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溺れる
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しおりを挟む桃花の切迫した言葉が響く。
男はその言葉で氷怜達を1人ずつ丁寧に確認する。それが終わると足を組み肘をついて微笑んだ。
「……そう、本当に理想なんだ。日本人は堪らないよね」
悦に浸る相手にしばらく誰も言葉を発さなかった。
紫苑としては自分ですら尊いと感じるこの人達だからあり得るか、と納得ではあった。とは言え何を言ってフォローすれば良いかもわからず口を挟まなかった。
あいつ死ぬんじゃ無いかとぼんやり予測する紫苑をよそに素っ頓狂な声を上げたのは柚だ。
「抱かれたい男トップ3が揃ってんのに……?世界広いわームグっ!!」
「柚黙ってろ!」
あんなブチ切れのあの人達を目の前に何故お前の口は開ける。咄嗟に柚の口を塞ぎ紫苑は部屋へ出そうと背中を押し出す。
「なんだよ紫苑!!」
「お前空気ぶち壊すから戻ってろ!!」
ベッドルームのドアを開け柚を押すと、ちょうど目の前に立っていた人間に押し潰してしまった。ぐえっと柚が声を漏らすと相手はにこやかに両手を挙げた。
「どう?オヒメサマ、ダイジョウブ?」
「アレン……?」
そういえばいつの間にか居なかったなと思いながら紫苑は柚をどかしアレンに道を譲る。
相変わらず呑気に笑うアレンはこの部屋の異様な雰囲気を知ってか知らずか聞いてよと嬉しそうに話し出した。
「今ホテルのヒトをヨビニイッテタノ。そしたらさっきのヤコノってヒト、意識が戻ってたから話をキイテみたら一緒に来たオシリアイはドウヤラヒサト達がモクテキなんだって!スゴーイ、モテモテだ!」
その後に良かったねとでも続きそうな話し振りに紫苑は顔が引き攣る。柚といいアレンといい図太い人間はどうやって生まれてくるのだろうか。
ベッドルームがどんなに広くてもこうも背が高くてガタイのいい男ばかりが集まればそれはそれでいい絵だ、と柚はここぞとばかりに写真を撮りはじめるので紫苑はもう柚を諦めた。代わりに桃花と式に言う。
「いくら氷怜さん達が目的でもあいつにどうにかされるような人達じゃない、何をそんな焦ってるんだよ2人は」
「い、いやあの、あまりにも」
珍しくはっきりと答えない式に紫苑は何となく察する事が出来た。
2人が最後までこいつに刃向かおうとしたのなら散々ある意味性癖のようなものを喋り散らかされたんだろう。柚みたいに世界広いわで片付けられたら良かったのだろうが、相当な事を言われたか。
つまるところ、怖いくらい気持ち悪かったと。
なんだか可哀想になってきた2人を取り敢えず自分の後ろに追いやる。
「で?アンタは1人でどうするって?ガタイは良いけど正直アンタくらい俺1人でも余裕だけどな」
「まさか、俺はヤコノと違って自分で動くタイプじゃ無いからね。喧嘩は好きじゃ無いんだ……だから、他の人間に頼むよ」
その言葉で部屋には数十人が追加され囲むように立ちはだかった。式と桃花は流石にスイッチが切り替わったようで体制を整える。戦いならば迷う必要も怖がる必要もない、ワンピース姿なのが唯一の誤算だ。
紫苑は着ていたジャケットのボタンを外しため息をついた。
「まあ、流石に気付いてたけど。なんでこうも数さえ多ければイケるって思ってる奴らが多いんですかね……!」
駆け出し3秒で1番手前の人間に1発くらわした。殆ど同時に赤羽以外も攻撃を始める。赤羽はベッドから動かずに唯斗達の守りに徹底するが、自然な流れでアレンまでそれに参加しているので思わず声をかける。
「あなたみたいな芸能で活躍する方が何故そんなに強いのか聞いても?」
「んー?誰でもチカラはあった方がイイヨネ?」
にこやかに敵を殴りながら言うアレンに赤羽は同じくにこやかに笑い返した。自分で言うのもなんだが、この男どうにも……。
「アレンさん、胡散臭いって言われません?」
「ハハッ、キミヒドイネ!」
ほらこんな事を言われても笑っているんだから尚更だ。同族には赤羽のセンサーがよく働く。今のところこちらの味方らしいので問題はなさそうだが。
そんな話をしているうちに、この場で立っている人間はまた先ほどと変わらなくなる。あまりにも一瞬で終わってしまい。座ったままの男は不満げな顔をした。
「ヤコノの連れはヤコノと同じで使えないな……」
「すこしは自分で動く事だな」
氷怜がそう言うと男は指を顎に当て考える素振りを見せた。そしてすぐに歯を見せて笑う。
「こう見えても俺は経営者でね。君たちの欲しがる仕事を回す事ができる、何か望みがあるならなんでもあげれるよ?」
「望みは自分で叶える主義だ」
「それに悪いけど俺たちは困ってもない」
暮刃はもう優に体を向け背中越しに氷怜と男の会話に参加していた。暮刃にしては珍しく微笑んでもいないので、相当なお怒りだ。
「さらに手広くやるためには俺が必要になると思うけど」
「しつけぇな……」
「ひーもう良いデショ」
瑠衣が大きめの声を出す。相手にする意味もないと言いたいらしい、瑠衣ですらふざけるような気分でもなかった。氷怜も頷きベッドに向かうと唯を持ち上げようとする。
「このまま帰るならまたその子達が危険な目に遭うかもしれないよ」
正直限界だった。
唯斗達を追いかけ回した挙句、目的は氷怜達だけだと言う男に殺してしまいたいほど嫌気がさしている。例えこの男がやったのは唯斗達を眠らせた事だけであろうと全てが許せない。
そして、脅す言葉がくればもういいだろう。
やってしまっても。
しんと空気が凍りつく。
その雰囲気だけで紫苑は感じる。芯から氷怜達が実力を出した時、いつも恐ろしいよりも感動してしまうのはその存在が尊いからだ。ああこんなにも俺たちと違うと再認識させられる。
「ハイハーイ!!」
また全ての空気をぶち破るような声が響く。氷怜は反応もしなかったが、殺意すらアレンは気にする様子も無く手を挙げていた。
「立候補するよ、その話に」
「……はっ、他人は黙ってて……って何、お前は……アレン・J?あのアレン・J?」
男が初めて見せた動揺だった。氷怜達ばかり見ていたせいで認識が遅れたが、世界のスターの事は流石に驚きの対象らしい。
「そうだよアレンだ、宜しくね。そして君のことも知っているよ。マーク・ラゴ、素敵な名前だ。資産家で周りに人が集まる。しかもその美貌で遊び放題な君の趣味も知ってる……そして、その見た目が僕の好みだと言う事も」
なるほど。
アレンの胡散臭さはここから来ていたのだと赤羽はようやく納得した。タイミングよく身の前に現れるアレンがどうりでふらふらと掴みどころが無いと思えば目の前のマークという男が目的だったと。
「……え?」
「僕は多分、君により良いものをあげられると思うんだよ」
「おい、近づくな」
笑顔で一歩一歩近づくアレンにマークは恐怖を見せた。いきなり流暢に話し始めたことも、あのスターの変わらない笑顔が逆に怖いことも色んな要素がさらに恐怖を煽る。誰もこんな事を予想すらしていなかったのだから。
「大丈夫、今まで後悔した人は1人もいないから」
にこにこと笑いながらマークの腕を掴んだアレンは騒ぐ相手をものともせず、こっそりと氷怜達に振り向きウィンクをする。
それを見た全員が色んな意味で知ってはいけないものを知った気分だった。式と桃花はなんだかもう泣きそうに見える。紫苑は顔が引き攣っているが、柚だけは一周回って面白くなってきたのか肩を震わせて笑いを堪えていた。
「……帰るぞ」
氷怜は全ての話を無視して方向を変えると赤羽も頷く。
「ええ、唯斗さん達もどこも異常ありません。本当に眠っているだけなので」
まず唯を持ち上げ氷怜に渡し、続いて秋と優もそれぞれが持ち上げ全員足早に部屋から出る。通路を突き進みそのまま無言でエレベーターまで乗り込んだ。
誰も話さない空間でやはり最初に話し出すのは柚だった。すぐに紫苑は黙らせる準備をするがそれは杞憂に終わる。全員同感だったからだ。
「てか唯達、マジで寝てて良かったですねー!」
できる事なら全て夢という事にしたい気分だった。
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