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人魚王子は、したい!

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 強く抱きしめられ、首や頬にキスをされる。オレもオルクの香りをいっぱい感じたくて、鼻を擦り付けるように抱き返した。

「オルク、やっぱり生きてたんだね」

 名残惜しそうに顔を離して、オルクは怒ったように答えた。

「それはこっちの台詞だ。俺が目を覚ましたときは、辺り一面血の海で。お前の姿はどこを探してもなくて……。正直、もう駄目かと何度も思ったぞ」
「まあ、結構危なかったんだけど」

 オルクの両頬をそっと撫でる。そこは、涙でしっとりと濡れていた。

「オルクの涙が、海の底まで届いたから。一度はただの泡になっちゃったけど、オルクの涙で大きくなれたんだ。オレのことを想って泣いてくれた涙だから、またオレになれたんだよ。それに」

 頬を撫でていた指を、唇に移動させた。オルクはその指をとり、優しく口付けてくれる。指の先は火が灯ったように温かい。

「口笛、吹いてくれていたでしょ? いつもちゃんと聞こえてたよ。オレを呼んでくれてたの、ちゃんと分かってた」

 オルクはまた瞳を潤ませ、感極まったように声を詰まらせた。

「ならば、もっと早く会いに来い。いや……、来てくれてありがとう」

 今度はオルクがオレの頬を確かめるように触って、顔を重ねた。触れるようなキスは泣きたくなるほど甘くて優しい。

「お前がいない間、気が狂いそうだった。海に帰るほうが、お前の幸せだという事は分かっている。だが駄目だ。これからはなにが起ころうと俺が守る。だからどうか、もう俺の側を離れないでくれないか」
「オレの幸せは、オルクの側にいる事だよ」

 オレは自分からもう一度唇を重ねた。すぐに口付けは深まり、ぐにゃりと力が抜けた身体をオルクが慌てて支えてくれた。
 
 ※
 
 オルクと城に帰ると、ヒースや侍従のみんなが涙を流しながら歓迎してくれた。
 
「シレーヌ様がいらっしゃらない間、オルク様は毎朝一人で沖まで出て、悲嘆に暮れながら帰ると精力付きるまで政務をこなされ、葡萄酒を飲んで無理やり眠りにつかれるのといった日々で。もうそれはそれは痛々しくて」

 ヒースはその時のことを思い出したように顔を曇らせた。

「余計な事を言うな」

 オルクが顔を赤らめてヒースを睨む。ヒースは事実ですので、と涼しい顔で続けた。

「なので、シレーヌ様が帰って来られて城のものはみんな喜んでおります。それにシレーヌ様が大砲を目の前で真っ二つにしたのを見て、その後帝国も我が国から手を引いたようです。我が国は人魚に守られていると諸外国では噂になっており、暫くは安泰かと」

 すべてシレーヌ様のお陰です、とニコニコしながら言われると、どうしたらいいか分からず照れてしまう。オルクを守るのに必死でやった事が、いい方向になったのなら良かった。
 ちらりとオルクを横目で見ると、オルクもこちらを見て微笑んだ。それが何だか擽ったくて、思わず俯くと愛しくて仕方ない、という仕草で耳を擽られた。どうしよう。オルクが好きすぎて心臓が痛い。
 
「いやぁ、良かった良かった。これぞ、めでたしめでたしだねぇ」

 三人でお茶を飲んでいた所に、突然窓から声が聞こえ珍客が現れた。

「貴様、何奴⁉︎」
「魔法使い⁉︎」

 ヒースが刀を抜こうとしたので、慌てて止めた。魔法使いは飄々とした顔で佇んでいる。下半身を見ればいつもの蛸足ではなくて、人間の二本足だ。

「ご、ごめん。知り合いなんだ」
「知り合い? 海の方ですか。しかし、ここは二階なのに」

 ヒースはまだ警戒を解いてないようだったけど、渋々刀を納めた。
 オルクはオレの前に立って、魔法使いと距離を保ちながら尋ねる。

「失礼。私はリューン王国の王、オルクと言う。貴殿は?」
「僕はフィヨルド。魔法使いだよ」
「魔法使い、それでは貴方が……」

 オルクがちらりとオレを見る。多分、オレの初恋の話を思い出したんだろう。正直気まずい。

「それで、なんか用なのっ⁉︎」

 さっさと要件を済ませて帰ってもらうしかない。苛立ちながら尋ねると、魔法使いはショックを受けた顔でヨヨヨとよろけてみせた。はっきり言って面倒くさい。

「それが、親に対する態度かい」
「親っ⁉︎」

 今度はオルクが大声を上げた。なんでそんなに驚いてるんだろうか。

「うん。オレ、父上と魔法使いから生まれたんだ」
「待ってくれ。だって、お前、好きって、いや、それは、どっちが、どう……?」
「なにが?」

 首を傾げたオレに、魔法使いが片頬で笑って答えた。

「王様はね、きっとどっちがママかって事に疑問を持ってるんだよ」
「ママとは。卵を産む方の事か?」
「そうそう」
「それは、父上だ。父上の卵に、魔法使いが精子をかけてオレが生まれた」

 そんな事を疑問に思うなんて、人間って不思議だなぁ。見るとオルクもヒースも顔が引き攣っている。

「んふふ。言っておくけど、シレーヌ君も、もう卵を産めるよ」
「そうなのか⁉︎」

 オレもびっくりしたが、それ以上にオルクが目をひん剥いてびっくりしている。
 魔法使いはすぐ側まで近づいてオルクを流し目で見た。

「トリトン王の力は一子相伝だから、トリトンの血筋は一人しか雄でいられないんだ。でも、トリトンちゃんは僕に会ってから卵を産むために雌になった。それで、今度はシレーヌ君が唯一の雄として生まれたわけだけど、一回泡になっちゃったからね。世継ぎではなくなったわけ。それで、またトリトンちゃんと僕で世継ぎ作っちゃいました。ベビちゃん産まれたら会いにおいでってシレーヌ君に言いに来たのが、僕の一つ目の用事」

 だからね、とポンッとオルクの肩を叩く。

「シレーヌ君の卵に君が精子ぶっかけたら赤ちゃん出来るからね」
「オルクっ⁉︎  顔がっ」
 
 病気かと疑うくらいオルクの顔が赤くなっている。ワナワナと震えながらオレの方を見て、ますます赤くなってしまった。
 
「もう一つの用事がこちらでーす」

 ジャーンと口に出しながら、魔法使いが手を広げると、黒と白のぶち模様の小さな犬が現れた。

「犬だっ」

 本で見たことはあるけど、本物を見たのは初めてだった。オレが手を出すと、犬はペロペロと指を舐めてくる。擽ったくて笑うと、犬はますます擦り寄ってきた。試しに抱っこしてみたが、犬は何の抵抗もせず、すっぽりと腕に収まってくる。

「可愛いっ」

 なんだこのふわふわの生き物は。
 オレはオルクの犬になったけど、本物にはちょっと敵わない気がする。
 脇に手を入れて目線をあわせて覗きこんでみると、ちょっと目つきは悪いけど、凛々しくてかっこいい顔をしている。と、オレを真っ直ぐに見つめ返してくるその瞳に、懐かしい面影を感じた。もしかして、この犬──。

「ギィ?」
「ビンゴッ! 流石シレーヌ君。いやぁ、ギィ君ってばあの後、ブチギレトリトンちゃんに牢獄に閉じ込められてたんだけどさぁ。まあ、結果的にシレーヌ君も王様も助かったことだしって事で、僕が開放したんだ。でも、当の本人がシレーヌ君がいない海には意味がないって死にたがって面ど、いや、大変だったのよ。それで、考えた末。シレーヌ君の犬として飼って貰えないかなぁって。今世はもう二度と君と喋ることが出来ないってのが、彼の罰って事でね」

 ギィはクゥンと泣きながら、スンスンと鼻を擦り付けてきた。まるで、ごめんね、と謝っているような姿にオレは軽く笑う。

「もう怒ってないよ。オルク、あのぉ。飼っていいかなぁ?」

 実はこの犬が、オルクを刺したとは言いづらい。本当のことを言うべきだろうかと迷っていると、顔色が戻ったオルクは、何も気づいてない様子で犬に手を伸ばした。

「随分人懐こい犬だな」
「ガウッ!」

 伸ばされた手に、ギィは思い切り噛みつき吠えた。

「ちょっ、ギィ! 駄目だよ」

 慌てて叱ると、ギィがまたクゥンと情けない顔で謝ってきた。そんな顔をされると、強く叱れない。
 オルクは何かを感じたように、ギィを睨みつけた。

「──うちには、もう犬が一匹いるのでお引取りください」

 その犬って、多分オレのことだよな。気まずい空気が流れたので、慌ててオルクにお願いする。

「オルク、ごめんね。もう、絶対こんな事しないように言い聞かせるから」
「お、お前が子犬のような目で見てくるなんて、ずるいぞ」

 ヒースがちょろ過ぎですよ、と言っている。ちょろいってどういう事だろう。
 オルクは仕方ないな、とため息を付いてオレの頭を撫でた。

「世話はなるべく他の者に任せると約束してくれるならいいぞ」
「なんで?」
「お前には、俺に世話を焼かれるという大事な仕事があるだろう」

 ちゅっと額に口付けしながら言われて頬が熱くなってしまう。腕の中のギィがまた唸ったけど、そっと目を抑えると仕方無さそうに大人しくなった。

「それに、もう一つ。大事な仕事がある」

 なんだろう、と顔を上げると、オルクは蕩けるような優しい声で囁いた。

「俺に毎日愛されるという仕事だ。どうだ、してくれるかな?」

 まだ泡だったら、弾けて天まで飛んでいたと思う。
 オレはまた唸りだしたギィを抑えながら満面の笑顔で答えた。
 

「そんなの、絶対したい!」
 
 ギィに思い切り噛まれながら、オルクは深く口付けてくれた。


fin




本編これにて完結です!長らくお付き合いありがとうございました!しおりが動くのとても嬉しかったです。感想、いいねなど励みになります。明日からは番外編を投稿していきます!よろしければご覧くださると嬉しいです。
 
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