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狼さんは俺食べない
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しおりを挟む最近、瑠衣先輩がまた髪型を変えた。
濃いめのシルバーアッシュの髪色の中に白に近いメッシュが細く入った。襟足を立たせてトップも少しツンツンしてる。そのうち牙でも生えてきそうで、戦いの最中の瑠衣先輩なんかもう本物の狼にしか見えない。
チームの人間しかいないクラブは今日も騒がしく、それでも居心地が良い、独特な暖かさがある。俺たちを弟のように可愛がってくれる彼等が本当は怖い人なのだと感じる暇もないほどに。
それでもたまにその一片を見ることがある。
幹部の1人、金髪の紫苑さんが相手をお願いします、と言って頭を下げると、ソファに両足を乗せて丸くなっていた男がニヤリと笑った。
「ちょうど、退屈してたトコロ」
これは嘘だ。今の今まで散々唯による相変わらずのあほ発言に腹を抱えて笑っていた男が退屈していたわけがない。今日も綺麗に作られたケーキを満足そうに食べていたし、その腹ごしらえと言ったところだろう。
ぴょんと身軽に地面に立つと周りの人間が慣れた様子で距離取っていく。
こういう時、ここの人達は真面目で俺たちを絶対に近づけない。何故なら瑠衣先輩がどんな動きをするかわからないから。前に吹っ飛ばされた2人にみたいに。
あと、俺たちが何をするか分からないから、と珍妙な顔で言われてしまった時は笑ってしまった。
いくら俺たちもガチ対戦に混ざることはしないと言ったけど、あんまり信用はなさそうだった。
案の定、桃花が瑠衣先輩の横に座っていた唯を1番離れて見ていた俺のところに連れてきた。優はトイレに行っているのでそのうち戻るはず。
「絶対向こう行かないでくださいね」
「心配性だなあ桃花は」
唯が俺の隣に腰を下ろしくすくすと笑った。桃花がため息まじりに唯を睨む。
「……どちらかと言えば信用出来ないので」
「ああ、桃花が最近反抗期なの……」
大げさに泣き真似した唯の頭を撫でていると、手で覆った指の隙間から桃花を見る唯。すぐに折れた桃花があぶないから怖いだけですと訂正すればすぐに唯の笑顔が返ってきた。付き人も大変だ。
「紫苑さんが戦うところ初めて見るね」
そのまんまるの目が楽しいとばかりに瑠衣先輩を見る。
「アクロバティック見れるかな?」
「かもなぁ……そもそも先輩達の本気って見たことないよ」
「おれが10人居ても無理だろね~」
唯が10人居たら違う意味で驚かせる事は出来そうだけどな。
騒ついたフロアでは合図もなく戦いが始まる。すぐ横で式が食い入るように眺めている。桃花も腕を組んで真っ直ぐに2人見つめていた。分析するような目つきだけど、瑠衣先輩の様な読めない動きをする人の何が勉強になるのかは俺には分からない。
あの人の動き、人間じゃないんだもん。
「うわ、いつのまにか始まってる」
戻ってきた優が暮刃先輩を連れていた。同じように俺たちの横に座っていく横で暮刃先輩が面白そうに顎に手を当てた。
「紫苑の動きって瑠衣寄りなんだよ」
「似た者同士の試合なんですね」
「そう、見てて面白いと思う」
優と暮刃先輩の話にちょっと意外だと感じる。紫苑さんってバーテンダーもしててすごく器用だし何事も丁寧だ。そんな彼が予測不可能な動きをするのはすこし意外。
「まあ、瑠衣が見つけてきたからね。同じ匂いがするって」
「瑠衣先輩が?匂いって言う理由はらしいですけど、わざわざ連れてくる事しなさそうなのに」
「さすが秋、よくわかってる。そうなんだよ瑠衣はめんどくさいのは嫌いだからね。珍しい事もあるなって思ったけど頭も力も口も上々だったからね。断る理由もなかった……でも見てれば分かるよ。似てるし面白い」
まるで花でも見比べるように優雅な微笑みの暮刃先輩だが、目の前の光景は物凄い速さの攻撃が繰り返されていた。
なるほど、そっくりだ。なんなら息までぴったり。
どこから出てくるかわからない突きや足が、どんなバランスで取っているのかわからない動きで避けられていく。もはや踊っているように綺麗だけど、狂気すらも含んで楽しんでいる2人のいつもの穏やかさはもう仕舞い込んでいる。
お互いの攻撃に距離を取った2人が四つん這いで着地する。スリルが楽しくてたまらないと顔に書いて、牙を見せてニヤリと笑いあう。あんな綺麗な顔の持ち主の2人なのに獣のようだ。しかも男という生き物は闘志を剝きだすと色気まで出るのかもしれない。
唯が嬉しそうに笑った。まさか笑う場面とは思わず首を傾げたがなんとも平和な感想が届いた。
「オオカミのじゃれ合いみたいだね」
「……そんな可愛いものに見えるの唯くらいだな」
「そうかなー、耳と尻尾生やしたらもっと可愛いけど」
暮刃先輩も優も唯に苦笑いだ。じゃれあいで済むなんて唯の見る世界って平和フィルターがMAX状態でかかっているんだろう。唯の言葉に桃花が不安そうにこっちを見た。今日は氷怜先輩も式も出払っているし俺もしっかりしようと改めて思う。
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