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しおりを挟む「わざと痛くしないで下さいね」
「俺そんなに信用ないの?」
鏡越しにくすりと笑いながらピアッサーを耳に当て位置を確認する暮刃に優が笑い返す。
「いつでもどうぞ?」
余裕のあるその言葉に暮刃が口角を上げた。
間髪入れずに先ほどと同じばちんと音が響くと同時に優の体が少しびくつき、小さく声が漏れた。
「……んっ」
綺麗な黒目が潤むと慣れた手つきでピアッサーを外しその額にキスをする暮刃。俯いていた顔を上げなんとも言えない顔の優が口を開いた。
「ちょっと痛いし……」
「みたいだね」
潤む瞳を見つめる暮刃を見ていた紫苑が長いため息をつく。暮刃さんも人が悪いと目線を送ったところで綺麗な顔が崩れることはない。美嘉綺はもちろん他の誰も口出ししようともしないので、仕方なく優に注意する事にした。
「優お前、それあんま人前でやらせるなよ……」
「え?人に穴開けたがるの暮刃先輩くらいですよ」
ため息混じりの優は暮刃の表情に気づいていない。持って生まれた美しい顔で意味ありげに微笑んでいることを。
「ねえもう一個、開ける?」
その口調にすぐに顔を上げさすがに気づいたようだ。この人にこれをやらせるのは不味かったと。とっさに眉間にシワを寄せた優がキスをしようとする暮刃の口を手で押さえる。
「いやいやいや痛がらせるのにハマりそうな発言控えて下さい。それに痛いから次から自分でやります」
「えー」
「えーじゃない……」
膝の上で呆れ気味の優に心底楽しそうに笑う暮刃。
冗談半分の雰囲気だが若干目の奥に本気の欲が見えるがそれでもこうして人と戯れ合う姿などチームの誰も見たことが無かった。ましてや暮刃が他人に欲を見せるのは珍しい、良いものが見れたと紫苑は微笑むが正直アテられた節はある。
紫苑とその場の男達の心情をいつもの笑顔で告げるのは赤羽だ。
「暮刃さん見せつけるのは良いですが、反応する人間もいるので」
赤羽の言葉に数名が思わずそっぽを向く。優が驚いた声を上げた。
「今のが……?」
秋と唯は変わらず痛そうとか気合をなどと検討外れな会話を続けているがその意味が理解出来ない訳ではない。それでもへーとかそうなんだとか色気のない対応だ。
赤羽は白い歯を見せ微笑む。
「男なんてそんなものですよ」
「いや俺も男ですよ……まあ、とにかくそんなに言うなら今度は暮刃先輩に俺が開けますので」
「それはそれで良いね」
「……てかほら見てないで2人も早く開けなよ」
優の言葉にうーと唸りながらも封を開け秋が自分と唯に渡す。
「うう、氷怜先輩おれ男見せるんで!頑張るんで!」
「お前はいつでも男らしいよ」
苦笑気味に笑いながら暮刃の横に座った氷怜。唯はしっかりとピアッサーを掴み心を決めたのか秋を見ると頷いて言う。
「同時に開けよ」
「それ良い!」
「ば、やめとけっ」
互いの耳にピアッサーを当て始めた秋と唯に紫苑は声を上げる。それをやる人間はいたがあまりうまく出来た試しが無いのだ。美嘉綺と紫苑が同時に動こうとするがそれよりも早く2人が動いた。
「はーいストップー!」
「うわ!」
首根っこを掴まれ身体が後ろに傾き倒れる。お互いが引き離され目を瞬かせた2人をいつのまにか移動していた瑠衣と氷怜がそれぞれの身体を持ち上げる。
「んなやけになってやるもんじゃねえだろ」
「勢いって大事かなーと」
あははと苦笑いの唯を膝の上に乗せその耳につけられたピアスに氷怜が指を滑らせた。ピアスとピアスをなぞられ、くすぐったいと唯がけらけら笑う。
「これは?どうやって開けた」
「ん?えーと、最初は優が開けてくれてて」
その時秋と優の頭に一瞬にしてその後の話が思い浮かぶ。待て、今の話の流れだと、男はそう思うので、多少痛がったとしてもやりたいものなのではないか。だったらそれは女の子も先輩達からしてみたら一緒なのではないか。
「やば、唯待った!」
「ん?」
秋が声を上げるが瑠衣の手によって塞がれてしまう。
「唯ちん続けてー?」
秋が大きく目を見開くもいつも通りの瑠衣がそう言うので唯は気付かずににこにこと話を続ける。
「また開けたいんだけど痛かったって話したらそれなら慣れてるから開けてあげるーって優しい女の子が開けてくれました!」
「……あーあ」
秋が瑠衣の腕の中で嘆くと優も暮刃の目を見れないでいた。
女性を前に絶対的な紳士でいる彼らが自分の耳に穴を開けさせる事を断るはずもなく、親切な好意としてしか受け取らない。だが彼らに下心はなくとも女側はどうであろうか。その体に自分が何かをできる事がなんて好都合か知らなかったのだろう。
だが知らなかったとしても、だ。
秋も優も乾いてもいない喉をオレンジジュースで潤すが事態は変わらない。自分を抱きしめている人間の嫉妬深さは驚きこそしたがなんとなく察するようになっていた。まだまだその嫉妬の差には巨大な山一つ分はあるのだが、それすらも気付かない唯は氷怜の顔を覗き込んだ。
「どうかしま……し、た……?」
そこでようやく自分が何かをしでかしたと気づく。
先ほどまでの甘い微笑みが徐々に獣を帯びて牙をむく氷怜。尊敬する神のそんな一面は唯達にだけだと紫苑は静かに確信していた。
「へぇ」
たったそれだけの氷怜の言葉に唯が背筋を伸ばし掴んでいた腕に力が入る。低い声が緊張感のある間を生み出した。
全員が黙る中で袖が擦れる音が響き、また同じように唯の耳に指を滑らせピアスひとつひとつを丁寧になぞる。唯にはそれが全てを網羅した時が終わりだとそんな予感さえもよぎった。
「なあ唯斗」
「は、はい!」
「痛かったか?」
「……え、すこし……?」
あまり痛みについて覚えていなかった。
なぜなら無意識のうちに男としての立ち振る舞いをしていたから痛いとは言わなかったせいでどうだったか覚えていない。どちらにせよ痛がって不安にさせるようなことはしていないはずだった。
首を傾げた唯の瞳と氷怜の瞳が絡む。横で紫苑は苦笑し、美嘉綺と他数十名は密かに目を瞑った。もう見ていられない。
ニヤリと笑った獣は口を開く。
「忘れて塗り替えろ」
そう言って噛み付くようなキスが降り注ぎ唯の両耳は大きな手で塞がれた。そのままソファに身体を押し付けられ大きく目を見開くとその手に持っていたピアッサーがいつのまにか氷怜に取られる。
片手が頭の後ろに回り身体が密着すると苦しくなるほど抱きしめられ息をする暇がなくなった。酸素が少なくなり潤んだ唯の目を確認すると氷怜は小さく笑う。
瞬間、唯は小さな痛みが走ったような気がするがそれ以上の甘い衝撃に頭が回らない。そのたった数秒が永遠に感じるほど。
ようやく呼吸をした時にその綺麗な顔が満足気に微笑む。
「良い子」
未だぼやける視界だが耳に違和感。
いつの間にかあけられたトラガスに唯はハッとして耳を押さえた。
「あいてる……」
怖いなんて、痛いなんて、思う暇もなかった。
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