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それゆけ唯ちゃん
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しおりを挟むハートの風船を配っているのが見えた。
唯斗はハートの意味を知っていたし、両親が喜ぶ事も理解していた。
ひとりで取ってきたらさらに喜んでくれるのではないか。とにかく、その風船を両親にあげたい。それだけの思いでヒラヒラのワンピースを纏った唯斗はご機嫌で初めてのサプライズに希望を抱き歩き出した。
ただし風船までの距離と両親がこっそり歩き出すその自分に気づいている事など、そこまで頭の回転は良くない。
確かカラフルな服を着たお姉さんが通りを戻ったところに居たはず。きた道をひたすら戻って、戻って、戻って、おかしい。お姉さんがいない。観覧車の前にいたのだ。にこにこ笑顔で渡していたのに。
「んー?」
不思議そうに首を傾げる唯斗はあたりを見渡した。遠くに見えるジェットコースター。まだ身長が足りずに乗れないと言われてしまった唯斗は絶対に次までに大きくなってやろうと意気込んだ。
ふと自分と同じくらいの男の子が欲しかった風船を持っていた。駆け寄って話しかける。生まれた時から一度も人見知りという事をしなかった唯斗はにこにこと風船を指差し可愛らしく聞く。
「そのふうせん、どこにあったの?」
「え?」
その子は母親らしき人物と手を繋いで、1人の唯斗を不思議そうに見ていた。
「君、迷子?」
「ううん、ふうせんもらうの」
まだ出会えてもいないのに自信満々に答える唯斗。母親は迷子かと思ったが、あまりにもにこやかな唯斗に近くに親がいるのだろうと勝手に解釈する。男の子は母親と視線を合わせ母親が教えてあげなさいと言うので右方向を指さした。
「風船のお姉さんあっちに行っちゃったよ」
「そっかぁ……ありがとうー」
帽子を被り直しペコリとお辞儀をした唯斗がふんわり笑うと男の子の顔が赤くなった。母親がまた歩き出す唯斗を目で追いながらぽつりと呟く。
「可愛い女の子ねえ……」
陰で唯斗を追っていた椎名。
母親のその言葉にゴミ箱の後ろでガッツポーズ。
「さすが私の子、世界一可愛い!」
「あはは。ほら椎名、唯斗行っちゃうよ」
父と母の会話にまだ唯斗は気づかない。
全国でも有数の広さを誇るこの遊園地は当たり前だが小さな子供1人では到底歩き切れない範囲。
椎名から見ても体力ある唯斗だったが夏手前の暖かい温度は歩いていくうちに蒸し暑さに変わっていく。教えてもらった方角は合っているがどうも入れ違いだったのだ。唯斗がまた違う人に聞けばもう行ってしまったと言われ、次に向かったと言うその方向に行けばまた同じ事を言われる。
「ちょっと、おやすみする」
ベンチを見つけ一息ついた唯斗。
機嫌を損ねるどころか疲れてはいてもまだ笑顔を絶やさない唯斗に椎名は胸を打たれながらも、そろそろ声をかけようかと悩み始める。流石にこれ以上は心配だ。物陰に隠れていた2人が立ち上がろうとした時。
「おまえ、迷子か?」
男の子だった。
唯斗よりも少しだけ年上に見えるのは背が唯斗よりはだいぶ高いからだ。それでも小学校低学年くらいだろうか。
その男の子の顔は将来有望を確定させるほど既に整っていた。アッシュ色の髪にヘーゼルグリーンの瞳。
椎名は目を輝かせた。
世界で一番可愛い息子と、なんともカッコいい男の子が戯れているからだ。
まだ幼いせいで可愛いさはあるが、あの子はイケメンに育つであろうと確信した。
「随分かっこいい子だねぇ」
「そうよね?!あの子唯斗の王子様みたいで写真に納めたいっ、けど人様の子を盗撮はだめ、我慢よ私……」
両親の会話はやはり子供達には聞こえない。
ブランドの名前が刻まれたパーカーのポッケに両手を突っ込んだまま唯斗の目の前に立つ男の子。突然の質問に唯斗は目をぱちくりさせながらもすぐにふわりと笑って首を振る。
「ううん、まいごじゃないよ」
男の子は眉を寄せる。
「でも1人じゃねえか」
「おにいちゃんもひとりだよ」
「おれはオヤジの仕事のあいだのひまつぶし」
「おやじ……」
随分とガサツな喋り口調が唯斗には新鮮でなんだか可笑しかった。くすくすと笑ってあのねと微笑む。
「さがしてるの、ふうせん。ハートのふうせんもったおねえさん、見た?」
きょろきょろしながらあたりを見渡す唯斗。
男の子はすぐに唯斗の言いたい事を理解するが風船を売っているスタッフはすでにこの場を去っている。
「ここにはもういない」
「えええ」
「いないもんはいない」
そっかあと少し凹んだ様子の唯斗に男の子はなんとも言えない顔をする。それでもすぐに笑顔を見せた唯斗はよいしょとベンチから降りた。
「じゃあもっとさがす。ありがとうおにいちゃん」
「……おや呼んでこいよ。ほんとに迷子になるぞ」
もうすでに迷子なんじゃねぇかと思いながらも、不機嫌になられたら堪らないので真実は言わずに唯斗を諭す。それでも唯斗はご機嫌に答えた。
「まいごじゃないよ。ふうせんさがしのゆいちゃんだよ」
椎名が今日は唯ちゃんと呼ぶ日だったので理由はわからないがそう呼ばれる時は唯斗もそう自分を呼ぶ事にしていた。強要された事は一度も無いがこの姿には確かにちゃんの方が可愛いかもしれないと言う理由に現在の唯斗としての片鱗が見える。
「……なんだそれ」
まだ親探しの唯ちゃんの方がしっくりくる。
しかも自分にちゃん付け。
なんだか可笑しくてぶっきらぼうな彼はフッと笑い出すと唯斗は不思議そうに目を丸くした。
「おにいちゃん?」
「あははっ……おまえよりはでっかいけどおまえみたいに変なの知ってる。るいってやつ。おまえ見てたらおもいだしたわ」
「……唯ちゃんへんじゃないよ」
流石に変と言われたら唯斗は反応した。頬を膨らませぷんぷんと怒り表示。
わるいわるいと笑いながら言うと自販機を指さした男の子。
「おこんなよ。のみもん買ってやるから」
「ほんとお?!」
一瞬にしてキラキラする唯斗の瞳。
それが余計に可笑しくて彼はまた笑い出した。
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