する一方で、ルディはジャックに手紙も書いた。
会えないのなら、手紙で思いを伝えたかった。思わず筆が進んで手紙は酷く厚くなってしまった。それを従僕に渡して、ジャックに読んでもらって欲しいと伝えた。
何日たっても返事がないので、ジャックの元に渡ってないのではと念のためもう一度手紙を書いた。それもまた返事がないので、再び書いた。
また返事がないな、と思いもう一度書こうとしたところで公爵夫人の侍女が部屋に来た。
「奥様からのご伝言です。ジャック様は次期公爵、はたまた王位継承権候補として非常に忙しい日々をお送りです。雑多なことで、ジャック様を煩わせないように」
「雑多なこと……って」
「ジャック様の役に立ちたいなど、半紙十枚も書き綴っていることです」
ルディは少なからずショックを受けた。ジャックへの手紙が、公爵夫人に読まれていたのだ。
「公爵夫人が、オレの手紙を読んだっちゃ……いや、読んだのですか?」
「なにか問題でも?」
「ちょっと、恥ずかしいですね」
ジャックへの熱い思いを書き綴ったのだ。その母に読まれるのは、なんだか照れてしまう。
もじもじと頭を掻くルディに、侍女は変な顔をしたが、ごほんと咳払いして気を取り直したように言った。
「……そうそう。ジャック様のお役に立ちたいなら、屋敷の地下にある貯蔵庫でジャック様が落とされた羽根ペンを探してはいかが?」
「えっ」
「大切にされていた羽根ペンだったそうですが、地下で無くされてしまったそうです」
侍女はそれだけ言うと、さっさと部屋から出ていってしまった。
手紙を読まれたのは少し恥ずかしかったが、ルディの気持ちを考えてアドバイスしてくれたことに感激した。
(これでジャック様の役に立てる!)
いてもたってもいられず、ルディはすぐに屋敷の地下室へと向かった。頑丈そうな扉には鍵穴がついていたが、試しに押すと簡単に開く。
暗くひんやりとした空間には、たくさんの樽が並んでいる。確かにこの空間で羽根ペンを落としたら、なかなか見つけだすのは難しそうだ。
ルディはよし、と気合いを入れてまずは一番手前の樽を覗いてみた。するとその時──。
「誰だっ⁉︎ そこにいるのは」
鋭い執事の声が闇を裂いた。
「あ、あの」
「いま酒を盗もうとしていたな。……っ!貴方は……っ」
執事はルディの顔を見ても、厳しい顔を崩さない。
「あ、あの。オレ、ジャック様の忘れ物をっ」
「こんな所にジャック様が忘れ物をするわけがないでしょう。盗みばかりか、人のせいになさるなど。すぐに旦那様にご報告させていただきます」
ルディはすぐに公爵の元に連れて行かれ、激昂した公爵はルディに両手を出させて鞭で打った。
「この田舎者めっ! 恥を知れっ!」
「で、でも、あの奥様が……っ」
公爵の後ろで寛いでいた夫人に助けを求めるように視線を送ったが、夫人はこちらを見向きもせずに紅茶を啜っている。奥にはジャックも座っていて、冷めた目で事の成り行きを見守っていた。
「今度は私の妻まで愚弄するかっ。その根性叩き直してくれるっ」
ミミズ腫れが出来るほど打たれ、血が出て、また同じところを打たれた。
どれほど打たれたのだろう。意識が遠のいたところで、部屋に誰もいなくなっていた。
従僕に引き擦られるように自室に押し込められる。
両手が燃え上がるように熱いのに、身体は凍るように冷たい。何をどうしても痛く、ルディはただ床に寝転がっていることしか出来ない。
痛みと悲しみの中、思い出すのはジャックの氷のような瞳──。
(ジャック様に、軽蔑されたかもしれないっちゃ)
他の人間に誤解されるのはまだ耐えられる。でも、ジャックに誤解されるのだけは耐えられなかった。
(そうだ、今度こそ。ちゃんと手紙を読んでもらおう)
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