sweet!!-short story-

仔犬

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クローゼットの日常

クローゼットの日常

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悩んでいる。
深刻ではないけど悩みがある。


「1日として同じ服は着てないのに……」


まだ袖を通していない服がこれでもかと待ち侘びているでは無いか。

シェアハウスのウォークインクローゼットに設置されたソファに座り洋服を眺めながら途方に暮れる。
正直この部屋は最高なのだけど、まだまだ着てあげられない順番待ちの服があるのが悔しいと言う気持ちもある。
とは言っても自分で持っている服だって着れてないのがあるし人のことは言えない。
に、してもだ。


「また追加されてるし……」


ああ、俺たち3人のバイト代1ヶ月分でも届かないものがぽんぽんと追加されているし、綺麗に包装され紙袋のまま置かれているものまで。この家ってクリーニングの人たちが居るらしいんだけどこんな風に包装されたままのものは手をつけない。
他人ではなく俺たちに先に見てほしいらしく、先輩達は買ったままここにぽいするのだ。相変わらず、なんともまあ愛を感じる理由である。
でもせめて報告して欲しい。まあ報告されたらまた?!となってしまうのだけど。

お返しが追いつかないので、とにかくできることは着る事。


「先輩達の服先に決めちゃおうかな」


最近勝手に俺がみんなの服を決めることが増えてきた。手元にある服から先輩達は着てしまうのでまだ着ていない新しいものを渡すためだ。唯も秋も率先して買ってくれたものを着ているけど、1日2回着替えたとしても正直何年かかるのか。


「……そりゃあもう嬉しいけどね。さてと、とりあえずはカラーで合わせよ」

「優夜」

誰もいないと思っていた部屋から声がかかる。低い声に振り向くと珍しく淡い色の服を着た氷怜先輩がいた。


「氷怜先輩の顔で水色似合うのって、ずるい以外何者でも無いですよね」

「褒めんてんだよな?」

「もちろん。超訳は格好良いなあもう、です」


そうかよとクツクツ笑われる。
昼過ぎの日差しが部屋から漏れてちょうど氷怜先輩に当たり髪色が綺麗に透けて見えた。氷怜先輩の目が服を探しているように彷徨ったので声をかける。


「何かお探しですか?」

「俺のじゃなくてあいつの服」


あいつ、とは唯のことらしい。手を伸ばした服が先輩達のではなかったし、氷怜先輩の服装を見ると察するものがある。着てるの唯が買った服だし。

「デートですか」

「そうだな……くくっ」


何故か楽しげに喉で笑い出した氷怜先輩。何が面白いのかと思ったら改めてデートをしてる自分を客観的に見てしまったらしい。デートなんて言葉にしてわざわざ言われたこともないのかも。

「今はお前らに全部してやるって思うけど、昔と比べたら笑えてくるわ」

さらっと前半すごい事言われたけど、氷怜先輩の着眼点はそこじゃないので後半に話を合わせる。

「昔って、割と最近ですねぇ」

「だから余計にな」


いきなり自分が変わったと、先輩達自身はそう思うのか。
でも俺たちからしたら、最初からわかりやすいくらいに接してくれているし、それが普通だと思ってしまいそうになる。
本来の先輩達は俺たちに対するものとは別、とわかっていても実感はしにくい。

「氷怜先輩、今日の服もう決まって……あ!それ着てくれるんですか!似合う!優!見て超似合う!!」

「もうずっと見てるって」

またひょっこり現れた唯が喜んで俺に抱きつきながら見て見てと嬉しそうだ。水色と言っても少しグレーを混ぜたようにも見える落ち着いた淡い色。生地が薄手のコットンなので品がいいけど、オーバーサイズのトップスだから瑠衣先輩が来たらポップに見えるかも。

「あ、服優選んでくれる?これから先輩と駅のカフェまで行こうと思って、優も行く?」

「ううん、デートの邪魔はしない」

「邪魔じゃないもん~」

邪魔と思われてるなんて流石に思ってもないけどいつも6人が多いから2人きりって時があるならせっかくだし行って欲しい気持ちの方が大きい。
まあそれもあるし、今日は服と向き合いたいのだけど。

「今日はまた増えた服混ぜてコーディネートたくさん作るから。そして目指せ年内に全て着衣」

「おお、ウォークインクローゼットの神よ。我にお力を、素敵なコーデをお授けください」

「ウォークインクローゼットの神ダサいなー」

唯がふざけて手を合わせると聞いていたのか氷怜先輩が小さく笑う。

「お前らどこでも楽しそうだな」

「……今のは唯のせいです。それに唯、今日のコーデを授けてくれるのは氷怜先輩」

そう言うと唯の目がきらきらからキラッキラに変わった。あーあー可愛い顔が超可愛くなった。これが恋か。ぽやっとしてる唯にこんな顔させる氷怜先輩ってやっぱりすごい。いやすごいのは知ってたけど、さらにすごいんだ。

「やったあやったあ~!前も嬉しかったからまたして欲しくて」

「そう言ってたし、ちょうどお前が服くれたし」

俺に回したままの唯の腕が嬉しそうにぎゅっと強くなる。どうせなら氷怜先輩に抱きつけば良いのに、と思うが悪い気はしないので頭を撫でてあげた。絶対に言わないけど。


「先輩達俺の選んだ服もなんでも着てくれるからむしろ良いんですかって思う時あります」

「先輩達の選ぶと願望が入っちゃうの分かる~」

うんうんと唯が頷いた。
モデルが良いとどうしても欲が湧くよね。

「それでも何食わぬ顔で渡してくるじゃねえか」

また氷怜先輩が笑うと、その後にさらっと言うのだ。

「それにハズレは一度もねえし、むしろプラスで返ってくるから毎回驚く」

そう言われて仕舞えばそりゃ嬉しいわけで、隣では親友が自分の事ように同意ですと喜んでいてさらに照れる。するとぽつりと氷怜先輩がつぶやいた。

「本当、分かんねえもんだな」

「え?」

棚を眺め服を物色しながら良い男が楽しげに言う。

「人のために服選ぶなんてした事ねぇし、暮刃だって瑠衣だって今までじゃあり得ない事してる」

お目当てのものが見つかったのか上下の服を見繕い、最後に白いキャスケットを指に引っ掛けると俺たちの前に氷怜先輩が立つ。
あ、その合わせ方絶対唯に似合う。さすがです氷怜先輩とか思っていたら氷怜先輩がニヤリと笑う。


「お前らのおかげで、俺たちは随分と振り回されてる」

「……それって褒めてます?」

「愛してるよ」


完璧な間で返ってきたパワーワード。ヘーゼルグリーンの瞳に映る俺たちに良い男のニヒルな笑み。
良い男の権化は頭の回転も早いし、うーんこれが獅之宮氷怜の本当の狡いとこだ。
さっきのやりとり無かったら俺も照れていただろう。

もちろん真っ赤になった唯を見ながら、早くリボン巻いて氷怜先輩にプレゼントしてあげたい気持ちが沸々と湧き起こる。

「ほら、早く着替えろ」

ポスっとキャスケットが唯の頭に被せられ固まったままだったがすぐにまた俺に抱きついた。これは照れ隠しに俺が使われていると推測。やっぱり耳元で小さく唯の声がする。


「……おれも愛してますぅぅ」

「声ちっちゃ。リボン巻いてあげようか?」

「何で?」


不思議そうにする唯がおかしくて思わず吹き出す。
まだ先かなあなんて先輩達の気持ちが少しわかってしまう、今日はそんな良い日だ。



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