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十五
影-3
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歓声の中、彼女はまだ集まった人に姿を晒していた。エリンには、一瞬一瞬が引き伸ばされたように感じられる。本当は、こんな風に大勢の前になんて、立たないでほしいのに。
ああ、アーシュラが遠い。まだ終わらないのだろうか。早く静かな場所へ行きたい。こんな恐ろしい場所は嫌だ。こんな所にいたら、いつか、そのうち、――ああ、そうだ、あんな風に、懐から拳銃を取り出す輩が――
「――っ!!!」
何かしなければ、と、考えた記憶は無い。それは、思考と結びついた行動ではなかったからだ。やはり少年は刃だった。
軽い音が、空に響く。
広場は水を打ったように一瞬で静まりかえる。
「じゅ……銃声だ!」
誰かがそう言ったとたん、恐怖が波のように伝わっていき、悲鳴と怒号が湧き上がる。集まった人々が混乱に飲み込まれかけた、その、同じ刹那のことだった。
「静まれ!!」
張りのある、ノイズ混じりの声が響いた。
「心配はいらない。誰も傷ついていない!」
アーシュラだった。傍に居た警官が持っていた拡声器を取り上げて、元居た場所に立っている。
「わたくしは無事です!」
沸き上がる歓声、そして、近衛兵に囲まれて、皇女が車へ戻っていくのを視界の端で確認し――安堵と共に二本の短剣を引き抜いた。
状況に気付いた人々が悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。痙攣する男の体から血が噴き出し、手が熱い血でぬめる。ああ、やり過ぎたのだ、と、エリンはようやく理解した。これではこの男から話を聞けない。皇女が、誰に狙われたのかが分からない。
「…………」
頬が濡れている気がして何気なく触れると、それも、この男の血だった。
「殿下あっ!」
ノックと同時にクーロの慌てた声が響いて、フォト・アルバムに夢中だったベネディクトはきょとんとして顔を上げた。招き入れると、階段を一気に駆け上がってきたらしい、頬を上気させた少年が部屋に転がり込んできた。
学校の万聖節休暇を利用して、クーロは何日か前からランスの城を訪れていた。皇子が分家し帝室を出てからも、二人の友情は変わらずに続いている。あれから一度もアヴァロン城を訪れていないベネディクトが、ジュネーヴのコルティスの屋敷へは度々足を伸ばして、クーロと会っているくらいなのだ。
「どうしたの?」
「あのっ、これっ……と、とにかく、ニュースを!」
「ニュース?」
「とにかく!」
ベネディクトは、状況が飲み込めないまま、急かされるまま画面を覗きこむ。クーロが抱えて持ってきた通信機からは、速報らしいニュースが流れていた。
『繰り返しお伝えします。各地を歴訪中の皇太孫殿下が、今日午前、滞在先のミュンヘンで、何者かによる襲撃を受けました』
「え……!?」
ベネディクトは苦笑いの表情のまま凍りついた。
「さっきからどこのチャンネルでもこのニュースなんです……」
クーロが心配そうに言う。
『――現地からの情報によりますと、殿下のお車はすぐに宿泊先に引き返されました。殿下はご無事とみられていますが、詳しい状況はわかっていません。なお、犯人の男はその場で死亡が確認されました。警察が身元の特定を急いでいます。繰り返しお伝えします……』
「姉上……!」
緊迫したアナウンサーの声が、皇女の襲撃について繰り返し伝えている。
「こ、皇女殿下はご無事とのことですけれど……」
みるみる青ざめるベネディクトを気遣うようなクーロの言葉だったが、ベネディクトは聞こえていないようで、食い入るように、皇女が訪れていたという現場の映像を見つめていた。
「姉上が、襲われたって……そんな……一体、誰に……」
テレビニュースはもちろん、彼の問いには答えない。
ああ、アーシュラが遠い。まだ終わらないのだろうか。早く静かな場所へ行きたい。こんな恐ろしい場所は嫌だ。こんな所にいたら、いつか、そのうち、――ああ、そうだ、あんな風に、懐から拳銃を取り出す輩が――
「――っ!!!」
何かしなければ、と、考えた記憶は無い。それは、思考と結びついた行動ではなかったからだ。やはり少年は刃だった。
軽い音が、空に響く。
広場は水を打ったように一瞬で静まりかえる。
「じゅ……銃声だ!」
誰かがそう言ったとたん、恐怖が波のように伝わっていき、悲鳴と怒号が湧き上がる。集まった人々が混乱に飲み込まれかけた、その、同じ刹那のことだった。
「静まれ!!」
張りのある、ノイズ混じりの声が響いた。
「心配はいらない。誰も傷ついていない!」
アーシュラだった。傍に居た警官が持っていた拡声器を取り上げて、元居た場所に立っている。
「わたくしは無事です!」
沸き上がる歓声、そして、近衛兵に囲まれて、皇女が車へ戻っていくのを視界の端で確認し――安堵と共に二本の短剣を引き抜いた。
状況に気付いた人々が悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。痙攣する男の体から血が噴き出し、手が熱い血でぬめる。ああ、やり過ぎたのだ、と、エリンはようやく理解した。これではこの男から話を聞けない。皇女が、誰に狙われたのかが分からない。
「…………」
頬が濡れている気がして何気なく触れると、それも、この男の血だった。
「殿下あっ!」
ノックと同時にクーロの慌てた声が響いて、フォト・アルバムに夢中だったベネディクトはきょとんとして顔を上げた。招き入れると、階段を一気に駆け上がってきたらしい、頬を上気させた少年が部屋に転がり込んできた。
学校の万聖節休暇を利用して、クーロは何日か前からランスの城を訪れていた。皇子が分家し帝室を出てからも、二人の友情は変わらずに続いている。あれから一度もアヴァロン城を訪れていないベネディクトが、ジュネーヴのコルティスの屋敷へは度々足を伸ばして、クーロと会っているくらいなのだ。
「どうしたの?」
「あのっ、これっ……と、とにかく、ニュースを!」
「ニュース?」
「とにかく!」
ベネディクトは、状況が飲み込めないまま、急かされるまま画面を覗きこむ。クーロが抱えて持ってきた通信機からは、速報らしいニュースが流れていた。
『繰り返しお伝えします。各地を歴訪中の皇太孫殿下が、今日午前、滞在先のミュンヘンで、何者かによる襲撃を受けました』
「え……!?」
ベネディクトは苦笑いの表情のまま凍りついた。
「さっきからどこのチャンネルでもこのニュースなんです……」
クーロが心配そうに言う。
『――現地からの情報によりますと、殿下のお車はすぐに宿泊先に引き返されました。殿下はご無事とみられていますが、詳しい状況はわかっていません。なお、犯人の男はその場で死亡が確認されました。警察が身元の特定を急いでいます。繰り返しお伝えします……』
「姉上……!」
緊迫したアナウンサーの声が、皇女の襲撃について繰り返し伝えている。
「こ、皇女殿下はご無事とのことですけれど……」
みるみる青ざめるベネディクトを気遣うようなクーロの言葉だったが、ベネディクトは聞こえていないようで、食い入るように、皇女が訪れていたという現場の映像を見つめていた。
「姉上が、襲われたって……そんな……一体、誰に……」
テレビニュースはもちろん、彼の問いには答えない。
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