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見つめて
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しおりを挟む「ほらみんなで食べるんだから瑠衣起き上がって」
笑い転げる瑠衣先輩を無理やり座らせて全員で始める朝食。暮刃先輩にしては珍しく和食だった。秋が元気よく頂きますと手を合わせて卵焼きを頬張る。
「んんんん、うまあ~」
秋のほっぺが蕩けて落ちそうなくらい幸せそうに食べていて思わず笑うと優が教えてくれる。
「秋が卵焼き食べたいって言うから和食作ってくれたの」
だから和食なのか、納得だ。
おれも和食大好きだし嬉しい。まずは湯気の立つお味噌汁から手に取った。
「しみるうぅ」
おネギたっぷりのお味噌汁と五目ご飯のおにぎりに卵焼き、メインの焼き鮭もどこの海から逃げ込んできたのかと言うくらい味が良い。朝にぴったりで消化に良さそうだ。ワンプレートだから見た目もまとまっていて可愛いなんて、暮刃先輩って本当になんでも作れちゃう。
「なんだかシンプルになっちゃったかな」
「朝だし丁度良いですよ。唯の朝ごはんが異様に海外のホテルみたいに豪勢なだけで」
「うっ」
だってお弁当の日だとたくさん作りたくなっちゃうし、ここだと冷蔵庫にいつも美味しそうな食材がぎっしり詰まってるからあれもこれもと止まらなくなるのだ。
「それに先輩達いっぱい食べてくれるから嬉しくてぇ」
作りすぎだなぁとは思っていたけど、もしかしてみんな無理して食べてたのか。心配になると瑠衣先輩が首を捻った。
「オレはーあれくらいでちょうど良いヨ~。むしろアッキー達に合わせてたらガリガリになって死ぬカモ~」
「うわ、女の子か俺ら」
「赤ちゃん赤ちゃん」
「……瑠衣先輩がブラックホール抱えてんすよ」
たしかに瑠衣先輩ケーキもブラックホールに入るけど普通にご飯もよく食べる。大きめのおにぎりも3口くらいでぺろり。
「氷怜先輩は和食好きですか?」
「なんでもいける」
好き嫌い無しとまたメモ。たしかに選り好みしてる印象もなかった、と追記。
「まだメモしてるの」
おれの隣で優が笑いながらお茶を暮刃先輩に手渡した。
「暮刃先輩はまるで食べてないかのように綺麗に食べるから錯覚起こすけど食べてますよね、普通に」
「錯覚……?まあ俺も男だからね、それなりに食べるよ」
微笑む暮刃先輩に氷怜先輩が言う。
「暮刃はどっちかっつーと酒がブラックホール」
「だってほら、あれは水分だから」
暮刃先輩の微笑みは有無を言わせない。多分本気で言ってるのだ。優はこれに関して最初は大丈夫なのかと心配してたけど、本当に水のように飲んでケロッとしてるので口を挟むのをやめたようだ。代わりに矛先がおれに向く。
「そうだよ唯、どうせなら氷怜先輩に色々聞けばいいのに」
「へ?」
「例えば唯の料理で1番好きなのは?とか」
「唯の一番好きなパーツはどこですか?とか」
「唯の好きな表情はなんですか?とか」
あ、この流れはダメなやつだ。なんで全部の主語がおれなのかって言えば親友の悪戯スイッチがオンしているやつですこれ。おれが恥ずかしがるのを期待して、楽しそうにニヤニヤしているし。
おれは咳払いで空気を戻す。
「これはそもそもおれが見てる氷怜先輩を伝えるために情報集めしてるだけで」
「お前が作ったやつはなんでもうまいし、好きなパーツは足先から頭まで」
「ゲホッ」
突然素直スイッチを入れた氷怜先輩の猛威にやられておにぎりが喉に詰まった。笑いながら氷怜先輩がコップを渡してくれるがその笑顔はめちゃくちゃずるい。また試されるようなあの目だ。くっ、カッコいい。
「ほらメモしなきゃ唯」
親友2人に助けるなんて選択肢はない。共犯者になって続きを促す。
「好きな表情は……今は見れねぇな」
「そ、そうなんですね。それは残念でしたね」
何これどんな恥ずかしいシチュエーションなの、っておれがメモとか始めたからなのか。好きな表情とか言われたら恥ずかしくて普通にメモとか出来なくなる気がしてきた。
「良いんです、おれのことは!」
「ふーん?」
とにかくおれが見ている氷怜先輩がわかれば良いのだから、そんな恥ずかしくなる事は今聞かなくても大丈夫なのだ。そりゃ気になるけどね。恥ずかしいからね。
「じゃーここまで、ひーの見え方はどうだったー?」
瑠衣先輩の悪戯っ子の微笑み。しかも全員が期待して待っている。おれってこんな恥ずかしくなるような事してたっけ?とやっぱり再認識させられる。
最後の砦、暮刃先輩まで微笑んだまま止めようとしない。む、むむ、これはいつのまにか四面楚歌だ。耳まで熱くなってきたような気がしてついに叫んでしまった。
「もう、やめますうぅぅ……!」
氷怜先輩のパーカーのフードだけを借りて後ろに隠れる。頭隠して尻隠さずどころか殆ど全部隠れてないけど、もう何よりこの話は終わりにしたい。
軽い気持ちで始めたメモなのでそんなにニヤニヤされたら恥ずかしいからね。いくらおれでも恥ずかしいからね。
みんなはこうなる事など分かっていたのだろう。氷怜先輩から笑いを堪える振動がくるし。
しばらくみんな笑って秋がまずおれの脇腹を突いた。
「唯ー悪かったから出てこいー」
「もう聞かないからご飯食べなって」
「そんな期待するのダメ!にやにや禁止!」
「わかったわかった」
けらけら笑ってくれちゃって全く。おれもそんな恥ずかしいとか無いほうだけどわざと恥ずかしくなるような聞き方してくるからみんなひどい。それに全部ずるいけど1番ずるいのは氷怜先輩の笑顔だ。
なんとか先輩のフードから抜け出し無事朝食を食べ終える。やっぱり全部美味しくて丸っと完食だ。
暮刃先輩と一緒に片付けを手伝ってみんなでゴロゴロ。瑠衣先輩と秋は日向で二度寝を始めてしまったのでブランケットをかけてあげる。
「暮刃先輩今日はここ居ますよね?俺、前言ってた映画見ようと思うんですけど」
「ああ、見ようか。でも少し仕事片付けてからでも良いかな」
「もちろん」
優はそれまで雑誌を読むようでソファに座って暮刃先輩待ち。おれも一緒になって読んでいたら氷怜先輩がいつのまにか着替えていた。
先輩の今日の予定は会食らしいので午後には家を出ると言っていた。だけどまだ10時を過ぎたころ。早い準備にソファから立ち上がり氷怜先輩の元にいく。
「もう出かけるんですか?」
「少しクラブ寄ってから行くことにした」
「なるほど!あ、髪おれセットしましょうか」
「ああ、じゃあ頼むわ」
まだセットされていない髪の毛。
まあそのままでも十分すぎるほどカッコいいけどね。でもジャケット姿だったので綺麗目に合わせて髪もセットするはずだ。
「適当で良いけどな」
それでも整えるとのことだったので洗面台に移動して椅子に座ってもらう。
サラサラの髪はずっと触っていたいけど柔らかめのワックスを手に伸ばしてふわっと髪に通していく。そんなに固めなくても指先でつまむようにすれば形がついてすぐにいい男がさらに完璧に近づく。
完成して、右から覗いて左から覗いて、最後に前に回ってしゃがむ。
膝に手を置いて氷怜先輩を改めて見つめてみた。
今日も最高に格好良くて、形の良い唇が動く時は目で追ってしまうし、ヘーゼルグリーンの瞳が輝く時は息を忘れそうになる。
「なんだよ、メモはやめたんだろ」
「せっかくなら最後にちゃんと見てみようかなって」
「へえ?」
笑いながら氷怜先輩の手がおれの頰を撫でる。
あんなにメモはしたけど、どう見えてるかなんて、おれの目に映るこの視界でしか伝えるのは難しい。ああ、この目に映る全てを見せられたら良いのに。
いつものニヒルで色気たっぷりで意地悪な笑顔も好きだけど、こうしてふっと笑う穏やかな笑顔も堪らなく好きだ。
格好良さも愛おしさも全部ひっくるめて、今日は可愛いく見える。なんだかそう思ってしまうのは大好き過ぎるから。
「氷怜先輩、可愛い」
微笑んでそう言ったら唇にやらかいキス。ちかちかする世界が、ずっと甘い。
「さっきの質問」
「え?」
唇に合わせて指が這う。
低い声が脳にまで響くようで、また視界がちかちか輝いた。
「俺はお前のその表情、1番食いたくなる」
きっとメモなんかなくたって、一生この人から目を離せない。その姿は可愛かったり、カッコよかったり、眩しかったりキラキラしてたり甘かったり意地悪だったり、いつも違うから本当は答えなんてない。
だって見つめたら、もっと見つめたくなるだけだ。
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